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第一章 黒猫の恋
第19話 ミッション完了※
しおりを挟む「あれ?猫実さん、照れてます?」
顎に手を当てて黙って考え事をしている俺の態度を、何を勘違いしたのか肯定と捉えた宮田は、俺の腕にするりと自分の腕を絡め胸を押し付けてきた。
嫌悪感しかない俺は、少々乱暴に腕を振りほどき宮田と距離をとる。
「んーと、これが照れてるように見える?宮田さん、僕は上司だからね。距離感考えてね。 」
「うふ♡可愛い♡やっぱり照れてるんですね♡後でコーヒー入れるので、マフィン一緒に食べましょうね♡」
上目遣いでこてりと首をかしげて覗き込むように言う宮田に、ふつふつと軽い殺意に近い感情が湧いてくるが、それを押しやり至極冷静に宮田に問いかける。
「うん?君、話聞いてる?」
「猫実さんこそ聞いてます?いくら照れててもお誘いには返事をするのが礼儀ですよ?」
宮田はぶりっ子をしながら俺に詰め寄り、上目遣いでむくれてみせる。
途端に俺の心に酷く残虐な感情が湧きあがった。
駄目だ、この女には日本語が全く通じないようだ。
それならば…少し懲らしめてやろう。
誰でもよくて手当り次第に遊んでいた頃の感覚を呼び覚ます。
……そう、この感じ。
何年ぶりだろうか。いつもセックス相手の女を誘っていた時の様に、声と表情に色を込めて笑み、甘く耳元で囁いた。
「ふぅん、お誘い…ね。何?君、俺に抱かれたいの?」
「……えっ…」
突然ガラリと変わった俺の豹変っぷりに、宮田は吃驚したのか顔を真っ赤にして飛び退いた。
逃がさない。
完全に捕食者モードにスイッチを切り替える。
「夜まで待てない?今ここでセックスする?別に俺は構わないけど。」
俺は艶っぽい笑みを浮かべながら、宮田をジリジリと壁際に追い立て、壁と俺の間に閉じ込める。そして、右手で宮田の顎を捉え、欲を灯した瞳で見下ろした。
「宮田さん、俺の事誘惑してるのかな?今までそうやって、何人の男を誘ってきたの?」
「わた…しっ、そんなこと……」
「ふぅん、さっきからさ、潤んだ瞳で見上げて?この胸押し付けて。あぁ、その唇はキスを強請ってるのかな?そんな事されたら、男はみんな勘違いするよ。わかっててやってるよね?」
「そ、そんなつもりじゃないんです…」
「じゃあどんなつもり?ねぇ、俺に火をつけたんだからきちんと責任とってくれるよね?」
酷く狼狽えた宮田に、唇が触れるか触れないかの距離まで顔を近づけ、艶っぽい声音で囁くと、腰を抜かしたのか床にへたりこんでしまった。
腰が抜けた宮田を抱えて立たせると、俺はネクタイを緩める。
完全に怯えきった瞳で見上げる宮田に艶然と微笑むと、髪を掻き揚げ、首元にふっと息を吹きかけ耳元で囁いた。
「で、どうする?ご希望なら、今すぐここで何もわからなくなる程善がらせて、めちゃくちゃにしてあげるよ?大丈夫、俺、上手いから安心して委ねて?」
そう言うと、俺は秋波を送りペロリと舌なめずりをした。
「ひっ……」
宮田は恐怖でガタガタ震えながら、声にならない悲鳴を上げ、再び床にへたりこんだ。
俺はそんな宮田に冷ややかな目線を送った。
「君はもう少し男を知った方がいい。そうやって思わせぶりな態度を取れば、誰でも何でも言う事を聞くと思ったら大間違いだよ。わかったら二度とこんな真似はするな。」
それだけ言うと、俺はマフィンをテーブルに置き会議室を退室した。社用ケータイで小林に電話をして事情を話すと、直ぐにフォローに回るとのこと。
俺は小林との通話を切った後、瀬田にも電話をすると、瀬田は、了解、と一言だけ言った。
◇◇◇
午後一に屋上で瀬田と合流し、事の顛末を伝えると瀬田は楽しそうにくつくつと喉を鳴らし笑った。
「へぇ、あの宮田がそんな反応したんだ。」
「ちょっと手荒だったけど、きっちり釘は刺したよ。だいぶ強めに。これで懲りてくれればいいんだけどね。後は、仕事の覚えか…こればっかりは俺には無理だぞ?」
「いやいや、ひとまずは十分だろ。まぁ、もし、セクハラで訴えられたら管理本部が潰してやるから安心しろよ。」
あ、確かに。
男の怖さを分からせようと強硬手段に出たが、一歩間違えたら…というか、やってる事は完全にセクハラに当たるな、と瀬田に言われて気が付く。訴えられたら…と考えたらとゾッとしたが、十中八九、宮田から声は上がらないだろうという確信があった。
と、言うのも、そんな事になれば、宮田に散々弄ばれている他の男共が黙っちゃいないだろう。勿論、あの鈴木も……
自分の身が可愛いのであれば、宮田は黙っているしかないのだ。
そこまで計算しての俺の行動なので、特にセクハラの件の心配はしていないが、万が一にも彼女の耳に入るのは困る……いや、非常に困る。あってはならない。
俺は少し考えて、瀬田にも根回しをしておく事は大事だな、と結論付けて、瀬田に言った。
「セクハラかぁ……そうなったら仲原さんに伝わるよなぁ…うん、その時は全力で頼むわ。」
「うわ。お前の基準は仲原さんなの?」
「当然だろ。何を言ってるんだ。」
俺は真顔で毅然と言うが、何故か瀬田は若干呆れ顔をして深い嘆息をすると、不穏なセリフをボヤくように言った。
「……早く告って玉砕してこい。」
「あ、そうだ。瀬田、サポートの件だけど、進捗次第では明日までで全て片付きそうだから、とりあえず明日いっぱいで大丈夫そうだよ。」
とりあえず、瀬田の不穏な嫌味は綺麗にスルーして、要件を伝える。
実際、小林のサポートのおかげで溜まっていた書類関連は順調に片付き、予定していた仕事もほぼ完了に近く、この調子なら少し前倒しに仕事を繰り上げられそうだった。
宮田もこのまま俺と仕事をするのは気まずいだろうし。そう思っての提案だったのだが、それについては瀬田から意外な言葉が返ってきた。
「その件なんだけど……猫ちゃんさ、このまま宮田をもう少し預かってくれると助かるんだよね。1ヶ月程…無理ならせめて、当初の予定通り今週一杯。」
「まぁ、仕事は沢山あるから、俺は別にいいけど……小林は何て?」
「うん。その小林からの希望もある。後は…」
瀬田から聞いた話だと、どうやら宮田は仕事の覚えが悪いのではなかったようだ。実際のところ、禄な仕事を回して貰えていなかったらしく、まともな仕事をした事がなかった事がわかった。
小林が付きっきりで仕事を教えた結果、実は物覚えもよく、非常に優秀な人材だったと判明したらしい。
どうやら出来ないのではなく、やった事がないから仕事が出来なかっただけのようだ。
その為、この機会にみっちりと仕事を叩き込みたいとの小林からの希望もあり、管理本部としても人材を育成することは是なので、この機会に一人前に育つまでサポートに就かせたいという思惑があるようなのだが……
それにしても……
「やっかみか……?」
「だな。」
好みの問題はあるにしても、一般的に宮田はかなり可愛い部類に入る。そして、あのぶりっ子…男にモテるのは確かだろう。
その結果、他の女子社員からやっかまれ仕事を回して貰えていなかったようだ。
管理本部は半数以上が女子社員のため、偶にこういった社内イジメ的な事が起こるのだろう。大半は気が付かず、対象の社員が退職して終わりだが。
今回のことで、そういった行為が陰で行われていた事が浮き彫りになったのだから、これから内部調査や是正措置などが取られ、管理本部は忙しくなるだろう。だが、それは管理本部の問題であって俺には関係ない。後は瀬田が頑張ればいいことだし。
何れにしても、本部長から俺へのミッションは完了というわけだ。
しかし……非常に疲れた。
たった1週間預かるだけで、この疲労感はなんだ…
俺はタバコを1本取り出し火を着けると、深く息を吐きながら瀬田に言う。
「……なぁ、瀬田。奢れよな。」
「あぁ、終わったら飲みに行こう。」
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