96 / 121
第五章 また逢う日まで
第96話 失踪
しおりを挟む
「なんですって? 昨日からエレナが帰って来ていない?」
オズとの再会より一晩経った正午前のひと時、素っ頓狂なローズの驚き声が廊下に響く。
いつも通りラウンジで既に待つイケメン達の下へと足元軽やかに廊下を歩いていると、悲痛な顔をした古い使用人に呼び止められたのだ。
その際に『お嬢様はお客様を待たせておられます。火急の要件以外は後にして下さい』との貴族の社交慣習では当たり前であるフレデリカの言葉をローズは遮り話を聞く事にしたのだった。
何しろその古い使用人はシュタインベルク家の生き字引。
長年メイド長を勤め上げ古くからある貴族社会における裏と表の仕来りを知り尽くしている人物である。
その様な人物が客として来訪した貴族子息達の元へ向かう主人を止めたと言うのだから、ただ事ではない筈とローズは思ったのだ。
それについてはフレデリカも分かっていた。
先程の言葉は建前と言う奴である、だから言葉遣いも丁寧な物を選んで発せられている。
これが同僚なら怒鳴り散らしているところだったのだから。
先輩使用人でありかつてメイドのイロハを教えて貰っていた先生でもある彼女は、この屋敷において神童として振舞う事を決めたフレデリカが唯一頭の上がらない人物である。
そんな彼女が声を掛けて来たのだから、火急的事態である事は明白であろう。
ローズが自らの言葉を遮り、古い使用人の話を聞こうとするだろう事を読んでの言葉だった。
そして、その話はローズが上げた驚きの声の通り。
昨日からエレナが買い出しに出掛けたまま屋敷に帰って来ないらしい。
「そう言えば、昨日は朝に会ったっ切りエレナの姿を見掛けなかったわ……。フレデリカは知っていたの?」
「いいえ、初耳です」
元のゲームでは何でも知っているお助けキャラだったフレデリカでさえ知らない事らしい。
なるほど、確かに緊急事態だとローズは腕を組みながら『主人公が不在? そんなイベント有ったかしら?』と野江 水流だった頃の三徹攻略の記憶を漁る。
「……も居ない……? まさか……」
ボソッと誰にも聞こえないほど小さい声でフレデリカはその言葉を吐きピクリと眉を動かす。
そして何やら思案に耽ける。
それに気付かないローズは失踪する理由を考えていた。
『う~ん。ゲーム中に館を離れたと言えば、ディノ様の騎士団演習に見学に行くイベントと、街で犬に追い掛け回されているところをホランツ様に助けて頂くイベント。他にもカナンちゃんとの下町お忍びデート。あと記憶喪失になったオーディック様の看病と回復後に一緒にお城に行くのもそうね……あら? 思い出すと結構有るわ。……けど』
ローズはエレナが館を離れるイベントを色々思い出してはいたのだが、それら全部のイベントが今回に当て嵌まらない。
例えばイベントが発生すると漏れなく一日が消費される。
要するに基本日帰りばかりであり、二日以上も日数が消費されるイベントはそう多くないのだ。
何しろ折角週頭に設定した仕事による能力値向上の計画にズレが生じてしまうので、早期能力値カンストを目指したローズにとってイベントによる無駄な日数消費は鬼門であった為、各イベントの日数消費は把握済み。
その事から知り得る限り少なくとも青草の月に発生するイベントの中にはその類のものは存在しなかった。
既にイベント発生の順番は前後している状況では有るものの、他の数日消費イベントに関しても事前のフラグ立てが必要であり、容易く発生するものではない。
特にオーディックの記憶喪失イベントは数日泊まり込みだったが、オーディックが記憶喪失になったと言う話は聞いていないし、それどころか本人自身現在ラウンジでローズの到着を待っているのだから有り得ない話だった。
次にローズが思い出そうとしたのが突発的なバッドエンドだ。
クソゲーあるあるなイベント盛りだくさんなこのゲーム。
偶発的に発生する自動生成のアクシデントイベントと言うものが有り、そこで選択を間違えるとゲーム期間中と言えども容赦無く死亡する。
勿論助かっても無駄に一日が過ぎると言う外道の所業だ。
もし、それによって死んでしまっていたら日帰りもクソも無いだろう。
そして、そんな偶発イベントの中には『外出時』と言うシチュエーションも確かにあった。
しかし、この状況で発生するとは思えないとローズは思う。
何故ならば、基本的に偶発イベントの内容はローズからの無茶な命令が発端となっており、その結果アクシデントに見舞われると言う物ばかりだったからだ。
それを知っているが故に有り得ない。
現在ローズは自分であり、更に無茶な命令などしていない。
発生原因である自分が動いていないのだからイベントが発生する訳がないのではないか?
それに一応死ぬまでには数回の選択肢が有り『それら全て不正解の選択肢を選んだ場合』と言う条件がある。
そしてステータスが高ければ、直接死亡ENDには行かずローズやその時点で一番好感度の高いイケメンが登場してエレナを助けると言う救済イベントが入るのだった。
現在のエレナは自分より遥かに少ない回数で全攻略した無敵の主人公であるのだから、そんなエレナがイベントで死ぬ筈がない。
ならば一体……?
「何か心当たりは無いの?」
ローズは50回プレイでの攻略者である無敵のエレナに対して最悪の事態は無いだろうとは思うものの、それでも不安は拭い切れずにいた。
現在自分が居るのは隠しルート。
それにイケメン達とエレナの好感度に関してそう高くないだろうと睨んでいる。
幼馴染属性を手に入れたカナンにしてもたまに昔話をしているところを見るだけで関係が進展している様には見えないし、ホランツに関しては避けている素振りすら見て取れる。
他のイケメン達に関しては言わずもがな、大抵のフラグは先取りしてへし折っているのだから、進展しようがないだろう。
ならば偶発イベントの回答も通常ルートとは異なっていたり、高好感度のイケメン達による救済ベントも発生しないのではないか?
そんな不安が心に過っていたのだ。
いかに主人公をバッドエンドに叩き込む事を目指しているローズとは言え、少なくとも幾度かの戦いを経て一度は心を通わした相手であると勝手に思っている。
ローズの前世である野江 水流的にはそれはもう強敵と書いて『友』と呼ぶに必要条件は満たしており、既に主人公のイベント死による勝利などは望んでいない。
「それは……いえ……あの……」
そんなローズの考えとは裏腹に、普段優しいながらも毅然とした雰囲気を醸し出す古い使用人だったのだが、今まで見た事も無いような狼狽え方であやふやな言葉を吐くばかり。
どうやら心当たり自体は有るのだが、言葉にするのを躊躇っていると言う感じに取れる。
『もしかして、あたしに原因が有るのかしら?』と、ローズは胸をドキリとさせた。
「ねぇ、知っている事を最初から話して貰えないかしら?」
本当は今すぐ『私が原因なの?』と肩をがっくんがっくんさせながら問い質したいところではあるのだが、相手が高齢であるので自重した。
一旦冷静な態度を取って、口を濁している古い使用人が言葉を出せる雰囲気を創る事を心がける。
あまり必死だと、まるで本当に原因に心当たりが有るかのような印象を与えてしまうからだ。
ローズは取りあえず最近評判のいい聖女スマイルを浮かべ優しく古い使用人の目をじっと見た。
すると、それが功を奏したのか古い使用人はまるで懐かしい者を見るかのように目を潤ませ口を開く。
「……分かりました、お嬢様。……あの……あの子、エレナはずっと心に闇を抱えていたのです」
「闇……?」
古い使用人が口にした言葉はローズにとって想定外だった。
もっと具体的な話をきけると思ったのに、いきなりフワッとした表現だったからだ・
その為、思わず首を傾げる。
しかし、改めて思うとその言葉自体には心当たりが有るとローズは思う。
『エレナは闇を抱えている』
……確かにあの日見エレナの魂の慟哭の正体は闇と言えるかもしれない。
ゲームの主人公と言う立場に生まれながら、少し記憶の覚醒が早かったのだろう。
将来を知らなければ、それが当たり前と納得していたのかもしれない。
だが、口少なに語ったエレナの過去は、将来華々しいハッピーエンドが待っている事だけを心の拠り所とするにはあまりにも過酷な環境であったのだ。
母の病と共に極貧の生活を強いられながらもなんとか生きていたであろう彼女が生きる糧としたのは、やがて対峙するであろうライバルキャラであるローズへの憎しみだけだった筈だ。
その事を思うとローズはキュッと胸が痛くなる。
「この屋敷に来てからずっと側でエレナを見て来ました。何とかあの子の闇を癒そうとしてきたのですが、私の力及ばず……」
古い使用人はそこで一旦口をつぐませた。
その言葉にローズは思わず『その闇はあたしの所為だから! ゲームで数々の煮え湯を飲ませられてきたあたしを憎んでいるだけだから!』と声を出して言いそうになったが、何とか止める事に成功した自分を心の中で褒め称える。
それと共に『毎度の事ながら本当に驚かされるわ。ゲームの世界なのに登場人物以外の皆もちゃんと悩みながら日々を生きているのですもの』とゲーム制作者の裏設定の緻密さに感心していた。
「ちょっと待って下さい。先生、少しいいでしょうか?」
突如フレデリカが口を開いた。
どうやら古い使用人の事をフレデリカは先生と呼んでいるらしい。
突然話を折られたローズは『いい所で邪魔をしないでよ~』と思いながらフレデリカの方に顔を向けたのだが、フレデリカの顔があまりにも真剣だったので言葉に出来なかった。
「フレデリカ、今それどころじゃ……」
「いえ、それどころです」
エレナが居ない事態に焦っている古い使用人の言葉をビシッと遮るフレデリカ。
その迫力に古い使用人は言葉を失った。
「先生。なぜエレナが帰って来ないと言う情報をすぐに知らせなかったのですか? 朝の集会時の点呼も誤魔化されていましたよね?」
「そ……それは……」
古い使用人はフレデリカの言葉に動揺しだした。
その態度にフレデリカの目がキラリと鋭くなる。
「それと、前々から気になっておりました。どうしても先生がエレナに向けている感情に関して、普段の新人に対するソレとは少々異なっているように見て取れるのです。それはどうしてでしょうか?」
「うっ……」
フレデリカの更なる追求に古い使用人は目を伏せた。
弁明もしない様子からすると、古い使用人とエレナとの関係はただの教育係と新人と言う物ではないらしい。
訳の分からないローズは混乱する。
なにしろ三桁回数を超えるプレイ中、自分がエレナであったにもかかわらずこの古い使用人は名称だけの汎用モブ画像でしか登場せず、それに関しても二~三のお小言を言われる程度の関係でしかなかった為だ。
このただ事じゃない態度はまるで昼ドラのドロドロ展開みたいだとローズは思った。
暫くの沈黙、古い使用人は真夏だからと言う訳ではない汗が額に光る。
その間、ずっとフレデリカは古い使用人を睨んでいた。
とうとう痺れを切らしたのか、フレデリカは怒気を孕んだ言葉で古い使用人に詰め寄った。
「言いたくなければ言わなくても結構です。けれど! もし、それがお嬢様に対して敵となるものならばっ!」
「ち、違います!! そうじゃないんです!!」
フレデリカの言葉に古い使用人は驚き、慌ててローズに訴えかける様に訴えて来た。
その眼からすると、どうやらその言葉自体には嘘は無いようだ。
ローズはホッと胸を撫で下ろした。
最近仲良くなってきた古い使用人が敵側のスパイだったらとても悲しいからだ。
「あの……よろしかったら教えて貰えないかしら? 言える所まででいいわ。居なくなった理由に心当たりが有るのでしょう? もしエレナに何かあったら私も悲しいもの。お願い」
ローズは古い使用人に優しく問い掛けた。
勿論聖女スマイルをモリモリで。
エレナが心配なのは間違いないのだが、半分以上が自らの知的好奇心を満足したい欲求に駆られていたりする。
その思惑には気付かない古い使用人は、言葉通りに受け取りやがて、一度ふぅと息を吐き顔を上げローズに向き直った。
その顔はいつもの毅然としたものだった。
「分かりました。……エレナは……あの子は……私の……私の孫なのです」
「なっ! なんですってぇ!!」
ローズは古い使用人の言葉に声を上げた。
フレデリカでさえこの情報は知らなかったようで、声は上げないものの顔をしかめている。
『本当にどうなっているの? プレイヤーのあたしが知らない主人公の秘密が多過ぎよーー!!』
ローズは心の中で主人公の裏設定を盛りまくっているゲーム制作者にツッコミを入れた。
オズとの再会より一晩経った正午前のひと時、素っ頓狂なローズの驚き声が廊下に響く。
いつも通りラウンジで既に待つイケメン達の下へと足元軽やかに廊下を歩いていると、悲痛な顔をした古い使用人に呼び止められたのだ。
その際に『お嬢様はお客様を待たせておられます。火急の要件以外は後にして下さい』との貴族の社交慣習では当たり前であるフレデリカの言葉をローズは遮り話を聞く事にしたのだった。
何しろその古い使用人はシュタインベルク家の生き字引。
長年メイド長を勤め上げ古くからある貴族社会における裏と表の仕来りを知り尽くしている人物である。
その様な人物が客として来訪した貴族子息達の元へ向かう主人を止めたと言うのだから、ただ事ではない筈とローズは思ったのだ。
それについてはフレデリカも分かっていた。
先程の言葉は建前と言う奴である、だから言葉遣いも丁寧な物を選んで発せられている。
これが同僚なら怒鳴り散らしているところだったのだから。
先輩使用人でありかつてメイドのイロハを教えて貰っていた先生でもある彼女は、この屋敷において神童として振舞う事を決めたフレデリカが唯一頭の上がらない人物である。
そんな彼女が声を掛けて来たのだから、火急的事態である事は明白であろう。
ローズが自らの言葉を遮り、古い使用人の話を聞こうとするだろう事を読んでの言葉だった。
そして、その話はローズが上げた驚きの声の通り。
昨日からエレナが買い出しに出掛けたまま屋敷に帰って来ないらしい。
「そう言えば、昨日は朝に会ったっ切りエレナの姿を見掛けなかったわ……。フレデリカは知っていたの?」
「いいえ、初耳です」
元のゲームでは何でも知っているお助けキャラだったフレデリカでさえ知らない事らしい。
なるほど、確かに緊急事態だとローズは腕を組みながら『主人公が不在? そんなイベント有ったかしら?』と野江 水流だった頃の三徹攻略の記憶を漁る。
「……も居ない……? まさか……」
ボソッと誰にも聞こえないほど小さい声でフレデリカはその言葉を吐きピクリと眉を動かす。
そして何やら思案に耽ける。
それに気付かないローズは失踪する理由を考えていた。
『う~ん。ゲーム中に館を離れたと言えば、ディノ様の騎士団演習に見学に行くイベントと、街で犬に追い掛け回されているところをホランツ様に助けて頂くイベント。他にもカナンちゃんとの下町お忍びデート。あと記憶喪失になったオーディック様の看病と回復後に一緒にお城に行くのもそうね……あら? 思い出すと結構有るわ。……けど』
ローズはエレナが館を離れるイベントを色々思い出してはいたのだが、それら全部のイベントが今回に当て嵌まらない。
例えばイベントが発生すると漏れなく一日が消費される。
要するに基本日帰りばかりであり、二日以上も日数が消費されるイベントはそう多くないのだ。
何しろ折角週頭に設定した仕事による能力値向上の計画にズレが生じてしまうので、早期能力値カンストを目指したローズにとってイベントによる無駄な日数消費は鬼門であった為、各イベントの日数消費は把握済み。
その事から知り得る限り少なくとも青草の月に発生するイベントの中にはその類のものは存在しなかった。
既にイベント発生の順番は前後している状況では有るものの、他の数日消費イベントに関しても事前のフラグ立てが必要であり、容易く発生するものではない。
特にオーディックの記憶喪失イベントは数日泊まり込みだったが、オーディックが記憶喪失になったと言う話は聞いていないし、それどころか本人自身現在ラウンジでローズの到着を待っているのだから有り得ない話だった。
次にローズが思い出そうとしたのが突発的なバッドエンドだ。
クソゲーあるあるなイベント盛りだくさんなこのゲーム。
偶発的に発生する自動生成のアクシデントイベントと言うものが有り、そこで選択を間違えるとゲーム期間中と言えども容赦無く死亡する。
勿論助かっても無駄に一日が過ぎると言う外道の所業だ。
もし、それによって死んでしまっていたら日帰りもクソも無いだろう。
そして、そんな偶発イベントの中には『外出時』と言うシチュエーションも確かにあった。
しかし、この状況で発生するとは思えないとローズは思う。
何故ならば、基本的に偶発イベントの内容はローズからの無茶な命令が発端となっており、その結果アクシデントに見舞われると言う物ばかりだったからだ。
それを知っているが故に有り得ない。
現在ローズは自分であり、更に無茶な命令などしていない。
発生原因である自分が動いていないのだからイベントが発生する訳がないのではないか?
それに一応死ぬまでには数回の選択肢が有り『それら全て不正解の選択肢を選んだ場合』と言う条件がある。
そしてステータスが高ければ、直接死亡ENDには行かずローズやその時点で一番好感度の高いイケメンが登場してエレナを助けると言う救済イベントが入るのだった。
現在のエレナは自分より遥かに少ない回数で全攻略した無敵の主人公であるのだから、そんなエレナがイベントで死ぬ筈がない。
ならば一体……?
「何か心当たりは無いの?」
ローズは50回プレイでの攻略者である無敵のエレナに対して最悪の事態は無いだろうとは思うものの、それでも不安は拭い切れずにいた。
現在自分が居るのは隠しルート。
それにイケメン達とエレナの好感度に関してそう高くないだろうと睨んでいる。
幼馴染属性を手に入れたカナンにしてもたまに昔話をしているところを見るだけで関係が進展している様には見えないし、ホランツに関しては避けている素振りすら見て取れる。
他のイケメン達に関しては言わずもがな、大抵のフラグは先取りしてへし折っているのだから、進展しようがないだろう。
ならば偶発イベントの回答も通常ルートとは異なっていたり、高好感度のイケメン達による救済ベントも発生しないのではないか?
そんな不安が心に過っていたのだ。
いかに主人公をバッドエンドに叩き込む事を目指しているローズとは言え、少なくとも幾度かの戦いを経て一度は心を通わした相手であると勝手に思っている。
ローズの前世である野江 水流的にはそれはもう強敵と書いて『友』と呼ぶに必要条件は満たしており、既に主人公のイベント死による勝利などは望んでいない。
「それは……いえ……あの……」
そんなローズの考えとは裏腹に、普段優しいながらも毅然とした雰囲気を醸し出す古い使用人だったのだが、今まで見た事も無いような狼狽え方であやふやな言葉を吐くばかり。
どうやら心当たり自体は有るのだが、言葉にするのを躊躇っていると言う感じに取れる。
『もしかして、あたしに原因が有るのかしら?』と、ローズは胸をドキリとさせた。
「ねぇ、知っている事を最初から話して貰えないかしら?」
本当は今すぐ『私が原因なの?』と肩をがっくんがっくんさせながら問い質したいところではあるのだが、相手が高齢であるので自重した。
一旦冷静な態度を取って、口を濁している古い使用人が言葉を出せる雰囲気を創る事を心がける。
あまり必死だと、まるで本当に原因に心当たりが有るかのような印象を与えてしまうからだ。
ローズは取りあえず最近評判のいい聖女スマイルを浮かべ優しく古い使用人の目をじっと見た。
すると、それが功を奏したのか古い使用人はまるで懐かしい者を見るかのように目を潤ませ口を開く。
「……分かりました、お嬢様。……あの……あの子、エレナはずっと心に闇を抱えていたのです」
「闇……?」
古い使用人が口にした言葉はローズにとって想定外だった。
もっと具体的な話をきけると思ったのに、いきなりフワッとした表現だったからだ・
その為、思わず首を傾げる。
しかし、改めて思うとその言葉自体には心当たりが有るとローズは思う。
『エレナは闇を抱えている』
……確かにあの日見エレナの魂の慟哭の正体は闇と言えるかもしれない。
ゲームの主人公と言う立場に生まれながら、少し記憶の覚醒が早かったのだろう。
将来を知らなければ、それが当たり前と納得していたのかもしれない。
だが、口少なに語ったエレナの過去は、将来華々しいハッピーエンドが待っている事だけを心の拠り所とするにはあまりにも過酷な環境であったのだ。
母の病と共に極貧の生活を強いられながらもなんとか生きていたであろう彼女が生きる糧としたのは、やがて対峙するであろうライバルキャラであるローズへの憎しみだけだった筈だ。
その事を思うとローズはキュッと胸が痛くなる。
「この屋敷に来てからずっと側でエレナを見て来ました。何とかあの子の闇を癒そうとしてきたのですが、私の力及ばず……」
古い使用人はそこで一旦口をつぐませた。
その言葉にローズは思わず『その闇はあたしの所為だから! ゲームで数々の煮え湯を飲ませられてきたあたしを憎んでいるだけだから!』と声を出して言いそうになったが、何とか止める事に成功した自分を心の中で褒め称える。
それと共に『毎度の事ながら本当に驚かされるわ。ゲームの世界なのに登場人物以外の皆もちゃんと悩みながら日々を生きているのですもの』とゲーム制作者の裏設定の緻密さに感心していた。
「ちょっと待って下さい。先生、少しいいでしょうか?」
突如フレデリカが口を開いた。
どうやら古い使用人の事をフレデリカは先生と呼んでいるらしい。
突然話を折られたローズは『いい所で邪魔をしないでよ~』と思いながらフレデリカの方に顔を向けたのだが、フレデリカの顔があまりにも真剣だったので言葉に出来なかった。
「フレデリカ、今それどころじゃ……」
「いえ、それどころです」
エレナが居ない事態に焦っている古い使用人の言葉をビシッと遮るフレデリカ。
その迫力に古い使用人は言葉を失った。
「先生。なぜエレナが帰って来ないと言う情報をすぐに知らせなかったのですか? 朝の集会時の点呼も誤魔化されていましたよね?」
「そ……それは……」
古い使用人はフレデリカの言葉に動揺しだした。
その態度にフレデリカの目がキラリと鋭くなる。
「それと、前々から気になっておりました。どうしても先生がエレナに向けている感情に関して、普段の新人に対するソレとは少々異なっているように見て取れるのです。それはどうしてでしょうか?」
「うっ……」
フレデリカの更なる追求に古い使用人は目を伏せた。
弁明もしない様子からすると、古い使用人とエレナとの関係はただの教育係と新人と言う物ではないらしい。
訳の分からないローズは混乱する。
なにしろ三桁回数を超えるプレイ中、自分がエレナであったにもかかわらずこの古い使用人は名称だけの汎用モブ画像でしか登場せず、それに関しても二~三のお小言を言われる程度の関係でしかなかった為だ。
このただ事じゃない態度はまるで昼ドラのドロドロ展開みたいだとローズは思った。
暫くの沈黙、古い使用人は真夏だからと言う訳ではない汗が額に光る。
その間、ずっとフレデリカは古い使用人を睨んでいた。
とうとう痺れを切らしたのか、フレデリカは怒気を孕んだ言葉で古い使用人に詰め寄った。
「言いたくなければ言わなくても結構です。けれど! もし、それがお嬢様に対して敵となるものならばっ!」
「ち、違います!! そうじゃないんです!!」
フレデリカの言葉に古い使用人は驚き、慌ててローズに訴えかける様に訴えて来た。
その眼からすると、どうやらその言葉自体には嘘は無いようだ。
ローズはホッと胸を撫で下ろした。
最近仲良くなってきた古い使用人が敵側のスパイだったらとても悲しいからだ。
「あの……よろしかったら教えて貰えないかしら? 言える所まででいいわ。居なくなった理由に心当たりが有るのでしょう? もしエレナに何かあったら私も悲しいもの。お願い」
ローズは古い使用人に優しく問い掛けた。
勿論聖女スマイルをモリモリで。
エレナが心配なのは間違いないのだが、半分以上が自らの知的好奇心を満足したい欲求に駆られていたりする。
その思惑には気付かない古い使用人は、言葉通りに受け取りやがて、一度ふぅと息を吐き顔を上げローズに向き直った。
その顔はいつもの毅然としたものだった。
「分かりました。……エレナは……あの子は……私の……私の孫なのです」
「なっ! なんですってぇ!!」
ローズは古い使用人の言葉に声を上げた。
フレデリカでさえこの情報は知らなかったようで、声は上げないものの顔をしかめている。
『本当にどうなっているの? プレイヤーのあたしが知らない主人公の秘密が多過ぎよーー!!』
ローズは心の中で主人公の裏設定を盛りまくっているゲーム制作者にツッコミを入れた。
0
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる