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第一章 黒猫の恋
【閑話】トラブルメーカー 松本 瑛太
しおりを挟むイライラしながらも会議の最中に呼び出されて部署に戻ると、
涙目で震える松本と顔面蒼白で立ち尽くす松本の上長の楠木サブマネージャーが目に入り、俺は額を手で抑えた。
火急の案件……それは予想通りのトラブル案件だった。
それもド級の。
松本と楠木と俺の3人で必死に対応したが、予想した通り、終息したのは23時を回ってからだった。
「おっ……わったー!!!!」
最後の調整が終わり、松本が受話器を置き思いっきり伸びをしながら叫んだのを、楠木が手持ちのファイルでバシッと松本の頭を叩き、書類を松本のデスクに投げた。
「コラ!松本。まだ終わってない。発注書と報告書にマネージャーの印鑑貰ってこい!」
「あっ…は、はい!今すぐ持っていきます!」
楠木の怒鳴り声に、松本は慌ててその書類をデスクの上から取り、小走りで持ってくる。
「マネージャー、お手間取らせてほんとにすみませんでした……」
松本はふるふると震え萎縮しながら、申し訳無さそうに発注書と報告書を差し出してきた。
本当だ。手間を取らせやがって……
口に出せない俺は、心の中で盛大に舌打ちをして悪態をついた。
今回問題を起こして目の前でふるふると震えている社員の松本は、名月と同期で入社5年になる。
入社5年となると年齢も27歳で所謂アラサー男子なのだが、この松本は成人男性にしては小柄で身長は165cm程度、クリクリの瞳の童顔で可愛らしい顔立ちにに加え、とても人懐っこい性格なので黙っていれば大学生にしか見えない。
そして、このワンコのような見た目と態度が、管理本部の女子社員、特にお姉様方の心を掴んで離さないらしいのだが……
年齢不詳でアラサーには到底見えないが、残念ながられっきとしたおっさんである。
そんな小柄で可愛らしいおっさんこと、松本は、さっきから目の前でふるふると震えながら上目遣いで俺を見つめている。
身長が165cmと小柄な松本からすると、身長180cmで武道をやっていてそこそこ筋肉もある俺とは体格差がかなりあるので、俺に話しかける時はどうしても上目遣いになってしまうそうなのだが……
そんな事知ったことないし、せめてその上目遣いを辞めてくれ。
俺は目下の松本を見て溜息を吐く。
その松本だが、真面目で一生懸命なのは認めるが、仕事は正直そんなに出来るやつではない。
中の下と言ったところなのだが、成果よりもとにかくミスが多い。
そして、誰も予測しなかったような奇天烈なトラブルを起こす。
そう、コイツは所謂トラブルメーカーと言うやつなのだ。
そんなトラブルメーカー松本が今日起こしたトラブルは、新製品プロモーションのサンプル納品日を1週間後ろに間違えると言う、普通では有り得ないミスだった。
本来なら、今日サンプル見本が出来上がって来るはずが、待てど暮らせど送られて来ず確認をした所、発注ミスが発覚し、俺と楠木が会議室を抜けて対応をした、という訳だ。
一体どうしたらそんなミスを起こせるのか。
ある意味奇跡としか言いようがないミスに、怒る気すら起きない。
頭を抱えつつ打開案を練るが、既に決まって会場手配も終えているサンプル配布のイベント日はずらせないので、どうにか工場のスケジュール調整してもらい、明日現地でのサンプル確認をお願いした。それから、色々な工程を省く事をクライアントに了承をとりつつ工場と調整をつけて、何とか希望の納品日に納品して貰える事になった。
新規クライアントだったという事に加え、こんなそうそう無いようなミスの対応で、普段はさほど使わないおべっかというスキルを、これでもかってくらい、ふんだんに使ったため地味にMPが削られた。
もう、他のスキルを使う余裕など微塵も残ってない。
名月と食事に行きたかったし、今日こそ名月に想いを伝えて愛し合いたかったのに……
こんな時間まで拘束された挙句、精神的な疲労が半端ない。
このトラブルメーカーのせいで計画がめちゃくちゃだ。
恨みごとの一言くらい、言ってやらなければ気が済まない。
「はぁ…全くだよ。おかげで今日の計画がパァになったんだ、この後1杯付き合えよ。」
ジト目で松本を睨め付けると、一瞬恐怖で飛び上がり、その直後に震えながら項垂れて松本はいった。
「ひぇっ!お、お、俺、クビですか…それとも閑職に異動ですか…」
飲みに誘う度、毎回これだ。上司に飲みに誘われるだけで、いちいちビクビクされたんじゃたまったもんじゃないので、今回ばかりは予定を潰された恨みもあるので、松本の意向を汲んでやることにする。
「はぁ、またそれか……わかった。では、今回はお前の望み通りクビにしてやろう。それとも……」
俺が真顔でそう返すと、松本は顔面蒼白涙目になりながら、顔をぶんぶんと横に振り、懇願する。
「ク、ク、クククビだけは…ご、ご勘弁を……飲みでも何でも付き合いますからぁ…」
「はははっ、松本、ご愁傷さまだな。では、俺は帰……」
「何を言っている。もちろん楠木も一緒だ。」
涙目でそう訴える松本を他人事のように見ていた楠木は、さっさとひとり帰り支度を整えていた。
コートまで羽織ってもう既に帰宅の準備万端のようだが、残念ながらそんな事は許すはずもない。
当たり前のように俺が言うと、楠木まで顔面蒼白涙目になり、俺に懇願した。
「げ、月曜日からですか…終電もうなくなるんですが……まさか、朝までですか…?…ご、ご勘弁を……」
「楠木サブマネ……俺の口真似しないでくださいよぉ…」
その様子を見た松本が、むくれながら上目遣いで楠木を責める。
楠木は面白がって松本の口真似だけではなく、上目遣いでぷるぷる震える様子も真似をして揶揄い始める。
それに応戦する松本は、きぃー!!!と言いながら楠木に飛びかかるも、楠木も178cmと背も高く、細マッチョな体格をしているため、松本は軽々と片手で去なされる。
その隙に、俺は手早く身支度を整え、じゃれ合うふたりに呆れつつ声をかける。
「俺は大会議室に忘れ物があるから、支度が出来たら通用口で待っててくれ。」
俺はふたりのどうでもいいやり取りを横目に、25階の大会議室へジャケットを取りに向かった。
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