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第七章 帰郷

第121話 勇者の宿命

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「小父様! お疲れ様ですの」
「先生~、とっても格好良かったですわ」

 観客席に着くや否やメアリと姫さんが俺の元に走って来て口々に労って来た。
 時折目線がコウメの方に移っている。
 その雰囲気から自分もして欲しいと言うオーラを放っているようにも感じるが、それはさすがにダメだろう。
 メアリもだが、姫さんはさすがにビジュアル的にまずいだろ。
 そりゃコウメのつるぺたなお子ちゃま体形と違って、女性的に成熟している二人を肩車したら肩やら首やら後頭部がとても気持ち良くてやってみたいと思うのは確かだけどよ。

 いててて!
 コウメの奴急に足で首絞めてきやがった!
 もしかして俺の思考を読みやがったのか?


「先生、湯浴みの手配はしてありますわ。勇者様対決と言うハプニングが有りましたんで少し遅くなりましたが早くさっぱりして昼食会をしましょう」

 姫さんが俺の腕に手を回してそう言ってきた。
 あぁ、そうだな。
 こんな汚れた格好のまま城で飯食う訳にもいかないし、それに俺も水でも浴びて気持ちをさっぱりしてぇ。

「なんなら、私がお背中を流しましょうか?」

「ずるいですの! 小父様のお背中は私が流しますの」

 とんでもない事を言い出した姫さんに対抗してメアリまで俺の腕にしがみ付いて来やがった。
 何言ってやがんだ二人共! そんな事出来るかっての! 肩車以上に問題有り過ぎるわ!

「僕も一緒に入るのだ~!!」

 二人に感化されたコウメが俺の上で騒ぎ出す。
 まぁ、この三人の中じゃ一番問題無ぇとは思うが……、いや、やっぱり色々問題有るわっ!
 と言うか、俺にはそれよりもまずやらないといけねぇ事が有るんだよ。

「おいおい、お前ら止めろって。とんでもねぇ事言って喧嘩するなっての。お前ら親の前でなんて話をしやがんだ」

 娘を嫁にと薦めて来ていた国王と王子とは言え、さすがに今の娘の発言に対しては少し複雑な顔をしてるからな。
 俺には娘なんて居ねぇから実感は湧かねぇが、その心境の想像自体は付くんで気まず過ぎる。
 三人も俺の注意で我に返ったのか少し恥ずかしそうにして黙った。

「それに、ちっとばかし用事が有るんだから、待っててくれ。ほらコウメもそろそろ降りてくれよ」

「用事? なんですの、それは?」

 先程の恥ずかしさで渋々ながら俺の言う事を聞く事にしたコウメが降りてくれてる途中で、メアリが俺の用事と言う言葉に反応して尋ねてきた。

「ん? あぁ、少しレイチェルと話が有るんだ」

 コウメの真実を知っているレイチェルに、その事について聞いておきたい。
 どんな覚悟をもって娘と日々接しているのか。
 それを知らねぇと俺は自分の思いに押し潰されちまう。

「それは大切な話なのですか?」

 姫さんがそう問いかけて来た。
 そう、大切な話だ。

「あぁ、そうだ」

「「「ふぅ~ん」」」

 三人が同じ様な低いトーンでハモりながら訝しげな声を上げる。

「ん? どうした?」

「「「じーーー」」」

 なんか三人揃って変な声を出したのでそちらに目をやると、三人共同じ様なじと目で俺を見詰めていた。

「先生と」
恋人の『準聖女』様が」
「大切な話?」

 三人による息ピッタリの追求攻撃が俺を襲う。
 ちょっと待て! これはもしかして、俺がレイチェルと男と女のいかがわしい話でもすると思ってるのか?

「ち、違うっての! そんな話じゃねぇ!」

「あら違うのかい?」

「こら! レイチェルも変なタイミングで話に入ってくるな!」

「じゃあ、なんですの?」

 じと目のままのレイチェルは俺への追及の手を休めない。
 マジで勘弁してくれっての。

「あ~、それはアレだ。今の模擬戦でちょっと気付いた事が有ってな。神の使徒やら女神やらの話で『準聖女』様の知恵を借りてぇって訳だ。一応教会の門外不出の話に関わるからよ。メアリもまだその資格は無ぇだろうし今回は勘弁してくれ」

 俺は誤魔化す為に教会の機密と言う切り札を使った。
 この言葉は王族や教会に組するものには効果が有るだろう。
 二人は少し悔しい顔をしてはいるが、何とか納得してくれたようだ。
 それに嘘じゃねぇ。
 なんせのは確かだしな。

「すぐ済むからコウメも良い子にして待っててくれ」

 俺はコウメの頭を優しくなでながらそう諭す。
 口を尖らせてはいるが、頭を撫でられる事は嬉しいらしく「分かったのだ」と納得してくれた。

「国王。すみませんが、そう言う事なので先に行って下さい。先輩達もすまねぇ。後からちゃんと知らせるからよ」

 俺の言葉に国王達も納得したのか、姫さん達を連れて昼食会の準備をする為に闘技場から出て行った。



          ◇◆◇



 暫く後、その場に居るのは俺とレイチェルの二人きりとなった。
 俺は念の為、周囲に位相変移と疎外の魔法を掛ける。
 そんな中レイチェルはおもむろに『準聖女』の仮面を外した。
 その表情を見ると何となく理由を察しているようだ。

「レイチェル、聞きたい事が有る。コウメの事だが……」

「さっきあんたコウメに診察魔法を使っていたもんね」

 レイチェルが呟く様にそう言った。
 やはりレイチェルは知っていたのか。

「あぁ、すまないがどう言う事か教えてくれ。なんでコウメが!」

「っと、その前に確認させて。ショウタは勇者の事をどれだけ知ってるの?」

 俺の言葉を遮ってレイチェルはそう尋ねて来た。
 一体なんだ? 勇者について?
 コウメのは勇者に纏わる事なのか? 

「勇者については神からの啓示で選ばれるって事以外は良く知らねぇ。旅の途中何度か見掛けた事は有るが、そんな有名人に近付いちまうと正体がバレるかも知れねぇんで近寄った事はねぇよ。紋章の件だって最近知ったんだからよ」

「ふ~ん。じゃあ、今まで見た事のある勇者達で気付いた事は有る?」

 ふ~んと言った瞬間少し笑った様な気がするがなんでだ?
 すぐに神妙な顔に戻ったんだが、もしかしてまたこの世界の常識を知らねぇ俺に呆れたとでもいうのか?
 まぁ、そう呆れないでくれ。
 記憶の中での歪な英才教育の所為なんだからよ。

「気付いた事か。う~ん?」

 勇者について気付いた事? 
 何か有ったっけ? 別にコウメの様に女の子だけって事はなかったな。
 何人か少年も居たし……、いやコウメみてぇな中性的じゃなく完全に男の子って感じの……。

「あっ……」

「気付いたようね」

「あぁ、そう言えば皆子供だ。身体がデカイのも居たがそれにしても成人してねぇような奴らばかりだった」

 神に見捨てられた俺が、皆にちやほやされている勇者なんて言う連中に嫉妬していた時期もあった。
 なんたって夢の記憶の中じゃ『勇者 北浜正太』なんて響きに憧れてた事もあるしな。
 勇者達は全員俺より年下だった事もあって余計に惨めな気持ちになってたんだ。

「そう、勇者には大人が居ないの」

 勇者に大人は居ない?
 いや、確かに俺が見た奴等はそうだったが、それはたまたまじゃねぇのか?
 誰だって年取りゃ大人になるものだ。
 居ないってこた無ぇだろ。

「なんでだよ? なんかの例え話か?」

 俺の言葉にレイチェルは目を瞑って首を振る。

「違う、そのままの意味なの。勇者は……だからよ」

「な、なんだって……? 勇者は死ぬ?」

 きっぱりとそう言ったレイチェルに俺は言葉を失った。

「そう、勇者は死ぬ。強い者が強い魔物から弱い者を守る。それが勇者の宿命なのよ。まぁ、英雄もそうなんだけどね」

「そ、そんな……」

 死ぬ事が勇者の宿命だと……?
 死ぬ事を神の奴は子供に押し付けてるってのか?
 俺はレイチェルの信じられない言葉に理解が追いつかず頭がグチャグチャになった。
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