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第七章 帰郷
第126話 保険
しおりを挟む「ソォータ様ーーー!」
森を抜け岩石地帯に差し掛かった頃、遠くから俺の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
目を向けると北の牧場の従業員兼王国諜報員のジョンの姿が見える。
俺は軽く手を上げその声に応えた。
まさかの女媧モドキの襲撃以降、何度か本来森に居る筈の無い世界の理から外れた魔物達が襲って来たものの、その習性を調査する暇もないスピードで最強夫婦が片付けていった。
まぁ主にアナスタシアの力によるものなんだがな。
確かに森の中じゃ最強だ。
植物を操る樹木の怪物ドリアードを、蔦を使って絞殺すなんて光景は初めて見たぜ。
本来その戦法はドリアードが使うもんなんだけどな。
神が王族に授けた加護ってのはとんでもねぇや。
逆に植物が生えてねぇこんな岩石地帯じゃ無力って話だけどな。
「あぁ! バルト王子! それにアナスタシア様も!? あわわわ、挨拶が遅れまして申し訳ありません!」
俺達が近付くにつれて、その集団の中にバルトとアナスタシアの姿を見付けたジョンは慌てて畏まり頭を下げた。
王族を蔑ろにして、先に俺の名を呼んで手を振ったんだからそりゃビビるか。
けど、まぁ仕方ねぇよ。
なんせ、牧場へ急使にはここに来るメンバーは俺とコウメ、それに見送りの数人程度って書状を持たせてたんだから。
まさか見送りの中に国の跡取りである王子と王子妃が居るなんて普通思わねぇだろ。
と言うか、そもそも急使が出発した後に付いて来るって言いだしたしな。
「あぁ我が居ないのに気付かなかった事なんて気にするな。無理を言って付いてきたのは私達の方だからな」
「おほほほほほ~。お勤めご苦労様です~」
バルト達がプルプル震えながら頭下げているジョンにそう声を掛けている。
どうやら俺が口出して宥める必要はねぇようだな。
まぁ実際そうなんだが、偉い奴が下っ端相手にそうそう言える言葉じゃねぇ。
酷い国だと下々の者は王族が通る時に頭下げてないと恐れ多いと斬られちまう事だって有るらしいしな。
本当権力者なんてのには近付かねぇ方が身の為ってやつさ。
……って、よく考えたら俺の周りは元やら現役やらの王族ばかりだったぜ。
まぁ、大概迷惑被ってるし間違ってねぇか。
「ようジョン。急で悪かったな。で、準備は出来てるか?」
「はい、任せて下さい。仲間総出で突貫で行い先程完了しました」
「ありがとうな。助かったぜ。しかし、迎えなんて、よく俺達が来たのが分かったな」
「いや~突然森からドッカンドッカンと大きな音が近付いて来るものですから最初は何事かとビックリしましたよ。今の北の森は魔境ですからね。どんな化け物が出たんだと様子を見に来たら、ソォータ様の姿が見えたと言う訳ですよ。さすがソォータ様です」
「なるほど、書面に書いていた到着予定より一日は早いってのに、岩石地帯までジョンが迎えに来ていたのはそう言う事か。驚かせてすまん」
ただ、その大きな音を出してたのはほぼバカ夫婦なんだけどな。
それを指摘したらまた恐縮してビビッちまうから黙っておいてやるか。
丁度そのバカ夫婦は岩石地帯の抜けた先にある遺跡が有った元樹海だった場所にある悲惨な焼け野原に目を奪われて聞いていねぇようだしよ。
「おぉ結構上手く出来てるじゃねぇか。魔力の循環も良好だ」
「それは任せてください。一応私が所属する機関は全員魔術の心得が有りますので。と言いましても、本当にこれで良いんでしょうか?」
「あぁバッチリだぜ」
立ち話もなんなので俺達は早速元祭壇が有った『城喰いの魔蛇』の出現場所の中心までやって来た。
そしてで頼んでいた物を見せて貰ったが思ったより出来が良い。
図だけ書いてくれたら後は俺自身が魔力経路を通す仕上げをしてやろうと思ってたがその必要なねぇらしい。
その準備させていたモノってのは魔法陣だ。
俺の『世界の穴』=『城食いの魔蛇の出現箇所』と言う仮説には自身が有るものの、『旅する猫』が出版されて以降この仮説に思い至った者が本当に居なかったと言えるのだろうか?
この大陸では王族の爺さんから平民のガキまで知っている程の有名な絵本らしい。
そこに出てくる『世界の穴』と言う単語から『城食いの魔蛇』が現れた大穴を連想する奴が一人くらい居てもおかしくない筈だ。
おまけにご丁寧な事にその大穴を塞いで帰っていくんだからよ。
魔法によって穴が開かれて、魔法によって穴が閉じられる。
この世界の真実を知っている俺じゃなくとも、ちっとばかしは怪しいと思った奴が居てもいいだろう。
なのに俺の仮説を試した奴の話は全く聞かないのはどう言う事だ?
なんて疑問がふつふつと湧いてきちまって、少しばかり念には念を入れての準備をさせて貰った。
その準備がこの魔法陣なんだが、それは絵本の中表紙のど真ん中にこれ見よがしに描かれている正体不明の魔法陣と言うわけ。
ただそれは魔法学園の学長であるヴァレンさんでも知らねぇ術式で、見解では存在しねぇルーンが並んでいたり、ただ単にグニャグニャと蛇が這ったかの様な文様が書かれていたりと、どうやら魔法の基礎も知らねぇ奴が格好良いから見様見真似で書いたそれっぽい模様だろうと言っている。
まぁ、そうだろう。
魔法学への理解が深く凄腕の魔法使いで有れば有るほどそう思う筈だ。
俺も母さんからの英才教育で教わった一般的な魔法学の授業での記憶を照らし合わせてもヴァレンさんの言う事はもっともだと思う。
但し、俺の記憶の中にはその一般的な魔法学って奴以外に、母さんだけが知っているって触れ込みの失われた古代魔法ってのが含まれてんだよな。
地下通路で教信者相手に使った禁呪である『忘却』もその一つ。
記憶の中の俺はそんな馬鹿げた話を何も疑いもせず純粋に『そんな事知ってるなんて母さんすげぇーーっ!』と思っていたようだが、まぁあれだ。
神に作られた記憶なもんて物だから何でも有りって奴さ。
下手すりゃ失われた古代魔法なんて存在自体、俺に教える為だけに用意した誰にも使われた事すらねぇ新品だって可能性すら有り得るって話だ。
んで、その知識からすると、『旅する猫』の裏表紙に書かれている魔法陣は意味を成さねぇなんてとんでもねぇ。
まさに『世界の穴』を現していると言えるだろう。
落書きの様なこの魔法陣は、確かにそのまま見ても訳が分からねぇ代物だ。
だが、それは一つの魔法陣として捉えるからそう思うだけ。
しかしながら、これはそうじゃねぇ。
例えばアルファベットの『E』とカタカナの『ヨ』。
その二つは反転させるとお互い『ヨ』と『E』になる。
そしてそれを重ねると、なんだか漢字の『日』に見えるだろう?
この魔法陣も同じなんだよ。
とある魔法陣とそれを反転させた魔法陣。
その魔法陣って奴が司る術式は『門』。
母さんの解説によると本来なら魔界とやらから魔神を呼び出すって言う禁呪中の禁呪って言う古代魔法らしい。
それが本当かどうかは、今までの人生で使う機会もそもそも使う気も起きなかったから知らねぇけどな。
俺の記憶の中だけにしか存在しねぇ可能性が有るこの術式は、確かにヴァレンさんを含め、コウメのお目付け役である先輩の師匠で前ギルド長であるブレナン爺さんでさえ知らねぇようだった。
そんな代物を重ね合わせたのが『旅する猫』の裏表紙に書かれていた魔法陣だ。
更にその『門』にはご丁寧な事にある趣向が付与されていた。
正面には『α』を表すルーンと、鏡面には『Ω』を表すルーンが術式に加えられている。
これはもう正解だろ。
とは言え、絵本の中じゃふざけた呪文だけで穴が開いて別の場所に飛べたんだ。
俺の予想では、『城喰いの魔蛇』の出現場所で『呪文』だけで発動するとは思っているんだが、念の為『魔法陣』って言う保険を掛けたさせて貰った訳だ。
コレで失敗するって事は無いだろうぜ。
……多分な。
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