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第八章 ラグナロク

第149話 それは無理

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「じゃあ父さん! 行ってくるよ! 町の皆も達者でな」

 俺は王都行きの馬車の幌から顔を出し町の皆と一緒に見送ってくれている父さんに手を振った。
 久し振りの親子水入らずの模擬戦から一日経った。
 昨日は朝飯を喰ったその足で麓の町へ戻り、父さんの居住許可を貰う為に町長の家に行ったが、実はいつ住んでも良いようにと既に登録済みだったんだと。
 頼むつもりがよくお父さんを説得してくれたって逆に感謝されちまったぜ。
 そう言えば町長も一度誘ったって言ってたな。
 俺を村で待つからって理由で断られていたとかなんとか。
 そして安心した俺は明くる日、つまり今日だな。
 今じゃ領主となったメイガスの待つ旧アメリア王都へ向けて出発したってわけだ。

 父さんも町の皆ももっとゆっくりして行けと言っていたけど、下手に三日も寝ちまってたし出来るならその遅れを取り戻したい。
 まぁそれは建前で、本音は昨日やりすぎちまった為だ。
 本来存在しない筈の夢にまで見た記憶の中の父さんとのガチンコ勝負。
 つい嬉しくて力が入り過ぎちまったからよ。
 どうやらとんでもねぇ事になりそうなんだと。
 俺達の人知を超える戦いが生み出した余波は、麓の町どころか下手したら旧王都まで届いたんじゃねぇかって話だ。
 その可能性も考えてわざわざ町とは反対側の麓にある人気の無い盆地で戦ったんだが、それが逆効果だった。
 山々に囲まれた盆地なんて戦いの音が反響し増幅し合って木霊として遠くまで広がっちまったらしい。
 その音を聞き付けた騎士やら警備隊やらや、数日もしない内に町に押し寄せちまうだろうって事でメイガスに合う前に騒ぎを起こしたくねぇ俺は、その前に逃げ出したってわけ。
 んで誤魔化し方だが、聞こえちまった音は仕方がねぇ。
 無かった事には出来ねぇしよ。
 ただ都合の良い事に町を襲ったドデカイヒドラの死体は郊外に残ったままだ。
 父さんの存在は隠したままで、旅の勇者が町を襲ったヒドラを倒した後、すぐに旧王都に向けて出発したって筋書きになってる。
 これなら、それを聞いた騎士達が慌てて俺達を追って引き返したとしても、先に旧王都に着く事が出来るだろう。
 ちなみにこの馬車の御者もグルなんで途中ですれ違っても適当に誤魔化せるって寸法だ。



「先生のお父さんが生きていて良かったのだ!」

 既に見えなくなった町の方角を幌の中からずっと見詰めていた俺にコウメが嬉しそうにそう話して来た。
 その笑顔に俺は言葉を失う。

 俺はなんて馬鹿なんだ。
 思わぬ神の気紛れで、存在しねぇ筈の父さんが俺の記憶の中から飛び出してきた。
 そりゃ嬉しかったさ。
 本来有り得ねぇ筈なんだが、なんせこの世界を創った神達の仕業だからよ。
 今まで俺に対して過酷な仕打ちしかして来なかったもんだから、我を忘れちまっていたぜ。

 なんで俺はコウメの前ではしゃいじまったんだ。

 『大好きだった父親』と言う存在。
 記憶の中だけにしか無かった俺と違って、コウメはその笑顔や手の温もりをまだ忘れる程の時間は経ってねぇんだ。
 最近は減って来たが、それでも英雄だった父親の思い出話をする際に目頭に涙が浮かぶ時がいまだに有る。
 三年と言う月日は長いようで短いものだ。
 思い出と割り切れるにはちと足りねぇ。
 特に悲しく辛い思い出なら尚更だ。
 俺なんかその悪夢から解放されるのに二十年も掛かっちまったしな。
 そんなコウメの前で俺は父さんとの再会を喜んじまった。
 コウメはどんな思いで俺と父さんの事を見ていたんだろうか。
 その事を想うと胸が締め付けられる。

「す、すまねぇ。コウメ」

 俺は絞るような声でコウメに謝った。
 もっと気の利いた言葉を掛けてやりてぇが、やっと口から出せたのがこんな情けねぇものだけだったんだ。
 目を合わせるのが辛かったが、そこまで逃げてちゃダメだろう。
 俺はしっかりとコウメの目を見た。

「先生。謝らないで欲しいのだ」

 俺の言葉にコウメは少し寂しそうな顔をして笑いながらそう言って来た。
 その眼はとても優しい色をしている。

「け、けどよ……」

「だから謝らないで欲しいのだ。先生のお父さんが生き返って僕もすっごく嬉しいんだから」

 コウメはそう言ってにっこりと笑っている。
 けど、その目尻にはキラリと光る物が見えた。
 よく見ると肩が少し震えている。
 言葉では強がっているが、やはり辛いんだろう。
 いや、もしかすると今の俺の言葉がその思いを呼び起こしちまったのかもしれねぇ。

「そ、そうだ! 魔族を倒せばもしかしたらコウメの父さんも……」

 1stである女媧を倒したから父さんが。
 おそらく臨時2ndのクァチル・ウタウスのご褒美で俺の記憶から飛び出した奴は既に何処かに出現している事だろう。
 それは母さんなのか、それとも村の他の奴なのか分からねぇが、こればかりは俺のコントロール外なんで知る由もねぇ。
 だが、次の魔族を倒した際に出て来て欲しい奴の事を強く願えばコントロール出来るんじゃねぇのか?
 ロキもそれぐらいのわがままは聞いてくれても良いだろう。
 この世に実際に居た人間を生き返らせる方が、この世に存在しなかった人間を呼び出すよりかは簡単な筈だ。
 試す価値は十分有る筈だぜ。
 順番待ちしているかもしれねぇ記憶の中の村の奴らにゃ悪いけどよ。
 元から居ねぇ人間なんだから許してくれ。

「先生。それは無理なのだ」

 俺の考えをコウメはキッパリと否定した。
 その表情から笑顔は消え真剣な物に変っている。

「無理って……。なんでそう言い切れるんだ? 俺だって理屈は分かってねぇんだぞ?」

「僕も同じことを考えたのだ。僕が魔族を倒したらお父さんが生き返るんじゃないかって……。けど紋章が『全ては既に決まっている』って言ったのだ」

「既に決まっている……?」

「うん。『だから変更はない』って、だから無理なのだ」

 何故かコウメはさっぱりとした顔でそう言った。
 『全ては既に決まってる』?
 『だから変更はない』?
 紋章がそう言っただと?
 勇者の紋章って勇者の力の使い方のチュートリアルなんじゃねぇのか?
 なんだって、そんな神側の事情を喋りやがる……。
 いや、これは神が紋章を通じて俺に対しての連絡事項って奴なんだろう。
 下手したらコウメの父親だけじゃなく、俺が殺した村人達を生き返らせろとか言う無茶を願うかもしれねぇから早めに忠告して来たと言う事か。
 俺の記憶の中の奴らと違って、死んだ人達には魂が存在する。
 魔族の魂を持ってきたとしても、元の魂が有る人達を如何こう出来るもんじゃねぇんだろう。
 それが出来るんなら、俺の魂から記憶だけを分離してこちらの世界の魂に移す事だって出来る筈だからな。
 デッドストックの魂が有るって事だし、魂の総量なんて問題も無くなる筈だ。
 それこそ転生者をどんどん連れて来ても問題無かっただろう。
 神の話をどこまで信用出来るかにもよるが、いまだこの世界に転生者は俺だけらしい。
 だから魂を持っている奴をご褒美で生き返らせる事は出来ないのかもしれないな。

「それに紋章が教えてくれたのだ。だから僕は悲しくはないのだ!」

 急にコウメは嬉しそうに顔を上げて俺を見て来た。
 その眼には悲しみの色が浮かんでいない。
 キラキラと目を輝かせている。

「教えてくれた? 一体何をだ?」

 紋章は何を言ったんだ?
 コウメの悲しみが一気に飛ぶような程の喜びをもたらす情報って、神の奴は何を吹き込みやがったんだろうか。

「うん! 紋章は言ったのだ。『ショーンの魂は既に無へと還り次の転生を待っている』って」

「ほぉ~なるほど」

 そこまでこの世界のシステム情報を喋って良いのか? と思わなくもねぇが、コウメの悲しみを慰める助けになってくれてるみてぇなんで正直有難ぇぜ。
 俺が言っても下手な慰めにもならねぇからな。

「そして、紋章は『その転生先はあなたと現在あなたが先生と慕う殿方との子供です』と言っていたのだ!」

「ぶふぅぅぅぅ!!」

 頬を赤らめてこちらを見て来るコウメの言葉に俺は盛大に噴出してしまった。
 現在慕ってる殿方ならワンチャン別人の可能性も有るが、『先生』まで付けられちゃ完全に俺名指しじゃねぇか!
 俺とコウメの子供を転生先にしただと?
 紋章……いや神の野郎! なんて事言いやがる。
 そんな嘘……じゃねぇんだろうが、言って良い事と悪い事を弁えやがれ!
 コウメの父親を人質に取られたみてぇなもんじゃねぇか!
 こんな事言われちゃ断れねぇじゃねぇよ!
 これ絶対ロキの仕業だな。 
 どうせ今も天界から俺が慌てる様を見て喜んでるんだろう。
 クソッタレめ!

「あ、あのさ、コウメ? それお前を慰める嘘かもしれねぇぜ?」

「紋章は嘘を吐かないのだ! だから先生! 将来結婚して欲しいのだ!」

「グハッ!」

 一応誤魔化そうとしたが、コウメの紋章に対する信頼度を覆す事は出来ねぇ様だ。
 くそ~今何を言っても墓穴を掘りそうだな。
 『先生は僕を嫌いなの?』とか『お父さんと会いたいのだ』とか泣かれでもしたら終わりだぜ。
 そうなったら逃げ道が完全に塞がれちまう。
 適当に同意して、時間稼ぎをするしかねぇな。
 年頃になりゃ気が変わるかもしれねぇしよ。
 何より自分の子供が義理の父親の魂で予約されてるってのは正直勘弁して欲しい。

「落ち着けコウメ。どっちにせよ、まだまだ先の話だ。成人しねぇと結婚出来ねぇからよ。それまで親父さんもあの世で待ってくれるだろ」

 と言うか、まだまだ幼いコウメじゃ物理的に子供が出来ねぇしな。
 一応コウメもその事は分かっているようで、不満な表情は浮かべていないので安心した。

「やったぁ! 先生から言質を取ったのだ! 絶対約束は守って貰うのだ!!」

 そう言ってコウメは抱き付いて来た。

「ぶっ! げ、言質ってお前。なんでそんなに難しい言葉を知っているんだ?」

「お母さんに教えて貰ったのだ! 旅の間に先生に結婚を認めさせなさいって!」

「なっ! レイチェルの奴、なんて事を娘に教えやがるんだ! ハッ! もしかして紋章が言ったってのは……?」

「それは本当なのだ! あと『結婚のお約束を取り次ぐなら今です』って教えて貰ったのだ!」

「紋章まで一緒になってんじゃねぇっての! なんだその紋章。フランク過ぎるだろ最近!」

「うん。前より色々喋ってくれるのだ。これも先生のお陰なのだ」

 コウメの言葉通りだろう。
 最初は問いかけには答えないとか力の使い方を教えてくれるだけとか言っていたのによ。
 ロキの野郎め! 好き勝手設定弄りやがってくそ。
 今はただ何も言わずに他に想い人でも出来る事を祈るしかねぇか。
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