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第二章 黒猫の恋人
第74話 ひとりのパーティ
しおりを挟む弦と瀬田さんが会場を出て行ってからどれくらい経っただろう。
時間が経つのが恐ろしく長く感じる。
乾杯の後の歓談時間、彩り華やかなパーティ会場は一層の盛り上がりを見せる中、私の周りだけが色を失ってしまっている。
「いい子で待ってて?お願いだから……」
会場を出ていく時の苦虫を噛み潰したような苦しそうな顔と溜息が耳から離れない。
優柔不断で流され易い自分が悪いのだが、森川くんの事をハッキリと拒絶をしなかった事で、弦を誤解させて怒らせてしまった。
きっと、私の事、呆れているだろうな……
もしかしたら、もう嫌われてしまったかもしれない。
そう考えると、まるで頭から氷水をかぶせられたように、ヒヤッとしたものが全身が駆け巡り、足はまるで凍りついてしまったかの様に、動かすことができなかった。
辺りを見廻すと、宴もたけなわで楽しそうに歓談する人達の笑顔や笑い声が溢れているのに、私はその場所から動けず、ただひとり取り残されている。
楽しみにしていた筈のパーティが一転して、弦とのお別れになるかもしれないなんて、夢にも思っていなかった。
一体私は何をやっているのか。
淋しさと切なさと後悔と……色々な感情が入り乱れ、張り付いたように動かなかった筈の足元が、今度はグラグラと崩れ落ちていく感覚に陥った。
あ、倒れる……
そう思った瞬間に逞しい腕に抱き留められ、はっと顔をあげる。
「……原……仲原?!おい!仲原!!大丈夫か?」
「や……まだ……さん……」
片手にお茶の入ったグラスを持ち、空いている方の腕で私を抱き留め、心配そうに私を覗き込む山田さんがいた。
「ほら、これ飲め。おい、大丈夫か?しっかりしろ。」
山田さんは、私にグラスを私に差し出すと、人混みから連れ出して壁際まで移動させてくれた。
私は受け取ったグラスに口を付け、コクンと一口飲み下すと、ジャスミンのいい香りがふわりと鼻を抜けた。
ほぅと息を吐くと、強ばっていた身体の緊張が解けていき、意識もハッキリとしてくる。
そんな私の様子を見て、山田さんも安堵の溜息を吐いた。
「……ありがとう…ございました。」
「おぅ。とりあえず一安心だな?身体辛そうだからどこか休める所にいくか?」
山田さんの言葉に、私は緩く首を振る。今はひとりになりたくなかった。
「いいえ、大丈夫です。ところで、あの……弦は……?」
山田さんの表情から察すると、ここには山田さんのみが帰ってきたようだ。
今ここに弦がいない、という事は……
「あぁ、今部屋で森川と話している。」
「そう…ですか……」
瀬田さんもここにはいないから一緒にいるのかもしれない。
ふたりっきりじゃないことに安心した。
弦と森川くんは何を話してるのだろう。
森川くんは私の事を好きだといった。
家族になるために、日本に戻ってきたと。
それって、実質のプロポーズみたいなものだ。
弦の独占欲の強さは嫌という程わかっている。
自分の彼女が他の男からプロポーズを受けて、それを断る事もなく、あまつさえ、不可抗力とはいえ密室でふたりっきりになろうとした……
弦からしたら、完全に私の裏切り行為でしかない。
そして、私の裏切り行為の顛末を、森川くんから聞かされたとしたら……
弦は私に愛想を尽かすだけでなく、きっと、私は憎まれるんだろうな。
考えれば考える程不安が募り、絶望に打ちひしがれそうで、震えが止まらなかった。
カタカタと震える私の手を、山田さんは徐にぎゅっと握る。
「怖いか?」
怖い。怖いなんてもんじゃない。恐怖だ。
改めて聞かれて、私は恐怖を自覚する。
「……はい。」
「猫実が森川に遠慮して身を引くとでも?」
「……わかりません。でも……そうされても仕方がない事をしました。」
もし、弦が私と別れたいと言ったら、もう受け入れるしかないのかもしれない。
自分の蒔いた種なのだから……
そう考えると目の前が真っ暗になり、涙が零れそうになる。
「……そうかよ。なぁ、仲原。ちったぁ猫実の事信用してやれよ。」
それ言うと、山田さんは私の頭をぽんぽんと撫で、腕時計をちらりと見た。
どうやらこの後に何かあるようだ。
山田さんは、心配そうに私を覗き込みながら、訪ねる。
「仲原、役職者紹介、出れそうか?無理なら……」
「出ます…大丈夫です。」
私が、にっこりと作り笑顔を作って答えると、山田さんは溜息ひとつ吐くと、表情一つ変えずに言った。
「……ならいい。その笑顔のままキープな。くれぐれも壇上で泣き崩れるなよ。」
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