神のおもちゃのラグナロク 〜おっさんになった転生者は、のんびり暮らす夢を見る。~

やすぴこ

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第六章 邂逅

第109話 言い訳

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「ショウタ。久し振りの再会なんだ。ほらほら嬉しそうにしなよ」

 レイチェルは相変わらず不敵な笑みを浮かべてそう言った。
 言葉と表情が合わない。
 恐らく挑発しているのだろう。

 その服装はさすがに裏道で会った時の様な神官衣と言う訳では無く、ごく普通の一般的な主婦の服って感じの物を着ていた。
 料理作ってたらしいしな、汚れるからそりゃ着替えもするか。
 ……しかし、なんだかそんな姿は見たくなかった気がするぜ。
 って、正気に戻れ!

 俺は今までの逃亡生活の苦しみを思い浮かべ、宿敵に対する恨みに火をくべる

「全部お見通しだったって訳か。クソッったれめ!」

「あはははは、あんたは昔から考える事が分かり易過ぎるのさ」

 レイチェルは俺の悪態を涼しげにあざ笑い少し懐かしげに目を細めた。
 そんな目で俺を見るんじゃねぇ!
 怒りが心の奥から吹き上がる。

「おっと、大声出すのは止めておきな。声に驚いた人が集まってくるよ。あんたはそれ・・を望んじゃいないんだろ? それにこんな夜中に近所で大声上げられちゃ、あたしの所に苦情が来ちまうからね」

「なっ! くっ」

 レイチェルは相変わらず捕らえ所が無く、上手く言葉が紡げない。
 全部分かってるみてぇなのに、何でこいつはこんなにのんきに喋りやがるんだ。
 まるで旧知の友みてぇじゃねぇか。
 お互い宿敵の筈なのによ。
 それとも自分は『準聖女』になったからって、もう俺の事なんて敵として扱うまでも無いとでも言うのか。
 どうせ俺の事を当時のまま、そこそこ強い程度の魔法も使えない冒険者とでも思ってるんだろう。
 それに比べて自分は『準聖女』、治癒魔法と言えども攻撃手段が無い訳ではないからな。
 物によっては通常魔法より凶悪な殺傷手段は幾つかある。
 なんせそれ専門の使い手からなる暗殺部隊なんてのも存在するって噂だからよ。
 俺が何をしようと勝てると思い込んでやがるようだ。
 
 舐めやがってっ!
 今の俺が本気を出せば勝てる奴なんて居ねぇんだよ!
 勝負は一瞬だ。

 俺は足に力を込めた。
 レイチェルとの距離は約10m。
 魔法は結界内だから無理だな。
 これは魔力発動を探知する結界だ。
 しかも術者は自由に使えるって卑怯な代物。
 術者以外は例え俺の隠蔽魔法でも発動する際の魔力までは完全に消せはしねぇから引っ掛かる。
 そして、感知した後の告知は設定次第だ。
 誰かに通知する様にも出来れば、周囲にサイレンが鳴る様にも出来る。
 レイチェルの事だ、教会へ連絡するって仕様にしてる事も考えられるぜ。

 しかし、たかが10m程度の距離、俺なら魔法に頼まなくとも治癒師程度じゃ反応出来ねぇ速度で一気に詰められる。
 そうしたら俺の勝ちだ。
 俺は、足に込めた力を解放し……。

「待ちな! 何するつもりか知らないけど、あたしに危害加えるとダイスの命は無いよ」

「なっ! ま、まさか……」

 今まさに飛び掛かろうとした瞬間、またもやレイチェルに邪魔されてしまう。
 それどころか、その口から恐るべき言葉が飛び出しやがった。
 そうだ、言われてみると確かにおかしい。
 ダイスが見張っている筈なのに、なんでレイチェルは俺の背後から現れるんだ?
 見張り役ってのは最初から分かっていたみてぇだが、だからと言ってダイスに危害を加えるなんて事は想定していなかった。
 ダイスは王子で英雄。
 実家を飛び出したと言っても肩書はそうそう消えねぇ。
 本来こんなちんけな取引に使える奴じゃねぇんだ。
 しかも生死が係わるなんてのは国際問題になるだろう。
 いくら国家に属さない教会の『準聖女』様と言えどもこんな手に出るなんて……。

 ……そうか。やはり、それ程俺の事が憎いんだな。
 先程からの余裕の態度は俺を敵として見ていないんじゃなく、対抗手段が完成済みでいつでも俺を殺せるって事から来る物だったのか。

「ふんっ。俺がダイスの命なんて関係無いっつったらどうすんだ?」

「あはははは。あんたがそんな事出来る訳無いだろう? かわいい教え子らしいじゃないか?」

「ちっ!」

 本当に腹立たしい。
 何故二十年も離れていながら俺の事が分かるんだ。
 本当は俺の事をショウタだって事は調べが付いていたってのか?
 ここまで用意周到って事は、いつ来ても良い様に準備していたって事かもしれねぇ。
 なら、既に教会に……?

「あぁ、安心おし。まだあんたの事は教会には伝えてはいないよ」

「え? な、何故だ!」

 まるで心が読まれてるように俺が考えている事を言って来やがる。
 もしかしてこれが『準聖女』の能力って事なのか?
 クソッ! 分からねぇ事だらけだ。
 教会に伝えていないって事も分からねぇ。
 こいつは一体何を考えている?

「決まっているじゃないか。あんたとの決着はあたしの手で付ける為さ」

 やはり俺の考えている事に答える様にレイチェルはにやりと笑いながらそう言って来た。
 俺との決着を自分の手で付けるだと?
 この言葉に何故か胸の奥に痛みが走る。

「ど、どう言う意味だ!」

「そのまんまの意味さ。トンネルでも言っていたろ? あんたの事をずっと追っていたってね。それはあの村での事の決着を付ける為さ。あたしはアメリア王国に捕まり取り調べを受けた。魔物使いの仲間と疑われてね。釈放されたが悪い意味での有名人さ。あたしは名前を変えずっとあんたを追って来たって訳」

 やはり俺の事を魔物の手先と言う理由で恨み、そして命を狙って追って来ていたって事か。
 なら、今ここで俺が神の使徒だって事を話せば…………。

 ………………。

 バカ野郎!! なに、和解しようと考えてるんだ俺!!
 レイチェルの言い分なんて関係無ぇ!
 こいつは俺を絶望に叩き込んだ敵なんだ!
 許せる訳がねぇだろうがっ!!

「じゃあ、どうするんだよ? 今ここで殺し合いでもするってのか?」

「…………。あ、あはは、あははははっ。ふぅ……良いねぇ。その殺気。あんたも多少はやる様になったじゃないか」

 俺が湧き上がる怒りのままレイチェルを睨み付けると、暫しの沈黙の後、そんな事は意に介さないとでも言いたげに笑いながら俺を褒めて来た。
 しかし、その目はとても冷めた様に何も色を映しておらずその真意が読めない。
 既に臨戦態勢とでも言うのだろうか?

「バカにしやがって……」

 俺の後ろにダイスの反応が有るが、先程から動く気配が無い。
 拘束されているのか眠らされているのか、煙火の魔法じゃ状態は分からねぇから対策の取りようがねぇ。
 俺の復讐を遂げようとしたらダイスの命が無い。
 かと言って、何もしなければ俺はレイチェルに好きな様にされちまう。
 恨んでる相手によ。
 まっ俺の事を殺せるとは思えんがな。
 
 となると、使える手は一つか。
 レイチェルの攻撃を耐え凌ぎ、隙を見てダイスを助け出す。
 そして結界の外に出た瞬間……覚えてやがれ。

「じゃあ、行くよ……」

 レイチェルは低く声を出すとあの時と同じ目で俺を睨み付けて来た。
 や、やめろ! その目で俺を見るな!

「くっ!」

 あの時のトラウマが俺の心に湧き上がって来た。
 怒りより恐怖が全身を支配する。
 この場から逃げ出したい。
 その言葉が頭に浮かび、俺は思わず後ずさった。

「…………」

 レイチェルはあの目で俺を睨んだまま動かない。
 呪文詠唱でもしているのか?
 魔力の高まりは感じねぇが。
 緊張感だけが高まって行く。
 俺は心臓がバクバクと激しく鼓動し、体の震えが止まらない。

 もうだめだ、もう復讐なんてどうでもいい。どこか遠くへ! 人も居ない世界の果てへ!

 そう思って、逃げ出そうとした瞬間……レイチェルの目が、フッと優しい色を浮かべた。
 その目に俺の頭が真っ白になり、逃げる事さえ忘れその場で立ち竦む。


「……ねぇ、あたしら二人、二十年に渡る因縁の旅がこれで終わりってのもつまらないと思わないかい?」

「は? え? ど、どう言う事……だ?」

 急に姿勢を戻したレイチェルはまた不敵な笑みを浮かべ軽い口調でそう言って来た。
 レイチェルが何を言っているのか分からない。
 旅が終わり? つまらない? 何言ってんだこいつ?

「なんだい、その間抜けな顔は~? 久し振りに二人で飲もうって言ってんだよ」

「な、何を馬鹿な……」

「フッ。あんただって、言いたい事の一つや二つあるんだろ? あたしの事を殺したい程憎いとか……ね」

 一瞬レイチェルの顔がとても悲しそうな顔になったのは目の錯覚か?
 しかし、それは俺が混乱している所為で見間違えたんだろう。

 言いたい事か……。
 そりゃあ、いっぱいあるぜ。
 だが、今更そんな事をお前に言ってもどうにもならねぇよ。

 ……そうだ、どうにもならねぇ。

 ただ……、そうだな。
 ただ、あの時のお前が何を思っていたのだけは聞いておくか。

「フンッ! 分かったよ。で、何処で飲むんだ? お前の家か?」

 俺がレイチェルの提案を受けると、スッと不敵な笑みが普通の笑みに変わった。

「い~や、あたしんちはコウメが寝てるし、飲むのは別の場所さ。ああ、そうそうダイスを捕らえてるんだしね。案内するよ、ついといで」

 そう言ってレイチェルは無防備にも俺に対して背を向け、大通りの方に向かって歩き出す。
 チャンスか? 今ならレイチェルを殺れる! …………いや、止めておこう。
 なんて言ってもダイスの命が掛かってるんだ。
 今手を出すのはマズいだろ。
 俺はレイチェルの後を大人しく付いてく。


 あぁ、分かってるさ。
 これは言い訳だ。
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