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最終章 ごきげんよう

第117話 強制力?

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「全く……急に消えたと思ったら……」

 心の悪態を知るか知らずか仁王立ちしたフレデリカは眉間に皺を寄せジト目で腕を組みながら右人差し指を突き出して自身の左腕をトントンと叩いている。
 一体いつからそこに居たのか? 何処から話を聞いていたのか?
 ローズとオズは先程雰囲気に流されてやらかした事を改めて思い返し恥ずかしさで顔を赤く染めた。

「あ、い、いや、ち、違うのよ? フレデリカ。 今のは……そう目に埃が入ったのを見て貰っていただけなの」

「そ、そうなのだ! ど、どうだローズよ? まだゴロゴロするか?」

 顔を真っ赤にしながらなんとか言い訳を口にしたローズとそれに話を合わせたオズであったが、そんな物で誤魔化し切れる訳もなくフレデリカは右手を額に当て大きく溜息を吐いた。

「『あ~なんだ。その喜びよう。お前にとってあやつの事がそれ程大事なのか?』でしたか?」

 フレデリカは顔を上げないまま、事の発端となったオズの言葉を投げやりな口調で言い放つ。

「ヒッ!」
「なっ!」

 その言葉に二人は揃ったように小さく声を上げビクッと身体を震わせた。

 そんな所から聞かれていたのか!

 高校で生徒会に入るまでは剣の道一筋で日々道場で修行に励み、生徒会に入ってからも当時荒れていた周辺の風紀を乱す不良共との戦いに明け暮れた野江 水流ことローズ。
 そして何処に目や耳が有るか分からぬ策謀術数渦巻く皇室の中で育ったオズ。
 そんな生い立ちから二人共周囲の気配を察知する能力に自信が有ったのだが、フレデリカがキスを止めに入るまでその気配に全く気が付かなかった。
 そこまで浮かれていたのか、それともフレデリカの隠密能力が高いのか。
 二人は聞かれていたと言う恥ずかしさなど吹き飛び、存在に気付けなかった事に驚愕する。
 そんな二人の驚くさまを気にする様子も無くフレデリカは言葉を続けたのだが……。

「しかし、まさかあなたが生きているとは思いませんでしたよ。オージニアス殿でん…「オズだっ!」

 フレデリカの言葉は突如声を張り上げたオズによって遮られた。
 そのやり取りにローズは困惑する。
 よそよそしさなど一切無いフレデリカの生存確認の言葉。
 そして、その先を読んで遮ったオズの叫び。
 二人は知り合いだったのだろうか?
 そんな疑問がローズの中に沸き起こる。

「……これは失礼いたしました」

「いや、良いのだ。我の方こそ声を荒げて済まぬ」

 フレデリカは慌てた様子も無くスッと無表情になるとメイド然とした態度で頭を下げる。
 その様を見たオズはバツの悪そうな顔をして謝った。

「それとそんなに畏まらなくてもよい。今の我は何者でもないただのオズなのだからな」

「.....承りました。それでは以後、その言葉通りとさせて頂きます」

 フレデリカはそう言って頭を上げると、無表情から少し不貞腐れたような表情を取った。
 ローズの目からはどことなく怒っているようにも見える。
 その態度も疑問を肯定するかのように感じた。

 『え? ちょっと待って? なんなの久し振りに会った元カレカノみたいな雰囲気は。フレデリカもなんだかオズの言葉に不満そうな顔をしているし二人の間には何かあるんだわ。例えばそう……裏設定的な何かが……』

 何しろオズはローズの記憶の中にある一番辛い『悪女時代』に一度たりとも姿を現さなかった。
 仮に消えた理由も、今まで姿を現さなかった理由もシナリオ上では全うな理由が存在するのかもしれないが、自分が野江 水流の記憶を取り戻し『悪役令嬢』の汚名をそそぐ為に努力し始めた途端、狙ったかのようなタイミングで姿を現れたのだ。

 勿論ここは恋愛ゲームの世界で、攻略キャラの登場イベとは所詮こんなものだと切り捨てるのは簡単だろう。
 だが、それは主人公だからこそあり得るご都合主義で、その敵となる悪役令嬢である自分には本来無縁の話。
 悪役とは絶頂の舞台から突き落とされてこそ輝く存在である。
 今のオズの様に明らかな好意を持って接触してくる事も、その舞台へと続く階段を昇る行為に等しいのかもしれない。

 『……少し油断していたのかも。エレナがゲーム舞台から退場したから安心だと思っていたけど、現在別の場所でメインイベントが進行しているだけの可能性も否定出来ないわ。お父様も死んでいないし『王宮からの召喚状』イベントも乗り越えたから大丈夫だと錯覚していたのね』

 最近何事も上手く行き過ぎていて、もうゲームは終わったのだと頭のどこかでそう決め付けてしまっていた。
 ゲームシナリオはその安易な油断につけ込んで元のシナリオへの修正を行使して来たのだろう。
 三桁回数クリアしあらゆるイベントの発生条件を知り尽くした野江 水流唯一の弱点であるオーディックの記憶喪失イベントが発生したのだから。
 オズの登場もその一端の可能性を考慮に入れるべきだ。
 シナリオの強制力がゲームには登場しない記憶の中にある幼馴染を引き摺り出して来たのではないか?
 しかもゲームお助けキャラであるフレデリカと知り合いと言うオマケ付きで。
 メインイベントが別の場所で進んでいて今自分が居る場所がゲーム画面の裏であるならばそんなイレギュラーが発生したってシナリオに影響は無いはずだ。

 『このままシナリオの強制力に好きにさせないわ。それにはまず情報収集が必要ね。見てなさい開発者! オーディック様の記憶を取り戻すだけじゃなく、あんたが送り込んできたオズとも仲良くなって見せるんだから』

 全ては彼女の周囲の者達の思惑による物なのだが、プレーヤー視点しか知らないローズは目に見えない強制力と言う敵に対して闘志を燃やす。

「……二人共知り合いだったの?」

 まずは情報収集とばかりに先程の二人のやり取りが妙に噛み合っていたように感じたローズは遠回しに聞くとはぐらかされると思いそのまま切り込む事にした。

「違いますお嬢様。この方と会うのは初めてです」

「そう? でもさっきの会話ってなんだか久し振りに会った恋人同士みたいだったけど……」

 相変わらず不満そうな顔でキッパリと答えたフレデリカの言葉には嘘は無い様に思えた。
 だからと言ってそれで引き下がっては話が終わってしまう。
 今度は違う切り口で質問すると……。

「ブフッ! な、なにを言っているのだローズ! そんな訳なかろう! なにより我は後にも先にもおぬし以外好……あわわ。な、何でもない」

 言葉を言い終える前にオズが慌てて割って入ってきた。
 早口で捲し立てるように言ってきたのでよく聞き取れなかったが、取り敢えずは恋人ではないと言いたいようだ。
 だが、その慌てようが逆に怪しくも思える。

「そうです! お嬢様と言えども、そんな戯言はお止め下さい。こんなヘタレ……いえ、言い過ぎました。私の趣味に掠りもしないこの方と私如き使用人が恋人などとは憤慨……いえ、恐縮するばかりです」

「お前恐縮とか言いながらめちゃくちゃ酷い事言っているな。さすがは伝え聞く国を揺るがす大胆不敬の神童か」

「褒め言葉として受け取っておきますわ。あと私の名前はフレデリカと申します。以後そう呼んで下さいませ」

 野江 水流時代にお笑い番組で見た漫才のようなやり取りにローズは目を丸くした。
 なんか互いにとんでもない事を言っているようだが、息がピッタリな二人の様子の方が気になってローズの耳には届いていなかった。

「本当に知り合いじゃないの?」

「違いますよ。ただ存在は知っていましたし、幼い頃のお嬢様の知り合いだったというのも知っています。しかしながら死んでいるはずの人物なので驚いたのです」

 死んでいるはずの人物?
 フレデリカの口から出た言葉に思わず口を押さえる。
 『会えなかったのは会いに来なかったのではなく来れなかったからなのか。……あれ? ちょっと待って? じゃあなんでここに居るの?』
 死んだはずの人間が目の前に居る。
 少し背筋にヒヤッとした物を感じて慌ててオズに顔を目を向けた。

「……もしかしてオズって幽霊?」

 ワナワナと震える指をオズに向けながら恐る恐る尋ねる。
 基本的に怖い物知らずなローズでは有るが、幽霊の不意打ちは卑怯だ。
 だって物理的に打ちのめせる人間と違い、幽霊ってば殴っても気かなそうだし。
 と、冷静になったつもりでも先程のキス未遂の後遺症が残っている所為で若干判断力が鈍っているようだ。

「あ、あれ?」

 自分の言葉に微妙な空気を醸し出している二人の呆れ顔に首を傾げるローズだった。
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