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第二章 黒猫の恋人
第61話 身支度
しおりを挟むシャワーを浴びて、ふかふかのバスタオルで濡れた髪の水分を取りながら寝室に戻ってくると、時刻は19時を回ったところ。
そろそろ支度をしないとと思い、クローゼットの方に向かうと、先に戻っていた弦がにこにこしながらベッドの上でおいでと手招きをする。
「ドライヤーやってあげるから、こっちにおいで。」
弦に呼ばれるままにベッドの方に行くと、おいで、と手を広げられる。ぽすんと背中から弦の腕の中に収まると、後ろからぎゅっと抱きしめられ、背中にグリグリと額を押し付けて来た。
何時になく甘えモードの弦に胸がきゅんとして頬が緩む。
「ふふふ、弦なんか可愛い。」
「あぁ、離れたくないなぁ。このままふたりでまったりしていたい……ダメなのはわかってるけど。」
弦に寄りかかり腕を後ろの弦の首に回して頬を擦り寄せると、弦が私の頬にキスをした。目を開けると弦と視線が絡み、そのままどちらからともなく、口付けをし、ちゅっちゅっと角度を変え、何度もキスをする。
「んっ……これ以上は……だめ…」
「っは……なんで?名月も気持ちいいよね?」
「気持ち…いい……けど、行きたくなくなっちゃう……」
「あ、あぁ……それは困るな。」
弦は、最後ね、と残念そうに言うと、一層深いキスを落とし、名残惜しそうに唇を離した。
上目遣いで見上げると、弦は艶っぽい表情で甘く微笑む。
「続きは帰ってから……ね。」
そう言うと、ドライヤーのスイッチを入れ、私の髪に温風を当てた。
◇◇◇
「名月、この後の壮行会にこれを着て行って欲しいんだけど、どうかな?」
そう言って弦はクローゼットの中から某ブランドのショッパーを取り出した。
紙袋の中には、ドレスとバッグと靴とアクセサリーケースが一式入っていた。
ドレスはウエストの部分に大きなリボンをあしらった黒のカクテルドレスで、肩周りと胸から上の部分がビジューを散りばめたオーガンジーの上品だけど大人可愛らしいデザインだった。
それに合わせたシャンパンゴールドのパンプスと、ハンドバッグがとてもセンスが良くて、思わず溜息が零れた。
「凄い素敵……これ、どうしたの?」
「今後、俺の家関係でパーティに行かなきゃならない時があるから、ちょっと早いけど用意したんだ。俺が名月のイメージで勝手に選んじゃったけど……どうかな?お気に召したかな?」
「うん、うん!すっごい気に入った!ありがとう!」
「それはよかった。おいで、着せてあげるよ。」
そう言って、弦は私の手を取りせっせと服を着せ、髪もふんわりとしたシニョンにセットアップしてくれた。
私はそれに合わせて、いつもよりも少しだけ華やかにメイクをすると、弦は目を細めて破顔した。
「名月……とても綺麗だ…イメージしていた以上に…本当に綺麗だ。」
「えへへ、そうかな?……ありがとう……弦も、凄く素敵だよ。」
弦もいつもよりも華やかな装いで、インフォーマルなスリーピースのダークスーツに、光沢のあるシャンパンゴールドのネクタイを締め、髪は後ろに流していて、弦の雰囲気にとても似合っていた。
スーツもネクタイも私と合わせてコーディネートをしたのだろうか、色合いが完全に同じだった。
「ねぇ、名月。袋の中のアクセサリーケース開けてみて?」
そう言われて、ショッパーの奥にあるアクセサリーが入っているであろうケースを2つ取り出した。
1つ目のケースを開けると、綺麗なブルーサファイアとダイヤモンドのイヤリングとネックレス、ブレスレットがはいっており、もう片方の2つ目のケースをあけてみると弦の物であろう、カフスボタンとネクタイピンが入っていた。
「うわぁ……綺麗。」
思わず溜息が漏れると、隣の弦が嬉しそうに破顔する。
並べてみると、イヤリングとネックレス、ブレスレットの石の色やデザインが弦のカフスボタンとタイピンと対になっているようだ。
これはもしかして……
「ねぇ、もしかしてこのアクセサリーって……オーダーメイド…した?」
上目遣いで恐る恐る訊ねると、弦はふわりと優しい表情をして私を見つめ微笑んだ。
「うん、実は…そう。今日出来上がったんだ。」
やはりオーダーメイドだったのか。石の大きさやデザインから、かなり値の張るものだと言うのは理解出来た。
こんな高価な物を……恐縮と感激がせめぎ合って立ち尽くしていると、弦が正面に立ってゆるりと両手を私の腰に回した。
「お揃いのアクセサリー、名月の誕生石のサファイアで揃えてみたんだけど…嫌だった?」
弦は眉を寄せて少し困ったような顔で私の顔を覗き込む。
色々と考えてはみたが、結論、私の知らないところで、サプライズで準備をしていた弦の気持ちがただただ嬉しくて、胸がいっぱいになり涙が滲んできた。
「嫌だなんて……こんな…嬉しい……。どうしよう、嬉し過ぎて涙出そう……」
「こらこら、泣いたらせっかくの綺麗なメイクが落ちちゃうよ。」
そう言うと、弦は私の眦に溜まった涙にハンカチを当てて吸い取ってくれると、愛おしげな眼差しで私を見つめふわりと抱きしめた。
「喜んで貰えて俺も嬉しい。愛してるよ、名月。」
「うん、私も……弦、愛してるよ。本当に大好き。」
心底幸せそうな弦をみると私も幸せな気持ちになる。幸せ過ぎて蕩けてしまいそうだ。
お互いに見つめあって、こつんとおでこをくっつけて愛を確かめあった後、私は弦にタイピンとカフスボタンを、弦は私にネックレスとイヤリング、ブレスレットをと、お互いにアクセサリーを付け合った。
最後に弦はいつも使っているパフュームコロンを手首と首に付け、私の首にも付けてくれる。
そうして全ての支度が終わると、色合いも装飾品も香りまで揃いの格好……リンクコーディネートが出来上がった。
「この匂い……好き。」
弦から香るコロンの匂いに恍とすると、弦はそれはよかった、と微笑み、私の額にキスを贈ると、弦は楽しそうにくつくつと喉を鳴らして笑う。
「名月からも同じ匂いがしてるよ。」
「あ、そうだった。」
ハッとしていうと、弦は驚いたように目を丸く見開いた後、ふはっと笑み崩れた。
「ははは、気づかないとか…名月ってちょっと抜けてるよね。まぁ、そんな所も可愛くて大好きなんだけどね。」
「うぅ……抜けてるのは…否定できないけど……」
声に出して笑いながら弦は私のヘアセットが崩れないように、優しくぽんぽんと頭を撫でると弦は優雅な身のこなしで私の右側に立ち、するりと左腕で腰を引き寄せた。
「それでは、そろそろ会場に向かいますか、お姫様。」
そう言って、弦はにこりと綺麗な笑みを向けた。
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