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第二章 黒猫の恋人
第62話 壮行会へ
しおりを挟む弦のスマートなエスコートでマンションを出ると、私がシャワーを浴びている間に、タクシーを手配していたようで、玄関のエントランスに迎車がきていた。
運転手が扉を開けると、弦は私の手を取り優雅な所作で先に乗車を促し、後から弦も乗り込む。
「ウェストホテルまで。」
運転手に行先を告げると弦は、にっこりと微笑み私の左手をとり、少し開けた右肘の下を腕を組むように通してから、しっかりと指を絡めて手を繋いだ。
やる事なす事全てがスマートでとても心地がいい。
今回のドレスやアクセサリー、タクシーの配車もそうだが、普段から弦といると、何でも至れり尽くせりに甘やかしてくれる。それはまるでふわふわの綿あめに包まれるような優しさと甘さで、なんだかお姫様にでもなったような気分になる。
「……なんか幸せ過ぎて、弦といると何にもできない子になりそう。」
弦の肩にぽすんと頭を載せながら呟くと、弦は繋いだ手を解き私の肩を抱き寄せ、解いた私の手を空いている方の手に繋ぎ直し、額にちゅっとキスをした。
「俺といる時は何にも出来なくても大丈夫。何でもやってあげるから。それに、名月はちゃんとしてるよ。安心して?」
弦はそう言うと、絡ませた指をきゅっと握り優しく微笑んだ。
その微笑みに胸がきゅんとなり、その微笑みは私にだけに見せるものだと思うと、幸せ過ぎて蕩けてしまいそうだ。
弦と付き合って4ヶ月経つのに、未だにドキドキが止まらない。寧ろ加速する一方だ。
一体いつまでこのドキドキが続くのだろうか。
はっきりとわかるのは、昨日よりも今日の方がもっともっと弦の事を好きになっている、という事。それから、隣にいる弦の事がどうしようもなく好きで、離れたくなくて、ずっと一緒にいたいと思っている事。
弦も同じ気持ちでいてくれたらいいな。
そんな事を考えていたらポロッと口から言葉が零れた。
「…もう、ずっと一緒にいたいなぁ……」
弦は黙って繋いだ手をきゅっと握った。
◇◇◇
壮行会会場のウェストホテルに到着したのは20時少し前。
ロビーを抜け、弦がクローク荷物を預けた後、受付を済ませると、弦にエスコートされて会場に入った。
参加人数は当初の予定よりも増えて、第一営業部と第三営業部+本部長とお付のマネージャーで全部で120人となったが会場は200人収容できる広さで、加えて立食パーティーだったため、スペースも広々と確保できていた。
居酒屋だったら間違いなくどんちゃん騒ぎでもみくちゃになっていただろう。
居酒屋じゃなくてよかったなと、ほっとしたのも束の間、先程から痛い程に感じる無数の視線……
そうだった……
一緒に暮らし始めてから毎日手を繋いで一緒に出勤していたもので、特段気にも止めずにいつものように連れ立って会場入りしてしまったのだが……
ここでも例の如く会場中の視線を集めてしまっていた事に気がつく。
若干の居心地の悪さを感じるも、役職以上で私たちの関係を知らない人はいないし、会社ではもう見慣れられている光景だ。きっと、この視線は私と弦の装いに対してだろう、と思った…いや、思っていた。
しかし、ここではたと思い出す。
今日のパーティの目的は新入社員の壮行会だ。
と、言うことはだ、ここの大半は新入社員たちなのである。
ハッとして辺りをぐるりと見回すと、当然、私たちの関係を知らない新人達がみんな目を丸くして私たちを凝視して固まっている。
会社の顔である猫実マネージャーと営業部エースの仲原サブマネージャーがふたりで連れ立っているだけでなく、色合いを揃えた完璧なまでのリンクコーディネート…
明らかにふたりの関係はただの同僚ではないのは、誰が見ても一目瞭然である。
失敗したな……せめて別々に入ってくるべきだったかな……
そう思ったのは一瞬で、研修が終わって配属になれば私達の関係はおのずとわかることなので、うん今更だな、と気にしないようにする事にした。
隣の弦をチラリと見遣ると、甘い甘い笑みを浮かべて愛しい人を見る目で私を見つめていた。
ドキッと心臓が跳ね、早鐘を打つ。
キスしたいなぁ……
弦の蕩けるような甘い顔に場を弁えずに欲情してしまいそうになり、無意識に自分の唇を触った。
見つめる弦の目が細くなり、私の腰に回した腕をきゅっと引き寄せて耳元で艶っぽく囁く。
「こぉら。そんな物欲しそうな目で見ないの。……俺だって同じ気持ち。」
ううっ……弦、あなたはエスパーですか?
思考が読まれ、羞恥心で顔が真っ赤になる。
そんなにわかり易い顔をしたかな?とうんうん唸っていると、そんな私の様子を見て、弦ふっと笑み崩れた。
「ふふふ、可愛い。そうだ、お腹すいてない?何か飲み物もってくるから、名月も何か食べ物取っておいで。」
「う、うん。そうする。」
そう言って弦は旋毛にキスを落とすと、またあとでね、と言い残し、バーカウンターの方へ歩いていってしまった。
そして、私はというと、一目散にビュッフェコーナーへと向かって歩いて行く…はずだったのだが、新入社員の横をすれ違う度に、話しかけられてなかなかたどり着けずにいた。
会話の内容はどれも他愛のない事なので、ひとりひとりにそんなに時間がかかる訳ではないのだが、如何せん人が多くて…丁寧に応対をしていたら埒が明かなそうだ。
どうしたものか、と少し考えていると後ろから声をかけられた。
「なっちゃん……」
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