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第一章 始動
第1話 のんびり暮らしたい
しおりを挟む「はい、ゴブリン3匹討伐報酬の銀貨3枚です。お疲れさまでした」
ふ~、これで二~三日はのんびり出来るな。
俺はギルドの受付嬢から報酬を受け取り、その場を離れた。
本当にこの世界はある程度強かったら飲み食いに困らなくていい世界だ。
「ソォータさん。結構いい腕してるんですから、どこかのパーティに入って本格的にモンスター討伐したらどうですか?」
去り際に受付嬢がそんな事を言って来たが、愛想笑いで応える。
どっかのパーティ? 面倒臭い。
昔は英雄になって世界を救いたいなんて大それた夢を持って頑張った事も有ったが、もうそんな情熱も志も遠くに置いて来たな。
「もう! すぐそうやってはぐらかすんですから!」
ごめんよ、嬢ちゃん。
最近、近所のガキから『おっさん』と言われるようになった俺には、日々のんびりと暮らす事だけが生き甲斐なの。
「ダメダメ。アンリちゃん。チュートリアルにそんな事求めちゃあ」
近くで駄弁っていた最近メキメキと頭角を現して来ている新進気鋭の若い冒険者が、受付嬢に向かってそんな声を上げる。
こいつも数年前までは俺の後ろについて『先輩先輩』とか可愛かったんだけどな。
今じゃこの辺でも有名な冒険者の一人となっている。
あぁ、こいつが言っているチュートリアルと言うのは俺の事だ。
長年ソロの冒険者をやっている経験は伊達じゃない。小物狙いとは言え、少しの油断が死に繋がるからな。生きる為の知恵はあれこれと身に付けて来たつもりだ。
そんなこんなで、幾度か新米冒険者の面倒をみている内に、いつの間にかギルドマスターからの要請で新米の面倒をみる教導役を受け持つ羽目になってしまっていた。
まぁ、それなりに良い稼ぎになるから良いんだけどな。
たまにこの若い冒険者の様に、俺のランクと並んだ途端に態度を変える奴が居やがるが、こう言う輩は適当にあしらうに限る。相手にしていても面倒が増えるだけで腹が立っても膨らむ訳じゃないしな。
「おいおい、その人がのんびりしているって事は今が平和って事だ。ソォータ先生が忙しく働き出したらと思うと肝が冷える」
笑っている若い冒険者に、今まさに扉を開けてギルドに入って来た少し先輩のベテラン冒険者が釘を刺した。
それを聞いた若い冒険者は、更に笑って相槌を打つ。
「違いねぇな。チュートリアルさんまでがあくせく働かないといけない世の中なんて、俺達が過労死しちまうぜ」
「う~ん、そう言う意味で言ったんじゃないんだが……」
いや、そう言う意味で良いんだよ。汗水垂らしてモンスターを狩りまくる毎日なんてゾッとする。
普段はのんびり暮らして金が無くなれば、近場で悪さするモンスター退治に腰を上げる、そんな今の生活が俺にはぴったりだ。
俺は遠征から帰って来た元教え子のベテラン冒険者に、口元に指を立ててそれ以上何も言わない様にお願いする。
ベテラン冒険者は何か言いたげだったが、渋々俺のお願いを聞いてくれた。
「お久し振りですね。ソォータ先生。先程はああ言いましたが、またご一緒に冒険したいですよ」
ベテラン冒険者が俺の側にやってきて満面の笑みを浮かべ挨拶をして来た。
こいつは、俺のランクなんてあっと言う間に抜いていった有能な教え子なんだが、いつまで経っても俺の事を先生と慕ってくれるいい奴だ。
「まぁ、機会が有ったらな。それより、また噂を聞いたぜ? あっちこっちで大活躍してるらしいじゃないか。今回の遠征でも大分稼いだんだろ? と言うわけで今日はお前のおごりな」
「ハハッ、先生は変らないなぁ。勿論そのつもりですよ。聞いて貰いたい事も幾つか有りますしね」
「聞いてやらんでもないが、面倒事はごめんだぜ?」
よし! 今日の飲み代は浮いたぜ。
久し振りにいっぱい飲むぞ!
俺はギルド内に併設されている酒場で、教え子の土産話を聞きながら大いに盛り上がり、夜遅くまで飲み明かした。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
………。
《……と言うわけで、君は別の世界に転生する事になったんだ。まぁ先程言った通り、生前の年齢辺りまで一気に肉体が再構成するので、純粋な転生と言う訳じゃないけどね。大丈夫だよ、君はその世界に生まれて、その歳まで生きて来たと言う歴史は差し込んでおくから。ただ、その世界における時間軸の連続性確保の都合上、両親は既に死去して天涯孤独と言う事になるのは勘弁してね。まぁ最近下界ではライトノベルだっけ? こう言うお話が流行なんでしょ?》
目の前の真っ白い貫頭衣の様な出で立ちの中性的で髪の長い結構可愛い男の子……? 胸が無いもんね。がそんな事を言ってきた。
結構フランクに喋るその子は自己紹介によると、どうやら神様らしい。
と言うわけで、と言われてもいまだにチンプンカンプンだけど、どうやら僕は神様の気紛れで異世界に転生する事になる様だ。
魂の因果と総量の関係上、その世界で誰かの子供として僕が生まれてくる事は出来ないらしい。
生まれて来た歴史を差し込むとかとんでもない事を言っているけど、それもまぁ良いか。
天涯孤独は寂しいけど、僕の両親は元の世界の父さんと母さんだけで十分だ。
欲を言えば身体を再構成出来るなら元の世界に戻してくれてもいいと思うんだけど、神様が言うには大勢の人の前で肉体も残らない様な死に方をした人間が生き返るのは、集団的認知バイアスの関係上、世界の理を壊す事になるのでダメらしい。
よく分からないけど新しく歴史を差し込む事は出来るけど、既に確定した歴史は神様の力でも変えられないと言う事なのかな?
このまま死ぬか、それとも別の世界に生まれ変わるかの二択を迫られて、僕は即答で別の世界に生まれ変わる事を選んだんだ。
「何で、僕。いや私が選ばれたんですか? あの時、他にも死んだ人は居たんですけど?」
《あぁ、普段通りの喋り方で良いよ。それは兎も角、君はクモの糸と言う話を知っているかな? 面白い話だよね。私好きなんだ、その話。それを参考にしたんだよ。数日前に君の前に変な形の虫が現れなかったかな?》
数日前? あぁそう言えば珍しい虫が道の真ん中に転がっていたっけ。
車も通るから危ないなって思って街路樹の根元まで運んでやったんだ。
「そんな事も有りましたけどって、え? クモの糸って……まさかそれだけで?」
《あぁ。あの時間軸で死ぬ因果律を持つ皆に同じ事を試したんだよ。他にも助けた人は居たけど、君が一番私好みの助け方だったんで選んだんだ》
まさに神の気紛れじゃん! て言うかさっきから色々とおとぎ話からライトノベルまで幅広く例に挙げて来ているんだけど?
《長年神をしていると退屈でね。下界のお話は楽しく読ませて貰っているよ。古くはギルガメシュ叙事詩からラーマヤーナ、最近は日本では流行っているライトノベルも全部網羅しているよ。今回そんな人間達が作ったお話の中で、古くから度々出てくる人間が異世界に行って活躍すると言うのを実際に試したくなったんだよ》
「試したくなった? えっとそれはどう言う事ですか? それに今何気に俺の考え読みました?」
《私は神様だよ? 人の考えている事なんてお見通しさ。それはそうと昔、友達と一緒に作った世界が有るんだけど、そこに誰かご招待してその世界で活躍する姿を観戦しようって事になったんだ》
「昔、友達と作った?」
《あぁ、神は私だけじゃない。色々な世界の神が居るんだ。色々な世界には色々なお話が有るんだけど、取り分け私の世界のお話が他の神々にも好評でね。皆で力を合わせて実際に作っちゃったんだよ。剣と魔法の世界》
「作っちゃったってそんな目玉焼き作るみたいに」
神様は僕の言葉におかしそうに笑っている。
胸の状況から男の子だと思うんだけど、中性的な顔立ちと髪の長さで女の子にも見えるのでちょっとどぎまぎする。
《君はさっきから私の事を男と認識しているようだけど、君たちの定義で言うと私は女神に該当するんだよ。 胸の件だが最近下界で読んだお話の中に『貧乳は正義!』と言う言葉を見かけてね。それに感銘を受けて今はこの姿になっているだけさ。友達の中には『こんな可愛い子が女の子のはずがない』に感銘を受けた男の娘がいたりするよ》
「何読んでるんですか! 神様達! 俗世間に染まり過ぎですよ!」
《はははっ。良いリアクションだね。と言う訳で君を私達が下界のお話を元に作った剣と魔法の世界、ラグナロックにご招待するよ。勿論お話のお約束、君に神のギフトもプレゼントさ。さぁ君の活躍を期待しているよ》
そう言って女神様は手を上げると、俺の身体は自由落下するかの様に真下に落ちて行った。
どんどん小さくなっていく女神様に向けて俺は思った事を叫んだ。
「その名前って絶対狙って付けてるでしょーーーーー!!」
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「付けてるでしょーーーーー!! って、あれ?」
「うわっ! びっくりした! ソォータさん何寝ぼけているんですか?」
あれ? 声のする方を毛布を持った受付嬢のお嬢ちゃんが驚いた顔をして俺を見ていた。
周りを見渡すと既に酒場の営業は終わっているようで客は居らず、マスターやウェイトレスが片付けをしていた。あぁ、マスターと言ってもギルドマスターでは無く併設された酒場の店主の事だ。
ギルド自体は夜間受付を行っているが、さすがに酒場は24時間とまでは行かず夜更け過ぎには閉店する。
あぁ、久し振りにあの時の夢を見ていたのか。
先程の夢は本当に有った事だ。いや、有った事だよな?
この世界に放り出された頃、数回だけ声が聞こえて来たがそれ以降は、一切何も言ってこない。
くそっ! 忌々しい。何が『後は君の頑張り次第だよ~』だ。
「大丈夫ですか? ソォータさん。あんまりお酒強くないんですから程々にしないと~」
お嬢ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。
どうやら酔い潰れて寝ていた俺に毛布を掛けようとしてくれていたようだ。
「ありがとよ。お嬢ちゃん。 って、イタタタ」
飲み過ぎて頭がガンガンしやがる。酒は好きだが、いつまで経ってもこいつは慣れないな。
「もう! いつもお嬢ちゃんって! アンリって名前が有るんですからね! マスター! お水ちょうだ~い」
名前で呼ばない俺に文句を言いつつ、水を取りに行ってくれる。
お嬢ちゃんは本当に優しい子だな。
アイタタタ! マジで頭がズキンズキンする。お嬢ちゃんが丁度向こうに行ったから今の内に……。
「キュア……」
パァァァァ――
ボソッと呪文を唱えると優しい光と共に頭の痛みも消えて行く。
ふぅ、生き返った。
「え……? ソォータさん? 今、魔法使いました? って言うか魔法使えたんですか?」
「え? いや何の事? 俺はただの剣士だよ? 使える訳無いだろ?」
うおっ! 見られていないと思ってたのにいつの間に戻って来ていたんだ? 素早過ぎるだろ? そんなに俺に水を届けたかったのか?
何とか誤魔化さないとな。
「いや絶対今使いましたって! 光ってましたもん! ねぇマスターも見てましたよね?」
振り返ったお嬢ちゃんの後ろで、マスターに向けて知らない振りをする様に合図をする。
マスターはそれとなく俺を見て、その後知らないと言う風に首を振ってお嬢ちゃんに応えた。
さすが一癖も二癖も有る冒険者が集う酒場のマスターだ。俺の合図を分かってくれる。
「えぇぇーーそんなぁ、でも、でも光ってたもん……」
「お嬢ちゃん? そんなに俺が輝いて見えたのかい? 照れるなぁ~」
「な、何言ってるんですかぁーーーー!! もう知りません!」
お嬢ちゃんは顔を真っ赤にしてギルドのカウンターの奥の方へ走って行ってしまった。
ごめんよ、お嬢ちゃん。面倒臭い事はもう御免なんだよ。
心の中でお嬢ちゃんに謝りながら、マスターに手を上げてお礼をする。
「ありがとマスター。助かったぜ。あぁ、あいつ会計払ってくれてる?」
「お代はちゃんとダイスさんに頂いておりますよ」
ダイスと言うのは、教え子のベテラン冒険者の名前だ。約束通り奢ってくれていたようだ。良かった良かった。たまに酔い潰れている俺に会計押し付けて帰る奴が居るからな。まぁあいつはそんな事しないか。
「んじゃあ、俺は宿に戻るわ。金が無くなったらまた顔出すから。お休み~」
「お気を付けて、ソォータさん」
ギルドを出て行く俺にウェイトレスも挨拶を返してくれた。
「ふぅ~すっかり夜中だな。まぁ明日から暫く稼いだ金でのんびりするから別に良いんだけどな」
俺は机に突っ伏して寝ていた所為で、少し痛む体を伸ばしながらそんな事を呟いた。
身体を伸ばす事によって身体のあちこちがバキバキと音を立てる。
う~ん、若い頃はこんな音なんてしなかったのに、そろそろ歳か~?
いやいや、さすがに38歳はそこまでの歳じゃないよな? 近所のガキには『おっさん』と言われているけどもよ。
などど一人ツッコミをしながら長年塒にしている宿へと足を向けた。
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