【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第一章 黒猫の恋

第1話 今日は厄日だ…

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 今日は厄日だ。

 朝、いつも乗っている電車は人身事故で大幅に遅延。
 振替輸送のバスは長蛇の列。
 バス待ちしてたら朝一のプレゼンに間に合うかどうかなので、タクシー乗り場に向かったらそこも長蛇の列。
 だけど、あのままバス待ちするよりよっぽどいい。
 待つこと十数分、漸くタクシーを拾えたのに、途中からまさかの大渋滞にハマる。
 これは走った方が早いと、途中でタクシーを降りてダッシュする羽目に…
 なんとか始業時間ギリギリには間に合ったが、バッチリ決めた髪もメイクも汗でぐちゃぐちゃ。朝からゲンナリだ。

 時計をチラリと見ると8時40分。プレゼン開始まで時間もあまりない。どうしようかと考える事数秒、せっかく巻いた髪も手ぐして解してシュシュでサイドに纏め、崩れたポイントだけ手早くメイクを整える。
 その結果、悲しいけれどいつもと同じ感じになる。
 だけどそれもやむなし。正直、勝負メイクもへったくれもない。

 そして、極めつけの厄事といえば……

 事前に入念に準備したプレゼン資料を忘れるという事。

 もちろん、パコソンにはデータがあるので、問題ないっちゃ問題ないのだが、折角夜遅くまで書き込みをしてきたのに、苦労が水の泡になったことが地味に辛い。

 ぶっつけ本番で当たって砕けろ!だ。
 あ、砕けてはいけないな。
 このプレゼンは是非とも勝ち取りたい…自信なくなってきたけど…


 これだけでも十分ついてないのに、まだまだ厄は続く。

 前の人が設定をそのままにしていた為、コピーの部数を多く間違えたり、楽しみにしていた冷蔵庫のプリンを食べられたりと、この日は終業時間までやたら小さい災難が立て続けに起きた。

 もう勘弁してくれ、一体なんなんだ。

 そんな最悪な一日だったが、今夜は久しぶりに恋人の誠治とのデートがあるからなんとか頑張ることが出来た。

 大学卒業後、同じ会社に就職が決まってから付き合ってもうすぐ5年。お互いの仕事もいい感じだし、そろそろ結婚するんだろうな、と当たり前のように思っていた。


 婚約指輪 結婚 プロポーズ

 前に、誠治の部屋でパソコンを借りた時にチラリと見えた検索ワード。
 なんだかんだ相手も意識してくれてるんだ、と嬉しかった。

 それから3ヶ月。

 お互いの仕事が忙しくてなかなか会えない日が続いたが、大きなプレゼンが終わる今日は、3ヶ月振りのデートなのでどうしたって心が踊ってしまう。些細な事かもしれないが、久しぶりに恋人にゆっくり会えることが嬉しかった。

 そんな浮き足立った気持ちでいると、あっという間に終業時間を迎えていた。
 私は逸る気持ちを抑えて、急いで帰り支度を終えると会社を後にした。


 楽しみ過ぎて約束の時間よりも少し早めに到着してしまったので、席で待たせて貰おうと指定された店に入る。
 恐縮しながら店員に案内された席に着くと、誠治も早く着いていたようで既に席に着いていた。


「久しぶりだね。同じフロアなのに。」


 店員に椅子を引いてもらって席に着くと、すぐに誠治に声を掛けたが、あぁ、とだけ言った誠治に何故か気まずそうに目線を外される。不思議に思って誠治を見つめると、何だかソワソワして気もそぞろだ。

 あ、これはもしかして、もしかすると…と、期待が高まる。

 席に着くと同時に、前菜と食前酒のスパークリングワインが運ばれてくる。口に含むと微発泡が心地がよい。

 こんなちゃんとしたレストランでデートなんて何年ぶりだろうか。
 特に、ここ最近は多忙過ぎて軽く居酒屋で飲んだり、お互いの家…主に私の家だったりでまったりする事が多かった。
 もちろん、今日のデートもいつも通りだと思っていたのに、まさか特別な日でも何でもないのにお洒落なビストロデートなんて、もうプロポーズを期待するに決まってる。

 コースを注文していたのだろうか、これも普段のデートでは有り得ない事で更に期待で胸が高鳴る。
 前菜の後に運ばれてきた料理もどれも大変美味しかった。
 美味しい料理に舌鼓を打ちながら、会えなかった間の近況など報告しあったが、なんだか誠治の口数はいつもより少なく感じた。

 まぁ、緊張のせいだろう、と思いさほど気にしていなかったこの時の自分をぶん殴ってやりたい。

 するすると食事は進み、残すはデザートのみとなる。
 ここまで結婚の話はでてこなかったので、そろそろかと思って目の前の誠治をチラリと見ると、緊張した面持ちの誠治と目があった。
 お、これは…と益々期待感が高まる。
 そんな私の気持ちを知ってか、誠治はカトラリーを置くと、ゴクリと息を呑み意を決したように口を開いた。


「結婚………することになった。申し訳ないが、俺と別れてくれ。」


 はい、プロポーズ来ましたー!もちろん結婚します…って…

 へ????
 どうゆうこと?!



 ◇◇◇



 そこからどうやってここまで来たのか覚えていないが、気がつくと、缶チューハイ片手に公園のベンチに座っていた。
 隣にあるコンビニの袋の中には、まだ未開栓の缶チューハイが数本とツマミ。そして、既に開けて空になった缶が十数本…
 私は決してお酒が強いわけではないので、にわかには信じられないが、どうやらやけ酒で飲みまくったのだろう。


 視界がふわふわして、街灯のあかりがキラキラして見える。
 辺りを見回してみたら、普段ならなんでもない景色のはずなのに、全てが鮮やかに輝いてみえた。
 時折、視界がグニャリとするのは置いておこう。

 暦上では既に春ではあるが、夜は流石にかなり寒い。
 だけど、お酒で火照った身体には冷たさが丁度いい。

 さっきまでの悲しい気分はなく、何だか楽しくなってきて、グイグイお酒がすすむ。

 今日は厄日だーと思っていたけれど、まさか一日の終わりに最大の爆弾が落とされるなんて、夢にも思わなかった。

 結婚を信じて疑わなかった恋人には、私の他に付き合ってた人がいた。それも2年。
 そっちと結婚するから別れてくれとか、身勝手にも程がある。
 私は一体、誠治のなんだったのか。ただの都合のいい女だったのか。

 私これからどうなるんだろ。

 思い出したらまた涙が滲んだ。
 心にぽっかりと穴があいてしまったようだ。
 心が痛くて涙が滲んできた。

 涙が零れないように上を向く時の勢いに任せて、手に持っていた缶チューハイを一気にぐびぐびと煽る。

 お酒が一気に回って頭がクラクラするけど、今はとにかく酔いたい気分。
 グイグイとお酒が進み、どんどん隣に空き缶が増えていった。
 気がつくと、ツマミの匂いに釣られたのか、どこからやってきたのか、綺麗な黒猫が足元にちょこんと座っていた。


「可愛いにゃんこだねぇー。どこから来たのかなぁ?」


 話しかけた後、言葉がわかるはずもないよなぁー、と自分の行動が可笑しくなって苦笑いする。
 黒猫は人馴れしているのか、スリスリと足にまとわりつき、長いシッポを足に絡めて甘えてくる。
 背中を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして、膝に飛び乗ってきた。

 黒猫というと、どうも不吉とか悪魔とかそう言うイメージがあるが、今の私にはこの黒猫が天使に思える。
 ぽっかり空いた心の穴に、そっと寄り添うようにあらわれたその小さな温もりに救われた。

 ふわふわの毛を撫でているのが気持ちがいい。

 ずっと撫でていたいなぁ。

 心地の良い重さと温もりに、だんだん意識が遠のいていく。


「…猫でもいいから、私を慰めてよ。」


 ペロリと頬を舐められた感触がしたが、私の意識はそこで途切れた。
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