神のおもちゃのラグナロク 〜おっさんになった転生者は、のんびり暮らす夢を見る。~

やすぴこ

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第五章 変革

第78話 死ねない理由

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「バーバラ、アンリ……すまん」

 不意に先輩の声が聞えて来た。
 どうやら先輩は姉御と嬢ちゃんに会えなくなる事を謝っているみたいだな。
 俺一人で来れば良かったんだが、こうなるなんて思わなかったし悪い事をしたぜ。
 残された姉御と嬢ちゃんは悲しむだろうな。


『もう! ソォータさんったら、いっつも怠けているんですから!』

 ふと嬢ちゃんの顔が頭に過った。
 走馬灯って奴か。
 こうやって、ぐーたらな俺を良く叱って来たっけ。
 俺の保護者かっての。

『わぁー嬉しい! ありがとう』

 機嫌を直す為に安物のアクセサリーを買ってやったら、そんな風に嬉しそうに喜んでいたな。
 こんなおっさんに貰って嬉しい物かね?
 それにホテルでケーキ奢ってやった時も嬉しそうだった。
 はぁ、こんな時になんだが、嬢ちゃんに会いたくなって来たぜ。


『私この街から小父様が居なくなるのは嫌ですの!』

 ハハッ、メアリの事まで思い出しちまった。
 こう言って俺が旅に出ようとしたのを止めたんだよな。
 俺が身バレを嫌がった所為で聖女に仕立て上げらちまったんだ。
 元々候補だったとは言え、その後の出来事を考えると人生を滅茶苦茶にしちまった事には変わりねぇよ。


『小父様が居てくれるのなら、いつまでも待ちますの』

 そう言えば、理を破る方法を教えるって約束していたんだっけ?
 先輩達には止められたけど、だからと言ってこのまま約束を破るなんてのは寝覚めが悪ぃや。


『師匠! うちは師匠の事信じてたっすよ!』

 ふぅ、チコリーまで浮かんで来やがったか。
 母親共々俺の製薬知識を狙っているのは分かっているが、それでも俺の事を慕ってくれているのは分かる。
 俺が死んだら悲しむだろうな。
 どこまで製薬知識が得られなかったって割合が含まれてるか分からないが、純粋に悲しんでくれる気持ちが半分くらいは超えてて欲しいぜ。
 あぁ、そう言えばチコリーとも約束をしていたか。
 いや、あいつの家になんて行きたくねぇけどよ。


『……もう一曲だけ、私と踊っていただけませんか?』

 姫さんかぁ、こいつは純粋に俺の事を慕ってくれているんだろうが、如何せんそれは踊れるようにしてやったすり込み効果みたいなものだからなぁ。
 どっちにしろ年も離れているし、何より王族となんて御免被りたい。
 あぁ、姫さんともまた会う約束をしていたか。
 俺に相応しいレディとなって戻ってくるとか言っていたな。
 正直俺なんかには勿体無い言葉だ。
 まぁ、いつかは目が覚めて、身分に合った他の奴の事を好きになるんだろうが、死に別れる悲しみなんてのは味合わせたくは無かったぜ。


『先生って、なんかお父さんに似てるのだ』

 コウメ……。
 本当に似ていたのか知らねぇが、コウメは俺の事を父親と重ねていたようだな。

『まるでお父さんと冒険しているみたいでうれしいのだ』

 そうだ、コウメとも一緒に冒険するって約束していたのを思い出したぜ。
 あいつすごく喜んでいたな。
 ここで死んだらその約束も果たされないまま……。
 それ所かあいつに二度も『父親の死』と言う悲しみを与えちまうじゃねぇか。


 ……………。

 俺、こんな所で死んでられねぇわ。


 それにこれ位で諦めるなんて俺らしくもねぇ。
 なんの為に十年以上も地べた這いずり回って逃亡生活なんてものを続けて来たんだ?
 元の世界でも送れなかった、この世界で老後をのんびり暮らす為だろうが!

 思い出すのが女性ばっかりなのはちょっとアレだが、ちゃんとバカカイとの補習の約束も思い出してはいたんだぜ。
 ただ、浮かんだ瞬間に引っ込めただけだ。

 他にも死ねない理由なんてのは幾らでも有る。

 魔族を倒す手掛かりを探して貰っておきながら、勝手に倒しちまった事を王子に謝らなきゃな。
 謝ると言えば、メイガスだ。
 会って今までの事を謝らなければ、それこそ死んでも死に切れねぇぞ!

 それに……、それに『ありがとう』と伝えなきゃ……。

 何より、ここで死んじまうと神に負けた気がして腹が立って来たぜ。
 そうだ! 俺は物語をハッピーエンドで終わらして、彼奴等を殴る権利を褒美として貰いたいんだよ!

 絶対に……接待に生き延びてやる!!


 と、気合を入れ直したものの、このままじゃ死亡エンドにまっしぐらだ。
 何か無ぇか? この窮地を覆す策は?
 奴は、大地属性のマスタークラス、しかもマグマを喰い、水を枯らす。
 そんな複数属性使いの化け物を倒す策……。
 しかも、新たに魔法を構築する時間も無ぇ状況だ。

 マグマ、マグマ……それに水……水を枯らす……?


 ん? あれ? よく考えたら何か引っかかるな?
 俺は思い違いをしていたのかも知れねぇぞ。
 俺の脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。

 マグマを喰って、水を枯らす?
 それって本当に複属性なのか?
 
 マグマって高熱で、当たる所か近付くだけでなんでも燃やしちまうが、これ本当に火属性と言えるのか?
 そりゃ、火属性の魔法でマグマを作る事が出来るが、あれは厳密にはマグマじゃねぇ、マグマの様な物だ。

 確かマグマってのは、星自身の重力によって大地の重さが中心に近付くにつれて高温高圧になった物をマントルと呼び、それが何かの切っ掛けで地表近くまで昇る事で、その高圧から解放され溶けたのがマグマなんだよな?
 それって別に魔法みたいに地獄の火に炙られたから蕩けた訳でも無く、純粋に大地の力に因る物。
 要するにマグマと言えば純粋な地の力のエキス、奴の好物がそんな大地のスープなんじゃねぇのか?
 そう言う事なら火属性関係無ぇかもしれねぇぞ?
 それにわざわざ火属性から地属性へのエネルギーロスを起こす地属性ブレスを吐こうとしているのも引っ掛かっていたんだ。

 何より水を枯らすってのが、水属性持ちにしてはおかしいぜ。
 普通なら逆に水が溢れてもおかしくねぇ。
 水属性を吸い取ったと言う事も考えられるが、同じく属性転換に余分なエネルギーを使うんだから、大地が抉れるようなレベルで四大元素の大地の力を直接吸収出来る奴には不要だろう。
 
 根本から勘違いしているのかもしれねぇ。

 今『城喰い』の奴は、周囲から大地属性の力を自身に集めているんだ。
 言い換えると土の力によって水が枯れる。

 どこかで聞いたな? 昔読んだマンガかなんかに出てきた設定だ。
 四大元素とはまた違った属性の思想。
 う~ん、何だったかな? すごく俺の中二心をくすぐってたんだが……。
 確か東洋の……。五つの元素の話だったような?

 思い出した! そうだ、陰陽五行説!

 確かそれに『相剋』って言葉が有った。
 『土剋水』土気は水を吸って水気弱らせるんだったか?

 普通の大地属性持ちと言えば、マグマに触れりゃ燃えちまうし、水を枯らしちまうなんて事は聞いた事も無い。
 それで勘違いしていたみてぇだな。

 しかし、こいつは魔族、しかも恐らく死天王の一匹なんだ。
 常識で考えてはいけねぇだろ。
 強過ぎる力が過剰に働いてるって事だろうな。
 と言う事は、もしかして複数の属性を操るってのは俺の早とちりか?

 単なる藁にも縋る自分勝手な思い込みだが、有り得るだろう。
 確か、五行説じゃ土気の色は黄色。
 口で輝いている光と同じ色だ。

 なんてったって陰陽五行なんて言う中二マインドにビンビンと刺激しまくってくるパワーワード、神の奴等の大好物じゃねぇか。
 
「なら、まだ手は有る!!」

「アンリ済まねぇ、お前の花嫁姿を見る事は……、って、なに?本当か?」

「やっぱり先生ですね! 何とかしてくれるって信じてましたよ」

 まだ口を塞いでいたジョンもうんうんと頷いている。

「あぁ、確証は無ぇが、奴はもしかしたら複数属性とは違うかもしれねぇ」

 なら地神城塞を飲み込んだ『城喰い』には多少なりともこれが有効だ。
 単純な魔力比べなら何とかなるだろ。
 それに今のあいつはブレスの為に、周囲から吸い取った大地の力だけじゃなく、一緒に体中の力まで口に集めてやがるしな。
 要するに口以外はスポンジみたいな状態だ。

 『水侮土』水気が強けりゃ土気なんざに負けねぇよ!

パーマフロスト永久凍土フルパワーだぜ!」

 俺は有ったけの魔力を『城喰い』に向けて放った。
 いや『城喰い』自身じゃねぇ。
 あいつが喰った地神城塞に向けてだ。
 喰われていても術主の俺には分かる。
 喰われて消滅したかと思っていたが、幸運な事に魔力経路は辛うじて繋がっていたみてぇだ。
 それは奴の中で今でも絶賛氷結中の永久凍土。
 表面は魔法が弾かれる恐れはあるが体の中からなら効く筈だぜ。
 構築済みの魔法なら速度なんか関係無ぇさ。
 奴より早く動ける!

 祭壇ごと飲み込んだ事を後悔しやがれ!

「ガ……? ガァァァァァァーーーーーー!」

 辺りに『城喰い』の絶叫が轟き渡った。
 俺達を見下ろしていた奴の顔は天を仰ぎ見る様に上を向いている。
 さすが『三大脅威』と言えども、思った通り体内までは鍛えようがねぇ様だな。

 魔力全開となった永久凍土は触れた物を全て凍り尽くす。
 奴の胃袋の中で漂っている今は接地面なんて存在しない。
 あらゆる方向が氷結対象だ。

 絶叫が聞こえなくなったかと思うと、奴の口から氷の柱が立ち上り、大地の玉を飲み込んで、そのまま奴の身体全体に広がり、さながらドデカイ氷の柱の様な『城喰いの魔蛇』のオブジェが現れた。

「ふぅ、想像通り強い水気ならちゃんと効くな。陰陽五行説ってのは間違っちゃいなかったみてぇだ」

「やった! 先生凄い! 『三大脅威』の一匹を倒すなんて!」

 ダイスが飛び付いて来た。
 嬉しいのは分かるがまだ早い。

「落ち着け。まだだぜ。あんなんじゃ倒せねぇよ」

「え? そ、そんな……」 

「ま、まさかショウタ。 あんなに凍っているんだぞ? 普通の魔物なら生きてる訳無いだろう」

 それが、有り得るんだよな。
 なんせ、凍っている今でも俺は魔力を永久凍土に向けて供給中だ。
 じゃねぇと、すぐにでも水気が土気に剋されて氷が消えちまうみたいだからよ。
 まるで連続で水蒸気爆発が起こっている様な魔力の消費量。
 ここまでしても足止めにしかならねぇとは恐れ入る。

「あいつは魔族なんだよ。しかも死天王って凶悪な奴だ」

「ええ?! 魔族ですって! それに死天王? なんですかそれ! そもそも魔族って皆封印されてるんじゃないんですか?」

「いや、どうやら昔から自由気ままにこの世界を闊歩している奴等が居やがったようだぜ」

「な、何? もしかして『三大脅威』って言うのは……?」

 先輩の問い掛けに俺は無言で頷いた。
 意識の有る者達は、皆その事実に狼狽えて小さく唸っている。
 まぁそうだろう、世間では実在するかも分からなかった伝説上の『神の敵』である魔族と言う存在が、実は俺の元の世界のツチノコよりは身近な存在としてこの世に存在していたんだ。
 そら驚くだろう。
 まぁ、既にこの場に居る奴全員魔族の存在を知っているんだが、それにしてもだよな。

「どうするんだショウタ? 何か策はあるんだろ?」

「有るぜ! 取って置きの奴がな」

 陰陽五行説が正しいって事は、『木剋土』奴の土気には木気が効くって事だ。
 木気と言えば、何もその字の通り木だけじゃねぇ。
 その他にも雷、それに風なんてぇのも木気のカテゴリーに入る。
 雷と風、最近良く聞く言葉だ。

 例えば『』なんてのはどうだ?

 そして、光の精霊ってのがこの技の力の根源だが、それなら闇の精霊も居るんだろう。
 闇と光、陰と陽。
 陰は魔族、陽は俺だろうな。
 魔族も俺も神に作られた存在、表裏一体陰と陽。
 これも陰陽五行説に繋がるじゃねぇか。

 俺は『雷光疾風斬』しか知らねぇが、この技は陽の木気の技で他の属性も有るんだろうぜ。
 何せ詠唱は『数多の精霊達』ってんだからよ。

 そして、『城喰い』は陰の土気。
 陽の木気は、まさに効果は絶大って奴だ。

「おい、皆。俺から少し離れてろ」

 そう言ってジョンを解放し、皆の方を見た。

「もしや、ソォータ様。それは先の魔族を倒したと言う勇者様の技。『雷光疾風斬』ですか?」

「あぁ、そうだ。あれって周りも巻き込んじまうからよ。今回は全力でやるんで何処まで影響が有るか分からねぇし、離れていた方が良いぜ」

 ジョンは頷くと慌てて離れていった。
 周りのものもジョンと同じ位の場所まで離れていく。
 勿論倒れている二人は先輩とダイスが抱えて持っていった。

「先生、勇者の技を使えたんですね。けどその技って斬り付ける技だったような?」

「あぁ、一度見たからな。とは言え勇者の技はこれしか使えねぇ。それと俺の場合、別に斬り付けなくても効果は有るんだよ。あいつの後ろの火山を見てみろ」

 大地属性の吸収によって地面が抉れた為、そこに建っていた地神城塞も消え去って、火山の麓まで見えている。
 そこには俺が先日穿った穴が開いている。
 と言っても噴火によって今は何倍にも広がってはいるがな。

「えぇぇ、遠距離攻撃になってるじゃないですか! 本当に先生は化け物ですね」

「うるせぇっての! んじゃ行くぜ! ……この世界に宿りし数多の精霊達よ、我の求めに応じ、その大いなる力と共に我に集えっ!」

 俺は剣を構えて詠唱を始めた。
 詠唱と共に周囲から精霊の力が集まってくるのを感じる。

 今度は出し惜しみしねぇ! 全力を出し切るぜ。
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