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第五章 変革

第82話 旅する猫

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「へぇ~、これが噂の絵本か」

 俺は今魔法学園内に有る図書館に来ている。
 さすが、この国随一の蔵書数と謳われているだけの事はある。
 初めて来たが、その広さに驚いた。
 広さは優にギルドの数倍は有るほどデケェ。
 天井も高く、館内には俺の背の高さの何倍も有る本棚が何列も並び、その棚にはびっしりと本が収納されている。
 俺はそんな本の洪水のような空間の中、司書の案内で目的の本が保管されている本棚の前に立っている。
 俺一人で探そうものなら日が暮れちまうしな。
 
「結構な巻数が有るな。司書さん、ありがとうよ」

「いえ、どういたしまして」

 俺は司書に礼を言うと、目の前の本棚からその絵本の第一巻を手に取った。
 表紙には『旅する猫』と言う題名と共に妙にリアルな猫の絵が描かれている。
 目が少し怖いな、夜中に子供が見たら泣くんじゃねぇか?
 絵本と言う事だからもっとファンシーな猫キャライラストなのかと思っていたが、この世界にはそう言う文化は無いようだ。
 そう言えば、元の世界でも世界の童話集とかの原本の挿絵は結構写実的な物が多かったりするよな。
 この世界は古今東西の文化が有るとは言え、基本的には元の世界の十五世紀位の文化水準なんだからそんなものか。
 俺は近くの開いているイスに腰掛けてページを開いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 『旅する猫』

 ある国ある町ある家に、一匹の猫が住んでおりました。
 何処にでも居るような『普通の猫』
 そんな猫はご主人様が大好き。
 朝仕事に出掛けたご主人様を、暖かいお布団を寝床にして暖かな窓の光の下、うたた寝しながら帰りを待つ。
 そんな幸せな毎日をのんびりと暮らしておりました。

 ある日、いつもなら日が落ちる前に帰ってくるはずのご主人様が暗くなっても帰ってきません。
 
「どうしたのにゃ? ご主人様の帰りがいつもより遅いにゃ」

 猫はご主人様の事が心配で居ても立っても居られなくなりました。

「もしかしたら、ご主人様に何かあったのかにゃ?」

 一度悪い想像をしたら止まりません。
 頭の中では酷い目に遭うご主人様の姿ばかりが浮かびます。
 とうとう猫は我慢出来ず、ご主人様を探す為に家を飛び出してしまいました。

「どこかにゃ、どこかにゃ。………ここはどこかにゃ?」

 ご主人様の家に来たのは猫が赤ん坊だった頃。
 猫は今までご主人様の家から出た事が有りません。
 当たり前なのですが、ご主人様の仕事場はおろか、家の周りさえ始めてみる物ばかり。
 すぐに迷子になってしまいました。
 もう帰る道も分かりません。
 周りは知らない景色に知らない人ばかり。
 猫は寂しくなって泣いてしまいました。

「ご主人様どこにゃ~。ぐすん」

 真っ暗な中、猫は震えながらご主人様を探します。

「どうしたのじゃ? 子猫ちゃん」

「にゃっ!」

 闇の中から突然声を掛けられて猫はびっくりして飛び上がってしまいました。

「怖いにゃん。怖いにゃん」

 猫は声に恐れるあまりその場で小さく丸まり顔を顔を抑えます。

「怖がらせてごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんじゃよ」

 声の主は驚かせた事を謝ってきたました。
 猫は恐る恐る目を開けると、そこには黒い毛の老犬が申し訳無さそうな顔で頭を下げています。

「あぁ黒い犬さんだったのか~。びっくりしたにゃん。僕はご主人様を探してるにゃん。おじいさん、ご主人様を知らないかにゃん?」

 ご主人様を知らないかとだけ聞かれても黒い犬は分かりません。
 黒い犬は首を傾げて聞きました。

「どんな人なんじゃ? 知っていたら教えてやろう」

「ありがとうにゃ。ご主人様は手がとても暖かいにゃ」

 猫はご主人様の大好きな所を言いました。
 ご主人様の手は大きくそして暖かい。
 その手で撫でて貰うのが大好きでした。
 しかし、黒い犬はそんな事を言われても分かりません。

「いやはや困ったのう。他には何か無いのかい」

「う~ん。ご主人は背が高くて髪の毛が灰色なのにゃ」

 他にもいっぱいいっぱいご主人様の大好きな所は有りましたが、パッと浮かんだのはその二つ。
 けど、ご主人は背が高いと言っても猫からの視点。
 大抵の人間が当てはまります。
 しかし、灰色の髪はこの辺じゃ珍しい。
 黒い犬は心当たりが有りました。

「あぁ、それなら。あっちの通りでそれらしき人を見たぞ。今なら間に合うかもしれないのう」

「ありがとうなのにゃ。すぐ行ってみるのにゃ」

 猫は走り出しました。
 もうすぐご主人様に会える。
 それだけを思って走り出しました。

「ちょっとお待ちな、そこの猫。灰色の方はもうそこには居ませんよ」

 もう少しで黒い犬が言っていた通りの角だと言う時に、横から声が聞こえてきました。
 慌てて声の方を見ると、そこには一匹の大きな蛇。
 銀の蛇腹に黒い目をした蛇が、鎌首を持ち上げてこちらを見ています。
 それはそれは恐ろしい姿なのですが、猫には分かりません。
 犬なら兎も角、蛇と言う生き物を知らなかったからです。

「あなたは誰なのにゃ?」

「私の名前はアンラマンユ。しがない蛇でございます」

 蛇はその頭を下げて丁寧に自己紹介をしました。

「これはこれはご丁寧に。それでは蛇さん。ご主人様はどこに行ったのかにゃ?」

 アンラマンユと名乗った蛇に猫はご主人様の居場所を尋ねました。
 親切に教えてくれるなんて、とってもいい蛇さんだと猫は思いました。

「灰色の方はこちらです。付いて来なさいな」

 そう言って、蛇はスルスルと町の郊外に向けて這って行きました。
 勿論猫は追いかけます。
 もう少しでご主人と会えるそれだけを思って。

 しばらく行くとここはもう町の外。
 周りは木々に覆われた森の中。

「本当にここにご主人様はいるのかにゃ?」

「勿論ですとも。灰色の方はこちらです」

 途中何度聞いてもそれしか言わない蛇。
 猫は不安になってきました。

「猫さん、ここです。この穴です。灰色の方はこの穴の向こうにいます」

 急に立ち止まったかと思うと蛇は、地面に開いた小さい穴を頭で指しました。

「えぇ! ご主人様はこんな小さい穴には入らないにゃ」

 猫は慌ててそう言いました。
 けれど蛇は笑いながら首を振ります。

「いえいえ、この穴は『世界の穴』と呼ばれる物。一度呪文を唱えれば、あら不思議。何方だろうとあっと言う間に遠い所に一っ飛び」

 蛇は芝居がかった口調でそう言います。
 けれど猫には何の事だか分かりません。

「ご主人様は遠い所には居ないのにゃ」

「そんな事は有りません。灰色の方は不幸にもこの穴に落ちてしまいました」

 猫は驚きました。
 そんな小さな穴にどうやってご主人が落ちてしまったのだろうと言う事ではなく、純真な猫は純粋にご主人様の事が心配で驚いたのです

「大変にゃ! 助けに行かないとダメにゃ!」

「では、呪文を唱えなさい。『この世に満ちる精霊の架け橋。彼の地はこの地に。この地は彼の地に。いざ参らん。私を灰色の方の下へ連れてって』」

 猫は蛇の言葉をそのまま叫びました。
 すると、目の前の小さな穴は見る見ると大きくなっていきます。
 猫は迷う事無く飛び込みます。
 この先に、ご主人様が待っている。
 それだけを思いながら。

 こうして『普通の猫』は『旅する猫』となったのです。

 つづく。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふぅ……」

 俺はお話を読み終えて、一つ溜息を洩らし本を閉じた。
 う~ん、なんと言うか……。
 これ、アレだな。
 うん、思ったよりアレだわ。
 色々とツッコミたいが、取りあえず一つだけ。

「呪文の最後の奴! CMのフレーズだろうがっ!」

 俺の堪え切れない魂の叫びが図書館中に響いた。

「しぃーーー! 図書館ではお静かに!」

 チッ、司書さんに怒られちまったぜ。
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