41 / 106
第一章 黒猫の恋
第38話 黒猫の狂気
しおりを挟む「却下だよ。」
名月の提案を、綺麗にバッサリ笑顔で切り捨てると、名月は何かを考えるように眉間に皺を寄せて、目を瞑って頭を抱えている。
うん、今君が何考えてるかは分かるんだけど、それは聞けないお願いだなぁ。
「名月?とりあえず車から降りようか。」
にっこり笑顔で声をかけて名月のシートベルトを外し降車を促すと、名月はぱっと顔を上げ、車で待ってて欲しい、と言うが、俺は聞こえない振りをして車を降り、外から助手席側の扉を開けた。
「さ、名月行こ?ね?」
手を引いて名月を車から下ろすと、俺は逃がさないとばかりに名月の腰に手を回しがっちりホールドしてやや強引に歩き始めた。
名月はあわあわしながらも、俺に引き摺られるように付いてくる。
その表情は昨日の夜、俺のマンションを前にした時の表情そのもので、可笑しくて思わず笑ってしまう。
笑いが止まらない俺をチラリと横目で見つつ、名月はもじもじと何か言いたげにしていた。
まぁ、大体想像は着くけど……
スルーする事も過ぎったが、念の為聞いてみる事にして、名月に笑顔で問いかける。、
「ん?」
すると、名月は言いづらそうにおずおずと口を開いた。
「あのぅ…やっぱりひとりで行けるから……」
名月からの言葉は俺の予想通り。
んー、そうまでして俺を拒むのか……
きっと、名月は拒んでいるつもりは無いとして思うし、深い意味もないのだと思う。
しかし、どんな理由があれ、一度ならず二度も俺を帯同することを拒まれると、まるで俺自身を拒まれたような気がしてチリっと胸が痛んでくるし、流石の俺でもイラつきを隠しきる余裕がなくなってきた。
そして、何度却下しても食い下がってくる諦めの悪い名月に、俺は心の中でこの後どうしてくれようかなと、少しばかり残忍な気持ちになる。
あぁ、まだ諦めてないんだなぁ。
名月、これ以上俺を拒まないで……
いっその事、一生俺の部屋に閉じ込めてしまいたくなる。
狂おしいほどの狂気を一切外に漏らすことなく、俺は能面のような貼り付けた笑顔を作り、またもや名月の申し出を却下をする。
「だぁめ。」
俺の否決の言葉を聞くや否や、名月はガックリと方を落として項垂れるが、俺は表情を一切変えず、笑んだままじっと名月を見つめた。
恐る恐る俺を見上げる名月の瞳が不安と動揺で揺れている。
あぁ、この顔……昔見たことのある顔だ。
不安で、儚げで。
この顔を守りたいって思ったんだよなぁ。
昔の彼女を思い出すと、先程までの残忍な気持ちはなりを潜めて行く。
別に虐めたい訳ではない。
極偶に、そう言う衝動に駆られる時がある。
それだけ。
わからず屋過ぎて辛い。愛しいけど憎い。
あぁ、病んでるな……
そんな内心は綺麗に隠して、俺は彼女へなるべく優しい笑みを作るが、何故か名月は俺から視線を逸らして口篭り、その後口から出る言葉は弱々しく消え入りそうになっていった。
「車で待ってて……」
まだ言うか……
OK、いいだろう。こうなったら、君が諦めるまでとことん付き合ってやろうじゃないか。
頑固な名月に若干呆れつつも、方針が決まれば後は根比べだと苦笑し、サラリと作り笑顔で名月のお願いを却下する。
「却下。」
俺は項垂れる名月の腰に回した腕に力を込め、先を促して階段を登ると、名月の足は階段を登った先の角部屋の前で立ち止まった。
あ、また言うかな?
そんな事をふと考えていると、徐に名月がくるりとこちらに向き直りパッと顔を上げて言った。
「ここで待っ……」
「うん、却下。いい加減諦めて?」
またもや予想通りの言葉にはもはや苦笑しかでない。
こちらも、当然前回までと同様に却下である。
名月の引かないという態度は見えているけれども、俺も引く気は毛頭ない。
笑顔での睨み合いが続くこと数分、先に折れたのは名月だった。
何度目かの『却下』の後、深く息を吐いた名月は腹を括ったのだろう。漸くドアを開け、俺を中に招き入れてくれた。
◇◇◇
名月の部屋は、玄関のドアを開けると直ぐにキッチンがあって、扉の奥に居室があるこじんまりとした1Kの部屋だ。
キッチンには洗った後の食器があったり、色々なスパイス、沢山のキッチン用品など生活感に溢れていて、俺は幼い頃に母と暮らした狭いアパートを思い出す。
生活感のない今の俺の部屋とは大違いだ。
あぁ、早く一緒に暮らしたい。名月と暮らしたらこうなるのかな、と思うと気分が高揚した。
感慨深く周辺を眺めている俺に、名月は申し訳なさそうな視線を投げかけ、恐縮したように声をかけた。
「狭いですが…どうぞ。」
「はい、おじゃまします。」
入室を許可され、居室に足を踏み入れると、ふわりと名月の匂いがした。
なんだか名月の中に入ったような不思議な感覚に包まれ、下半身に熱が篭もるが、今日は目的があってここに来ている。
俺は頭を振って灯り始めた欲望の火種を打ち消した。
名月の居室にはシングルのベッドとローテーブル、チェストに本棚などの最低限の家具と座椅子代わりのクッションがあり、ものは少なく華美な装飾などもない。
女性の部屋にしてはさっぱりとしており、随分と実用的な印象だ。
「女らしくなくて恥ずかしい…だから嫌だったのに……」
名月はボソッと呟くと顔を真っ赤にしながら、ローテーブルの上に散らかっていたメイク道具と資料をせっせと片付けている。
なんだ、部屋を見られたくなかっただけで、俺との同棲が嫌で渋っていた訳ではないのか……
俺を拒んだ訳ではないということが何となくわかったので、少しだけ胸のつかえが薄れた気がした。
チラリと名月をみると、今度はベッドの上の散らかった衣類などを片付けている。
散らかったといっても、そんなに気になる程ではないが……名月は気になるのだろう。
名月が他の事に気を取られているうちに、俺がこの部屋にきた目的を果たすべく、物色し始める事にした。
俺の目的―それは賃貸契約書を見つけること。
そして、最短でこのマンションを解約して、引越しを進めること。
このマンションに来た時から考えていたが、やはりここに彼女は置いておけない。危な過ぎる。
まず立地だ。マンションの場所は、駅から徒歩15分の閑静な住宅街の中にあり、夜は周りに街灯も少ないので、夜道はかなり暗いだろうし危険があるかもしれない。
それだけでも大事な彼女を置いておくのは相当心配なのに、このマンションにはオートロックもなければ、鍵だって極一般的な鍵だ。
過保護かもしれないが、防犯上も心配だ。
可愛くて綺麗な名月がそんな所に住んでいると考えるだけで、心配過ぎる。
それに…先程キッチンを通った時にチラリと見えてしまった、食器類。流石にペアのものはなかったが、ほとんどが2組用意されていて、否が応でも元彼の存在を感じてしまう。
そんな空間に名月が住むなど、気が狂ってしまいそうだ。
一刻も早くこの場所から連れ出して立ち去りたい。
そんな些細な事にすら嫉妬をしてしまうのだから、やはり名月を今日連れ帰るしかないのだ。
それに、俺はもう彼女が傍にいないと平静を保つ事ができない。
自分の執着心に嘲笑し短く嘆息すると、頭を切り替え、部屋をぐるりと見渡す。
見た限りだと、収納できる物はクローゼットとチェストと本棚だ。
本棚には仕事関連の本と少しだけ雑誌がある程度なので、大事な物はきっとチェストかクローゼットの中だろう。
最初にクローゼットを物色すべく扉を開けると、仕事着が2~3着と少しの私服、衣装ケース数個と奥の方にスーツケースがあった。
ここに書類関連があるとは思えない。
であれば……
俺は次に、ベッドサイドのチェストにあたりをつけて中の確認を始めた。
中を確認すると、ここに引越してきてからの光熱費の払込票や家計簿などの書類関係や、各種契約書関連が入っていたから、目的の物は恐らくここで間違いない。
上から順番にガサゴソと中を確認して行くと、一番下段の底の方に賃貸契約書と書かれた封筒を発見した。
封筒から契約書を出し内容を確認すると、俺は名月に荷造りだけするように伝え、すぐさま不動産屋に電話をかける。
不動産屋に即退去の旨を伝えると、マンションの築年数と名月の居住年数から月途中の解約にも関わらず月末までの家賃のみで良いという事になった。
不動産屋の話によれば、名月のマンションは老朽化が理由で、1年後に取り壊しが決まったようで、来月には全戸にお知らせを投函予定だったとの事。
だから、今回の解約の申し出は非常にタイミングがよかった、と不動産屋は言っていた。
その為、敷金については全額返金に加え、原状回復費用はなし、不用品処分費用も大家負担で話が着き、すんなりと解約の話は完了した。
まぁ、不動産屋と大家にとっては、本来払うべき立ち退き料を今回は支払うことなく済んだわけだから、不用品の処分くらいどうってことないだろう。
状況の全てが、俺と名月を歓迎しているとしか思えず、俺は心の中で快哉を叫んだ。
高ぶる気持ちを抑え通話を切ると、クローゼットの中からスーツケースを引っ張り出しながら、名月に簡単に状況を伝え、そのまま俺は服を吟味するため、クローゼットで作業をしていると、不意に後ろから名月に声をかけられた。
「あ、あの……」
「ん?なぁに?」
振り返ると、名月はまたもや何か言いたげに俯きもじもじとしていた。
どことなく嫌な予感がした俺は、できるだけ怖がらせないように優しく微笑みかける。
すると名月はがばっと顔を上げておどおどしながら、ゴクリと喉を鳴らすと意を決したように言った。
「私まだ一緒に住むっていってないんだけど……」
俺の嫌な予感は的中し、頭から冷水を被ったようにさっと血の気が引いた。
途端に先程なりを潜めた、 残忍な気持ちが再度首を擡げ始める。
「だから、却下だよ。名月は俺の物だよね?」
名月そう告げた声は、自分でも吃驚するほど冷たい声だった。
さて、この後に及んでまだ俺を拒むという彼女をどう懲らしめてやろうか。
その考えが頭を占領する。
可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものだ。
もしも、本心で俺と一緒にいるのが嫌なのであれば、絶対に許せないし、許すつもりもない。
拒絶なんてさせない。絶対に。
俺の頭の中に色々と残忍な想いが駆け巡る。
こうなったら身体に言い聞かせないとダメかな。
このまま服を剥ぎ取りここで一晩中啼かせてやろうか。
弱いところを攻め立て、許してと懇願しても許してやらない。
気が狂うくらいまで快楽漬けで善がらせて
心から俺が欲しいと縋りついても名月が改心するまでは欲しいモノはあげない……
我ながら鬼畜の所業だなと思うが、わからず屋な名月が悪いのだからこればかりは仕方がないと思う。
まぁ、それも名月の回答次第だけどね。
俺は薄らと冷笑を浮かべると、名月に目線を送る。
「名月…?名月は俺の物じゃないの?」
俺の凍りついた表情を見て目を見開き固まっている名月に、俺は再度問う。
ちゃんと、俺の欲しい言葉わかってるよね?
答えを間違ったら、俺……壊れちゃうかもね。
それくらい君は俺の全てなんだ。
さぁ、名月答えて。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説



淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。


婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。


一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる