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第四章 予兆
第69話 完全アウト
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「あの姿……、あの歩き方……」
俺は呆然とその男の動きの一挙手一投足の節々に記憶の欠片を当て嵌める。
それは、まるでジグソーパズルのピースの如くピタリと重なり合い、確かな姿をまざまざと俺の想い描くその人のカタチを現していった。
男はやがて立ち止まったかと思うと、おもむろに手に持った巨大な棒を両手で握り素早く振り上げる。
そして、振り上げるよりも更に早い速度で振り下ろした。
相変わらず見えている景色の音は一切聞えない。
その為、男が振り下ろす音は聞こえていない筈だが、その動作だけで空気を切る音が聞えたかのような錯覚に陥った。
いや、その音さえ俺の記憶が完全再現して寸分の狂い無く俺の頭に響いている。
男はその動作を幾度となく繰り返した。
剣の鍛錬の為の素振りをしているのだろう。
それは幼い頃の俺が見慣れていた風景、俺はその横で一緒に剣を振っていたんだ。
「……う、嘘だ。ま、まさか……!」
有る訳が無いと言う思いを嘲笑うかのように、目の前に映し出されている懐かしい日常。
心が否定しようとしても、それを否定する声が心の中で渦巻いていた。
幼い頃の俺が憧れ、そして目指した。
そうだ、俺はあの人を目指して日々鍛錬をしていた。
記憶の中の俺は『転生者』だなんて記憶は無く、ただこの世界の住人としてあの人の隣で一生懸命剣を振っていたんだ。
『いつかあの人に追いつき、そして追い越したい』それだけを願って……。
無口で滅多に言葉を発しない人だったけど、俺には分かっていた。
彼がどれだけ俺の事を大切に思ってくれているのか、その想いと優しさを……。
「父さーーーーん!!」
溢れる思いに耐え切れなくなった俺は、大声でその人……カイルス父さんに向かって叫んだ。
聞こえる訳は無いし、現実の事かも分からない。
けど、俺は力の限りに叫んだ。
すると驚いた事に父さんはそれに応える様に、ゆっくりとこちらを振り返り、そして見上げて……。
その瞬間、目の前が暗転した。
いや、暗転したんじゃない、元の祭壇に視界が戻ったんだ。
既に夜の帳は下りて、周囲はすっかり暗くなっている。
眩しい世界から戻った為に暗闇に目が慣れていなかっただけだ。
空を見上げると満天の星明りに徐々に目が慣れてきた。
俺は今見た光景を心の中で何度も反芻する。
あの時、死んだ筈の父さんが何故……。
もしかして、俺みたいに用事で村から出掛けていたのか?
違うっ!!
神に作られた記憶の中の父さんが現実に居る訳がねぇ!
幻覚に決まっている!
だが、神がアレを俺に見せた意図は何だってんだ?
それに……それに、もう少しで父さんの顔をちゃんと見る事が出来たってのに。
「クソッ! 神め! なんてタイミングで戻しやがるんだ! 今のは何だ! 現実の事なのか? 答えろ!! 馬鹿野郎の糞ったれ!」
「ひゃっ! び、びっくりしたのだ!」
今し方起こった事に混乱冷めやらぬまま神への文句を声高に叫ぶと、すぐ近くで誰かが俺の声に驚き悲鳴を上げた。
この語尾はコウメだな。
……え? 何で居るんだ?
「先生、一体どうしたのだ? 急に叫んだりしてびっくりしたのだ」
「どうしたって……。いつの間に来たんだよ! ぼーっと見てねぇで声掛けてくれって……なっ! なんでお前らまで……!」
俺は慌てて声の方に顔を向けると、そこにはコウメだけじゃねぇ、他の皆まで揃って怪訝な顔をして立ち竦んでいた。
呼んで来るように頼んだ爺さんの他に、治癒師のねぇちゃんと案内人まで居やがる。
「何度も声を掛けたんだけど、聞こえてないみたいだったのだ」
なっ? なんだって? そんなの全く聞こえなかったぞ?
も、もしかして神の奴、人の声だけを俺に聞こえない様にミュートしてたとかじゃねぇだろうな?
マジで糞ったれめっ!
だとすると、これは不味いな。
今の神への悪口聞かれちまったんじゃねぇか……。
神の敵対者とか魔族信仰者とか思われたりしねぇだろうな?
……ん? 治癒師のねぇちゃんは顔を赤らめている?
あっ、俺と眼が合った途端、恥ずかしそうに顔を背けやがった。
なんでだ?
「それより先生。なんでパンツ一丁で独り言を言ってたのだ?」
「へ?」
パンツ一丁?
…………。
「あーーーーそうだったっ!」
俺パンイチだったじゃねぇか!
ねぇちゃんが俺と眼が合って顔を背けたのはそう言う事か!
「そ、それは……。って言うか、コウメッ! なんで皆連れて来たんだ! 爺さんだけって言ったじゃねえぇか」
「ち、違うのだ! 僕は言われた通り爺ちゃんに『アレの件』って伝えたんだけど、爺ちゃん大きな声で驚いたから皆に気付かれて、それで付いて来ちゃったのだ……」
「おい! 爺さん! お前が驚いてどうするんだよ!」
「す、すまぬ。歳を取るとどうしても常識が邪魔をしてのう」
『邪魔をしてのう』じゃねぇっつうの!
人生経験豊富だろうに簡単に驚きやがって。
国王から魔族の件は聞いていただろうってのによ。
「パンツ一丁で、虚空に向かって叫ぶなんて……、やっぱりこの人変質者だ……」
「ちょっと待て! 誤解だって! 今のは神……いや魔族の置き土産の所為で幻覚見せられてただけで、それにパンイチなのも奴の攻撃によるものなんだって!」
「ええっ! 魔族が復活したのですか? はっ! 本当だ! 封印の要石どころか魔法陣も消えているっ! と言う事は結界は……、あぁ! 侵入の護符を外しても何ともない……!」
案内人は俺の言葉に慌てた様子で、何やら首に掛けているお守りを外している。
なるほど、俺や勇者であるコウメ以外がどうやって結界内に入っていたのか不思議だったが、そんなアイテムが有ったのか。
爺さんに治癒師のねぇちゃんもお守りを掛けているって事は、結界が破れたり魔族を倒したって事まではバレていねぇんだな。
良かった、良かったって、あれ?
「先生? 魔族の攻撃の所為ってズボン破れたの僕の所為じゃなかったのか?」
「あぁーーーーしまった!! 口が滑った!!」
「やれやれ、お主も相当じゃわい。結局自分で喋りおったではないか」
爺さんが呆れたと言う顔で呟いた。
言葉が出ねぇ……、国王の時も全く同じ失敗をしちまったし……。
心を許す相手が居るってのはここまで嘘が下手になっちまうものなのか?
これから身バレせずに暮らしていけるのか心配になって来たぜ。
取りあえず、この案内人には口封じ……いや、黙って貰う様にお願いしねぇとな。
「そ、それで、ま、魔族は今どこに?」
どうやって言い包めようかと思っていると、案内人が狼狽えながらも、急に真面目な顔して魔族について聞いて来た。
そう言や、こいつは一応この国の公務員みたいな物だったんだよな。
バースの放牧場は表向きの姿で、実の所この封印の監視所ってのが本当の姿って奴だ。
そして、その従業員は皆特殊な訓練をした魔族監視員、って言うか諜報員って話だった。
よく考えたら、冒険者でもねぇのに昼間かなりの距離を突貫の強行軍にも関わらず、息一つ上がらずに案内してのけていた。
爺さんや治癒師のねぇちゃんなんてお互いにブーストや治癒を掛け合って何とか付いて来ていたのによ。
先日死に掛けてたのを治してやったとは言え、応急処置程度だったんだから本来多少は影響は残っててもおかしくねぇんだがな。
待ったくタフな野郎だぜ、そこはさすがエージェントって事か。
仕方無ぇ、下手に嘘付いて放牧場内で変に噂だけが広まるより、全部話して仲間に引き入れた方が良いかもな。
コウメにもバレるのは不安だが何とかなるだろ。
「安心しろ。奴は倒した。そこの森の跡が証拠だぜ」
「え! あっ! 巨大過ぎて気付かなかった……。 な、なんですか! あの大きなトンネルみたいな跡は! ま、魔法ですか? けど、と言う事は本当に?!」
「あぁ、そうだ。奴は死んだよ」
「え? でも、先生……、魔族は僕が逃がしちゃったんじゃないの?」
魔族を倒したと言う言葉に喜んでいる案内人を見て、コウメが申し訳なさそうにそう言って来た。
「ん? あぁ、あれか。あれは逃げたと言えばそうだが、次の復活する魔族の元に飛んで行っただけだ。奴自身は死んでいる。すまねぇな黙っていてよ。それに倒したのはお前じゃねぇ、俺だったんだ。と言っても、お前が雷光疾風斬を見せてくれていたお陰だよ。あれが無かったら本当にやばかったぜ。ありがとうな」
コウメはその言葉を聞いて少しうれしそうな顔をした。
俺に嘘付かれたってのに、なんで嬉しがってんだ?
あぁ、取り逃がしたのが自分の責任じゃなかったってのが嬉しいのか?
「やっぱり先生が倒したんだね! 実は紋章もそう言っていたのだ。僕にあの威力は無理って言ってたんで、なら誰が? って聞いたら先生がって」
「へ? なんだ既にバレてたのか? ならなんで黙ってたんだよ」
「だって、先生が誤魔化そうとしてるって事は、秘密にしたいって事だと思ったのだ」
なっ! こいつはそこまで考えて……。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど実はしっかり考えていたのか……。
まだ幼いのに気を使わせちまったな。
こんな事ならもっと早く言っておけば良かったぜ。
「お前は本当にいい子だなぁ。すまん黙っていて」
「ソォータ様? その格好で女の子に近付くのは絵面的にちょっとマズいです……」
俺がコウメの頭を撫でてやる為に近付こうとしたら治癒師のねぇちゃんが低い声でそう言って来た。
そうだった……、下半身だけ下着姿で幼女に近付く中年男性ってビジュアル的に完全アウトじゃねぇか!
「す、すまん! 俺の荷物はどこだ? その中に替えのズボンと靴入れてんだ」
「あっ、忘れちゃったのだ」
「コ、コウメーーーー!!」
「ごめんなのだーーーー!!」
ここでドジっ娘属性発動かよ!!
仕方無ぇ、一旦野営地まで戻るか。
「ちょ、ちょっと待ってくだされ。ソォータ殿、先程魔族の所為でと言っておったが、何が有ったと言うのじゃ?」
帰ろうとした俺を爺さんは引き止めて事情を聞いてきた。
まぁ、本来再封印の事前調査の筈だったってぇのにいきなり倒したなんて言われても訳が分からねぇよな。
しかも、慌てて見に来たら、俺がパンイチで虚空に向かって叫んでるんだし、そりゃあ気になっても仕方無ぇわ。
「あぁ、ここの結界の事はそこの案内人が詳しいだろ? ここだけ五百年前の祭壇が新築同然って異常さでも一目瞭然だ。奴はな、時間を止める力を持ってやがって、これはその影響なんだよ。更に奴に触れると塵になるなんてふざけた力も持ってやがってな、コウメ守る為に奴を蹴ったらこうなった」
そう言って、俺は上着を少し捲り腰紐付近に少しだけ残っていたボロボロのズボンの残骸を見せた。
「そんな恐ろしい能力。よくソォータ殿は無事じゃったな」
「あぁ、俺もヤバかったぜ。あと一ヶ所でも奴に触られていたら、今頃は俺もあの世行きだったわ。ハハハハ」
「先生! ありがとうなのだ! 僕の命の恩人なのだ!」
「おーーーっと、いま俺に抱き着いて来るなよ! 一発アウトなビジュアルになるからよ!」
俺が慌てて駆け寄って来ようとしたコウメを止めた。
コウメの身長では丁度俺の股間付近に顔が来るんで、今の状態で正面から抱き着かれると非常にヤバい!
アウトとかアウトじゃないとかそんな次元を超越する。
状況を知っているこの場の皆でさえ、何とも言えない微妙な空気になる筈だ。
「し、しかし、ヤバかったって、そんな大変な事を笑いながらなんて……。なぜ無事だった……。いや、あなたならそうかもしれませんね。やっぱりただの変質者じゃなかったんだ」
抱き付こうとしたのを止められて残念がっているコウメを見て、俺と従者二人と笑っていると、案内人が気になる事を言って来た。
まぁ、俺が無事ってのが不思議に思うのは仕方無いだろう。
変質者じゃねぇって納得してくれたのは良いんだが、どう言う事だ?
「なんで俺ならそうだって言えるんだよ?」
俺の問い掛けに、案内人は少し微笑みながら頷いている。
「実は私が教会で死に掛けていた時、少し意識が有ったんですよ。そしてあなたが私の身体に触れて治癒の呪文を唱えてくれたのをうっすらと見ていたんです」
「げっ! そうだったのか! しまったな。意識が無いと思い込んでたぜ」
確かにあの時は時間が惜しかったんで、設置じゃなく直接唱えたんだった。
皆メアリに注目してたから気付かれないと思っていたが、瀕死だった本人なら、周りの事よりすぐ近くの俺の方に目が行くか。
「私の身体がまだ完調ではないのに今回無理して志願したのは、調査団の中にあなたが居ると言う事を聞いたからです。あれは私の見た幻覚なのか、それとも真実だったのか探る為だったんです。やはりあれはあなたのお陰だったんですね。あの時は本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です」
案内人は深々と頭を下げてきた。
う~ん、俺の事を探る為って言っておきながら、結構ビシバシと俺の事をディスってた様な気がしないでもないが……。
まぁ、今のこの態度からは俺への大きな感謝の念を感じるんで嘘じゃねぇんだろう。
ならば……。
「良いって事よ。で、そのお返しって訳じゃ無いんだが……」
「分かっています。どうやらあなたには事情が有る様子。この事は内密にしておきます。それに魔族の事が世間に広まる訳にもいきませんしね」
「ありがとうよ。助かったぜ」
ほっ、良かった。
そう言う事なら黙っててくれそうだな。
んじゃ、命の恩人ってのに対して幻滅させない為にも、早く野営地にまで戻ってズボン履かねぇとな。
だってこの格好のままじゃ、これ以上なにを言っても締まらねぇしよ。
俺は呆然とその男の動きの一挙手一投足の節々に記憶の欠片を当て嵌める。
それは、まるでジグソーパズルのピースの如くピタリと重なり合い、確かな姿をまざまざと俺の想い描くその人のカタチを現していった。
男はやがて立ち止まったかと思うと、おもむろに手に持った巨大な棒を両手で握り素早く振り上げる。
そして、振り上げるよりも更に早い速度で振り下ろした。
相変わらず見えている景色の音は一切聞えない。
その為、男が振り下ろす音は聞こえていない筈だが、その動作だけで空気を切る音が聞えたかのような錯覚に陥った。
いや、その音さえ俺の記憶が完全再現して寸分の狂い無く俺の頭に響いている。
男はその動作を幾度となく繰り返した。
剣の鍛錬の為の素振りをしているのだろう。
それは幼い頃の俺が見慣れていた風景、俺はその横で一緒に剣を振っていたんだ。
「……う、嘘だ。ま、まさか……!」
有る訳が無いと言う思いを嘲笑うかのように、目の前に映し出されている懐かしい日常。
心が否定しようとしても、それを否定する声が心の中で渦巻いていた。
幼い頃の俺が憧れ、そして目指した。
そうだ、俺はあの人を目指して日々鍛錬をしていた。
記憶の中の俺は『転生者』だなんて記憶は無く、ただこの世界の住人としてあの人の隣で一生懸命剣を振っていたんだ。
『いつかあの人に追いつき、そして追い越したい』それだけを願って……。
無口で滅多に言葉を発しない人だったけど、俺には分かっていた。
彼がどれだけ俺の事を大切に思ってくれているのか、その想いと優しさを……。
「父さーーーーん!!」
溢れる思いに耐え切れなくなった俺は、大声でその人……カイルス父さんに向かって叫んだ。
聞こえる訳は無いし、現実の事かも分からない。
けど、俺は力の限りに叫んだ。
すると驚いた事に父さんはそれに応える様に、ゆっくりとこちらを振り返り、そして見上げて……。
その瞬間、目の前が暗転した。
いや、暗転したんじゃない、元の祭壇に視界が戻ったんだ。
既に夜の帳は下りて、周囲はすっかり暗くなっている。
眩しい世界から戻った為に暗闇に目が慣れていなかっただけだ。
空を見上げると満天の星明りに徐々に目が慣れてきた。
俺は今見た光景を心の中で何度も反芻する。
あの時、死んだ筈の父さんが何故……。
もしかして、俺みたいに用事で村から出掛けていたのか?
違うっ!!
神に作られた記憶の中の父さんが現実に居る訳がねぇ!
幻覚に決まっている!
だが、神がアレを俺に見せた意図は何だってんだ?
それに……それに、もう少しで父さんの顔をちゃんと見る事が出来たってのに。
「クソッ! 神め! なんてタイミングで戻しやがるんだ! 今のは何だ! 現実の事なのか? 答えろ!! 馬鹿野郎の糞ったれ!」
「ひゃっ! び、びっくりしたのだ!」
今し方起こった事に混乱冷めやらぬまま神への文句を声高に叫ぶと、すぐ近くで誰かが俺の声に驚き悲鳴を上げた。
この語尾はコウメだな。
……え? 何で居るんだ?
「先生、一体どうしたのだ? 急に叫んだりしてびっくりしたのだ」
「どうしたって……。いつの間に来たんだよ! ぼーっと見てねぇで声掛けてくれって……なっ! なんでお前らまで……!」
俺は慌てて声の方に顔を向けると、そこにはコウメだけじゃねぇ、他の皆まで揃って怪訝な顔をして立ち竦んでいた。
呼んで来るように頼んだ爺さんの他に、治癒師のねぇちゃんと案内人まで居やがる。
「何度も声を掛けたんだけど、聞こえてないみたいだったのだ」
なっ? なんだって? そんなの全く聞こえなかったぞ?
も、もしかして神の奴、人の声だけを俺に聞こえない様にミュートしてたとかじゃねぇだろうな?
マジで糞ったれめっ!
だとすると、これは不味いな。
今の神への悪口聞かれちまったんじゃねぇか……。
神の敵対者とか魔族信仰者とか思われたりしねぇだろうな?
……ん? 治癒師のねぇちゃんは顔を赤らめている?
あっ、俺と眼が合った途端、恥ずかしそうに顔を背けやがった。
なんでだ?
「それより先生。なんでパンツ一丁で独り言を言ってたのだ?」
「へ?」
パンツ一丁?
…………。
「あーーーーそうだったっ!」
俺パンイチだったじゃねぇか!
ねぇちゃんが俺と眼が合って顔を背けたのはそう言う事か!
「そ、それは……。って言うか、コウメッ! なんで皆連れて来たんだ! 爺さんだけって言ったじゃねえぇか」
「ち、違うのだ! 僕は言われた通り爺ちゃんに『アレの件』って伝えたんだけど、爺ちゃん大きな声で驚いたから皆に気付かれて、それで付いて来ちゃったのだ……」
「おい! 爺さん! お前が驚いてどうするんだよ!」
「す、すまぬ。歳を取るとどうしても常識が邪魔をしてのう」
『邪魔をしてのう』じゃねぇっつうの!
人生経験豊富だろうに簡単に驚きやがって。
国王から魔族の件は聞いていただろうってのによ。
「パンツ一丁で、虚空に向かって叫ぶなんて……、やっぱりこの人変質者だ……」
「ちょっと待て! 誤解だって! 今のは神……いや魔族の置き土産の所為で幻覚見せられてただけで、それにパンイチなのも奴の攻撃によるものなんだって!」
「ええっ! 魔族が復活したのですか? はっ! 本当だ! 封印の要石どころか魔法陣も消えているっ! と言う事は結界は……、あぁ! 侵入の護符を外しても何ともない……!」
案内人は俺の言葉に慌てた様子で、何やら首に掛けているお守りを外している。
なるほど、俺や勇者であるコウメ以外がどうやって結界内に入っていたのか不思議だったが、そんなアイテムが有ったのか。
爺さんに治癒師のねぇちゃんもお守りを掛けているって事は、結界が破れたり魔族を倒したって事まではバレていねぇんだな。
良かった、良かったって、あれ?
「先生? 魔族の攻撃の所為ってズボン破れたの僕の所為じゃなかったのか?」
「あぁーーーーしまった!! 口が滑った!!」
「やれやれ、お主も相当じゃわい。結局自分で喋りおったではないか」
爺さんが呆れたと言う顔で呟いた。
言葉が出ねぇ……、国王の時も全く同じ失敗をしちまったし……。
心を許す相手が居るってのはここまで嘘が下手になっちまうものなのか?
これから身バレせずに暮らしていけるのか心配になって来たぜ。
取りあえず、この案内人には口封じ……いや、黙って貰う様にお願いしねぇとな。
「そ、それで、ま、魔族は今どこに?」
どうやって言い包めようかと思っていると、案内人が狼狽えながらも、急に真面目な顔して魔族について聞いて来た。
そう言や、こいつは一応この国の公務員みたいな物だったんだよな。
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そして、その従業員は皆特殊な訓練をした魔族監視員、って言うか諜報員って話だった。
よく考えたら、冒険者でもねぇのに昼間かなりの距離を突貫の強行軍にも関わらず、息一つ上がらずに案内してのけていた。
爺さんや治癒師のねぇちゃんなんてお互いにブーストや治癒を掛け合って何とか付いて来ていたのによ。
先日死に掛けてたのを治してやったとは言え、応急処置程度だったんだから本来多少は影響は残っててもおかしくねぇんだがな。
待ったくタフな野郎だぜ、そこはさすがエージェントって事か。
仕方無ぇ、下手に嘘付いて放牧場内で変に噂だけが広まるより、全部話して仲間に引き入れた方が良いかもな。
コウメにもバレるのは不安だが何とかなるだろ。
「安心しろ。奴は倒した。そこの森の跡が証拠だぜ」
「え! あっ! 巨大過ぎて気付かなかった……。 な、なんですか! あの大きなトンネルみたいな跡は! ま、魔法ですか? けど、と言う事は本当に?!」
「あぁ、そうだ。奴は死んだよ」
「え? でも、先生……、魔族は僕が逃がしちゃったんじゃないの?」
魔族を倒したと言う言葉に喜んでいる案内人を見て、コウメが申し訳なさそうにそう言って来た。
「ん? あぁ、あれか。あれは逃げたと言えばそうだが、次の復活する魔族の元に飛んで行っただけだ。奴自身は死んでいる。すまねぇな黙っていてよ。それに倒したのはお前じゃねぇ、俺だったんだ。と言っても、お前が雷光疾風斬を見せてくれていたお陰だよ。あれが無かったら本当にやばかったぜ。ありがとうな」
コウメはその言葉を聞いて少しうれしそうな顔をした。
俺に嘘付かれたってのに、なんで嬉しがってんだ?
あぁ、取り逃がしたのが自分の責任じゃなかったってのが嬉しいのか?
「やっぱり先生が倒したんだね! 実は紋章もそう言っていたのだ。僕にあの威力は無理って言ってたんで、なら誰が? って聞いたら先生がって」
「へ? なんだ既にバレてたのか? ならなんで黙ってたんだよ」
「だって、先生が誤魔化そうとしてるって事は、秘密にしたいって事だと思ったのだ」
なっ! こいつはそこまで考えて……。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど実はしっかり考えていたのか……。
まだ幼いのに気を使わせちまったな。
こんな事ならもっと早く言っておけば良かったぜ。
「お前は本当にいい子だなぁ。すまん黙っていて」
「ソォータ様? その格好で女の子に近付くのは絵面的にちょっとマズいです……」
俺がコウメの頭を撫でてやる為に近付こうとしたら治癒師のねぇちゃんが低い声でそう言って来た。
そうだった……、下半身だけ下着姿で幼女に近付く中年男性ってビジュアル的に完全アウトじゃねぇか!
「す、すまん! 俺の荷物はどこだ? その中に替えのズボンと靴入れてんだ」
「あっ、忘れちゃったのだ」
「コ、コウメーーーー!!」
「ごめんなのだーーーー!!」
ここでドジっ娘属性発動かよ!!
仕方無ぇ、一旦野営地まで戻るか。
「ちょ、ちょっと待ってくだされ。ソォータ殿、先程魔族の所為でと言っておったが、何が有ったと言うのじゃ?」
帰ろうとした俺を爺さんは引き止めて事情を聞いてきた。
まぁ、本来再封印の事前調査の筈だったってぇのにいきなり倒したなんて言われても訳が分からねぇよな。
しかも、慌てて見に来たら、俺がパンイチで虚空に向かって叫んでるんだし、そりゃあ気になっても仕方無ぇわ。
「あぁ、ここの結界の事はそこの案内人が詳しいだろ? ここだけ五百年前の祭壇が新築同然って異常さでも一目瞭然だ。奴はな、時間を止める力を持ってやがって、これはその影響なんだよ。更に奴に触れると塵になるなんてふざけた力も持ってやがってな、コウメ守る為に奴を蹴ったらこうなった」
そう言って、俺は上着を少し捲り腰紐付近に少しだけ残っていたボロボロのズボンの残骸を見せた。
「そんな恐ろしい能力。よくソォータ殿は無事じゃったな」
「あぁ、俺もヤバかったぜ。あと一ヶ所でも奴に触られていたら、今頃は俺もあの世行きだったわ。ハハハハ」
「先生! ありがとうなのだ! 僕の命の恩人なのだ!」
「おーーーっと、いま俺に抱き着いて来るなよ! 一発アウトなビジュアルになるからよ!」
俺が慌てて駆け寄って来ようとしたコウメを止めた。
コウメの身長では丁度俺の股間付近に顔が来るんで、今の状態で正面から抱き着かれると非常にヤバい!
アウトとかアウトじゃないとかそんな次元を超越する。
状況を知っているこの場の皆でさえ、何とも言えない微妙な空気になる筈だ。
「し、しかし、ヤバかったって、そんな大変な事を笑いながらなんて……。なぜ無事だった……。いや、あなたならそうかもしれませんね。やっぱりただの変質者じゃなかったんだ」
抱き付こうとしたのを止められて残念がっているコウメを見て、俺と従者二人と笑っていると、案内人が気になる事を言って来た。
まぁ、俺が無事ってのが不思議に思うのは仕方無いだろう。
変質者じゃねぇって納得してくれたのは良いんだが、どう言う事だ?
「なんで俺ならそうだって言えるんだよ?」
俺の問い掛けに、案内人は少し微笑みながら頷いている。
「実は私が教会で死に掛けていた時、少し意識が有ったんですよ。そしてあなたが私の身体に触れて治癒の呪文を唱えてくれたのをうっすらと見ていたんです」
「げっ! そうだったのか! しまったな。意識が無いと思い込んでたぜ」
確かにあの時は時間が惜しかったんで、設置じゃなく直接唱えたんだった。
皆メアリに注目してたから気付かれないと思っていたが、瀕死だった本人なら、周りの事よりすぐ近くの俺の方に目が行くか。
「私の身体がまだ完調ではないのに今回無理して志願したのは、調査団の中にあなたが居ると言う事を聞いたからです。あれは私の見た幻覚なのか、それとも真実だったのか探る為だったんです。やはりあれはあなたのお陰だったんですね。あの時は本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です」
案内人は深々と頭を下げてきた。
う~ん、俺の事を探る為って言っておきながら、結構ビシバシと俺の事をディスってた様な気がしないでもないが……。
まぁ、今のこの態度からは俺への大きな感謝の念を感じるんで嘘じゃねぇんだろう。
ならば……。
「良いって事よ。で、そのお返しって訳じゃ無いんだが……」
「分かっています。どうやらあなたには事情が有る様子。この事は内密にしておきます。それに魔族の事が世間に広まる訳にもいきませんしね」
「ありがとうよ。助かったぜ」
ほっ、良かった。
そう言う事なら黙っててくれそうだな。
んじゃ、命の恩人ってのに対して幻滅させない為にも、早く野営地にまで戻ってズボン履かねぇとな。
だってこの格好のままじゃ、これ以上なにを言っても締まらねぇしよ。
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しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、
全く向けられていなかった。
何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、
将来性も期待性もバッチリであったが...
この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。
でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか?
だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし...
周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を
俺に投げてくる始末。
そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と
罵って蔑ろにしてきやがる...。
元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで
最低、一年はかかるとの事だ。
こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から
出ようとした瞬間...
「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」
...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。
※小説家になろう様でも掲載しています。

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