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第四章 予兆

第56話 この世界

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「いやはや、人生とは分からない物だ。正直な所、儂でさえ昨日女神様がご降臨されるまで、建国者による国王になる者への建国の正当性と、そして王たる者の自覚を持たせる為だけの御伽噺と思っておったのだよ」

 う~ん、なんか皆同じ感想なんだな。
 王子もダイスもこの国王も皆して建国者が作った御伽噺と思っていたと言っている。
 数百年の治世を経てるとそんな物なのかね。

 数百年の治世か……。数百年の……。いや……。

 噛み締めたその言葉は、漠然として掴み所の無かった思いを急速に浮かび上がらせた。
 そうだ、俺は以前から疑問に思っていた事があった。
 あまりに荒唐無稽過ぎる事なので、考えない様にしていた事なんだが……。

 この世界って、?

 神は『昔』友達と作った世界と俺に言った。
 神の昔っていつだ? 千年? 一万年? 一億年?
 いや、それは無い筈なんだ。
 神はもう一つこの世界の創生に関して重要な言葉を、俺に語っている。
 
《せっかく作ったこの世界、宗教の違いで戦争が起こったら悲しいからね》

 この世界は原始の海から微生物が進化して、やがて人になったなんて悠長な時の流れなんて存在しない。
 世界が誕生した時から、宗教は一つだし、言語だって一つ。
 人は出現した時から人だったし、魔物も魔族も普通の動物だってそうだ。
 即ち、この世界の仕組みは誕生の瞬間から既に存在していたって訳だ。

 魔物関係等はロキとか言う奴が担当していたとか言っていたし、他の生物だって共通の素体生命のスープを作り、進化のスイッチを押した訳じゃない。
 俺の世界の古今東西、人間が創作した様々な物語を元にフルスクラッチされた完成品として、最初からこの世界にリリースされたんだ。
 
 それに神は歴史を作る事が出来る。
 俺の作られた記憶の様にな。
 ここまで、現実感のある記憶なんだ、それに元の世界と同じ様に当時の感情の波は俺の心に残っている。
 要するに、一分前にこの世界が作られたとしても、俺には否定出来る材料を持っていないって事だ。

 この世界に存在している、語源を待たない俺の世界の言葉達。
 セクハラ。セクシャルハラスメントなんて言葉は存在しない。
 ロリコン。ロリータコンプレックスなんて言葉は存在しない。
 賢者タイム? いや、これは生理現象だから有っても良いが、タイム=時間と言う言語訳は存在しない。
 他の神達が好みそうな中二病的な言葉達さえも、成立した歴史も無く、意味だけが存在しているそんな歪な世界なんだ。
 もしかしたら、俺が認識出来ないだけで、他の神の世界の文化や流行語も輸入されているかもしれないな。

 さっき、作られた記憶の現実感に疑問を抱いていた俺だけど、も言えるんじゃねぇのか?
 実際に発動した神のプログラムによって、一度は拭い捨てた疑問だが、本当に元の世界なんてのは存在していたのか?
 ただ、一つだけ言えるのは、少なくとも俺は神達から特別待遇を受けている事だけは確かだ。

 ……その待遇内容が出来の悪い悲劇と言うのは別としてな。

 とまぁ、改めて認識したこの悪夢の様な現実程度の事なんざ、実の所十数年と言う逃亡生活の中で嫌と言う程味わった。
 これくらいで女々しく絶望するには、俺は逞しく、そして小狡く生き延び過ぎた。

 そんな俺の心が、この想いが、神に作られた物? 

 ハッ、別にいいさ。

 それ程不快じゃない。
 元の両親も、記憶の両親も大好きだ。
 逃亡生活の出来事も、この街のお陰で今じゃ笑える思い出だ。

 いいだろう、神の策略にも乗ってやろうじゃないか。
 だがな、神が望んでいる『民衆全ての称賛を受ける英雄譚』は紡いでなんかやらないぜ。
 最近色々と表舞台に引きずり出そうとしているみたいだが、絶対そうはさせねぇ。
 お前達が強いらせた逃亡生活の中で磨いた身バレ防止のテクニックを駆使して、目立たずに全てのイベントを終わらせてやるさ。
 
 これが俺に出来る神達への最大限の反抗だぜ。
 これこそざまぁみろってもんだ。

 おっと、その為には国王の話を聞かないとな。
 神が残した言葉には嘘が無ぇのは分かっている。
 全文を聞いた訳じゃないが、アメリア王国にしても、ダイスの国にしても残された言葉には実際に役立つ情報が含まれていた。

 この国の魔族はまだ動いていないと断言出来る。
 何故かと言うと、動いていたら昨日女神が警告していただろう。
 あの場で『魔族が来るぞ』って言った方が、神好みの衝撃の展開だっただろうしな。
 魔族は倒されたと言う事と、自分残した言葉を友に伝えろと言う国王以外には訳が分からない抽象的な事しか言わなかった。
 お陰で住民達に新たな混乱が広がらなくて助かったがな。
 神達の好みからするとちょっと解せない気もするが、まぁ良いだろう。

「おい! ショウタ! 叔父上の話をちゃんと聞け!」

「すまんすまん。色々と思う所が有ってな。もう大丈夫だ」

「ほっほっほっ、神の使徒たるショウタ殿が何を考えているのか興味は有るが、まぁよい。この眼で視ても見えぬ事を知るのは良くない事であろうしな。儂も身の程は弁えておるよ」

 国王はそう言って笑った。
 この国王、随分と人が出来ているよな。
 一国の王とあろう者が身の程を弁えているなんて、そうそう言えるものじゃないだろう。
 その神の祝福と呼ばれる眼のお陰で、神の存在を身近に感じる事が出来ていたからなのか?
 残した言葉は『御伽噺』と笑っていたが……。
 先輩もこんな国王だから、安心して王位を任せたんだろう。

「さて、口伝なのだが、実は特殊な言い回しで伝わっておる。神が語ったと言う言葉そのままと言うのだが、途中分かり難い所も有るだろうが心して聞いて欲しい。では行くぞ」

 特殊な言い回し? まぁ、昨日の女神も古いんだかそうじゃないんだか面倒臭い言い回しだったな。
 アメリア王国の伝説も分かり難かったし、そう言う物なのか。
 まぁ、漫画や小説でも古い伝承ってそんな感じだから、わざとなんだろうな。
 だって、俺と喋ってた神なんて威厳もへったくれも無い、気が抜ける程フランクだったしよ。
 さて、どんな言葉が飛び出て来るかちょっと楽しみだ。

「今回は封印出来たとは言え、やっぱり倒さないといけないじゃん? だって、こいつ時間を操るし~。一応この火山の力を利用する封印なら、100年毎に再封印の儀式を行えば大丈ブイなんだけど、臭いニオイは元から断たなきゃダメ!って言うっしょ? だから……」

「ちょい待ち、ちょい待ち! 国王! どうしたんですかいきなり?」

 既に老人の域に差し掛かっている国王の口から飛び出した、JKが友達と駄弁っている風の軽快なギャル口調に思わずツッコミを入れてしまった。

 見た目との違和感半端無ぇ!

 俺は慌てて王子の方を見る。
 王子はあまりの衝撃に口から魂が抜けかけていたが、俺の視線を感じると激しく首を横に振った。

「いや、私の国の伝説は口伝でなく、城の地下に保管されていた石碑なので、決してでは無いぞ」

 『こんなん』って、酷い言い草だ。
 特殊な言い回しってこう言う事なのか? 
 確かにこんな言語崩壊した口調で話す奴は、二大陸横断した俺でも見た事も聞いた事も無い。
 いや、生前は良く耳にしたけどな。

 あと途中分かり難い所って、多分『大丈ブイ』の事だろう。
 これってアレだろ? 昔CMで流行ったとか言うキャッチフレーズ。
 俺の生前の時でさえ、たまにネットで使われるレベルの死語だった。
 オリジナルがリアルタイムで放映されてた時なんざ、俺の両親でさえ小学生だわ。
 その後の言葉もどっかで聞いた事が有るな。
 多分それもCMからの引用だろう。
 
 …………。

 ギャル口調の死語って時代のハイブリット過ぎるだろっ!!
 やっぱり俺の推測正しいんじゃねぇの?

「だから言ったではないか、特殊な言い回しだと。儂だってちょっと恥ずかしいのだ。途中で止めてくれるな」

 あっ、やっぱり恥ずかしいんだ。
 確かに、ギャル語って事を知らなくても大体分かるよな。
 ジジィが喋って良い言葉じゃないって事くらい。

「すみません、つい自分を抑えられなくなって……」

 そりゃ、これは神の残した有難い言葉と言うより、『御伽噺』……いや、質悪い冗談と思いたいだろう。
 しかし、これをあの女神が言ったのか? あの荘厳な雰囲気から繰り出されるのも、それはそれで違和感半端無ぇ。

 ただなぁ、なんかこの喋り方をしそうな奴には心当たりが有る気がするんだよな。
 と言うか、俺を連れてきたあの神。
 これ伝えたのあいつじゃねぇの?
 なんか馴れ馴れしそうにこの国の建国者とやらに話しかけてるのが目に浮かんでくるぜ。

「俺、この国継がなくて良かったわ……」

 酷ぇな先輩!
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