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第一章 始動
第10話 魔族
しおりを挟む「せせせせせ、先生ぃーーーーdjfsさえkkごぉぉぉぉぉ!!」
グレンが言葉にならない雄叫びを上げて、手に持った斧を型も何も有った物じゃなく、滅多矢鱈に振り回しながら俺に襲い掛かって来る。
まるで本当に過去の再現の様だ。
あの時と少し違うのは、目の輝きはもっとルビーの様に真っ赤だったか。
今はどちらかと言うと黒真珠の様だ。
グレンのその黒真珠の様な瞳は焦点が定まらず左右が別々の方向にギョロギョロと動き、その様はカメレオンを連想させた。
しかし、グレン本来の動きではなく、意思も無い武器を振り回すだけの単調な攻撃なので躱すのは容易だが、かと言ってずっとこのままと言う訳にもいかない。
ビュオッ!!
不意に横から風を切る音が聞こえて、俺の身体を刃が掠める
「っと、あぶねぇ!! そういやお前らも居たよな」
グレンだけに気を取られていたが、いつの間にかCランクの奴らも俺を取り囲む様に近付いて来ていた。
それを皮切りとして、今までグレンだけだった攻撃に残りの三人も加わって来くる。
「これは……」
四人に増えたとしても、俺に取ったらそれほど変わらない。
それぞれの攻撃を避けつつ対応を考えていると、一つ気が付いた。
どうやら、ただ単に狂っている訳でもないらしい。
個人個人は無茶苦茶な攻撃方法だが、四人は明確に連携と言える動きをしている。
何故なら各々が武器を振り回しているにも拘らず、同士打ちしない位置から交互に攻撃を行って来ているからだ。
要するにこいつらを洗脳した奴が、それぞれを駒として操っているって事だ。
それも自動では無く手動で。
どうやら、手動の場合は細かな動きまでは操る事が出来ないんだろう。
この点も、あの事件の時とは少し違うな。
あの時はただ単に人間が暴走して、それこそ今の様に連携などなく、お互いがお互いの攻撃によって、傷付こうとも関係無く襲い掛かって来ていた。
ただ元々が普通の村人達だった為、攻撃の練度はかなり低く、今のグレン達以下の無茶苦茶ではあったが……。
「き、教官……」
相変わらず単調な連続攻撃で、俺に襲い掛かってくるグレン達四人の対処を考えていると、そのグレン達の背後、すなわち俺の真正面に見える木々の間から俺を呼ぶ声が聞こえて来る。
この声は、森の外で待っている筈の元教え子の声だ。
「馬鹿野郎!! 何でお前達ここに来……た? ちぃ! くそぉ!!」
現われた姿を見て理解した。
その目は明らかに正気を失い、既に操られているのが分かる。
恐らく森の外で俺たちの帰りを待っている所を襲われ洗脳されたんだろう。
「どうする? このままじゃ、あの時の二の舞だ!」
俺の脳裏にかつての悪夢が蘇る。
俺の目の前に溢れる狂気に犯された村人達の姿。
最初はただ単に広場に立っているだけに見えた。
だから安心して声を掛けたんだ。
けど、声を掛けた途端、スイッチが入った様に暴れ出した。
あの時は、グレン達の様にいきなり俺達を襲う事は無かった。
生きてる限り、そう、こうなった者達は意識を失おうが手足の骨を折ろうが、ただ虚ろに周りの生物を襲い、そしてお互いが、お互いを殺していく。
そして、奴らはあの娘までもその手に掛けようと……。
それを止めるには、先に殺すしかなかったんだ……。
今回も……俺の手で?
「ききき教官んんんんん!! 死し視ししし氏!!」
訳の分からない雄叫びを上げながら、俺を目掛けて走り出した元教え子パーティー四人の姿が目に入り、過去の悪夢の再来に頭が真っ白になりかけた俺は正気に戻った。
「危ねぇっ!」
そんな俺の目の前をグレンの斧が通り過ぎる。
今のは危なかった。他に注意が行っていたとは言え、あとコンマ数秒遅ければ当たっていた。
何か心なしか精度が上がって来てないか?
それに他の連中も攻撃に鋭さが増している様な気がする。
手動から自動に移った? いや、八人に増えても相変わらずの連携だ。
今もどこかで見ながら操っているんだろう。
ならば、人数が増えたのに動きが良くなって来た理由は何だ?
クソッ! このままじゃマジでヤバイ。
気絶は意味が無い、逆に意識と共に殺気も消え失せた操り人形になった方が厄介さは増すだろう。
なら手足を落とす? いや芋虫のように這って追いかけてくる光景なんて二度と見たくない。
しかも、見知った顔の奴らのそんな姿を見た日にゃあ、寝覚めが悪いとかそんなレベルじゃねぇ。
魔法は? いやこれに関しては、あの当時仲間……だった治癒師が一通り試したが無理だった。
ディスペル、サニティ、アウェイク、リフレッシュ……、そんな洗脳が解けそうな魔法をかけ続けたが、何を掛けても動きは止まる事は無かった。
やはり殺すしか……止める手段は無いのか。
……いや? そう言えば……?
「そうか! そうだよ試していない手が有るじゃないか! あの時の俺が弱かったから試せなかった、あの魔族を倒すって言う手が!」
そうだ! あの時の俺はアイツの姿を見ただけで身体が凍り付いたかの如く動けなくなってしまった。
頭の中が死と言う言葉で埋め尽くされ、ただ呆然とアイツを眺めるしか出来なかったんだ。
でも今なら違う。あの時感じたプレッシャー程度で弱音を吐く俺じゃない。
何処に隠れている? 恐らくそう遠くない俺を視認出来る位置に居る筈だ。
ただ大猿のカモフラージュなんてレベルじゃなく、魔法で姿を存在ごと消しているだろうがな。
少し希望が見えて来た俺は、同時にグレン達の対処も思い付いた。
それを実践すべく、足に魔力を込め円を描くように立ち回り仕込を行う。
しかし、なぜここまで執拗に俺を狙う? それが腑に落ちない。
あの時は別に俺を狙った訳じゃなく、ある意味無差別だった。
しかし、今回は明らかに俺を狙っている。
術が効かない俺を気に入らないから? 違う、そうじゃないな。
あの時、俺の前に姿を現したあいつは術の効かない俺を見ても、別段興味無さ気と言った風に一瞥してそのまま去っていったんだ。
あれはただの気まぐれ、遊びに飽きた子供が家路に帰る、そんな言葉がぴったりだった。
なら今回は何故? あの時のあいつとは別の個体だからなのか?
いや、それにしてもだ。
最近の騒動は間違い無く、あいつ若しくは同種の仕業だろう。
最初からそこに居たんじゃない、騒動が起こる半年前頃にやって来て、それに驚き逃げ出してきた魔物達が待ちの近くまで逃げてきたと言うのが真相だろう。
そして、今回は大猿を操り人間を襲い、直接乗り込んできたと言うわけだ。
何が目的だ? これも遊びとでも言うのか?
《まぁ、行動パターンとして滅多に人間に関わろうとしない様に設定してるから大丈夫。君が物語を紡げるくらい強くなるまではね》
突然神の言葉が俺の頭にリフレインした。
「まさか……?」
そう言う事なのか? 神は『滅多に』と言った。
逆に言えば『稀には有る』とも取れる。
あの時は気まぐれか、先に人間がちょっかいを出したかまでは分からんが、そんな『稀に有る』状況だったと言う事なのか?
だから、ただ無差別に飽きるまで遊んで気が済んだから帰って行った。
そして今回は、俺が強くなったから、関わらないと言う設定が変わり人を襲いだした?
いや、しかし俺が強くなったのはこの大陸に逃げてくる前だ。
あれから十年以上は経っているだろう? なのに今頃なぜ……?
「まぁ、そんな事は後で良い! 取りあえず準備は整った! アースチェイン!インヴォーク!」
俺の呪文によって、地面に仕込んでいた魔法陣が浮かび、その範囲に入っているグレン達を、まるで触手の様にうねる幾本の土の鎖が縛り上げた。
大人しく魔法を使わせて来れそうにもなかったからな。
足に込めた魔力で魔方陣を書かせてもらった。
これで暫くは大人しくなるはずだ。
「さて! 魔族の糞野郎!! 何処に隠れてやがる!! もうお前の思い通りにはさせんぞ!!」
俺は今も俺の事を見ているであろう魔族に対して大声で威嚇の意味も込めて吼える。
「グググッ、ガァッ」
「ギギッ! グググゥ」
俺が魔族に威嚇した途端、土の鎖で縛られている元教え子のパーティー達が突然呻き声を上げて苦しみ出した。
少し遅れてグレン達四人も同じく苦しみ出す。
「なっ、何事だ? うっ、こいつは……もしかして?」
目の前のグレン達から瘴気が立ち上るのが見えた。
それによって顔や身体に血管が浮かび上がりドクドクと脈打つのが分かる。
違うと思いたいが、目の前で起こっている現象を見るとそう思わずにはいられない。
そしてその目が、赤く……そうあの時の様に、まるでルビーの様に赤くなっていく。
「大猿が化け物になった原因ってこれか?」
生物を操る能力と思っていたが、もしかしてそれはただの副産物で、真の能力は瘴気によって、生物を魔物へと変化させると言う事なのか?
「馬鹿な!!」
俺の否定の言葉も空しく、グレン達の身体に纏わり付いている瘴気が濃さを増していく。
「ギャァァァーーー!!」
「ガァァァァーーー!!」
それに伴い、呻き声の大きさも強くなっていき、土の鎖で縛りあげられている身体を狂ったようにくねらせて暴れ出しのた打ち回る。
それによって所々から血が滲んできていた。
暴れてるだけじゃないようだ。
魔物化による影響で筋肉が盛り上がってきている為か、鎖で縛られている姿がまるでボンレスハムの様になってきている。
先程から動きが良くなっていたのは魔物化の前兆だったんだろう。
「くそ! 魔物になっちまうと手遅れだ。敵を早く倒さないと!! 何処だ!!」
恐らく俺の焦っている様子を何処からかあざ笑っている魔族を想像すると怒りで血が沸騰しそうになる。
その怒りと時間が無いと言う焦りで思考が纏まらない。
手当たり次第に魔法を放つか? いや、それは駄目だ。闇雲に撃っても当たらないだろう。
ならば辺り一面を吹き飛ばす? それだとこいつ等まで巻き込んでしまう。
「クソッ! クソッ! 早くしないとこいつ等が……ん?」
どうしたらいいのか分からず、再度魔物化の進行で苦しむグレン達に目を落とすと、奇妙な違和感を覚えた。
八人居る中で、一人だけ様子が異なっている。
同じく苦しんでいるが、明らかに進行速度に差が有り、痛みによると言うより何かに耐えていると言った感じで低く唸っている。
「なんで、嬢ちゃんだけ進行が遅いんだ?」
俺の言葉通り、嬢ちゃんだけが魔物化の影響が薄く、他のやつ等と違って大人しくただ耐えているような感じだった。
時間的に森の外で待っていた嬢ちゃん含む元教え子のパーティーが先に魔物化能力に掛かっていたと思われる。
苦しみ出したのも先だしな。
それなのに、嬢ちゃんだけが遅れている。
女性だからか? 治癒師だからか? それともまた嬢ちゃんの機転で魔族の能力を受ける前に何らかの魔法で防御したのか? それとも別の要因?
これが皆を救う手がかりになるんじゃないか?
「考えろ! 嬢ちゃんだけが影響が遅い理由……。生まれ付きとかは無しだぜ!」
もしそうなら終わってる。
そうでない事を祈りつつ、遅れている条件を考える。
他の七人と違い……か?
「瘴気が……薄い?」
改めてよく見ると嬢ちゃんに纏わり付いている瘴気の濃度が薄い。
瘴気の濃さで進行速度が違うのか。
他の元教え子達の瘴気は既に身体を覆い尽くし、まるで黒い繭の様に見えるが、嬢ちゃんは全体に薄く、所々瘴気に隙間が開いていた。
何故だ? 嬢ちゃんだけ違う理由。
「あっ、そうか瘴気だ! 嬢ちゃんだけ遅いのは……」
過去に魔法による治療が失敗した理由。
そもそもこの能力は精神に作用するものじゃなく、身体自体を魔物化する能力だったんだ。
あの事件の時は今のように手動で操っては居なかった。
だから村人達は大猿の様な魔物化に至らなかった。
いや、これは違うな、魔物になるのが遅かったと言うのが正しいのか?
要するに、瘴気をどれだけ注入するかで魔物化するスピードが変るんだろう。
こいつらが直接操られていたと言う事は、ずっと瘴気を注入されていたと言う事だ。
それなのに嬢ちゃんの進行が遅い理由。
からくりが分かれば簡単な事だ。
原因は瘴気なんだ。
瘴気に犯された者は治癒魔法を受け付けない。
だからあの事件の時に、操られた村人相手に色々な治癒魔法を掛けても効かなかった。
では、どうすれば良い?
ふん! 今日俺はそれを二回も実践した。
そう、その方法は……。
「ソォータ先生!! ピュリファイです! 浄化の魔法を使うんですよ!! その様子だと今ならまだ間に合います!」
俺が答えを言おうとした途端、それより先に背後からダイスの声が聞こえて来た。
しかも正解を声高に……。
何故ここに? いや、そんな事よりも。
「お、お前、それ俺の台詞……クソッ!」
俺は本日どれだけ『クソッ』っと言ったんだ?
そんな事を思いながら、こちらに向かってくるダイスをジト目で眺めた。
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