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第五章

彼の本気③

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「小林様、すみません。少し離れます」

 常連の小林様に断りを入れて、一旦その場を離れる。

「どうしたんですか?」
「それが、昨日新規のお客様のご予約を電話で承ったんだけど、どうやら凪紗ちゃんのお知り合いみたいなの」
「え?」

 常連のお客様ではなく、新規で知り合い……

 先日の同窓会で名刺を交換したけど、こっちに住んでいる子はいなかったし、まさか新幹線に乗ってわざわざ来てくれたのだろうか。それ以外で、私を訪ねてくる知り合いは思い当たらない。

 疑問が渦巻く中、受付を見ると――

「え? どうして⁉」

 なんと湊翔さんがいるではないか。私が美容師をしていることを話したし電話番号を交換したけど、お店の名前や場所を教えた覚えはない。

「凪紗ちゃんのお知り合いで間違いないのね?」
「は、はい……」

 店長に耳打ちされて頷く。

「お待ちいただくから、小林様が終わったら担当してちょうだい」
「……はい」

 お客様に指名をいただいてお断りできるわけがない。
 
 小林様のカットに戻っても、湊翔さんのことが気になって集中できない。

「凪紗ちゃん何かあった?」
「いえ、すみません」

 私の母と年齢が近い世代の小林様は、親しみを込めて名前で呼んでくれている。

「働き過ぎで倒れないようにね」
「ありがとうございます」

 長年通ってくださる小林様は、私が七海を妊娠したことやシングルマザーであることも知っていて、いつも気に掛けてくれるのだ。私が美容師を続けて来られたのも、店長をはじめお客様に恵まれているからだといっても過言ではない。

 なんとか小林様のカットを終えて、受付までお見送りをした。

「ありがとうございました」
「また来月お願いするわね」
「はい、お待ちしております!」
 
 その間もずっと視線を感じる。受付横にあるソファから湊翔さんが私を凝視しているのだ。

『気まずい……』と思っても、それを顔に出すわけにはいかない。

「お客様、お待たせいたしました。ご案内いたします」

 ここは平静を装っていつも通りの接客を心掛ける。
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