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第二章 開幕

第24話 変化

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「師匠! うちは師匠の事信じてたっすよ!」

 俺はテーブル周辺に掛けていた魔法を解除してから酒場を離れ、二階に有るギルドマスター先輩の部屋に向かおうとした時に急に声を掛けられた。
 声の主は先程の会話にも出て来た、一番新しい教え子だ。
 体育会系な喋りをする元気だけが取り得みたいな奴だが、普段はソロでの薬草採取をメインで行っていて、さっきも言った通り本来ならこんな真っ昼間は近くの草原に薬草採取に出掛けてる筈なんだがな。
 名前は確かチコリーだったか? この世界には無い薬草の名前だが名は体を表すとでも言うのだろうか?

 最終的にメアリを説得出来たとは言え、一緒に冒険に出ると言う選択肢を与えたのはこいつの所為だ。
 これも運命の強制力と言うんじゃないだろうな?
 いくら物語に餓えている神々でも、おっさんの俺と14歳のメアリの二人旅なんか見たくないだろ。

 しかし、俺を信じてたと言ってるが……、あぁそう言や暴動の群れの中には居なかったな。
 別にどうでも良いっちゃ良いんだが、まっ教え子の優しさにはキチンと礼でも言っておくか。

「信じてくれてありがとうよ」

 俺が素直に謝ったのを見て、一瞬戸惑った顔を見せたチコリーだが、すぐにニマニマと嬉しそうな顔をし出した。

「プププ。師匠がそんな素直に謝るなんて笑えるっすね」

「ほっとけ! なんだよ。ったく。いつもはもっと愛想良くしろって言う癖によ。それよりなんで、あんな空気になってたのに俺の事なんか信じてたんだ?」

「え~だって、師匠ってうちと二人切りで森でお泊まりした時、うちに手を出して来なかったヘタレ……ゲフンゲフン。紳士でしたっすからね!」

「ブッ! 馬鹿野郎! 誰がヘタレだ! それに人聞きの悪い事言うな!」

 優しさかと思ったらこいつ、俺を馬鹿にしたかっただけか!
 言っておくが、ヘタレじゃねぇ! 教官が新人に訓練と託けて手を出せる訳無いだろ。
 しかも、歳が親子レベルで離れている相手にその気になるかバカ!
 まだ一緒に非難してくれた方がマシだったわ!

 ガヤガヤガヤ。

『え? お泊り?』
『それもこんな若い娘と二人っ切り? チュートリアルってやっぱり? ロリ?』
『いや、でも手を出さなかったヘタレって言ってるぞ?』
『教官がヘタレなんてショックだ!』

 ガタガタッ。

「ソォータさん! チーちゃんに手を出したって本当ですか? もしそうなら私の拳が火を吹きますよ! 歯を食い縛れ! セクハラ親父!」
「小父様! お二人で冒険されたんですの? しかもお泊り? さっきはあんな事言っていましたのに……」ピキピキ

「そこの二人! 遠くから反応してんじゃねぇよ! それにお前らも一々こいつの冗談を真に受けるな! お泊りじゃ無ぇ! 新人教育の野営訓練だ! お前らも新人時代に経験しただろうが! あとこんなガキに手を出すか!」

 こいつら揃いも揃って俺に対しての流言を真に受けすぎだ!
 メアリなんざ顔は笑顔なのに、ここからでも青筋が浮かんでるのが想像出来るほどの怒りのオーラを出しやがって。今の姿見せるだけで自動的に聖女返上出来ると思うぞ。
 今日はどうなっていやがるんだ? いくら巷で噂の聖女がギルドにやって来たからと言って浮かれすぎだろ。
 
「師匠~! ガキって酷いっすよ。何度も言うように、この国じゃあ14歳は法律的にもうれっきとした大人っすからね」

「やかましいっ! それこそ何度も言うように俺からしたら子供だ子供! それより師匠は止めろ。これも何度も言ったが俺は教導役だが弟子は取らねぇ。勝手に巣立っていけよ」

「それは出来ないっすよ。だって師匠の薬草の知識に製薬技術。下手したらうちのママより腕が上っすからね。師匠からその知識と技術を全て盗む……ゲフンゲフン。学ぶようにママからも言われてるっすから」

「今露骨に本音が見えてたぞ! ちっ、面倒臭ぇ。こんな事なら教えるんじゃなかったぜ」

 こいつが薬草採取専門なのは、女手一つで育ててくれた母親が薬剤師であり、実家で店を開いているので、冒険者として薬草採取の依頼を請ける事は実益も兼ねたまさに打って付けと言える仕事って訳だ。
 依頼の際も採取対象外の薬草を一緒に採取して、母親の為に家に持ち帰っていたりする。

 親を前世でも現世でも死に別れた俺は、母親の為に冒険者になったと言う目的を聞いた時に、少しこいつ同情をしてしまい、この土地ではあまり知られていない薬草や製薬法を教えてしまったもんだから、新人教育が終わった後も、俺を師匠と呼び薬学の弟子入りを懇願してきやがる。
 勿論そんな事は面倒臭いので断っているがな。

 しかし、父さんから教わった剣術以外の冒険者としての知識全般もだが、母さんの教えも魔法以外に工芸に薬学、果ては錬金術と言った様々な専門分野も全てフォローされていた。
 そう言や、礼儀作法も色々と仕込まれたよな。
 挨拶からテーブルマナー、それにダンスまで色々だ。
 それに関しては今の今まで役に立った事は……、あぁ王国時代は王様や第一王子と言った人々に触れる機会も有ったから少しは役に立ったのか。
 将来社交界デビューの為とか母さんは言っていたが……、すまんな母さん。
 そんな将来は俺には来そうに無ぇや。
 まぁ、教えられた多くの事は、ある意味今の俺の力以上のチートと言えるだろう。
 これのお陰で生き延びる事が出来たんだ。
 唯一これに関しては神に感謝……と今まではしていた所だが、先程それらの知識に巧妙な罠が仕掛けられている事を知った俺は、正直今も動揺が隠せなかったりする。

「師匠になるのが嫌ならうちの店を継いで下さいっすよ。ママも喜ぶっす。師匠より年下っすから丁度良いっすよ。そしたらうちもパパって呼ぶっすよ」

「パス」

「即答っすね……。うちのママは結構美人で優良物件だと思うんすけどね。なんならうちでも良いんすけど?」

「それこそパスだ!」
 
「本当に即答っすね。ちょっと傷付いたっす……」

 ったく、『何が傷付いた』だ。毎度毎度同じ様な冗談を言いやがって。
 本当に付き合い切れねぇぜ。
 まぁ、コイツの母親は確かに美人ではあるが、なんか苦手だぜ。
 薬学知識を教えた礼にと夕食をご馳走してくれるってんで、ホイホイとチコリーの後に付いてったんだが、罠に填められたと思ったぜ。
 食事中も延々と薬学の話ばっか聞かれて、落ち着いて飯も食べれなかったし、店に就職しないか? だとか、独身なのか? とか、どんどんプライベートな話にまで踏み込んで来るし、挙句の果てには遅くなったから泊まって行かないか? とか言い出して来て、前世で噂に聞いてた婚活女子的な迫力に、食事そこそこで逃げ出しちまったんだ。

 まっ、相手は何処まで本気だったか分からんけどな。
 どっちにしろ欲しいのは俺の薬学知識のみって事だろうが、こちとら将来を誓い合った幼馴染(記憶)と死に別れ、その後にある意味生涯初の恋人となった奴からは助けたのに責められ、しかも俺の情報を洗いざらい喋りやがった所為で、筋金入りの女性不信なんだよ。
 欲望が見え過ぎてるのは……なんか怖い。
 あれ? これって俺がヘタレって事か? 違うよな?

 ガヤガヤガヤ。

『え? 今のもしかしてプロポーズじゃね?』
『えぇ? しかも母娘と?』
『さすが教官! 美人母娘を即答で振るって鬼畜ですね!』

 ガタガタッ。

「え? チーちゃんのお母さんといつの間にそんな関係に!! あんな素敵な人がソォータさんを? そんな……」
「やっぱり小父様はその方とそんな関係でしたのね?」

「おぉーい! そこの二人! 一々反応するな! それにお前らも、こいつのこんな冗談は今に始まった事じゃ無ぇだろ? 何を今更驚いてるんだよ! 今日は本当にお前らおかしいぞ?」

 一体どうしちまったんだ? 
 まるで人が変っちまったみてぇになってやがる。

 ハッ!
 
 もしかしてこれも神の所為か? いや、それより次の魔族の精神攻撃?
 だとしたら厄介だぜ!

「何言ってるんすか? うちらはいつもこんな感じっすよ? おかしいのは師匠の方っすよ」

「は?」

 こいつ何を言ってやがるんだ?
 俺がおかしい? 何だそれ。
 
 「いつもの師匠なら、そんな感情的になって、うちらに言い返してくる事なんか無かったじゃないっすか」

「えっ? そんな。……そうか?」

「そうっすよ! いつもならぶすっとした仏頂面で何も喋らないか、へらへら笑って適当にかわしてばかりで。そもそも素直に礼を言うなんて今まで無かったっすからね。皆結構気を使ってたんすよ? 本当に今日の師匠は珍しいっすよ。聖女が尋ねて来たにしても浮かれ過ぎっす。他にも何か良い事が有ったんっすか?」

「うっ!」

 周りの奴らもうんうんとチコリーの言葉に頷いている。
 どうやら、皆も同じ事を思っていたらしい。
 俺としても、その言葉に何も返す事が出来なかった。

 言われると確かにそうだ。
 今日の俺はおかしいかもしれん。
 過去のあの件が有ったから、今まで出来るだけ目立たぬ様にと、争い事は極力避けて来た。
 それなのに、今日はどうだ? 
 ギルド連中の野次に一々反論して、言われた通り感情を露わにしている。
 しかも口で言う程不快じゃねぇ。むしろ心地良ささえ感じやがる。
 今まで教え子と言えども、心に壁を作り適当な付き合いしかして来なかった。ダイスでさえな。
 こんな他人とじゃれ合いたいと思う気持ちは何十年振りだ?
 仲間と共に楽しく冒険していたあの頃、先輩や姐御、それに騎士団の皆、そして王や第一王子達。

 ……そうか、本当の意味での罪は消えた訳じゃないが、ダイスに対して堪っていた過去を吐き出した事によって、今まで止まっていた俺の心に変化が起こっているのかもしれないな。
 それを感じ取ったチコリーや皆が、普段ギルドのメンバー同士で交し合っている様な冗談を言ってきた……、いや俺を仲間と認めたと言う事なのか?

 まぁ俺の反応が新鮮なのをからかっているだけかも知れんが。
 ……そうなのか、このギルドはこんなに暖かい場所だったのか。

「どうしたっすか師匠?」

「な、なんでもねぇよ」

「おやおや~? 真っ赤になって、もしかして照れてるんすか? 師匠?」

「だからなんでも無ぇって言ってるだろ!」

『はははは~。こんなソォータさんは始めてだ。面白ぇ~!』
『何かやっと心開いてくれた感じ~』
『今の教官なら、さっきの奢りの件許してくれそうな気がする! 教官! お願いさっきの「却下だ!」 そんなぁ~』

 ったく、カイの奴は本音が漏れすぎだ。もう少し隠せ。
 まぁこんな日常も悪くないか。
 面倒臭い事は増えそうだがな。

「いつもの師匠より、今の師匠の方がうちは好きっすね」

「はいはい、わかったわかった。そんな冗談言ってる暇が有るんなら薬草採取にでも行っとけ」

「むぅ~冗談じゃないんすけどね。それより知らないんすか? 師匠。今は先日の討伐で討ち漏らしの可能性も有るからって、Cランク以下はソロでの依頼は勿論パーティーでもB以上の冒険者が同伴してなきゃダメなんすよ。そしてBランク以上は街道護衛の仕事が忙しくて空いてる人居ないんすよね」

「あっそう言う事か。言われたら今いる奴はCランク以下の奴ばかりだな」

 ダイスやらグレン達が居ないのはその所為か。なるほどな。
 親玉である魔族を倒したから、これ以上増える事は無いと思うが既に魔族化した奴がどうなるかは分からんし。
 確かに魔物化した大猿を一匹でも討ち漏らしていたら、Cランク以下の冒険者達に取って大きな脅威だろう。

「今度王都から調査団が来るんで、それまでは塩漬けなんすよ~。一応討伐報酬はたっぷり貰ったんで、直近は皆食いっぱぐれは無いんすけど、それもいつまで持つやらっすね~。だから今は街の清掃とかの仕事まで取り合いっすよ」

「あ~そりゃ災難だったな。今からギルドマスターに会うんだが、そこら辺なんか聞いといてやるよ」

「師匠お願いするっす。傷薬需要が凄くてうちの店の在庫が切れそうなんすよ。需要に対して供給出来ないのは機会損失っすからね」

 こいつ喋り方的に脳筋ぽいのに結構難しい言葉使うな。
 重要と供給なんて言葉、前世の社会の授業でうっすらと習った記憶しか無ぇな。
 取りあえずこのままじゃあ、こいつの店が大損こくって事だな。
 
「分かった分かった。条件緩和出来ないか頼んでみるわ。じゃあな」

「期待して待ってるっすよ~」

 他のCランク以下の奴らも俺に期待の声を掛けてくる。
 まぁ、制限当事者のこいつらがいくら陳情しても、は耳を貸さないだろう。
 いや、意地悪とかじゃなくてな。
 は昔からそうだった。
 口では厳しい事を言っているが、いつも後輩や部下の命の事を考えて行動していた人だ。
 今回の事件はかなりの被害が出たんだ。
 そりゃあ慎重にもなるわな。

 俺は皆の期待を背に受けて、ギルド受付横の階段を上りギルドマスター先輩の部屋の扉の前まで来た。

「ふぅ……」

 さすがにちょっと緊張してきたな。
 今まで先輩に匿って貰っていたとは言え、やはり昔のような付き合いをしていた訳じゃない。
 いや、心が止まっていた俺が付き合える訳が無かった。
 過去の話なんて殆どしていない。
 あの事件から20年の時を経て、やっと過去に向き合う決心が付いた。
 今更どんな顔して聞けば良いのか……。
 
『誰だっ!』

「うぉ! ビビッた!」

 扉の前でどうしたものかと考えていると、突然部屋の中から声が聞こえて来たので思わず声を上げてしまった。
 階段登る音を聞かれていたのか。
 まぁこの建物結構古いからギィギィ五月蝿いしな。さすがにバレるか。

『その声はショウタか?』
『何? ショウタだと!?』

 先輩は昔の名前で俺を呼び、その名前に反応して別の男の声がした。
 え? 誰か居るのか?
 いや、そんな事より、誰か居るのに昔の名前で呼ぶなよ!

 しかも今『ショウタ』で反応をした。
 昔の俺の事を知っている奴なのか?

 一瞬逃げ出そうと身構えたが、その声の響きに何処と無く懐かしさが込み上げて来た為、足が止まってしまった。

 ……俺もこの声の人物を知っているのか?

 そうだな、過去に向き直すと決めたんだ。
 相手が誰であろうと、もう逃げ出す訳にも行かないか。
 俺は覚悟を決め部屋をノックする。

 コンコンッ。

「えぇ、俺ですよ。ショウタ……。 です」
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