144 / 162
第八章 ラグナロク
第144話 伝言
しおりを挟む
「くそっ……。神の奴め。一体どう言う事なんだよ!!」
俺は暗闇の中、全速力で走っている。
コウメは数分前に引き離しちまった。
付いて来るなって言ったのに『絶対付いて行くのだ!』とか言って無理矢理ついて来たんだよな。
こんな真っ暗な山の中、一人置いていくのは心配では有るが今の俺にはそれが些細な事に思えちまう。
まぁ、俺の行き先はコウメも分かっているし、なにしろ勇者だ。
危険な目に遭うと言う事もあるまい。
それに先輩が言うには以前この道には人迷いの結界とか言う物が張られていたらしいが、今はもう存在しないだろう。
二十四年経って多少荒れているが、かつて人が通った山道の名残は其処彼処に見受けられる。
それどころか明らかに多少以上の人の手が入っている所さえ有あった。
先程通り過ぎた道端に転がっていた倒木は、その状態から推測するに元々山道を塞いでいた物の様だ。
だとしたら俺が目指す先はほぼ一本道。
コウメも迷うこたねぇだろ。
第二覚醒を果たした俺の脚力は以前と比べものならねぇ。
体力さえもこんな真夜中の山道を駆け上がっても息一つ切れてねぇや。
「あと少し……。あそこの坂を上り切ったら……」
そう、あの向こうに……。
◇◆◇
「ふぅ、やっと信じてくれたか。まぁ、さっきから言っている様に色々と忙しいから今んところ誰とも結婚する気はねぇんだ。そんな物は全部終わらねぇと考えられねぇんだよ」
コウメのいつも通りな戯言に端を発した壮絶なる誤解については、説明の甲斐も有って何とか納得してくれる事となった。
本人に聞かれたら否定するだろうから、町長に『こいつの親父と俺がそっくりらしくて、父性の欲求と恋愛を勘違いしてんだ』と、こっそり耳打ちをして皆に広めて貰ったんだがな。
ついでにレイチェルに関しても『俺が死んだと思って、俺に似てる奴と結婚した』と、少々俺としても複雑な事情を話したのが功を奏したようだ。
その事情を話した後、町長は優しい目で俺を見ながら肩を叩いて来た。
おそらく慰めてくれたんだろうな。
思わず涙が出そうになっちまうぜ。
まぁ、闘技場で姫さんにが言っていた一夫多妻に関してコウメの知識ではあまり分かっていなかったようで、『皆と一緒に結婚するのだ!』とか言い振らされなくて良かった。
王侯貴族は普通か知らねぇけど、少なくとも庶民の間では重婚なんて制度は一般的ではねぇしよ。
そりゃ大富豪とかなら無い訳じゃねぇんだろうが、折角の歓迎ムードが台無しになっちまう。
腕に巻かれた『還願の守り』の数だけでも既に独身の奴らから羨ましがられてる状況だし、全員から結婚申し込まれてるなんてのがバレたら……恐ろしいわ!
いや、全員と結婚なんてしねぇけどな。
あんな一人でも濃い奴らを纏めてなんて絶対死ぬ。
と言うか、俺なんてのは身体は人間じゃねぇかもしれねぇが、中身は一般人なんだよ。
元よりそんな甲斐性が有る分けねぇし、皆素敵な女性達だと思う。
誰か一人と付き合うのでも勿体無ぇのに、全員となんて烏滸がましいんだ。
あっ、嬢ちゃんだけは俺に結婚申し込んできた訳じゃねぇんだったか。
なんか生前味わった事のねぇ甘酸っぱい青春の匂いがする純粋な想いって奴だったな。
おじさん年甲斐も無くキュンと来ちまったぜ。
と、感慨深くあの騒がしいギルドからの逃亡劇の際の真っ赤に頬を染めた嬢ちゃんの顔を思い出していると、急にコウメが「あっ!」とか言い出した。
その声に皆が注目する。
うん、嫌な予感しかしねぇぞ。
「そうだ! 結婚するのは僕だけじゃ「わぁーーーわぁーーー!!」むぐぐぐ」
ふぅ、間一髪口を塞ぐ事に成功したぜ。
気付かれてないよな? 辺りの様子を窺ったが、皆急に大声上げてコウメの口を塞いだ俺に驚いちゃいるが、コウメが言おうとした事までは分かっていねぇみたいだ。
コウメの奴この土壇場で思い出しやがって危ねぇ危ねぇ。
まぁこれ以上絵面的におっさんが幼女を後ろから抱きかかえて口を塞いでるって言う犯罪臭が半端ねぇ姿を見られるのも何なので話を逸らすとするか。
何かネタはねぇかな?
……あっ。
そう言えば守護者って奴の正体を聞けてねぇじゃねぇか。
丁度いい、皆の意識も変わるだろうぜ。
「もうこの話題は良いじゃねぇか。それより守護者って奴の正体を教えてくれ。あの日俺以外に村から出掛けた奴は居なかった筈だ。そりゃ俺が出発した後に出たってんなら別だが、それにしても今になるまで現れなかったってのも解せねぇ。さっき町長がそいつは俺が来るのを待っているとも言ってたが、一体誰なんだ?」
話を逸らす為、俺は出来るだけ大きな声で周囲の皆に畳みかける様に問い掛ける。
話を変えるには周りの奴ら全員の意識を逸らす必要が有るからな。
だから特定の誰かじゃなくて、不特定の誰かに対して質問したんだ。
案の定、皆が騒めき出した。
意識は完全に守護者の正体を俺に教えようとする方向に向いている。
ただ、何故か皆いい笑顔してやがるんだが、なんだって言うんだ?
「そうだね、では教えようか。キミも驚くと思うよ」
結局町長が代表して教えてくれるらしい。
町長のこの言葉で皆が静まりワクワクとした目で俺の事を見詰めている。
なんなんだろうな、この雰囲気。
俺の故郷なんて全部神が作った偽物なのに、その生き残りとか居もしねぇ奴の事を知っても俺は驚かねぇよ。
取りあえずその嘘吐き野郎の正体を突き止めて何を企んでるか知りてぇだけだ。
今のところはこの町に迷惑は掛けてねぇ様だが、この先分からんからな。
まぁ、ただの正義の味方ならこのまま町の守護者としていて貰いてぇとは思うがよ。
「その方は、なんと! キ「ちょっと待ちなよ。それはあたしに言わせて貰えないかい」
町長がその正体を言い掛けたその時、それを遮るように誰かが大声を上げる。
その声がする方に顔を向けたが人混みの中でよく分からねぇ。
いい所で邪魔しやがって、俺は別に誰に教えられようと構わねぇんだけどな。
しかし一体誰だ? いや、この声は確か……。
俺が人混みの中の声の主を確かめるべく爪先立ちをして首を伸ばして覗き込んでいると、それに気付いた周りの奴らは、さぁっと広がり声の主から離れる。
そこに姿を現したのは見知った人影だった。
「ん? 婆さんじゃねぇか。一体どうしたってんだよ」
声の主は俺の言葉の通り薬屋の婆さんだ。
婆さんは少し拗ねた様な顔をしている。
「どうしたもこうしたもないよ。守護者様の正体はあたしに言わせておくれ」
「はぁ?」
あぁそう言えば、元々この婆さんから守護者が村の生き残りだって事を聞いたんだったっけ。
その時も正体を言おうとした所で邪魔が入ったんだったな。
今度は婆さんが自身が邪魔をするのかよ。
「町長、あたしに言わせてくれないかい? 親友の息子にはあたしから伝えたいんだよ」
婆さんの言葉にドクンと心臓が跳ねた。
おいおい、なんだその思わせ振りな言い方はよ。
親友の息子とか今関係有るのかよ。
有ったらなんだってんだよ。
…………有る訳ねぇよ。
あの幻覚は……ただの……そうそれこそただの幻だ……。
俺の脳裏に神に見せられた故郷の風景が浮かんで来た。
そして、そこに居たのは……。
「いいかい、よくお聞き。守護者ってのはね。あたしの親友の夫であんたの父親。剣王カイルスその人さ」
ドクンッ
「そ、そんな……」
ドクンッ
俺は婆さんの言葉を茫然自失とした顔で聞いていた。
心臓がバクバクと音を立ててやがる。
頭の中が真っ白だ。
「う、嘘だろ? と、父さんな訳ねぇよ……」
「信じられないのも無理はないねぇ。あたし達だって死んだと思ってたんだから」
周囲の顔を見る。
何処にも婆さんの言葉を否定する顔は無かった。
何人かは頷いてやがる。
本当だって言うのか?
偽物じゃなかったとしても、まだ別の村人なら可能性は有った。
たまたまそこに住んでいた普通の人間を、造られた記憶に当て嵌めたって言い訳出来る。
小さな山奥の村にしちゃ住んでる奴らが四十人くらい居たからよ。
全員分の歴史差し込むより実際に居た奴の記憶弄る方が楽だろ。
実際に居たと言う存在証明が説得力を持つからな。
だが、俺の両親ってのは話が違う。
造られた俺の記憶の中の両親が居ちゃいけねぇだろ。
ガイアは実在しねぇって言ってたじゃねぇか。
なんで居るんだよ! 居る訳ねぇんだよ!
だってよ……、俺の両親が実在していたとすると……。
……俺のこの想いってのはなんなんだよ……。
両親の事が大好きだったと言う俺の記憶。
実在しねぇ相手なら全て幻で納得出来たんだ。
もし実在したってんなら俺の想いだけが偽物だったってのか?
……会わなきゃ。
会って確かめなくちゃ。
俺が来るのを待ってたってんなら!
「な、なぁ、さっき町長が言っていた事は本当か? 父さんは俺を待つ為に村に残ってるって話だったよな?」
「あぁ、そうだよ。『息子は必ずこの町に戻って来る。だから俺はここで待つのさ』と言ってね」
「と、父さんがそんな事を言ったのか?」
嘘だろ? 記憶の中の父さんって殆ど喋らなかったぞ?
話し掛けても相槌程度で二言以上の会話文を聞いた覚えが無いんだが?
それに『~さ』なんてさわやかな語尾を言うなんて想像出来ねぇ。
俺は自分の記憶と婆さんが語る父さんの言葉のギャップに混乱した。
周りの奴らも父さんが言った言葉について特に疑問を感じていないようだ。
彼らの知る剣王とは、そう言う性格なのだろう。
と言う事は、やはり……俺の記憶だけが偽物なのか。
「あぁ、もう一つあんたに伝言が有るよ。この町にあんたが来たら伝えてくれと言われてたんだ」
「え? 伝言? そ、それは?」
実在する剣王は俺を待っていると言う。
少なくとも俺の存在を知っていると言う事だ。
それは俺を息子としてなのか、それとも神からのメッセンジャーとしての役割を果たす為なのか……。
「それはね、『今までお前の側で守ってやれなくて済まなかった』だよ」
ドクンッ
俺はその言葉を聞いた俺の身体は飛び跳ねたように走り出していた。
どこへって? そりゃ決まってるだろ!
少し離れた場所で皆が俺を取り囲むように集まっているが、今の俺の脚力じゃ人混みなんて関係無い。
脚に力を込めりゃ一っ飛びだ。
突然宙を舞った俺に驚きの声が上がる。
驚かせて悪いが、ぶつかって大怪我するよりゃマシだろう。
いや、今の俺がぶつかりゃ大抵の人間は死んじまうか。
「先生! どこ行くのだーーー!」
後ろからコウメの声がする。
空中でチラッと振り返ると、コウメが人込みを掻き分けて俺の後を付いて来ようとしているようだ。
「決まってるだろ! 俺の村だよ! と言うか、お前は町に残ってろ!」
俺はそれだけ言うとまた前を向き、その目線の先にある目的の場所に向かって意識を集中させた。
後ろから「絶対付いて行くのだ!」とか言ってるが、今の俺にはお前に構っている余裕がねぇ。
「父さん! なんだよ! なんなんだよ! なんで今になって……」
婆さんが語った父さんの伝言。
その言葉が俺の頭の中に木霊した。
俺は暗闇の中、全速力で走っている。
コウメは数分前に引き離しちまった。
付いて来るなって言ったのに『絶対付いて行くのだ!』とか言って無理矢理ついて来たんだよな。
こんな真っ暗な山の中、一人置いていくのは心配では有るが今の俺にはそれが些細な事に思えちまう。
まぁ、俺の行き先はコウメも分かっているし、なにしろ勇者だ。
危険な目に遭うと言う事もあるまい。
それに先輩が言うには以前この道には人迷いの結界とか言う物が張られていたらしいが、今はもう存在しないだろう。
二十四年経って多少荒れているが、かつて人が通った山道の名残は其処彼処に見受けられる。
それどころか明らかに多少以上の人の手が入っている所さえ有あった。
先程通り過ぎた道端に転がっていた倒木は、その状態から推測するに元々山道を塞いでいた物の様だ。
だとしたら俺が目指す先はほぼ一本道。
コウメも迷うこたねぇだろ。
第二覚醒を果たした俺の脚力は以前と比べものならねぇ。
体力さえもこんな真夜中の山道を駆け上がっても息一つ切れてねぇや。
「あと少し……。あそこの坂を上り切ったら……」
そう、あの向こうに……。
◇◆◇
「ふぅ、やっと信じてくれたか。まぁ、さっきから言っている様に色々と忙しいから今んところ誰とも結婚する気はねぇんだ。そんな物は全部終わらねぇと考えられねぇんだよ」
コウメのいつも通りな戯言に端を発した壮絶なる誤解については、説明の甲斐も有って何とか納得してくれる事となった。
本人に聞かれたら否定するだろうから、町長に『こいつの親父と俺がそっくりらしくて、父性の欲求と恋愛を勘違いしてんだ』と、こっそり耳打ちをして皆に広めて貰ったんだがな。
ついでにレイチェルに関しても『俺が死んだと思って、俺に似てる奴と結婚した』と、少々俺としても複雑な事情を話したのが功を奏したようだ。
その事情を話した後、町長は優しい目で俺を見ながら肩を叩いて来た。
おそらく慰めてくれたんだろうな。
思わず涙が出そうになっちまうぜ。
まぁ、闘技場で姫さんにが言っていた一夫多妻に関してコウメの知識ではあまり分かっていなかったようで、『皆と一緒に結婚するのだ!』とか言い振らされなくて良かった。
王侯貴族は普通か知らねぇけど、少なくとも庶民の間では重婚なんて制度は一般的ではねぇしよ。
そりゃ大富豪とかなら無い訳じゃねぇんだろうが、折角の歓迎ムードが台無しになっちまう。
腕に巻かれた『還願の守り』の数だけでも既に独身の奴らから羨ましがられてる状況だし、全員から結婚申し込まれてるなんてのがバレたら……恐ろしいわ!
いや、全員と結婚なんてしねぇけどな。
あんな一人でも濃い奴らを纏めてなんて絶対死ぬ。
と言うか、俺なんてのは身体は人間じゃねぇかもしれねぇが、中身は一般人なんだよ。
元よりそんな甲斐性が有る分けねぇし、皆素敵な女性達だと思う。
誰か一人と付き合うのでも勿体無ぇのに、全員となんて烏滸がましいんだ。
あっ、嬢ちゃんだけは俺に結婚申し込んできた訳じゃねぇんだったか。
なんか生前味わった事のねぇ甘酸っぱい青春の匂いがする純粋な想いって奴だったな。
おじさん年甲斐も無くキュンと来ちまったぜ。
と、感慨深くあの騒がしいギルドからの逃亡劇の際の真っ赤に頬を染めた嬢ちゃんの顔を思い出していると、急にコウメが「あっ!」とか言い出した。
その声に皆が注目する。
うん、嫌な予感しかしねぇぞ。
「そうだ! 結婚するのは僕だけじゃ「わぁーーーわぁーーー!!」むぐぐぐ」
ふぅ、間一髪口を塞ぐ事に成功したぜ。
気付かれてないよな? 辺りの様子を窺ったが、皆急に大声上げてコウメの口を塞いだ俺に驚いちゃいるが、コウメが言おうとした事までは分かっていねぇみたいだ。
コウメの奴この土壇場で思い出しやがって危ねぇ危ねぇ。
まぁこれ以上絵面的におっさんが幼女を後ろから抱きかかえて口を塞いでるって言う犯罪臭が半端ねぇ姿を見られるのも何なので話を逸らすとするか。
何かネタはねぇかな?
……あっ。
そう言えば守護者って奴の正体を聞けてねぇじゃねぇか。
丁度いい、皆の意識も変わるだろうぜ。
「もうこの話題は良いじゃねぇか。それより守護者って奴の正体を教えてくれ。あの日俺以外に村から出掛けた奴は居なかった筈だ。そりゃ俺が出発した後に出たってんなら別だが、それにしても今になるまで現れなかったってのも解せねぇ。さっき町長がそいつは俺が来るのを待っているとも言ってたが、一体誰なんだ?」
話を逸らす為、俺は出来るだけ大きな声で周囲の皆に畳みかける様に問い掛ける。
話を変えるには周りの奴ら全員の意識を逸らす必要が有るからな。
だから特定の誰かじゃなくて、不特定の誰かに対して質問したんだ。
案の定、皆が騒めき出した。
意識は完全に守護者の正体を俺に教えようとする方向に向いている。
ただ、何故か皆いい笑顔してやがるんだが、なんだって言うんだ?
「そうだね、では教えようか。キミも驚くと思うよ」
結局町長が代表して教えてくれるらしい。
町長のこの言葉で皆が静まりワクワクとした目で俺の事を見詰めている。
なんなんだろうな、この雰囲気。
俺の故郷なんて全部神が作った偽物なのに、その生き残りとか居もしねぇ奴の事を知っても俺は驚かねぇよ。
取りあえずその嘘吐き野郎の正体を突き止めて何を企んでるか知りてぇだけだ。
今のところはこの町に迷惑は掛けてねぇ様だが、この先分からんからな。
まぁ、ただの正義の味方ならこのまま町の守護者としていて貰いてぇとは思うがよ。
「その方は、なんと! キ「ちょっと待ちなよ。それはあたしに言わせて貰えないかい」
町長がその正体を言い掛けたその時、それを遮るように誰かが大声を上げる。
その声がする方に顔を向けたが人混みの中でよく分からねぇ。
いい所で邪魔しやがって、俺は別に誰に教えられようと構わねぇんだけどな。
しかし一体誰だ? いや、この声は確か……。
俺が人混みの中の声の主を確かめるべく爪先立ちをして首を伸ばして覗き込んでいると、それに気付いた周りの奴らは、さぁっと広がり声の主から離れる。
そこに姿を現したのは見知った人影だった。
「ん? 婆さんじゃねぇか。一体どうしたってんだよ」
声の主は俺の言葉の通り薬屋の婆さんだ。
婆さんは少し拗ねた様な顔をしている。
「どうしたもこうしたもないよ。守護者様の正体はあたしに言わせておくれ」
「はぁ?」
あぁそう言えば、元々この婆さんから守護者が村の生き残りだって事を聞いたんだったっけ。
その時も正体を言おうとした所で邪魔が入ったんだったな。
今度は婆さんが自身が邪魔をするのかよ。
「町長、あたしに言わせてくれないかい? 親友の息子にはあたしから伝えたいんだよ」
婆さんの言葉にドクンと心臓が跳ねた。
おいおい、なんだその思わせ振りな言い方はよ。
親友の息子とか今関係有るのかよ。
有ったらなんだってんだよ。
…………有る訳ねぇよ。
あの幻覚は……ただの……そうそれこそただの幻だ……。
俺の脳裏に神に見せられた故郷の風景が浮かんで来た。
そして、そこに居たのは……。
「いいかい、よくお聞き。守護者ってのはね。あたしの親友の夫であんたの父親。剣王カイルスその人さ」
ドクンッ
「そ、そんな……」
ドクンッ
俺は婆さんの言葉を茫然自失とした顔で聞いていた。
心臓がバクバクと音を立ててやがる。
頭の中が真っ白だ。
「う、嘘だろ? と、父さんな訳ねぇよ……」
「信じられないのも無理はないねぇ。あたし達だって死んだと思ってたんだから」
周囲の顔を見る。
何処にも婆さんの言葉を否定する顔は無かった。
何人かは頷いてやがる。
本当だって言うのか?
偽物じゃなかったとしても、まだ別の村人なら可能性は有った。
たまたまそこに住んでいた普通の人間を、造られた記憶に当て嵌めたって言い訳出来る。
小さな山奥の村にしちゃ住んでる奴らが四十人くらい居たからよ。
全員分の歴史差し込むより実際に居た奴の記憶弄る方が楽だろ。
実際に居たと言う存在証明が説得力を持つからな。
だが、俺の両親ってのは話が違う。
造られた俺の記憶の中の両親が居ちゃいけねぇだろ。
ガイアは実在しねぇって言ってたじゃねぇか。
なんで居るんだよ! 居る訳ねぇんだよ!
だってよ……、俺の両親が実在していたとすると……。
……俺のこの想いってのはなんなんだよ……。
両親の事が大好きだったと言う俺の記憶。
実在しねぇ相手なら全て幻で納得出来たんだ。
もし実在したってんなら俺の想いだけが偽物だったってのか?
……会わなきゃ。
会って確かめなくちゃ。
俺が来るのを待ってたってんなら!
「な、なぁ、さっき町長が言っていた事は本当か? 父さんは俺を待つ為に村に残ってるって話だったよな?」
「あぁ、そうだよ。『息子は必ずこの町に戻って来る。だから俺はここで待つのさ』と言ってね」
「と、父さんがそんな事を言ったのか?」
嘘だろ? 記憶の中の父さんって殆ど喋らなかったぞ?
話し掛けても相槌程度で二言以上の会話文を聞いた覚えが無いんだが?
それに『~さ』なんてさわやかな語尾を言うなんて想像出来ねぇ。
俺は自分の記憶と婆さんが語る父さんの言葉のギャップに混乱した。
周りの奴らも父さんが言った言葉について特に疑問を感じていないようだ。
彼らの知る剣王とは、そう言う性格なのだろう。
と言う事は、やはり……俺の記憶だけが偽物なのか。
「あぁ、もう一つあんたに伝言が有るよ。この町にあんたが来たら伝えてくれと言われてたんだ」
「え? 伝言? そ、それは?」
実在する剣王は俺を待っていると言う。
少なくとも俺の存在を知っていると言う事だ。
それは俺を息子としてなのか、それとも神からのメッセンジャーとしての役割を果たす為なのか……。
「それはね、『今までお前の側で守ってやれなくて済まなかった』だよ」
ドクンッ
俺はその言葉を聞いた俺の身体は飛び跳ねたように走り出していた。
どこへって? そりゃ決まってるだろ!
少し離れた場所で皆が俺を取り囲むように集まっているが、今の俺の脚力じゃ人混みなんて関係無い。
脚に力を込めりゃ一っ飛びだ。
突然宙を舞った俺に驚きの声が上がる。
驚かせて悪いが、ぶつかって大怪我するよりゃマシだろう。
いや、今の俺がぶつかりゃ大抵の人間は死んじまうか。
「先生! どこ行くのだーーー!」
後ろからコウメの声がする。
空中でチラッと振り返ると、コウメが人込みを掻き分けて俺の後を付いて来ようとしているようだ。
「決まってるだろ! 俺の村だよ! と言うか、お前は町に残ってろ!」
俺はそれだけ言うとまた前を向き、その目線の先にある目的の場所に向かって意識を集中させた。
後ろから「絶対付いて行くのだ!」とか言ってるが、今の俺にはお前に構っている余裕がねぇ。
「父さん! なんだよ! なんなんだよ! なんで今になって……」
婆さんが語った父さんの伝言。
その言葉が俺の頭の中に木霊した。
0
お気に入りに追加
732
あなたにおすすめの小説
放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます
長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました
★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★
★現在三巻まで絶賛発売中!★
「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」
苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。
トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが――
俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ?
※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!
クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります
まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。
そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。
選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。
あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。
鈴木のハーレム生活が始まる!
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される
こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる
初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
こちらの作品も宜しければお願いします
[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる