【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第一章 黒猫の恋

第21話 自暴自棄

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 あの日から、彼女から時折内線が来るようになり話す機会か増えた。
 勿論仕事の件での内線なのだが、仕事だろうがなんだろうが、彼女と繋がりを持てた事が俺にとってはとても嬉しかった。

 こうやって時々彼女と話をするようになって感じたのは、学生の時よりも随分と大人になって、広い視野を持てるようになっていたということ。それと後天的かもしれないが、明るく楽しい性格で、意外と口が悪くて、それでいて結構姉御肌だということ。
 でも本質は変わっていなくて、優しい口調に細やかな気遣いが会話の端々に滲みでていて、聞き上手で話をしやすいということ。

 受話器越しだが、彼女の声のトーン、話し方、雰囲気の全てが俺にとって心地よくとても好ましかった。

 それから、最近では少しばかりだが仕事の話の合間に、素の彼女を見せてくれるようになり、内線ついでに雑談もしてくれるようになった。
 そのおかげか、案件票が戻ってくる時に一緒に可愛らしい猫のイラスト付きの手書きのメッセージや、時にはおやつを添えてきてくれたりと、少しずつ距離が近づきつつある事が俺は何よりも嬉しかった。
 何よりも仕事の時の彼女も好ましかったが、素の彼女を知る事により以前よりももっと彼女の事が好きになっていった。

 そうなると、会いたい、話したい、という気持ちがどんどん溢れて募っていく。
 勢いに任せて何度か第一営業部へ足を運んだこともあるが、その日に限って、いつも彼女は外出していてタイミングが合わず会えずじまいで、流石にこれだけ噛み合わないと、ヘタレで臆病な俺は敢えて自分から行かなくても、きっとそのうち彼女から来てくれるだろうと一歩退いて待ちの姿勢になってしまう。

 他の女には強気でいけるのに、情けない事に彼女相手ではこの体たらくなのだ。ほとほと自分が嫌になる。

 それもそのはずで、そもそも、俺は男女の駆け引きやその他の経験値は異様に高いが、恋愛の経験値に関しては全くの未経験0な訳で。
 ここに来て、恋愛経験0な事が仇になるとは思いもしなかったので、これは完全に俺の戦略ミスと言えるが、未経験な俺にはどうすることもも出来ず。
 こういう場合のノウハウなんて知らないし、今更誰かに聞ける訳でもない。実際、どうしたらいいのかわからないなりに、手探り状態できっかけを探していた。
 その為には今よりももっと接点を増やしていかなければ…と何としてもきっかけを掴みたい必死な俺は、多忙ながらもなるべく営業部全体MTGには参加するようにした。
 時間通りの参加が難しい俺は、遅れて入り早く出るので用意されたマネージャー席には行かず、いつも最後尾の窓際の端の席に座って後ろから彼女の姿を眺めていた。

 そんな彼女は入社4年目で更に昇進し、今春からサブマネージャーとなった。後ろ姿しか見ていないが、もう過去に出会った時のような自信なさげな彼女の面影はなく、自信に満ちて実績も出している出来る営業の堂々たる風格を漂わせていた。そして、その凛とした立ち姿からは遠目に見てもわかるくらいに本当に美しく眩しかった。

 そんな彼女に見蕩れている俺は、まだ遠くからしか彼女を見ることが出来ていない相変わらずのヘタレっぷりだ。そろそろアピールしても良いとは思うのだが、きっかけが掴めず立ち往生している。
 これはもう失笑しかない。

 だけど、彼女と関わるようになったこの数ヶ月間で、想っていただけの時よりももっともっと深く彼女のことを好きになっていた。

 彼女の声、雰囲気、姿…いや、彼女の全てが俺を魅了してやまない。
 同時に、彼女の事を好きになればなる程、どうしても彼女の恋人である鈴木の存在が頭を掠める。

 彼女と鈴木とその恋人である宮田の関係が引っかかり、どうしようもない心の痛みを抱え、俺はどんどん心を苛まれた。

 鈴木は今でも彼女と付き合っていて、同時並行で宮田とも付き合っている。しかも、松本と宮田の話によると、どうやら鈴木の本命は宮田のようだった。

 仕事も出来て気配り上手で、素敵で可愛らしくもある彼女を大事にするならともかくとして、蔑ろにする意味がわからないし、到底許す事など出来るはずもなかった。

 そもそも、宮田に乗り換えた時点で彼女とは別れるのが礼儀だと思うのだが、何故それをしないのかそれも腹立たしいし、きちんとケジメをつけていない時点で人としては最低だ。

 そして、俺はモタモタしている間に、人として最低なやつに好きな女を横から掻っ攫われたのだ。
 情けなくて地味に凹む。

 そんな悶々とした思いを抱えて過ごしていたある日、たまたま顧客の接待の帰りに歓楽街を歩いていると、楽しそうに話す彼女と鈴木がふたり連れ立って歩く姿を見てしまった。
 その仲睦まじく寄り添うふたりの姿を見て、俺は鈴木に対する嫉妬心が湧き上がり、頭がおかしくなりそうだった。
 何故彼女の隣にいるのが自分ではないのか、何故彼女を笑顔にしているのが俺ではないのか、と心が張り裂けそうだった。

 何のアピールも出来ていないのだから、当たり前と言えば、当たり前なのだが……

 彼女を裏切っているくせに、楽しそうにしたあいつが彼女の隣にいる事が許せず、俺は立ち尽くしてぎりぎりと拳を握りしめた。

 そこで、先日頼んでいた書類を持ってきた宮田がぼやいていたことをふの思い出した。

 鈴木と宮田は春から同棲する予定でいて、夏前に新居を借りたそうだ。しかし、同時期に鈴木の昇進があり、それに伴い多忙になったそうで、まだ鈴木の引越しが完全に完了していない状態だという。
 だから、まだ鈴木の前の家を引き払えておらず、ほとんど二人の部屋に帰宅していてほぼ同棲状態なのだそうだが、月1程度で引越し前の家に外泊する事があるそうだ。

 明らかに彼女との逢瀬の時だ。
 俺はそこに、二股を解消していない鈴木の狡さを感じずにはいられなかった。

 同棲を始めてまだ数ヶ月というと、一般的なには今が恋人と一番甘い時期なのではないのか?
 それなのに、何故彼女と連れ立っている?
 真っ直ぐ宮田のところへ帰ったらいいのに。

 もしかしたら、今日が宮田の言うその月に1度の外泊日なのだろうか。

 この後、二人はどこにいくのか……
 彼女は鈴木の部屋に行くのか?それとも彼女の家?ホテル?
 そして、この後、彼女は鈴木とセックスをするのだろうか……

 あいつに抱かれる彼女の姿を思い浮かべるだけで、怒りと嫉妬で頭が沸騰した。

 そんなの許せない。

 嫉妬に狂う俺の思考は、後から後から際限なく湧き上がる黒い感情に支配されていった。
 そして、その日、俺は久しぶりにBARで知り合った、彼女に雰囲気が似ていた女とセックスをした。
 その女は雰囲気こそ彼女に似ていたが、話し方や見た目の感じは全然違う。だが、顔を見なければ彼女だと思って抱けた。
 久しぶりの人肌が気持ちよくて、俺は狂ったように女を後ろから何度も求め、心の中で何度も彼女の名前を呼び好きだと告げた。
 彼女が鈴木に抱かれている事を考えたくなかった俺は、それを打ち消すように一心不乱に腰を振り女の奥に打ち付けた。
 何度目かの吐精の後、力尽きてベッドに沈むと、女が甘えてきたが、途端にすっと感情が冷めきるのがわかり絡めてきた腕をやんわりと去なす。
 脱ぎ散らかした服を身につけている時に、女からまた会いたいと言われたが、俺はその言葉を無視してホテルを後にした。

 深夜のひんやりとした空気に触れ昂った気持ちが落ち着いてくる。久々のセックスは正直気持ちが良かった。ただ、その気持ちよさと安心感を得た引き換えに、残ったのは自己嫌悪と後味の悪さだった。
 しかし、この日に得た束の間の快楽と一時的な心の安定を求める欲望に抗う事ができなくなり、その日を境に、俺はまた適当に女を見繕ってセックスをする爛れた生活をするようになっていた。

 特に、彼女と内線で話した日の俺は酷かったと思う。
 声を聞くだけで気持ちが溢れ出し、同時に孤独感に襲われる。そして彼女の笑い声を聞くだけで、あの日の光景が目に浮かび嫉妬心が頭を擡げた。

 そんな日は、頭の中で彼女を酷く凌辱したい想いが心と頭を占め、その辺で引っ掛けた女を乱暴に抱いた。

 ただ一点以前遊んでいた頃と違うのは、一晩限りを徹底し行為が終われば帰宅する、宿泊はしない、そして、特定の誰かを作ることはしなかった。いや、作ろうとも思わなかった。
 どんなに気持ちのいいセックスをしても、隣にいるのが彼女ではないとわかると、途端に冷めてしまう自分がいたからだ。
 こんな最低な事をしていても、俺はまだ彼女を諦める事が出来なかったから、後腐れのない関係しか持たなかったのだ。もう滑稽でしかない。

 こんなことなら、恋なんて知らなければ良かった。
 愛だの恋だの執着だの…そんなものと無縁の人生だと思っていたのに。他人に無関心でいられれば、こんなに心が乱される事などなかったはずなのだ。


 虚しい…淋しい…苦しい…
 どうしたら救われる?どうしたら彼女と愛し愛される?
 それとも俺には彼女に愛される資格はないのか……


 こんなの狂っている。こんな俺ではいつか彼女を壊しかねない。
 それなのに…俺はまだ彼女を、彼女だけを求めている。

 心が壊れてしまいそうだった。だから、俺は考える事を放棄して、日中はがむしゃらに仕事をして、夜は激しくセックスをする、そんな日を繰り返し過ごしていた。

 心も身体もボロボロなのに、家に着いても淋しさと孤独感からほとんど眠れない日が続いた。

 そんな日々が半年程続いたある日、とうとう俺は会社で倒れた。

 
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