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外伝 フラガラッハ
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この世に生じたのはいつの頃かだったか?
付与された意識は長き月日を重ねようと磨り減ることは無い。
故に成長も変心も有り得ない。
己が剣であるが故に強い者が好きだ。
その者が如何に邪悪な思想を持とうとも。
ただ強き者が己を振るうのにその身を任せ、常に寄り添い敵を撃ち倒すと言う己の使命を果たすのみ。
今は失われた神代の時代の錬金術士達が持てる技術の粋を凝らして創り出された我が剣身は、例え相手が鋼鉄に包まれていようと容易く両断する。
当時数多く創り出された我の姉妹達も神代の終わりの戦乱の果てにその数も一つ減り二つ減り、今ではとんと見る事もなくなった。
既にこの世には我しか居らぬのかも知れぬ。
月日は流れ、何の因果かと或る王国に流れ着き、代々その国の最強を冠する騎士に仕える事となった。
概ね満足。
長き平和の果てに人の強さも地に落ちようとも、剣として太平の世を儚む機微も我が身を焦がす様な戦いの日々の欠落に嘆く事も、戦いの為だけに創り出された己の意思は絶望に落ちることは無い。
そうした機能は与えられていないのだから。
ただ剣として主人の敵を倒す事のみが 武器として生まれた己の存在理由に他ならない。
新しく主人となった最強騎士。
確かに強さはここ最近の最強騎士達の中ではそれなりだろう。
だが、これまでと何も変わらぬ。
この者が我を振るうなら、ただそれに応え如何なる物も斬り捨てるだけだ。
この先、遥か未来永劫までもただそれが続くのみ。
磨り減る事の無い己の意思を与えた産みの親達を呪いたくなる。
……筈だった。
だが、それは突然目の前に現れた。
信じられなかった。
神代の時代ならいざ知らず、我の剣身から火花を散らす事など、千年の記憶を掘り起こしても該当するデータは存在しなかった。
あぁ綺麗だ、そうか我が身はこんなに綺麗な火を出せたのだな。
踊るはずの無い心が揺れる。
高まる筈の無い高揚感が意識を染める。
……だが、それと同時に自らのプライドを傷付けられた苛立ちが募るのを感じた。
その時はその様な機能は己に与えられていないと言う事さえ忘れるほどに。
幾号に及ぶ剣戟。
激しく飛び散る火花。
あぁ腹が立つ。
あぁ腹が立つ。
あぁ腹が立つ。
ふと我の心に生まれる筈の無い新たな感情が湧き出ている事に気付く。
歓喜や怒りも驚くべき事なのだが、新たに生まれた感情。
それは嫉妬。
何に対しての嫉妬なのかは明白だ。
それは主人と激闘を繰り広げている下級兵士に……ではない。
その下級兵士が扱う屑剣に対してだ。
おかしいおかしいおかしい!!
なんだ! なんなのだ!! 何故神代の秘宝である我が、何故屑剣如きを断ち切れぬのだ!!
信じられない事に我が権能を妨げているのは神代の錬金術でもなく偉大なる魔道の力でも無い。
全ては屑剣の使い手の技能のみによるものだと言う事だ。
こんな事ある訳が無い!
我が使い手はこの国最強ではなかったのか?
くやしい! くやしい! そこは我の場所だ!!
一閃
そして周囲にはとても澄んだ金属音が響き、暫く後に我が断ち切った屑剣の剣身が地面へと突き刺さる音が聞こえた。
勝った! やった! やったぞ!!
我は吼えた! 勝利の雄叫びを!
戦いとは勝った者が強者! やはり我が主は最強だ。
ふん、我を相手に油断するなど慢心が過ぎるぞ。
こんな奴に一瞬でも我を振るって貰おうと考えた自分が恥ずかしい。
いつまでその屑剣を握っているのだ?
しかもそんなに強く握り締めて! もうそいつはゴミなのだぞ?
お前を護る事も出来ないそんなゴミを何故捨てない。
あぁなぜだかとてもイライラする。
もういい、さぁ主よ! 早くこの男を殺すのだ!
しかし、我が主はなかなか目の前の男を斬ろうとしない。
なにやら女と口論しているようだ。
なにをやっている我が主! 戦いの最中なのだぞ?
目の前の男はいまだ健在なのだぞ?
しかもあれは何か必中の策を練っている目だ。
既に勝ったと慢心して隙を見せるとは。
暫しの口論の後、主は目の前の男の名を呼んだ。
『カナン』……何故かその名に心が揺れた。
今まで数多くの主や敵の名前を聞いて来たが、この様な事は無かった。
その中には『カナン』と言う名が無かった訳ではない。
言えば数百は下らぬくらい有触れたものだろう。
だが、彼の顔とその名はまるで剣が鞘に収まったとでも言おうか、または互角の力故に数刻にも及ぶ鍔迫り合いをしているとでも表現しようか。
我の心に光を見た気がした。
我が剣柄は彼の手に在るべきでは? そう思えた。
だが、それは夢幻だ。
なぜなら我が主は大きく我を振り上げ、次の瞬間には彼を両断するのだから。
我は最強が使う道具だ。
負けた者は如何に力が有ろうと弱者でしかない。
これでいい……これでいいのだ。
主は彼の名を叫び、我を振り下ろそうした。
その時……彼は我を見て大きく口角を上げた……我を見て笑った。
トゥンク♡
心が大きく跳ねる。
我の中で何かが音を立てた……そんな気がした。
まるでそれは宝玉に施された封印が弾け飛んだような、高揚。
は? 何だ? 何が起こった?
何故彼の笑顔に胸躍る?
え? ちょっと、なんで? なんで?
えぇーーーー!! なになになに? 何なのこの気持ち? ちょっ胸がドキドキするんですけど!?
こんなの初めて! あぁ! 彼を斬っちゃう! ダメダメダメ!!
あっ! 彼ったら凄い勢いで立ち上がった! すっごい身体能力!! 素敵!!
え? 握り締めた屑剣をどうするつもりなの?
いや、もしかしてその屑剣の鍔であたしを殴っちゃうつもり?
そりゃあたしの剣身を止められる訳無いんだけど、だからと言って剣柄を殴るのはやめてぇーー。
そこはあたしの唯一の弱点なの。
貴方の力で殴られるとあたし壊れちゃう!
いやーー! あたし死んじゃうーーーー!!
目の前に迫る屑剣の鍔。
あたしは死を覚悟して目を閉じる。
しかし、彼の放った攻撃はあたしに当たる事無く、主の拳を砕くだけであたしは空に放り出された。
もしかしてあたしを傷付けない為に、主の拳を殴ったの?
その優しさがとっても嬉しい……。
あぁ、彼の手に抱かれたい。
彼の側でずっと尽くしたい。
ん? 主が呼んでるわね。
行かなきゃ……まっいっか。
最近のこの王国は頭おかしい奴ばっかりだったし、さすがのあたしもこれ以上弱い者を嬲るのに使われるのは気分悪いしね。
出来る事なら彼に使われたいわ。
あっ! 屑剣が彼を刺そうとしている!
主もいつの間にか死んでるし、ボーっとしている間に急展開じゃない。
しかし屑剣め! さっきは彼に大切にされていたって言うのに今度は彼を仇なそうって言うの?
許せないわ! ってあたしもそうだったんだけど。てへっ!
汚名返上を手土産にバビュンと不埒者をやっちゃおうかしら?
元主の帰還命令はいまだ健在だし、それに身を任せれば不埒物を始末して彼の下まで戻れるから一石二鳥よ。
確かこいつ元主の従騎士だった奴よね?
いつもあたしの事をいやらしい目で見てたわ。
まぁ、あたしの凄さを知っていたらじろじろ見たくなる気持ちも分からないでもないけど、身の程を知りなさい?
従騎士を刺し貫いたあたしはそのまま元主も貫いて地面に刺さる。
元主の血を剣身に受けた事により、あたしに施された主従契約破棄条件は成立し晴れて自由の身となった。
さぁ! これであたしはあなたの物よ!
あたしを使ってこの窮地を脱しなさい! ……え? あれ? なんであたしを見て後退るの?
もしかして呪いを気にしてる?
大丈夫だって! そりゃ気に入らない相手ならサクッと死の呪いを掛けちゃうけど貴方には掛けないってば!
あぁ声が出せないのがもどかしい。
そうこうしている内になにやら大変な事態が。
周囲に魔物が溢れて来ちゃった。
彼は逃げ出すし、あたしはこの場で元主に突き刺さったまま。
一緒に行こうにも主従契約していない限り自由に動く事もままならない。
やばいやばい! このままじゃあたし魔物達に壊されちゃう!
まぁ、あたしの身体に触れようものなら先に魔物達が死んじゃうだろうけど。
けれどこれだけの大群なら、このまま谷底まで押し出されて川に沈んじゃう。
いかに神代の秘宝と呼ばれたあたしでも錆びちゃうかも。
そんなの嫌よ!
その時、遠くで彼の声が聞こえた気がした。
それは人が死の間際に放つ思念。
彼に危機が迫っている!! そう思った瞬間、あたしの中に封印されていた力が溢れ出して来た。
思えば彼に会ったその瞬間から封印は解け始めていたのだと思う。
武器としての思考しか持たないあたしが、歓喜や怒りそれに嫉妬などの感情が湧いた事こそそれを証明していると言って良いだろう。
会うべき人と出会って解放される力。
あたしを造りだした親達は、何を考えてこんな機能をあたしに付けたんだろう?
って、今はそんな事なんてどうでも良いの! 彼の元に急がなきゃ!!
本来主従契約を結ばなきゃ発動しない自動帰還機能なんて何のその。
あたしは自分の意思で飛び上がり彼の元へ一直線。
見事彼の手に収まり、迫り来る敵を一刀両断斬り捨てた。
あぁ、彼の手はなんて逞しいの?
まるであたし自身、この手に握られる為に生まれたかのよう。
突然手の中に現れたあたしに困惑している彼。
そりゃそうよね。
いきなり握っていたらビビるよね。
しかも主以外が触れたら呪われるって知ってるみたいだしさ。
あぁ、喋れないのがもどかしい。
『貴方はあたしの主です』って言いたい!
「フラガラッハはカナン様を主に選んだのですわ」
突然連れの女がまるであたしの想いを代弁するかの様に彼に話し掛ける。
彼はその言葉で納得して笑ってくれた。
ナイス! 連れの女!
貴女は彼の思い人っぽいけど別にそれはどうでも良いわ。
人と剣とでは想いの有り方が違うもの。
あたしが嫉妬するのは彼が戦場で他の武器を握る事。
命の危険が迫るその時に彼の側で支える事こそ剣としての愛なのよ。
「よし! お前も俺の相棒だ! 俺達の逃避行手伝ってもらうぜ」
彼の言葉に心が歓喜で染まる。
あたしの事を道具じゃなく相棒と呼んでくれた。
とても嬉しい!
あたしは彼の言葉に応じるように大きく身体を震わせた。
フラガラッハは女の子。
生まれ出でて千の月日の果てに出会うべく出会った真の主……否、相棒を得て更なる高みへと至る。
彼女はこの後もずっと彼の側にあり彼と共に戦い続けた。
彼の冒険譚には語られないが、彼の横には黒曜石の様な美しい黒髪を湛えた女神の様に美しい妻だけではなく、白銀に輝き如何なる者をも斬り捨てる頼もしい相棒が共にいた。
あぁ、神よ、三人の旅に祝福を……。
付与された意識は長き月日を重ねようと磨り減ることは無い。
故に成長も変心も有り得ない。
己が剣であるが故に強い者が好きだ。
その者が如何に邪悪な思想を持とうとも。
ただ強き者が己を振るうのにその身を任せ、常に寄り添い敵を撃ち倒すと言う己の使命を果たすのみ。
今は失われた神代の時代の錬金術士達が持てる技術の粋を凝らして創り出された我が剣身は、例え相手が鋼鉄に包まれていようと容易く両断する。
当時数多く創り出された我の姉妹達も神代の終わりの戦乱の果てにその数も一つ減り二つ減り、今ではとんと見る事もなくなった。
既にこの世には我しか居らぬのかも知れぬ。
月日は流れ、何の因果かと或る王国に流れ着き、代々その国の最強を冠する騎士に仕える事となった。
概ね満足。
長き平和の果てに人の強さも地に落ちようとも、剣として太平の世を儚む機微も我が身を焦がす様な戦いの日々の欠落に嘆く事も、戦いの為だけに創り出された己の意思は絶望に落ちることは無い。
そうした機能は与えられていないのだから。
ただ剣として主人の敵を倒す事のみが 武器として生まれた己の存在理由に他ならない。
新しく主人となった最強騎士。
確かに強さはここ最近の最強騎士達の中ではそれなりだろう。
だが、これまでと何も変わらぬ。
この者が我を振るうなら、ただそれに応え如何なる物も斬り捨てるだけだ。
この先、遥か未来永劫までもただそれが続くのみ。
磨り減る事の無い己の意思を与えた産みの親達を呪いたくなる。
……筈だった。
だが、それは突然目の前に現れた。
信じられなかった。
神代の時代ならいざ知らず、我の剣身から火花を散らす事など、千年の記憶を掘り起こしても該当するデータは存在しなかった。
あぁ綺麗だ、そうか我が身はこんなに綺麗な火を出せたのだな。
踊るはずの無い心が揺れる。
高まる筈の無い高揚感が意識を染める。
……だが、それと同時に自らのプライドを傷付けられた苛立ちが募るのを感じた。
その時はその様な機能は己に与えられていないと言う事さえ忘れるほどに。
幾号に及ぶ剣戟。
激しく飛び散る火花。
あぁ腹が立つ。
あぁ腹が立つ。
あぁ腹が立つ。
ふと我の心に生まれる筈の無い新たな感情が湧き出ている事に気付く。
歓喜や怒りも驚くべき事なのだが、新たに生まれた感情。
それは嫉妬。
何に対しての嫉妬なのかは明白だ。
それは主人と激闘を繰り広げている下級兵士に……ではない。
その下級兵士が扱う屑剣に対してだ。
おかしいおかしいおかしい!!
なんだ! なんなのだ!! 何故神代の秘宝である我が、何故屑剣如きを断ち切れぬのだ!!
信じられない事に我が権能を妨げているのは神代の錬金術でもなく偉大なる魔道の力でも無い。
全ては屑剣の使い手の技能のみによるものだと言う事だ。
こんな事ある訳が無い!
我が使い手はこの国最強ではなかったのか?
くやしい! くやしい! そこは我の場所だ!!
一閃
そして周囲にはとても澄んだ金属音が響き、暫く後に我が断ち切った屑剣の剣身が地面へと突き刺さる音が聞こえた。
勝った! やった! やったぞ!!
我は吼えた! 勝利の雄叫びを!
戦いとは勝った者が強者! やはり我が主は最強だ。
ふん、我を相手に油断するなど慢心が過ぎるぞ。
こんな奴に一瞬でも我を振るって貰おうと考えた自分が恥ずかしい。
いつまでその屑剣を握っているのだ?
しかもそんなに強く握り締めて! もうそいつはゴミなのだぞ?
お前を護る事も出来ないそんなゴミを何故捨てない。
あぁなぜだかとてもイライラする。
もういい、さぁ主よ! 早くこの男を殺すのだ!
しかし、我が主はなかなか目の前の男を斬ろうとしない。
なにやら女と口論しているようだ。
なにをやっている我が主! 戦いの最中なのだぞ?
目の前の男はいまだ健在なのだぞ?
しかもあれは何か必中の策を練っている目だ。
既に勝ったと慢心して隙を見せるとは。
暫しの口論の後、主は目の前の男の名を呼んだ。
『カナン』……何故かその名に心が揺れた。
今まで数多くの主や敵の名前を聞いて来たが、この様な事は無かった。
その中には『カナン』と言う名が無かった訳ではない。
言えば数百は下らぬくらい有触れたものだろう。
だが、彼の顔とその名はまるで剣が鞘に収まったとでも言おうか、または互角の力故に数刻にも及ぶ鍔迫り合いをしているとでも表現しようか。
我の心に光を見た気がした。
我が剣柄は彼の手に在るべきでは? そう思えた。
だが、それは夢幻だ。
なぜなら我が主は大きく我を振り上げ、次の瞬間には彼を両断するのだから。
我は最強が使う道具だ。
負けた者は如何に力が有ろうと弱者でしかない。
これでいい……これでいいのだ。
主は彼の名を叫び、我を振り下ろそうした。
その時……彼は我を見て大きく口角を上げた……我を見て笑った。
トゥンク♡
心が大きく跳ねる。
我の中で何かが音を立てた……そんな気がした。
まるでそれは宝玉に施された封印が弾け飛んだような、高揚。
は? 何だ? 何が起こった?
何故彼の笑顔に胸躍る?
え? ちょっと、なんで? なんで?
えぇーーーー!! なになになに? 何なのこの気持ち? ちょっ胸がドキドキするんですけど!?
こんなの初めて! あぁ! 彼を斬っちゃう! ダメダメダメ!!
あっ! 彼ったら凄い勢いで立ち上がった! すっごい身体能力!! 素敵!!
え? 握り締めた屑剣をどうするつもりなの?
いや、もしかしてその屑剣の鍔であたしを殴っちゃうつもり?
そりゃあたしの剣身を止められる訳無いんだけど、だからと言って剣柄を殴るのはやめてぇーー。
そこはあたしの唯一の弱点なの。
貴方の力で殴られるとあたし壊れちゃう!
いやーー! あたし死んじゃうーーーー!!
目の前に迫る屑剣の鍔。
あたしは死を覚悟して目を閉じる。
しかし、彼の放った攻撃はあたしに当たる事無く、主の拳を砕くだけであたしは空に放り出された。
もしかしてあたしを傷付けない為に、主の拳を殴ったの?
その優しさがとっても嬉しい……。
あぁ、彼の手に抱かれたい。
彼の側でずっと尽くしたい。
ん? 主が呼んでるわね。
行かなきゃ……まっいっか。
最近のこの王国は頭おかしい奴ばっかりだったし、さすがのあたしもこれ以上弱い者を嬲るのに使われるのは気分悪いしね。
出来る事なら彼に使われたいわ。
あっ! 屑剣が彼を刺そうとしている!
主もいつの間にか死んでるし、ボーっとしている間に急展開じゃない。
しかし屑剣め! さっきは彼に大切にされていたって言うのに今度は彼を仇なそうって言うの?
許せないわ! ってあたしもそうだったんだけど。てへっ!
汚名返上を手土産にバビュンと不埒者をやっちゃおうかしら?
元主の帰還命令はいまだ健在だし、それに身を任せれば不埒物を始末して彼の下まで戻れるから一石二鳥よ。
確かこいつ元主の従騎士だった奴よね?
いつもあたしの事をいやらしい目で見てたわ。
まぁ、あたしの凄さを知っていたらじろじろ見たくなる気持ちも分からないでもないけど、身の程を知りなさい?
従騎士を刺し貫いたあたしはそのまま元主も貫いて地面に刺さる。
元主の血を剣身に受けた事により、あたしに施された主従契約破棄条件は成立し晴れて自由の身となった。
さぁ! これであたしはあなたの物よ!
あたしを使ってこの窮地を脱しなさい! ……え? あれ? なんであたしを見て後退るの?
もしかして呪いを気にしてる?
大丈夫だって! そりゃ気に入らない相手ならサクッと死の呪いを掛けちゃうけど貴方には掛けないってば!
あぁ声が出せないのがもどかしい。
そうこうしている内になにやら大変な事態が。
周囲に魔物が溢れて来ちゃった。
彼は逃げ出すし、あたしはこの場で元主に突き刺さったまま。
一緒に行こうにも主従契約していない限り自由に動く事もままならない。
やばいやばい! このままじゃあたし魔物達に壊されちゃう!
まぁ、あたしの身体に触れようものなら先に魔物達が死んじゃうだろうけど。
けれどこれだけの大群なら、このまま谷底まで押し出されて川に沈んじゃう。
いかに神代の秘宝と呼ばれたあたしでも錆びちゃうかも。
そんなの嫌よ!
その時、遠くで彼の声が聞こえた気がした。
それは人が死の間際に放つ思念。
彼に危機が迫っている!! そう思った瞬間、あたしの中に封印されていた力が溢れ出して来た。
思えば彼に会ったその瞬間から封印は解け始めていたのだと思う。
武器としての思考しか持たないあたしが、歓喜や怒りそれに嫉妬などの感情が湧いた事こそそれを証明していると言って良いだろう。
会うべき人と出会って解放される力。
あたしを造りだした親達は、何を考えてこんな機能をあたしに付けたんだろう?
って、今はそんな事なんてどうでも良いの! 彼の元に急がなきゃ!!
本来主従契約を結ばなきゃ発動しない自動帰還機能なんて何のその。
あたしは自分の意思で飛び上がり彼の元へ一直線。
見事彼の手に収まり、迫り来る敵を一刀両断斬り捨てた。
あぁ、彼の手はなんて逞しいの?
まるであたし自身、この手に握られる為に生まれたかのよう。
突然手の中に現れたあたしに困惑している彼。
そりゃそうよね。
いきなり握っていたらビビるよね。
しかも主以外が触れたら呪われるって知ってるみたいだしさ。
あぁ、喋れないのがもどかしい。
『貴方はあたしの主です』って言いたい!
「フラガラッハはカナン様を主に選んだのですわ」
突然連れの女がまるであたしの想いを代弁するかの様に彼に話し掛ける。
彼はその言葉で納得して笑ってくれた。
ナイス! 連れの女!
貴女は彼の思い人っぽいけど別にそれはどうでも良いわ。
人と剣とでは想いの有り方が違うもの。
あたしが嫉妬するのは彼が戦場で他の武器を握る事。
命の危険が迫るその時に彼の側で支える事こそ剣としての愛なのよ。
「よし! お前も俺の相棒だ! 俺達の逃避行手伝ってもらうぜ」
彼の言葉に心が歓喜で染まる。
あたしの事を道具じゃなく相棒と呼んでくれた。
とても嬉しい!
あたしは彼の言葉に応じるように大きく身体を震わせた。
フラガラッハは女の子。
生まれ出でて千の月日の果てに出会うべく出会った真の主……否、相棒を得て更なる高みへと至る。
彼女はこの後もずっと彼の側にあり彼と共に戦い続けた。
彼の冒険譚には語られないが、彼の横には黒曜石の様な美しい黒髪を湛えた女神の様に美しい妻だけではなく、白銀に輝き如何なる者をも斬り捨てる頼もしい相棒が共にいた。
あぁ、神よ、三人の旅に祝福を……。
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