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第五章 また逢う日まで
第97話 嘘
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「エレナがあなたの孫って本当なの?」
ローズはプレイヤーだったにもかかわらず、自分の知り得ぬ主人公の数奇な生い立ちの一端を知るに至った事に興奮した。
三桁回数プレイしたのに全く主人公の出自が語られる事の無かったこのゲーム。
まさかこのゲームの主人公には祖母が健在で、しかもそれがゲームでは量産型モブ絵の元メイド長(ゲーム内表示名)だったとはっ!!
『いやぁ、ゲーム中は特に気にしてなかったけど、主人公の周囲にそんな事情にあったなんてねぇ~』
ローズは次々と明らかになる主人公の素性に腕を組み満足げに頷いた。
エレナ本人から天涯孤独となった不幸な生い立ちを聞いて心を痛めていたローズだが、肉親が居たと言うのならその痛みも和らぐと言うもの。
そしてその相手が心優しい古い使用人だと言うのだから安心出来る。
ローズは生前大好きだった祖母を彼女に重ねていた事も有り、その事実にホッと安堵したのだ。
なんだかエレナがとても身近な存在に感じた。
と、そこでローズは有る事を思い出した。
「あれ? でも確かこの前独身だって言っていた様な……?」
最近ローズは古い使用人とはよくお喋りをする仲になっているのだが、先日『私はシュタインベルク家の屋敷と結婚したようなものです』と、ずっと独り身でシュタインベルク家の使用人として生きて来た人生を語ったのを思い出し首を捻る。
『孫がいるのに未婚とはこれ如何に? むむむぅ~? ……ハッ!!』
何やら閃いたようである。
前世で恋愛物が大好物だった野江 水流こと現在のローズなのだが、別にそれは少女漫画にあるような脳内お花畑な物だけが対象ではない。
更に言えば主人公が男か女かも特に気にしない。
その守備範囲は広く少年漫画誌の何故か男主人公が無条件でモテるハーレム物も好きだし、果ては恋愛物と銘打ってあればアニメやエロゲーにまで手を出す始末である。
勿論二次元のみならず三次元……即ち実写の映画やドラマも当たり前のように嗜んでいた。
そして、先程から興奮している事からも分かる通り、斜め上から眺めるとある意味恋愛物の正道とも言える昼ドラの少しばかりドロっている恋愛模様もアリよりのアリであったのだ。
その思考回路から導き出されたこの矛盾への回答ただは一つ!
『分かったわ! 私生児! 私生児ね。道ならぬ恋の果てに大好きな殿方の子だけでも人知れず産む事を望んだ……。うわぁ~うわぁ~凄い凄いわ! これぞまさしく有閑マダム達のアンニュイな午後のひと時の強い味方である昼ドラよ!』
そんな妄想を膨らませて大興奮である。
そこを起点として更に妄想を膨らませていくローズ。
少なくともあの悲痛な慟哭から分かる通り、あの時点でエレナが古い使用人の事を認識していたとは思えない。
先程言い淀んだ事といい、余程込み入った事情が有るのだろう。
お話の中でしか知らないお貴族様界隈の恋愛事情にローズのワクワクが止まらない。
と、ローズがなぜ主人公が不在という非常事態においてこれだけ楽天的になっているのかに関して、既に彼女の中である程度の結論を出していたからだった。
勿論最悪の事態は想定しているものの、高ステータスの主人公なら余程の事が無いと死亡する事態には陥らないのは三桁回数のプレイ経験で証明済みだ。
それにこの世界の仕組み的にも王都内で貴族家のメイドに対して何か事故なり事件なりがあろうものなら、身分証でもある襟章からすぐに身分が特定され勤めている屋敷に連絡が行くようになっている。
丸一日経って連絡が無いと言う事は死亡した可能性は考えにくい。
拉致監禁と言う可能性も否定出来ないが、それこそ主人公であるのだから何らかのイベントが発生しているのだろう。
そう言ったイベントの存在は知らないものの、現在隠しルートであるのだからそんな知らないイベントが有ってもおかしくない筈だ。
ならばそのイベントをクリアすると帰って来るだろう。
もし失敗しても救済イベントが発生し、自分若しくは他のイケメン達が助け出す展開になるかもしれない。
そんなゲーム脳的な思い込みによるものだった。
既にローズはこの世界に居る人間達に関してただのゲームのモブではない事を理解はしている。
しかし、プレイヤーの記憶を持って転生した自分と同じく主人公であるエレナだけはその枠の存在ではないと思っていた。
ゲームシナリオと言う決まったレールの上を歩きながら、それを無視して自由に動けるワイルドカード。
ローズは自分達の事をそう理解している。
その理解からエレナ失踪に関してもう一つの可能性も見出していた。
自分はレールの上を歩きながらその結末に足掻く道を選んだけれど、エレナは違う道を選んだかもしれない。
そう、それは自らの意志でゲームを降りた……と言う事だ。
無敵の主人公であるのだから、なにもゲーム通りにイケメン達と恋愛する必要は無いのではないか?
そりゃゲーム内のイケメン五人は攻略対象に選ばれるくらいなのだから、最高の人選であるのだろうと言う事は理解している。
しかし、それに匹敵する様な素敵な男性が居ない訳ではない筈だ。
この王都に居なくとも、別の町や国なら見つかるだろう。
先日の形見破壊イベントを失敗した時から、明らかにエレナが何かを諦めたかのようにローズの目には映っていた。
いつまで経っても悪役令嬢に戻らない敵役に呆れ果て、ゲームとは違う道を目指したのではないか?
エレナが失踪したと言う話を聞いて、ローズの脳裏にはその可能性が浮かんで来たのである。
そう至ったからこそローズは現状を楽しむ事にしたのだった。
「で、エレナはその事を知っているの? 彼女から天涯孤独と聞いていたのであなたがお婆ちゃんなんて思わなかったわ~。あなたが居るのなら天涯孤独ではないのね。それは良かったわね。でも事情が有るのでしょうけど、私にだけでも言ってくれたら良かったのに」
「お嬢様。現在その様な事を言っている場合では有りません」
メタ視点で現状を見ているローズと違い、フレデリカと古い使用人はエレナの失踪に関して事件性を孕む正しい意味での『失踪』という言葉で捉えているので温度差が酷い。
フレデリカは少々呆れた声でローズにツッコミを入れた。
だが、古い使用人はローズがエレナの事を『天涯孤独ではなくて良かった』と言った事に少しだけその悲痛な顔を緩ませ笑顔を浮かべた。
どうやら、ローズがエレナが天涯孤独だと言う事に心を痛めていたと解釈をしたのだろう。
勿論それは実際に正しい事なのだが、やはりプレイヤーとしての記憶を持っているローズとの方向性は大きく違う。
「お嬢様、あの子の事を気遣って頂きありがとうございます。ただ違うんです」
「違う? 何が違うと言うの?」
ローズは古い使用人の言葉に首を傾げる。
その様を見て古い使用人は説明の為、言葉を続けた。
「先程、孫と言いましたが実の孫と言う訳では有りません」
「え? あぁ、そうなの?」
色々と脳内で妄想していた昼ドラ展開の根幹が崩れて少しワクワクが小さくなるローズ。
ただ、それはそれで気になる内容だと、好奇心を奮い立たせた。
「あの子は私の親友だった人の孫……いいえ、それだけじゃない私が娘の様に可愛がっていたアンリの娘なんです」
「えぇっ!」
ローズはその事実に驚きながらも、心の中では『アンリって誰?』と首を捻る。
驚いた理由は、一瞬『アン』と聞いた瞬間に、自分の母親であるアンネリーゼの名前が浮かんで来て『え? あたしとエレナって姉妹なの?』と勘違いしたからだ。
なにしろこの古い使用人は普段アンネリーゼの事を愛称で『アンナ様』と呼んでおり、ついついそう錯覚してしまった。
一応古い使用人が真剣な顔で訴えかける様に言って来たので、興味無さげにするよりも心証が良いと思い、勘違いを誤魔化す意味でも結果オーライと心の中でガッツポーズ。
そんなお気楽もバルモアとテオドール、そしてアンリの関係の事を全く知らないローズなのだから仕方が無いだろう。
しかし、フレデリカにとってはこの事実に思う所が有るらしい。
尋問する様な少し低いトーンで古い使用人に質問する。
「なるほど、先生はテオドール様の元で働いていたと言うエレナの母親と面識が有ったのですね。では、この屋敷に招き入れたのも先生の差し金と言う事でしょうか?」
フレデリカの言葉から、既にエレナの素性について大体の調べはついているようだ。
だがしかし、古い使用人が語らぬエレナの祖母の秘密までは知りようがない。
「いいえ、それは違うわフレデリカ。今までずっと親友もアンリの事もあの忌まわしい大戦の所為で死んだと思っていたのよ。エレナがアンリの娘だと分かったのはつい最近の事なの」
古い使用人は目付きが鋭いフレデリカに対してしみじみとそう語る。
そして心の中で友人に言い訳した。
誰にも言わないと約束したけど、お嬢様は裏切る事が出来ない。
だからせめて私とエレナの繋がりだけは喋らせて……と。
嘘は言っていない、ただ必要なこと以外を喋らなかったと言うだけ。
フレデリカは嘘かどうか見破ろうと古い使用人の顔色を伺うが、いくら神童と言えども長年伯爵家のメイドとして一線に立って一癖も二癖もある貴族達の応対をしていた古い使用人の経験は伊達ではない。
ついにフレデリカは古い使用人の言葉を真実と認め、目を閉じて軽く溜息を吐く。
そして古い使用人に目を戻した時、古い使用人の表情を見てぎょっと驚いた。
先程まで昔を懐かしむ様な顔をしていたのだが、今目にしている表情はエレナの失踪を訴えて来た時よりも更に悲痛なものだったのだ。
「それに……もしエレナの母親がアンリだと知っていれば……病気になった時に……すぐにでも側に行って……そして……絶対に死なせなかったのに……うっうぅぅ」
古い使用人はそれ以降言葉にならず両手で顔を隠し嗚咽を漏らした。
懐かしき記憶の日々を思い起こした古い使用人は、不意に幼き頃のアンリと今のエレナの顔を重ね合わせたのだろう。
なぜもっとアンリを探そうとしなかったのだろう? なぜ闇を抱えたエレナに真実を言わなかったのだろう? そんな様々な後悔が心の奥より吹き出して止まらなくなてしまったのだ。
「先生! すみません! そんな事情とは知らず責める様な事を言ってしまって。本当にごめんなさい!」
フレデリカは慌てて古い使用人に謝った。
これは演技ではなく初めて真の主と認めたローズ以外に見せた憎しみ以外の本心だった。
フレデリカも戦災によって家族と死に別れた経験を持っている。
それにより感情を失ったフレデリカは、世を恨んで王国を破滅に導こうとまでした。
今まで全ての物事を他人事の様に俯瞰して自らの刹那的な破滅主義に身を任せて日々を生きて来たフレデリカの行動は、基本的にその場面の最適解を演じているに過ぎず、本心を見せた事などない。
だが、野江 水流の記憶に目覚めたローズに仕える内にかつて神に一度だけ祈った願いを思い出して感情を取り戻したのだが、それしても真の主であるローズだけに唯一向けられるものだったのだ。
しかし、自らの言葉によって泣き出してしまったかつての師の涙に心が大きく揺さぶられる。
エレナの母親は自分と同じ戦災孤児であり、それを娘と慕う師の姿。
そこに自分と家族を重ね合わせた事によって、心の奥に封じ込めていた当時の忌まわしき記憶を思い出し嘘偽りの無い本心が発露したのだった。
いつの間にか眼には古い使用人と同じく大粒の涙が浮かんでいる。
そして、それを恥とせず流れるままにしているフレデリカ。
今日この日ある意味彼女は一人の人間として新しく生まれ変わったと言えるだろう。
それは寸前までこの展開にやや取り残された感を醸し出していたローズにも波及した。
ローズとしての過去の記憶を思い出してはいるが、いまだゲームとしてこの世界を楽しんでいるローズにとってエレナは同胞であり好敵手であると考えている。
だからこそ、エレナが失踪した事についてもただのイベントか、自らの意志でゲームを降りたのだろうと言う程度に考えていたのだが、目の前で繰り広げられた古い使用人とフレデリカの涙によって目が覚めた。
『エレナがいくら無敵の主人公だからと言って、この世界の人間として生まれて来たのは私だって同じじゃない。今まで悪役令嬢として迷惑を掛け捲りだったとは言え、色々な人と繋がっていた事を知ったわ。そして今エレナが居なくなって悲しんでいる人が居る。それを見過ごすなんて事したらあっちの世界の爺ちゃん先生や正義の味方の先輩に合わせる顔が無いわ』
ローズはこの世界に生きる一人の人間として考えを改める事にした。
エレナに如何なる事情が有ろうとも、この世界で悲しむ人が居るのならその人の為に働こう。
それは野江 水流としていつも人の前に立ち仲間達を導いてきた人生を、これからはこの世界でローズとして引き継ぐことを意味していた。
ここで動かなきゃ女が廃る。
ローズは涙する二人に向けてこう宣言した。
「安心して二人共。私がエレナを見付けて見せるわ!」
そして、心の中で『勝敗が付かないまま逃がさないんだからね』と、照れ隠しの為の嘘を吐いた。
ローズはプレイヤーだったにもかかわらず、自分の知り得ぬ主人公の数奇な生い立ちの一端を知るに至った事に興奮した。
三桁回数プレイしたのに全く主人公の出自が語られる事の無かったこのゲーム。
まさかこのゲームの主人公には祖母が健在で、しかもそれがゲームでは量産型モブ絵の元メイド長(ゲーム内表示名)だったとはっ!!
『いやぁ、ゲーム中は特に気にしてなかったけど、主人公の周囲にそんな事情にあったなんてねぇ~』
ローズは次々と明らかになる主人公の素性に腕を組み満足げに頷いた。
エレナ本人から天涯孤独となった不幸な生い立ちを聞いて心を痛めていたローズだが、肉親が居たと言うのならその痛みも和らぐと言うもの。
そしてその相手が心優しい古い使用人だと言うのだから安心出来る。
ローズは生前大好きだった祖母を彼女に重ねていた事も有り、その事実にホッと安堵したのだ。
なんだかエレナがとても身近な存在に感じた。
と、そこでローズは有る事を思い出した。
「あれ? でも確かこの前独身だって言っていた様な……?」
最近ローズは古い使用人とはよくお喋りをする仲になっているのだが、先日『私はシュタインベルク家の屋敷と結婚したようなものです』と、ずっと独り身でシュタインベルク家の使用人として生きて来た人生を語ったのを思い出し首を捻る。
『孫がいるのに未婚とはこれ如何に? むむむぅ~? ……ハッ!!』
何やら閃いたようである。
前世で恋愛物が大好物だった野江 水流こと現在のローズなのだが、別にそれは少女漫画にあるような脳内お花畑な物だけが対象ではない。
更に言えば主人公が男か女かも特に気にしない。
その守備範囲は広く少年漫画誌の何故か男主人公が無条件でモテるハーレム物も好きだし、果ては恋愛物と銘打ってあればアニメやエロゲーにまで手を出す始末である。
勿論二次元のみならず三次元……即ち実写の映画やドラマも当たり前のように嗜んでいた。
そして、先程から興奮している事からも分かる通り、斜め上から眺めるとある意味恋愛物の正道とも言える昼ドラの少しばかりドロっている恋愛模様もアリよりのアリであったのだ。
その思考回路から導き出されたこの矛盾への回答ただは一つ!
『分かったわ! 私生児! 私生児ね。道ならぬ恋の果てに大好きな殿方の子だけでも人知れず産む事を望んだ……。うわぁ~うわぁ~凄い凄いわ! これぞまさしく有閑マダム達のアンニュイな午後のひと時の強い味方である昼ドラよ!』
そんな妄想を膨らませて大興奮である。
そこを起点として更に妄想を膨らませていくローズ。
少なくともあの悲痛な慟哭から分かる通り、あの時点でエレナが古い使用人の事を認識していたとは思えない。
先程言い淀んだ事といい、余程込み入った事情が有るのだろう。
お話の中でしか知らないお貴族様界隈の恋愛事情にローズのワクワクが止まらない。
と、ローズがなぜ主人公が不在という非常事態においてこれだけ楽天的になっているのかに関して、既に彼女の中である程度の結論を出していたからだった。
勿論最悪の事態は想定しているものの、高ステータスの主人公なら余程の事が無いと死亡する事態には陥らないのは三桁回数のプレイ経験で証明済みだ。
それにこの世界の仕組み的にも王都内で貴族家のメイドに対して何か事故なり事件なりがあろうものなら、身分証でもある襟章からすぐに身分が特定され勤めている屋敷に連絡が行くようになっている。
丸一日経って連絡が無いと言う事は死亡した可能性は考えにくい。
拉致監禁と言う可能性も否定出来ないが、それこそ主人公であるのだから何らかのイベントが発生しているのだろう。
そう言ったイベントの存在は知らないものの、現在隠しルートであるのだからそんな知らないイベントが有ってもおかしくない筈だ。
ならばそのイベントをクリアすると帰って来るだろう。
もし失敗しても救済イベントが発生し、自分若しくは他のイケメン達が助け出す展開になるかもしれない。
そんなゲーム脳的な思い込みによるものだった。
既にローズはこの世界に居る人間達に関してただのゲームのモブではない事を理解はしている。
しかし、プレイヤーの記憶を持って転生した自分と同じく主人公であるエレナだけはその枠の存在ではないと思っていた。
ゲームシナリオと言う決まったレールの上を歩きながら、それを無視して自由に動けるワイルドカード。
ローズは自分達の事をそう理解している。
その理解からエレナ失踪に関してもう一つの可能性も見出していた。
自分はレールの上を歩きながらその結末に足掻く道を選んだけれど、エレナは違う道を選んだかもしれない。
そう、それは自らの意志でゲームを降りた……と言う事だ。
無敵の主人公であるのだから、なにもゲーム通りにイケメン達と恋愛する必要は無いのではないか?
そりゃゲーム内のイケメン五人は攻略対象に選ばれるくらいなのだから、最高の人選であるのだろうと言う事は理解している。
しかし、それに匹敵する様な素敵な男性が居ない訳ではない筈だ。
この王都に居なくとも、別の町や国なら見つかるだろう。
先日の形見破壊イベントを失敗した時から、明らかにエレナが何かを諦めたかのようにローズの目には映っていた。
いつまで経っても悪役令嬢に戻らない敵役に呆れ果て、ゲームとは違う道を目指したのではないか?
エレナが失踪したと言う話を聞いて、ローズの脳裏にはその可能性が浮かんで来たのである。
そう至ったからこそローズは現状を楽しむ事にしたのだった。
「で、エレナはその事を知っているの? 彼女から天涯孤独と聞いていたのであなたがお婆ちゃんなんて思わなかったわ~。あなたが居るのなら天涯孤独ではないのね。それは良かったわね。でも事情が有るのでしょうけど、私にだけでも言ってくれたら良かったのに」
「お嬢様。現在その様な事を言っている場合では有りません」
メタ視点で現状を見ているローズと違い、フレデリカと古い使用人はエレナの失踪に関して事件性を孕む正しい意味での『失踪』という言葉で捉えているので温度差が酷い。
フレデリカは少々呆れた声でローズにツッコミを入れた。
だが、古い使用人はローズがエレナの事を『天涯孤独ではなくて良かった』と言った事に少しだけその悲痛な顔を緩ませ笑顔を浮かべた。
どうやら、ローズがエレナが天涯孤独だと言う事に心を痛めていたと解釈をしたのだろう。
勿論それは実際に正しい事なのだが、やはりプレイヤーとしての記憶を持っているローズとの方向性は大きく違う。
「お嬢様、あの子の事を気遣って頂きありがとうございます。ただ違うんです」
「違う? 何が違うと言うの?」
ローズは古い使用人の言葉に首を傾げる。
その様を見て古い使用人は説明の為、言葉を続けた。
「先程、孫と言いましたが実の孫と言う訳では有りません」
「え? あぁ、そうなの?」
色々と脳内で妄想していた昼ドラ展開の根幹が崩れて少しワクワクが小さくなるローズ。
ただ、それはそれで気になる内容だと、好奇心を奮い立たせた。
「あの子は私の親友だった人の孫……いいえ、それだけじゃない私が娘の様に可愛がっていたアンリの娘なんです」
「えぇっ!」
ローズはその事実に驚きながらも、心の中では『アンリって誰?』と首を捻る。
驚いた理由は、一瞬『アン』と聞いた瞬間に、自分の母親であるアンネリーゼの名前が浮かんで来て『え? あたしとエレナって姉妹なの?』と勘違いしたからだ。
なにしろこの古い使用人は普段アンネリーゼの事を愛称で『アンナ様』と呼んでおり、ついついそう錯覚してしまった。
一応古い使用人が真剣な顔で訴えかける様に言って来たので、興味無さげにするよりも心証が良いと思い、勘違いを誤魔化す意味でも結果オーライと心の中でガッツポーズ。
そんなお気楽もバルモアとテオドール、そしてアンリの関係の事を全く知らないローズなのだから仕方が無いだろう。
しかし、フレデリカにとってはこの事実に思う所が有るらしい。
尋問する様な少し低いトーンで古い使用人に質問する。
「なるほど、先生はテオドール様の元で働いていたと言うエレナの母親と面識が有ったのですね。では、この屋敷に招き入れたのも先生の差し金と言う事でしょうか?」
フレデリカの言葉から、既にエレナの素性について大体の調べはついているようだ。
だがしかし、古い使用人が語らぬエレナの祖母の秘密までは知りようがない。
「いいえ、それは違うわフレデリカ。今までずっと親友もアンリの事もあの忌まわしい大戦の所為で死んだと思っていたのよ。エレナがアンリの娘だと分かったのはつい最近の事なの」
古い使用人は目付きが鋭いフレデリカに対してしみじみとそう語る。
そして心の中で友人に言い訳した。
誰にも言わないと約束したけど、お嬢様は裏切る事が出来ない。
だからせめて私とエレナの繋がりだけは喋らせて……と。
嘘は言っていない、ただ必要なこと以外を喋らなかったと言うだけ。
フレデリカは嘘かどうか見破ろうと古い使用人の顔色を伺うが、いくら神童と言えども長年伯爵家のメイドとして一線に立って一癖も二癖もある貴族達の応対をしていた古い使用人の経験は伊達ではない。
ついにフレデリカは古い使用人の言葉を真実と認め、目を閉じて軽く溜息を吐く。
そして古い使用人に目を戻した時、古い使用人の表情を見てぎょっと驚いた。
先程まで昔を懐かしむ様な顔をしていたのだが、今目にしている表情はエレナの失踪を訴えて来た時よりも更に悲痛なものだったのだ。
「それに……もしエレナの母親がアンリだと知っていれば……病気になった時に……すぐにでも側に行って……そして……絶対に死なせなかったのに……うっうぅぅ」
古い使用人はそれ以降言葉にならず両手で顔を隠し嗚咽を漏らした。
懐かしき記憶の日々を思い起こした古い使用人は、不意に幼き頃のアンリと今のエレナの顔を重ね合わせたのだろう。
なぜもっとアンリを探そうとしなかったのだろう? なぜ闇を抱えたエレナに真実を言わなかったのだろう? そんな様々な後悔が心の奥より吹き出して止まらなくなてしまったのだ。
「先生! すみません! そんな事情とは知らず責める様な事を言ってしまって。本当にごめんなさい!」
フレデリカは慌てて古い使用人に謝った。
これは演技ではなく初めて真の主と認めたローズ以外に見せた憎しみ以外の本心だった。
フレデリカも戦災によって家族と死に別れた経験を持っている。
それにより感情を失ったフレデリカは、世を恨んで王国を破滅に導こうとまでした。
今まで全ての物事を他人事の様に俯瞰して自らの刹那的な破滅主義に身を任せて日々を生きて来たフレデリカの行動は、基本的にその場面の最適解を演じているに過ぎず、本心を見せた事などない。
だが、野江 水流の記憶に目覚めたローズに仕える内にかつて神に一度だけ祈った願いを思い出して感情を取り戻したのだが、それしても真の主であるローズだけに唯一向けられるものだったのだ。
しかし、自らの言葉によって泣き出してしまったかつての師の涙に心が大きく揺さぶられる。
エレナの母親は自分と同じ戦災孤児であり、それを娘と慕う師の姿。
そこに自分と家族を重ね合わせた事によって、心の奥に封じ込めていた当時の忌まわしき記憶を思い出し嘘偽りの無い本心が発露したのだった。
いつの間にか眼には古い使用人と同じく大粒の涙が浮かんでいる。
そして、それを恥とせず流れるままにしているフレデリカ。
今日この日ある意味彼女は一人の人間として新しく生まれ変わったと言えるだろう。
それは寸前までこの展開にやや取り残された感を醸し出していたローズにも波及した。
ローズとしての過去の記憶を思い出してはいるが、いまだゲームとしてこの世界を楽しんでいるローズにとってエレナは同胞であり好敵手であると考えている。
だからこそ、エレナが失踪した事についてもただのイベントか、自らの意志でゲームを降りたのだろうと言う程度に考えていたのだが、目の前で繰り広げられた古い使用人とフレデリカの涙によって目が覚めた。
『エレナがいくら無敵の主人公だからと言って、この世界の人間として生まれて来たのは私だって同じじゃない。今まで悪役令嬢として迷惑を掛け捲りだったとは言え、色々な人と繋がっていた事を知ったわ。そして今エレナが居なくなって悲しんでいる人が居る。それを見過ごすなんて事したらあっちの世界の爺ちゃん先生や正義の味方の先輩に合わせる顔が無いわ』
ローズはこの世界に生きる一人の人間として考えを改める事にした。
エレナに如何なる事情が有ろうとも、この世界で悲しむ人が居るのならその人の為に働こう。
それは野江 水流としていつも人の前に立ち仲間達を導いてきた人生を、これからはこの世界でローズとして引き継ぐことを意味していた。
ここで動かなきゃ女が廃る。
ローズは涙する二人に向けてこう宣言した。
「安心して二人共。私がエレナを見付けて見せるわ!」
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