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第五章 変革

第77話 城喰い

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「どどどどどどうしましょ! うぐぐっ」

 ジョンが動揺して騒ぎ立て出したので慌てて口を塞いだ。
 もう『城喰い』に見つかっている現状じゃあんまり意味無ぇかもしれねぇが、下手な刺激は与えないに限る。
 幸いな事に今のでヘソを曲げたって事はない様だ。
 まぁ、蛇にヘソなんて無ぇけどな。

 ズシャッ! ドシャッ!

 その時俺の背後から何かが倒れる音が聞えた。
 振り返ると監視官二人が泡を吹いて倒れている。
 もう一人も過呼吸気味に胸を押さえて今にも倒れそうになっていた。
 どうやら恐怖のあまり気絶してしまったようだ。
 これは仕方無ぇな、俺でさえあの巨大な虚無の眼差しに睨まれているだけで心臓が潰れそうな圧力を感じる。
 虚無の如きの漆黒に意識まで吸い込まれそうになるが、何故か目が離せねぇ。
 まさに蛇に睨まれたカエルって奴だ。
 これはもしかして、魔眼って奴なのか? だとしたらやべぇぜ。

「おい皆……。奴の目を見るな。意識持ってかれるぞ」

「うぅ……、ハッ!」

 先輩が俺の言葉で正気に返ったようで、額に手を当てて頭を振っている。
 後ろの倒れそうだった奴も、荒かった息が少し落ち着いて来ているのが聞えて来た。
 俺が口を塞いでいるジョンは大人しく目を瞑っている様だ。

 改めて城喰いを見上げた。
 聳え立つ蛇腹は確かに蛇では有るが、鎌首を擡げてこちらを見下ろしているその顔は、蛇と言うより東洋の龍神と言った印象を受ける。
 頭には二本の角が伸び、顔の左右には幾本もの棘の様な物が生えていた。
 目の位置も普通の蛇よりやや正面に付いているので、その虚無の様な二つの目は丸く開いた穴の様に見える。
 鱗にしても、シマヘビやニシキヘビの様なツルンとした感じではなく、一枚一枚がギザギザとした刃の様尖っており、おろし金の様になっていた。
 
 しかし、まさに噂をすればって奴か……。
 そりゃいつかは会う事も有るだろうとは思っていたが、一日待たずかよ。
 いきなり討伐クエスト発生って訳か? そんな馬鹿な……。

 無理無理無理! こんなの無理だって。
 デカさが違い過ぎる。
 よく見ると、祭壇の周りどころか地神城塞さえも一飲みにしていた様で、U字の両端しか残っていねぇじゃねぇか!
 逸話じゃ王都丸ごとって話だったが、確かにそれに比べると小さいものの、それでも十分な大きさだ。
 それこそ、何回かシュバシュバ出たり入ったり繰り返せば、王都丸ごとも可能だろうしな。

 こんなデカ物、即効発動出来る魔法なんかじゃ、例え手傷を負わす事は出来ても致命傷には至らない。
 次の瞬間、為す術も無く叩き潰されるちまうだろう。
 なにせ、これだけの巨体だ。
 ただ単にこちらに向けて倒れ込んで来るだけで俺達はペシャンコになっちまうぜ。

 俺だけなら逃げられるかもしれねぇが、こちらには気絶している二名を含め、追加で倒れそうな奴も居るし、後ろには重い鎧の所為で満足に動けねぇ奴も居る。
 何より足場が悪すぎる。
 そいつらを置いて逃げるなんて俺には出来ねぇ。
 かと言って、攻撃手段っていっても火山を抉った『雷光疾風斬』のフルパワーなら、ワンチャン有るかもしれねぇが、精霊の力を溜める時間なんて与えちゃくれねぇだろ。

 それより……、認めたくはねぇが一つ分かった事が有る。
 どうやら確かに俺と『城喰い』は戦う運命にあるのは間違いないと言う事をな。
 余りのでかさに最初パニックになって分からなかったが、冷静になってもう一度『城喰い』を見据えると嫌でも分かる。
 あぁ、そりゃその虚無の様な漆黒がクァチル・ウタウスに似ている筈だぜ。

 クソッたれっ!
 
「おいショウタ。あいつの体のあちこちに付いてる黒い塊見えるか?」

 俺が神に対して人には言えない様な悪口を頭の中で羅列していると、横に居た先輩が突然そんな事を言って来た。
 その言葉に促されて『城喰い』の身体を確認すると、確かに体に何かがこびり付いている。
 地中を移動していたから土でも付いているのかと思いきや、よく見ると黒い塊の表面の奥に赤い光の様な物が見えた。
 口の周りが特に顕著だ。
 所々全体が赤く光っている箇所も見える。
 どうやらすごい熱の様で、白い煙の様な物が立ち上っていた。

「まさか、あれって溶岩……マグマなのか?」

「恐らくな。あの口の周りの様子だと、ただ単にマグマに突っ込んだと言うよりバクバクと喰ったと言う感じだな。もしかしたらマグマを餌にしてやがるのかもしれん。火山が噴火したのに引き付けられてやって来たって訳か。クソッ丁度祭壇の上に顔を出しやがるなんて! 運が悪いぜ」

 確かに口からも煙が漏れてやがる。
 俺は使った事は無ぇが、確か火属性の上位魔法にゲヘナの炎を召還し岩を溶かして敵にぶつける、その名も火山弾ってのが有った筈。
 大地属性を持ちながら火属性のマグマなんかを喰いやがるのか?

 おいおい複数属性持ちって、そんなの冗談じゃねぇぞ!

 下手したら全属性持ちって事も有り得るな。
 だとしたら魔法自身が効かねぇかもしれねぇって事じゃねぇか!。

 先輩は、噴火の所為だと思っているみたいだが、残念ながら違うぜ。
 例えマグマが好物だったとしても、あいつはここには近寄れなかっただろう。
 何と言っても先日までここには女神の加護による勇者の封印が有ったんだからな。
 間違い無く、あいつがここに現れたのは俺目当てだ。

 そして奴が祭壇を一飲みした理由。
 恐らく俺の睨んだ通り祭壇には魔王や他の死天王に繋がる手掛かりが有ったんだろう。
 なんせ、んだからな。

 魔族死天王の残りは三匹。
 三って数字つい最近聞いただろ?

 そう『世界三大脅威』って奴をな。

 封印されていない魔族が居るとは思わなかったが、それが飛び切りやばい奴らってのは、今まで良く世界が滅びなかったよな。
 いや、これも神のシナリオって事なんだろう。

 しかし、本当にクァチル・ウタウスの野郎は死天王だったのか?
 ベースが違い過ぎるだろ!

 ……いや、確かに時を止める能力と触れる物を全て塵に還す能力が有りゃ、そりゃある意味無敵な訳だけどよ。

「先生……勝てそうですか?」

「pyはっwぁ!」

 俺が『城喰い』の正体についてあれこれ考えていると、突然すぐ後ろからダイスが声を掛けて来た。
 かなり離れた所で足を取られて満足に動けなかった癖に、泥濘をガッポガッポと音も立てずに背後に来るなんて全く想定していなかったせいで 思わず言葉にならない悲鳴が口から飛び出る。

「バ、バカ! 急に声を掛けるなよ。なんか色々口から飛び出しかけただろ!」

「す、すみません」

 ダイスは少し笑いを堪えて謝って来た。
 ったく、こんな時だと言うのにのんきな奴だぜ。

「なんで逃げずにここまで来た! と言うかどうやってここまで来たんだ?」

「俺が先生や他の皆を置いて逃げるなんて出来る訳無いじゃないですか。それに先生足元を見て下さい」

 まぁ、こいつの性格だと自分だけ逃げるなんて出来る訳ねぇか。
 それより、足元ってどう言う事だ?
 俺はダイスの言葉通り足元を見た。

「え? どう言う事だ?」

 『城喰い』に気を取られていて気付かなかったが、先程までぬかるんでいた地面が嘘の様に乾燥して硬くなっている。

「分かりません。あいつが姿を現した後暫くしたら、沈んで不安定だった足が安定して来たんです。不思議に思い足元を見ると地面はご覧の通りの状態でした。恐らく奴の能力じゃないでしょうか?」

 ダイスの言う通りこんな短期間で泥濘が乾燥するなんて現象は自然じゃ有り得ねぇ。
 『城喰い』の能力って事だろう。
 水属性も操るって訳か?
 大地に火に水、……こりゃ全属性ってのも冗談じゃねぇかもな。
 唯一効く可能性があった『雷光疾風斬』さえも、結局は光の精霊力による魔法みたいなものだ。
 無効化される可能性は小さくないだろう。
 クァチル・ウタウスに効いたのは塵化能力を無効化出来るからって理由だしな。

 くっ、こりゃ勝てねぇや……。

「おい、ダイス。さっきの質問の回答だが……、無理だな。どうしようもねぇぞこれ」

「そ、そんな。なんか手は無いんですか? ババーンて感じの必殺技」

「こんな幾つもの属性操る様な初見殺し相手に無茶言うな。攻略法でも無けりゃ勝てる訳無ぇっての!」

 ゴゴゴゴゴ……。

「な? なんだこの振動は。……おい! ショウタ! 奴の周りを見ろ!」

 俺が諦めとも取れる愚痴の言葉を吐いた途端、急に地鳴りのような音と共に地面が揺れ出したかと思ったら、先輩が『城喰い』の根元の方を指差した。
 言われた通り目をやると、奴の胴の周りに少し隙間が開いていた。
 奴の身体って先程まではぴっちりと地面から生えていたと思ったが……あれ?

「おいおい、なんか広がってねぇか、あの隙間?」

 それは勘違いなどではなく、確かに小さな筈の隙間が見る見る広がっていっているのが分かった。
 なんだこれ? 何故どんどん広がってやがるんだ?

「せ、先生……、奴を……見て下さい……」

 背後のダイスが震える声でそう言って来た。
 何事かと思い見上げると、そこには大きく口を開けている『城喰い』の姿が有った。
 そして、開かれたその口の中には何やら鈍い光を放つ玉の様な物が浮かんでいる。
 一瞬魔族のバトンかと思ったが、色が違う。
 それは濃い黄色に輝いていた。
 そして次第にその黄色い球は大きくなっていく。
 そのスピードは地面に出来た隙間とリンクしている様だ。
 この感じは大地属性か?
 マグマ喰ったってんだから、そのまま火属性のブレスでも良いんじゃねぇのか?
 わざわざ大地属性に転換しなくても……。
 って、なに相手の効率の事考えてんだよ。

「おい、ショウタ。ありゃ大地の力を吸い取って作ってるんじゃねぇのか?」

「あぁ、恐らくそうだ。あの玉から感じる属性は大地属性の様だしな。んであの玉を作る目的は……」

「も、もしかしてブレスでも吐くんですか?」

 俺は背後のダイスに、奴を見据えたまま頷いた。

 はぁ……、こりゃ避けられねぇ。
 防御の魔法は……。
 ダメだな、効果が高いのは大抵大地属性だ。
 無効化されるだろう。
 下手したら、それすらブレスの養分にされ兼ねない。

 魔法防御系の治癒魔法も有るには有るが周囲一帯巻き込んじまう様な攻撃には焼け石に水だろう。
 絶対防御障壁! みたいなのが有ったら良かったが少なくとも俺は知らねぇな。
 ブレナン爺さんがギルドの地下で使った結界もあれは対人結界で人の侵入を拒むものだ。
 ブレスじゃ素通りしちまう。
 爺さんなら他に有効そうなオリジナル魔法とか開発してそうだが、俺はそんなの持ってねぇ。
 今から有効そうな魔法を構築するにしても時間が無ぇや。
 こりゃマジで詰んだわ。
 
 なんだかんだ言って、今の今までただの遭遇イベントと少し楽観視していた。
 顔見せ興行的なドッキリ展開で命拾いしたぜ~って感じのな。
 だが奴は俺を殺す気満々のようだ。

 こりゃ、どうやら神の奴め、イベント管理失敗しやがったな。
 俺と『城喰い』を会わす気は無かったのかもな。
 死ぬのは嫌なのは確かだが、神の野郎達が墓穴を掘って自分達の娯楽をおじゃんにしたんだ。
 今頃奴等の慌てて吠え面かいているなんてのを想像するだけで、スカッとするぜ。
 ……そう思わないとやり切れねぇ。

 思えば、この世界に来てから不幸の連続だったな。
 神の甘言に唆されて、のこのことこの世界に放り出され、犯罪者として逃げ回った。
 何とか腰を落ち着けたと思ったら、これだ。
 最後の最後まで不幸だったぜ。

「おい、ダイスと先輩、それにジョンともう一人。お前達だけでも逃げろ。多分あいつの狙いは俺だ」

「ば、馬鹿言え! お前だけを置いて逃げる事なんて出来る訳無いだろうが! 二度もお前を見捨てる事は死んでも出来ないんだよ」

 先輩……、見捨てるとかそんな事はどうでも良いんだぜ?
 それに先輩はあの時見捨てるどころか俺の事を助けようと動いてくれてたじゃねぇか。

「ハハハッ、本当ですよ。馬鹿も休み休み言ってください。俺の性格分かってるでしょ? 最後までお供しますよ。それに俺は先生の事を信じていますからね」

 まぁ、お前ならそう言うよな。
 逃げろと言った俺が本当に馬鹿だったわ。
 信じると言われても困るが、そう言ってくれるのは嬉しいぜ。

「私もソォータ様と共に居ます。それに倒れている同僚を見捨て手逃げたなんて、放牧場の仲間達に顔向け出来ませんよ」

「わ、私もです。それにあんな大きさのブレス……、逃げてどうにかなる様な物じゃないでしょうし」

「お前等……。ハハッ、そうだな。あんなデカイの吐かれたら辺り一面吹き飛んじまうか。すまねぇな巻き込んじまってよ」

 皆、俺の言葉に笑い出した。
 もうある意味諦めの局地だ。
 巻き込んじまって本当に…すまねぇな。

 俺達は覚悟を決め、全員『城喰い』を見上げた。
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