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第三章 降臨

第35話 願い

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「おい、ショウタ。旅に出るとか考えてるんじゃないだろうな?」

 打ち合わせと鑑定会が終わり、そろそろギルドにでも行くかと思った時に、急に先輩がメアリみたいな事を言って来た。
 しかも少し怒っている感じだ。
 王子も横で同じ顔をして俺を見詰めている。

「おいおい、二人共突然どうしたんだよ」

「お前の話では、あのプレートに書かれている文字は『一番目のジョカ』と言う意味だったな。そしてお前の推測ではプレートから放たれた光は次の魔族の元へ飛んで行った……と」

「あぁ、そこは昨日説明した通りだ」

「今朝ショウタが来る前に二人で話していたのだよ。お前は自分がこの街に居る所為で、魔族がやってくると思ってるのではないかとな」

「……。思ってるし、それが真実でも有るんじゃねぇか? なにせ俺はだしな。今回女媧がこの街に来たのも、恨みがある建国者の末裔である王子が、たまたまこの街に住んでいたからややこしいが、本命は俺だったんだろうさ」

「そうだな。確かにそうだろう。だが勝手に旅に出るのは私達が許さない」

 先輩もムスッとした顔のまま頷いている。
 同じ気持ちと言う事か?

「はぁ? 何を言って……?」

 何故だ? 
 聖女返上と全ての魔法を使う手掛かりである俺が居なくなるのを懸念するメアリならいざ知らず、この街にとって厄介者でしかない俺が消える事に、魔法学園の学長である王子にしても、冒険者ギルドのマスターである先輩にしても怒る理由が分からねぇ。

「いや、これは俺達だけじゃねぇ。メイガスも同じ想いだ」

「なっ! メイガスが? 何故?」

 今は旧アメリア王都で領主となっているメイガス。
 俺がここに居るのは連絡済との事だが、それにしても何故俺が旅に出るのを許さないと思ってんだ?

「お前と再会した後にな、すぐにメイガスに宛てにお前が見付かった事の手紙を送ったんだ。見付けたら連絡する様に頼まれてたしな。そしてその返信にはこう書いて有ったんだ。『ショウタがこれ以上望まぬ逃避行を続けない様に守ってあげて欲しい』とな。勿論これは俺達二人の願いでも有ったから断るまでもねぇ」

「せ、先輩……。しかし、相手は魔族……」

「私達はな、あの事件の時に身寄りの無いお前を護れ無かった後悔を忘れた時は無かったのだよ。運命がそうさせたにせよ、切っ掛けは私の愚弟の不始末によるものだ。それなのに人生の大半を逃亡生活と言う悲惨な道を強いてしまったのだ。償っても償い切れん」

「それと東の国の爆発だが、あれお前の仕業だろ?」

「なっ! なんでそれを?」

「昨日の態度で分かったよ。顔に出ていたからな」

「ぐぅ……。あぁ、そうだ。逃亡中にあの森で盗賊の集団に襲われて、死を覚悟した瞬間に身体から光が溢れ、そして気が付いた時には森の大半は消えていた。……そして俺は今の力を手に入れたんだ」

 まるで身体が玉子の様に殻の覆われている錯覚、そしてそれが破れ、中から何かが飛び出して来た感覚。
 気が付いた時の周囲の空白、それに虚無感と湧き上がる力。
 俺は怖くなってあの大陸から逃げ出したんだ。

「やはりな。と言う事はお前は王国の救世主だ」

「な、なんでだ?」

「お前の『神の使徒』たる者への覚醒に呼応して、あの魔族はお前を求め王国を離れ大陸を彷徨った。そのお陰で王国の名こそ失われたが、民は救われ今では更なる発展を遂げている。これを救世主と言わずしてなんと呼ぶのか」

 うっ、見方を変えたら確かにそうだが。
 だからと言って、今回街を危機に晒したのは言い訳のしようがない。
 メアリには旅に出ないと言ったが、次の魔族の出方次第で、一人旅に出ると言う選択肢の占める割合は小さくは無い。寧ろ大半はそれを選択せざるを得ない筈だ。

「そんな救世主たるお前を、また他人の都合で放浪の旅に出させる訳にはいかないぜ。お前はここに居ろ。何が有っても俺達が匿ってやる」

「だからと言って、この街の奴らを危険に晒して良い訳無いだろっ!!」

 少なくとも俺はこの街が好きだ。
 長い逃亡生活で張りつめていた、人に対する不信感や警戒感がスポンジの様に緩んで、ポカミスで身バレするヘマをやっちまう程度にな。
 ギルドの連中も商店街の皆も、下宿先の宿屋の店主も、こんな過去に脛を持つおっさんを街の住人の一人として扱ってくれている。
 そんな人達を危険な目に遭わせる事になるならいっその事……。

「今回は俺達も平和ボケし過ぎていた。その所為で様々な魔族の予兆を、何処か他人事のように現実逃避していたんだ。お前だけの責任じゃねぇ。少なくとも光の玉の情報が入った時にもっと早く動いていれば、更にその後も必死に捜索を続け、警戒を怠っていなければ、漁師も犠牲にならず、この街の皆も被害に会わずに済んだんだ。ここまで被害が広がったのは俺達が二の足を踏んでいた所為なんだよ」

「私達は魔族の内乱が目的と言う言葉に躊躇し決断が遅れ、それが余計民達を苦しめていたと言う失敗をまた犯してしまった。それを再びお前が救ってくれたのだよ」

「先輩、王子……」

 二人は優しい顔で俺の事を見詰めている。
 俺は、二人から責められると思っていた。
 俺が魔族を呼び寄せていると言う事実を話すと、『この街から出て行け』と言われるんじゃないかとずっと怖くて言えなかった。
 それなのに、そんな事情も含めてそれは自分達の所為だと言って、俺にこの街に残れと言う。
 
「もう一度言うぞ。お前はこの街に居て良いんだ。お前は犠牲者を出したくないと思っているんだろ? なら魔族達の件は俺達がネットワークを使って兆候の全てを調べ上げてやる。次からは今回の様な事は起こさせない。何か分かったらすぐに知らせてやるから、それまでお前は今まで通りここでのんびり暮らしていろ」

「さよう。魔法学園の蔵書はこの国一と評判だ。各王家のみに伝わる伝説と言えども、何かしらの情報は世に出ていてもおかしくは有るまい。北に飛んで行ったと言う次なる魔族の情報も有るやもしれん。任せておけ」

 二人の言葉に返す言葉が見つからねぇ。
 月並みに『ありがとう』くらいか?
 込み上げてくる思いが溢れて涙が止まらず頬を止めどなく伝って行く。

「あぁ、言っておくが、お前自身がこの街を嫌になったと言うのなら止めねぇぞ? それは逆にお前を意思を蔑ろにするのと同じだからな」

「先輩、それに王子……ありがとうよ。俺はこの街が好きなんだよ。自分から出て行く訳ねぇ。もう一つの故郷みたいなもんだからな」

「そうか……。ならいい。これからもよろしく頼むぞ。ショウタ」

「ああっ!! こちらこそな」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 王子の屋敷を後にして、俺と先輩はギルドに向かって歩いている。
 顔を洗い涙の痕は落としたが、目はまだ少し赤いかな? いい大人がちょっと恥かしいぜ。
 そこでふと、昨日チコリーと約束していた事を思い出した。

「あ~、先輩。いま戒厳令かなんかでCランク以下の冒険者は外に出られないんだろ? あれなんとか出来ねぇか? いや、まぁ大猿の生き残りが潜んでるかもと言うのは分かるんだけどよ」

「う~む、その事か。ギルドの奴からも苦情は来ているが、魔族に操られた猿の生き残りが居たら事だしな。まぁグレン達に周囲警戒と討伐を行って貰っているんだが、今の所見つかったと言う報告は無い。ふむ、そろそろ範囲解除を検討しても良い頃か」

 あぁグレンの姿が見えないと思ったら護衛じゃなく、討伐任務に携わっていたのか。
 あいつなら魔族は兎も角、油断さえしなかったら魔物化した大猿も余裕だろう。

「そうしてくれ。何なら俺が付いて行ってやっても良いし。とは言え体は一つなんだがな」

「よし、取りあえず近隣の採取依頼程度なら解除してやろうか。あぁソロの奴にはお前が同伴と言う条件は出しておくがな」

「あぁ、それぐらいの面倒は承ってやりますとするか。なにせこの五日間引き篭もっていたから、そろそろ稼いでおきたいし」

 まぁ、これでチコリーにも顔が立つだろ。
 俺は一番新しい教え子の喜ぶ顔を思い浮かべ、気分が良くなった。

「あっ! お前に報奨金渡すの忘れていた!」

「なっ! そう言やチコリーの奴が参加者にそんなのが出たとか言っていたな。それが有りゃあ、また暫く引き篭もっても……」

「コラコラ。お前さっき言った言葉を引っ込める気か?」

「冗談だって! そのワキワキさせている手を引っ込めろ!」

 この時、無理にでも引き篭もっていれば良かったと、すぐ様後悔する事になるとはな。

 ふぅ。
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