下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ

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第七話 下級兵士の覚悟

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「うん? おお、王国の馬車じゃないか。やっとか。ん? 御者は一人? 王国兵の様だが、どう言う事だ?」

 俺は開口一番色男が言い放った言葉に耳を疑った。
 そして門番と同じ様に俺が一人な事に不思議な目をして首を捻っている。
 くそっ! 色男は一々動作が一々動作が様になりやがる、ムカつくぜ。

 いや、今はそんな事どうでもいい。
 色男が言った言葉は、王国兵がここに居ちゃおかしいと言っているようなものだ。
 んじゃ誰が居たら正しいって言うんだ?
 単純に下級兵士が山賊達から無事に逃げられる訳が無いと舐められている可能性も有るが、門番の奴等といい明らかに別の誰かを待っていたように思える。

 一つ分かった事は先程の周囲を一喝する態度から推測するに、まだどこか幼さが残る顔立ちの色男はこの集団のボスで間違いないと言う事だ。
 周りの奴等も急にビシッと背筋伸ばして敬礼してるしな。

 そして言えるのは、どうやらこいつらは山賊ではなく騎士で間違いないと言う事だ。
 周囲の奴等の態度を見りゃ一目瞭然。
 これほど統率の取れた行動を取るにゃ軍隊式の集団行動の訓練をしなきゃ無理だろう。

 なによりやはりこの顔はどこかで見た事が有る。
 と言っても、この国の貴族にゃ金髪碧眼が多いんで、正直若い貴族子息は皆同じ顔に見えるんだが、それはまぁ俺が貴族が嫌いからだろうけどな。
 てっきり山賊が化けていると思ったが、俺の勘違いか。
 いや、だとしたら逆に納得いかねぇ。

 曲がりなりにも貴族令嬢だった彼女に対して『』って言葉を使うか?
 まるで物扱いじゃねぇか。

「隊長。実は……」

 張り付いた笑顔を浮かべている俺を他所に丁寧な物言いの方の騎士が色男に駆け寄り耳打ちをした。
 すると俺の方を見て不愉快そうな顔で舌打ちをして頭を掻く。
 ただ、不思議な事にその感情は俺自体に向けられている物には感じ取れなかった。
 声は落としているものの『使えない奴らめ』とか『目的は果たした』とか言う言葉が俺の耳に届いて来る。

「ふん、まぁいい。おい、お前! ご苦労だったな。これを受け取れ」

 互いに何かを納得したのか丁寧な物言いの騎士がスッと離れると、色男が大声を上げながら懐から何かを取り出し俺に向かって放り投げた。
 俺は慌ててそれを空中で受け取ったが、予想外にズッシリと来る重さに思わず落としそうになる。

「これは……?」

 俺は受け取った物をマジマジと見詰めた。
 どうやらそれは、紋章が刻まれている豪華な留め具で口を締められた上質の革袋のようだ。
 中に入っているのは感触からすると硬貨、しかもこの重さからすると金貨に違いない。
 なぜこんな物を投げて来たのか分からず、俺は色男の方を見た。
 すると色男は少し厭らしい笑みを浮かべて喋り出す。

「この場まで、かの方を無事に送り届けてくれた駄賃だ。それと修道院の署名に関してはその留め具の紋章と共にジェイス=ブランツの名を言えば咎められる事は無いだろう」

 その名前によって俺の朧げな記憶が形を成した。
 そうか、こいつは……。
 ジェイス……この野郎の素性を認識した事により嫌な予感の点と点が繋がり始めた。
 俺は動揺を悟られないように言葉を選び相手の意図を確認する。

「上司には修道院まで無事に送り届けたと報告すればよろしいのですね?」

「……皆まで言うな」

 少し声を落とし、眉を吊り上げて色男はそう返した。
 この回答はなんだろう。
 これで確定した。
 どうやら彼女は何か大変な事に巻き込まれているらしい。
 なら絶対に彼女をこいつ等の手に渡す訳にはいかねぇな。

 さて、だったらこの絶望的な状況をどうやって切り抜けるか?

 そりゃ、この場を混乱させてその隙に逃げるってのが定石なんだが、正直準備も何もしてねぇからどうしようもない。
 一応日頃の狩りで使う魔物寄せの香がバッグに入ってはいるが、市販品だから効果が薄くて即効性に欠ける。
 と言うか、そんな物を目の前で焚く奴なんて怪しいを通り越して敵以外の何者でもねぇっての。
 いきなりバッサリ斬られるわ。
 敵対以外に方法がねぇのなら、罪人になる覚悟を決めて力押しでまかり通るか。
 すまねぇな、母ちゃん。
 どうやら来月からの仕送りは無理そうだ。 


 俺はこの包囲網を突破する作戦を考えていると、背後から声が聞こえて来た。

「ここまでありがとうございました」

「え?」

 その声に振り返ると、格子の奥に少し悲し気な表情をした彼女の姿があった。
 眼には諦めと失望を湛えて俺を見ている。
 やっぱり彼女はこの状況が分かっていたのだろう。
 そして今の会話で俺が『自分の身を売った』と思ったに違いない。

 ち、違う……、そうじゃない。
 そんな目で見ないでくれ。

 俺は彼女の誤解を解く為に弁明しようとしたが、それを遮るように色男……ジェイスが甲高い声を上げた。

「おぉジョセフィーヌ! 相変わらず小鳥の囀りのように美しい声だ。さぁ、そんな汚い馬車から我が天幕までお連れしよう」

 ジェイスの野郎はそんな歯の浮いた言葉を言い終わる前に颯爽と馬車へ駆け寄りその扉を開け、中に手を差し入れた。
 とても嬉しそうな笑顔を馬車の中へ向けている。

 ジョセフィーヌって誰だ?
 いや、この流れからすると彼女の名前がジョセフィーヌなのだろう。
 聞かなかった俺も悪いが、元々命令書にも名前は書かれていなかったし、彼女も名乗らなかった。
 そうか、ジョセフィーヌ。
 いい名前じゃねぇか。

 しかし、ジェイスの野郎の笑顔は一体何なんだ? 
 馴れ馴れしいその話し振りからすると、とても彼女に対して害をなそうとする態度には思えない。
 それどころか彼女とジェイスの野郎は旧知の仲らしい。

 ……もしかして悪巧みなんて全て俺の歪んだ邪推だったのだろうか?

 そうだ、こいつの肩書きからすると、の可能性の方が大いに有った。
 と言う事は、修道院に入れられる彼女を救う為に王国に内緒で部隊を率いてここで待機していたって事だろう。

 はぁ、ダメだな。
 これが俗に言う恋は盲目と言うやつらしい。
 人から聞いた時は馬鹿な話だと笑っていたが、いざ当事者になると本当に周りが見えねぇや。
 全てが俺達を邪魔して……ハハッ、まだおかしいみてぇだな。

 俺達じゃなくて『』の間違いだっての。

 ふぅ~。
 なら、である平民の俺に出来る事は何もねぇ。
 ここで彼女を貴族であるジェイスに預けて俺は大人しくここから去るのが正しい行動って訳だ。

 俺は自分にそう言い聞かせながら、知り合いに助け出されて笑顔を浮かべているであろう彼女の顔に目を向けた。

 この後、彼女がどうなるかは分からないが、恐らく既にジェイスの野郎のが、彼女の復権に向けて動いているのだろう。
 そうすれば俺達が顔を合わせる機会はこれが最後となる筈だ。
 正直幻滅されたままサヨナラするのは心が痛いが、元より今日の出会いが奇跡みてぇなもんだしよ。
 変に引き摺るよりはずっと良い。
 だから、さよならの餞別として彼女の笑顔を目に焼き付けておきたい。

 そう思っていたのだが、俺に目に映ったのは笑顔ではなかった。
 ジェイスの野郎の言葉に耳を傾ける事なく死んだような顔で俯く彼女。
 なんでそんな顔をする?
 こいつ等はお前を助けに来たんじゃないのか?
 
 彼女の様子を茫然と見ていた俺の視線を感じたのか、彼女は伏せていた目線を俺の視線と混じらせた。
 俺はその瞳に息を呑む。
 交わったのはほんの一瞬だ。
 だが、それだけで十分だった。

 すぐに彼女は小さく頭を振ると目線を扉の前に立つジェイスに向け、その差し出す手に自らの手を重ねる。

「申し訳ありません、ジェイス様。少し旅の疲れが出てしまいまして……。エスコート有り難うございます」

 そう言って、彼女はジェイスの導きで馬車を降り、人に向かって歩き出す。
 俺はただ黙ってその姿を見詰めるしか出来なかった。
 だって、さっきの彼女の瞳……あれはまるで……。


「あ、あの……」

 我に返った俺は彼女に向かって声を掛けようとした。
 しかし、彼女の前を歩くジェイスが怒りを浮かべた顔で振り返る。

「まだ金を毟ろうと言う気か? 調子に乗るなよ平民。貴族に向かって気安く声を掛けるなど本来不敬罪として切り捨てても良いんだぞ! 早く消えろ!!」

 先程の色男っぷりは何処に行ったのかと言う程の怒気の孕んだ言葉に歪んだ顔。
 貴族にはこん事を平気で言う奴はよく居るが、さすがに沸点が低すぎるだろ。

 何かを焦っているのか? 確かにこの場から早く立ち去らないと巡回任務中の他の騎士に見付かる可能性はあるが……。
 だが、今のこいつの態度はどちらかと言うと楽しみを邪魔された子供の癇癪の様に見える。

 ざわざわと胸が騒ぐ。
 やはりこのまま彼女を渡す訳にはいかねぇ。

 最後に見た彼女の瞳に誓って!

 俺は全身に力を込めた。
 ジェイスの野郎に飛び掛り一撃の下に葬る為に。

「ジェイス様。お止め下さい。さ、早く天幕へと参りましょう」

 また彼女は俺が行動するより先に口を開き出鼻を挫いてきた。
 察しの良い彼女の事だ、これは偶然じゃなく俺が犯罪者になる事から護ろうとしているのだろう。
 彼女の判断は正しい。
 今のタイミングで俺が飛び出しても、仮にジェイスの野郎を倒したとしても、そこでお仕舞いだ。
 周囲には完全武装の騎士達が居る。
 彼女を護れないまま、あっさり取り囲まれて殺されていた事だろう。

 だけど! キミが見せたあの瞳が語っていたじゃないか!
 あれは、あの瞳は俺に……『助けて』って。
 だから!!

「御者の方。ご苦労様でした。私は十分です。気を付けてお帰り下さい」

 彼女はそう言って無理に作った様な笑顔を浮かべると、深くお辞儀をした。
 一瞬だが、それは覚悟を決めた笑顔に見えた。
 彼女はこれから自分の身に起こる事が分かっているのだろう。

 ……よし、君の覚悟は受け取った。
 ならば俺も覚悟を決めようか。


「では、お元気で。また会える日が来る事を祈っています」

 俺は笑顔でそう言うと馬車を反転させ来た道を戻る。
 彼女の安堵した顔を背に受けながら……。


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