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第七章 帰郷

第133話 心の欠片

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「お…おい! 俺がお前を認識出来るのはこの身体のお陰と言ったよな?」

 俺はこの力の正体を確かめるべく、狂喜の笑みに染まったロキに話し掛けた。
 奴のこの力、確かにこれは先程までのモノとは違うらしい。
 どっちにしろとんでもねぇ力なんだが、魔力……神力って言うのか?
 意識と無意識の違いって言うよりも、力の質みてぇもんが根幹から違う気がする。
 今の力は間違いなく100%こいつの力だ。
 何故なら凄まじい力ってのは分かるが、それが何なのかすら出来ねぇ。
 
 しかし、こいつが先程まで意図的に使っていた指をクンッってさせて俺を吹き飛ばし押し潰そうとしたあの力。
 あれは何度も受けたからな。
 はっきりと神の力って奴を出来た。
 そして、その力はどこか懐かしい、と言うかとても身近な……。

<<ヒーーヒッヒッヒィーー……。ん? どうしたんだい。急に? …………あぁ、なるほどね。ヒヒヒヒ。そうだよ。確かにそう言った。キミの魂はガイアから生まれたからガイアしか認識出来ない。けど、キミの身体は神々の『アダマ』で造られた人形だ。だから神を認識出来るんだよ>>

 俺の問い掛けに狂喜の世界から舞い戻ったロキは、俺の思考を読んだのだろう。
 楽しそうな言葉と共に暴風は止み、その表情には再び下卑た笑みが浮かぶ。
 ふん、俺の考えを読みやがったのにその回答か。
 こりゃ答え合わせみてぇなもんだぜ。

「あ~、一つ確認させてくれ。お前さっきガイアはここに居ないっつったよな? 他の神はどうだ? 居るのか? 特にウラノスや他のって奴はよ」

 俺の言葉を下卑た笑みのまま受けたロキは、その死んだ魚の様な目でおれを上目遣いで見詰める。

<<ヒヒヒヒヒ。キミ~見掛けによらず結構勘が鋭いじゃないか。もう少しお喋りしてから話そうと思っていたのに。で、その質問の回答だけど……そうだよ。ガイアもウラノスもゼウスもタニトもエンリルもニンニルも神農もイナンナも、みんな! みんな! ここには居ないのさ>>

 見掛けによらずは余計なお世話だ!
 それに他の神の名は知らねぇよ。
 あぁ何人かはガイアから聞いた事があるな。
 けど、そんな一遍に言われても分かんねぇっての。

「そいつらがどこ行った? とは聞かねぇぜ。途中からお前の一人称が複数の『僕ら』じゃなく単数の『僕』になってたしよ。それと村から帰途の最中に女媧が俺を襲うって言うお前の筋書きのプログラムはいつ仕込んだ? クァチル・ウタウスの野郎が言っていた魔族達がロールアウトされたって言う一万二千年前か?」

<<ヒヒヒヒ。さてね。う~ん、いつからだったかな?>>

 ロキはそう言って額に手を当てて思い出そうとする仕草をした。
 見るからに嘘をついて誤魔化しているのを隠そうともしねぇその態度。
 反吐が出るぜ。

「ちっ。なら女媧がバグによって変わっちまったってのに、なぜ俺が『大消失』を起こした途端また俺を追い出した? しかも馬鹿正直に海を渡ろうとして死んじまうくらい盲目的によ」

 ここに来てロキの顔に少し変化が出てきた。
 笑っているのか怒っているのか良く分からねぇ。
 それに奴の姿にノイズみてぇなのが交じり出した。

<<……キミのつまらない隠匿生活を見飽きて来た頃の事だ。ある日油断したキミは盗賊に襲われ死を覚悟した。そしてとうとう第一の覚醒を果たしたんだ。まぁ物語の主人公が盗賊如きで覚醒するなんてお粗末な展開なのが残念だけど、やっと待ち望んだ物語が再開したんだと僕は歓喜したよ。だからバグでイカれた女媧をリブートして新たな命令を与えた。……キミを殺すようにってね>>

 やっぱりな。
 そして第一弾の覚醒イベントのプログラムっての仕込んだのは、おそらく二十四年前に俺とガイアの通信が途絶える寸前のあの混乱に乗じたんだろう。
 それがクーデリアのバグ騒ぎだったのか分からんが、ガイアからの通信に他の神への業務連絡みてぇのが混線していた中に『ロキが……な…い?』ってのがあった。
 あれは『ロキが見つからない?』と言う事なんだろうぜ。
 まさしくあのタイミングでこいつが女媧に新たなプログラムを組み込んでいたんだろう。
 その時からこいつは傍観者じゃなく介入者だったって訳だ。

「どうせ魔物の生態が変わっちまったのだってお前の所為だろ。あぁそうだ、クーデリアの降臨はどうなんだ? あれもお前の差し金か?」

<<ヒヒヒヒ、魔物の件はビンゴだよ。そしてそれが僕が君をここに呼んだ理由でも有るんだよ>>

「なっ! なに? それが理由だと?」

 俺を突然呼び出したのが理由ってのが魔物の生態が変えた事だってのか?
 わざわざこいつが直接伝えようとする理由ってなんなんだ?

「おい! なんだよ、その理由って」

<<慌てない慌てない。その前にクーデリアの件を説明させてくれないか? 実はこの事もキミに言っておきたかった事なんだ>>

「クーデリアの事を? さっき散々説明していただろ。変っただとか俺の所為だとかよ」

 俺の言葉にノイズ混じりのロキは今までの下卑た笑いじゃなく、まるで本当の少女の様ににっこりと笑った。

<<ヒヒヒヒ。まず今から説明する事はその件じゃないよ。あと残念だけどあの娘の降臨は僕とは違うんだ。あれこそバグの本当の目的さ。まさか魔族に仕込まれたバグにそんな効果が隠されていたとは思わなかったよ>>

「バグに隠されていただと?」

<<キミは今二つの鍵を持っているね>>

 二つの鍵? なんだそれ?
 下宿の鍵は返したから、鍵なんてのは一個も持ってねぇ筈だが?

<<1stと2ndの番号が書いているだろう。しかも魔族の真名付きでね>>

「あのプレートの事かよ! って言うかクァチル・ウタウスのは44thに線入れて無理矢理2ndって刻んでんじゃねぇよ。作り直してやれっての可哀そうだろが。それに二番目だなんて知って結構ショック受けてたぜあいつ」 

<<おいおい、それはキミが二十年間も逃げ回っていた所為だろ。それにイシューテル王国の伝承には期限が決められていたからね。仕方無くだよ。本当にガイアには困ったものだ>>

 なんか勝手に怒り出しやがった。
 勿論本気の怒りじゃなく腰に手を当てて可愛くプンプンって奴だがよ。
 もう介入を隠す様子なんて微塵も無ぇな。

「……ん? ちょっと待て。なんでそこにガイアが出てくんだ?」

<<あぁ、キミも不思議に思った事は無いかい? 各地の王国に残る魔族封印に関する多種多様な口伝や伝承の数々。あれ僕達でネタ出しをやったんだよ。そしてイシューテル王国の口伝はガイアのネタだったって訳さ。時限式は禁止って事前に決めていたのにノリで付けちゃうんだもの。まぁ面白かったからいいけどね。結果オーライって奴だよ。ヒヒヒヒ>>

 ……あーーなるほどな。
 今までこいつが喋った話の中で一番納得いく話だぜ。
 あの二段構えの笑いの引っ掛けは、夢の中での母さんの記憶に仕込まれていた罠にそっくりだしよ。
 ヴァレンさんが自分の所のを『こんなんではないぞ』って言ってたのは間違いじゃなかったのか。

<<しかし、あの子にはがっかりだ。折角魔族最強の力を与えたって言うのに第一覚醒のキミに倒されるんだからね>>

 ロキが言っているあの子ってのはおそらくクァチル・ウタウスの事だろう。
 なんだか失望した顔で頭をうなだれて愚痴を言っている。
 俺が言うのもなんだけど、そんな風に言うとなんだかあいつが可哀そうだ。

「あいつの肩を持つつもりは無ぇが、かなり危なかったっての。ただ時を止めようが全てを塵にしようが、あの時の俺にゃ既に連続ブーストと勇者の魔法を習得済みだったからよ。それこそお前の差し金なんじゃねぇのか? 最強と戦う為の強化イベントってな感じの」

<<いやいや、それこそがまさにクーデリアが仕込んだバグの狙いだよ>>

「は? それがクーデリアの狙いだってのか?」

<<あぁ、魔族を倒すと手に入る鍵には特典効果が有ってね。その度に神々の加護が与えられるんだけど、クーデリアのバグはそこにもう一つ隠された特典を仕込んだんだ>>

 正体不明の神の加護って奴か?
 けど、鑑定じゃ特典は一つしか無かったようだが?
 隠されてるから分からなかったってのか?

「なんだよ。隠された特典って」

<<……それは自身の復活だよ。それが二番目に最強の魔族と対決する運命となったキミを手助けしようと動いていたんだ>>

「クーデリアの復活? あいつは別に死んではないんだろ? んじゃ降臨の時のクーデリアはなんだってんだよ?」

<<ヒヒヒヒ。実を言うとあれはクーデリア本体じゃない。1stの鍵に仕込まれていたクーデリアの心の欠片バグさ。けどそれは本来あんな事を起こせる力なんて持っていない。それなのにキミのピンチに居ても立ってもいられなくなったんだろうね。全ての力を振り絞ってキミを助ける為、女神降臨騒動を起こしたんだ。しかもセーフモード中の本体から力を奪ってまでね>>

 クーデリアの心の欠片が俺を助けた?
 そもそもなんで俺を助けようなんてするんだよ。
 会って変ったとか言われても分かんねぇよ。
 それに心の欠片ってなんだ?
 俺はそんなもの手に入れて……。
 もしかして……女媧を倒した後、たまに聞こえて来ていたあの声が心の欠片だったってのか?

<<本当にあの娘は馬鹿だよ。その無茶の所為で本体まで昏睡状態に陥ってしまったんだ。だから今この世界は僕一人で管理しているのさ>>

「……お前が一人で? ふんやっぱりな。けど、じゃねぇんだろ?」

 やはり俺の予想が当たったみてぇだ。
 こいつは一人だと言ったが、その言葉はある意味正しいしある意味間違っている。
 だってよ……。

「なんたってお前の中には、が有るんだからな」

 俺の言葉にロキの口角が上がる。
 上がると言ったが、人がニヤって笑うなんて生易しいもんじゃねぇ。
 口が裂けているのかと思う程吊り上がり、もはや人間とは思えないつらになっていやがる。
 身体からは黒い靄の様なモノが立ち上り、その輪郭までおぼろげになってきやがった。
 こりゃもう化け物だな。
 まぁ元々人間じゃなく神なんだけどよ。

<<ヒーーーヒッヒッヒッ! 元々僕はクーデリアをキミに会わせるのは反対だったんだよ。それなのに僕が少し眠っている隙に勝手に会わせちゃったんだ。それどころか抜け駆けして自分達までも。元々傍観者であるべきと言ったのは彼らの方なのにっ!!>>

 気が狂ったように意味不明な事をロキは喚きだした。
 一応俺の理解出来る言語みてぇだが、意味が全く分からねぇ。
 こいつが言っている時系列は何処に当て嵌めたらいいんだよ。

 急速にロキの姿は形を失い、純白だった肌も今じゃ闇に戻っている。
 ただ腐った眼だけはその位置に浮かんだまま虚空を睨みつけていた。
 それと共にまたもやこの空間に暴風が吹き荒れ俺の身体を押し潰してくる。
 
<<先にルール違反をした彼らが悪いんだ。僕を除け者にして勝手に楽しんだんだから。僕だってキミと一緒に遊びたかったんだよ。それなのに! それなのに! だから! だから………僕は彼らは全部喰ってやったんだ! ヒーーーッヒッヒッヒ>>

 やっぱりな。
 こいつの身体から四十四の神だけじゃなく、その他にもよく分からねぇ力を感じるが、それも他の神の力なんだろう。
 だが、こいつの言っている事が全く分からねぇ。
 俺と遊びたかった?
 だから今俺をおもちゃにして遊んでるってのか?
 へっ! とんだ逆恨みだぜ。
 他の神を喰ったところで満足しやがれっての!

 そうこうしている内に俺を潰すそうとする力がどんどん強くなっていく。
 このままじゃすぐにでも俺はプチっと潰れちまうだろう。
 だが、これに対抗する術は既にこいつ自身が教えてくれていた。
 試してみるか……、と言うか試さないと死ぬしな。

「グッ……このキチガイ野郎! ふざけんじゃねぇーーー!!」

 俺は身体中の魔力を全て燃やし、こいつに対する怒りを爆発させた。
 それこそ身体が弾け飛ぶみてぇにな。
 これがこいつがくれたヒントだ。

 『第二の覚醒をしておけばもう少し何とかなったかもしれない』

 要するに俺がもう一度『大消失』を起こせばいいんだよ。
 ここなら誰かを巻き込む心配なんて必要ねぇしな。
 気兼ねなく爆発出来るぜ。

 リミットを意識的に外した俺の魔力は暴走状態となり際限無く高まっていく。
 もし地上でこんな事をしたら、それこそ大惨事だ。
 俺の暴走する魔力によって生み出されたフィールドがロキからの干渉を中和していった。
 よし! ロキの言った事は本当だったな。
 魔力の高まりと共に、少しづつ身体に自由が戻ってくるのを感じた。

<<ヒーーヒッヒッヒ!! ヒーーーーヒッヒッヒ!!>>

 ロキは俺の異変に気付かないのか、ただ狂った笑い声を上げ続けている。
 もはや正常な思考は自ら力の渦に飲み込まれてしまったのかもしれない。
 どっちにしろ俺にとっては好都合だ。
 もう少し狂っていてくれ。
 俺だってもう少しなんだからよ。

 ドクンッ!

 突然身体の奥底が激しく胎動したのを感じた。
 来たっ! この胎動だっ!
 十年前のあの時、そして女媧との戦いで感じた悪夢。
 まさかそれを自分で呼び起こす日が来るとは思わなかったぜ。

「さぁ! 眠りし俺の力よ! 目覚めやがれーーーー!!」

 ピシッ……ピキ……ピキピキピキピキ。

 俺は叫び声と共に暴走した魔力を解き放った。
 それと共に身体から何かが割れる音が辺りに響く。
 そして一瞬の後―――。

 全てが光に包まれた。

 辺り一面真っ白な空間。
 奴の闇も掻き消すほどの光だ。
 だが眩しくねぇ。
 なんたって俺から放たれてる光なんだからよ。
 これは十年前のあの時に見た光景だ。
 懐かしいってのには良い思い出じゃねぇけどな。

 身体が軽い。
 まるでとんでもねぇ重さの鎧を脱いだようだぜ。
 それにこの力……、何でも出来そうな気がする。
 第一の覚醒の時以上の力が身体に漲って来た。
 なるほど、これが第二覚醒って奴か。

「いける! これならいけるぜっ!」

 俺の光の中、既にシミの様な黒い塊になっているロキに向かって拳を突き出した。
 さっきまでのお返しだ。
 俺から放たれた光は、言わば俺の世界。
 俺の世界の中じゃ全てが思い通りだ。
 この光全部ロキにぶつけてやる。

<<ヒーーヒッヒ……ヒ? な? なに? これ……が…ぐぐぐ>>

 第二の覚醒によって放たれた全ての光をロキに向けて集束させた。
 さしものロキもやっと自分の状況に気付いたようだ。
 これは全て燃やし尽くすメギドの火。
 本来はただ周囲を浄化して消え去る力だ。
 勿体無ぇから全部使ってやるよ!

<<ギッ……ギヤァァァァァァ!!>>

 集束する俺の光の中心に居るロキ。
 メギドの火に焼かれ闇が悲鳴を上げた。
 奴に反撃の暇を与えねぇ様に俺は収束するスピードを更に早める。


 やがてロキの悲鳴も聞こえなくなった頃、覚醒によって放たれた光も消え辺りは闇に包まれた。
 闇の中とは言え、もうロキの気配は感じねぇ。
 俺の攻撃で消えちまったようだ。

「へっ、ざまぁみろってんだ。俺達人間を舐めてんじゃねぇぞ。お前のおもちゃなんかじゃねぇんだよ!」

 大声で歓喜の言葉を叫ぶ。
 念願の復讐を俺は遂げたんだ!
 俺は闇の中で一人、ロキを倒した喜びに打ち震えた。
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