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第四章 それでは皆様

第66話 流水

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「オーディックお兄ちゃん格好悪い~」

 ローズに負けたオーディックが、イケメン達が座っている場所に戻ると皆から結構辛辣な言葉で迎えられた。
 カナンの言葉もそうだが、親友のシュナイザーはかなり不満気だ。
 座っている位置からはローズの顔は良く見えたので、二人が何を喋ってるかまでは分からなかったが、悪戯っ子の様にペロッと舌を出した小悪魔チックな表情はバッチリと拝見する事が出来ていた。
 イケメン四人ともその表情を見て『かわいい』と、思わず呟いたくらいだ。
 だからオーディックが抱き付こうとした気持ちは分かる。
 自分達でもあの可愛さに抗えるのか自信はない。
 しかしながら、それとこれは別である。
 特にシュナイザーは、幼き頃から秘めていた本当の想いに気付いてからローズへの恋慕は日々募り高まっていた。
 その自分が慕っているローズをオーディックは抱き締めようとしたのだ。
 いくら親友でも面白くないと言う気持ちは湧いてくる。
 例えオーディックが昔からローズの事を好きだった事を知っていたとしてもだ。


「……イザー様、シュナイザー様? あのどうなされました?」

「え?」

 シュナイザーがモヤモヤする気持ちに葛藤していると、知らぬ間に誰かが声を掛けて来ていたようで慌ててそちらの方へ顔を向けた。
 そこに居たのはローズ。
 不思議そうな顔で自分の顔を見ていた。

「な、ななな、ロ、ローズ! 一体急にどうしたんだ?」

 もしかして自分の葛藤を気付かれたのかと思い慌てて取り繕うシュナイザー。
 俺様キャラは何処へやら、怪しさ爆発であった。

「大丈夫ですか? 何度も声を掛けさせて貰っていたのですが、ぼーっとされていたみたいで心配しておりましたの」

「へ? 私に何度も声を掛けた? どうしてだ?」

 首を捻ってローズに理由を尋ねた。
 周りのイケメン達は自分の慌てぶりにクックと笑っている。
 もしかして心の声が漏れていたのだろうか?
 先程のオーディックに対して心の中で愚痴っていた内容を聞かれたとしたらとてもマズイ!
 二人の友情にヒビが入ってしまう事もそうだが、ぐちぐちと文句を言う女々しい男としてローズに嫌われてしまうのではないか? そちらの方が心配だった。
 急いでオーディックの方に顔を向けた。
 愚痴を聞いていたとしたら表情に現れるはず。

「ホッ」

 幸いな事にオーディックは、突然顔を向けられたからか不思議そうな顔で自分の事を見ていた。
 先程の愚痴を聞いていたらこんな顔は出来なかっただろう。
 怒っているか、それとも気まずそうな顔になっていたはずだ。

「どうしたんだよシュナイザー? 俺の顔になんか付いてるのか?」

「いや、なんでもない。少しばかりお前とローズの戦いを反芻していてな。すまないなローズ。で、私に何用だ」

 安心して冷静になったたシュナイザーは、すぐさま俺様キャラに戻りローズに向き直り聞きかえした。

「まぁ、さすがシュナイザー様。試合の分析をしてらっしゃったのですね」

「ま、まぁな」

 ローズはシュナイザーの言葉を鵜呑みして感心している。
 シュナイザーもローズが褒めてくれた事に満更で無いと言う表情を浮かべた。
 本当は『そんな事は当たり前だ』と言いながらニヒルを気取りたかったのだが、現在シュナイザーの心の中では総勢100人を下らない愛しいローズ達による『さすがシュナイザー様』と言う言葉の合唱祭が開催されており、嬉しさを抑えきれずそれが精一杯だったのだ。
 周りのイケメン達はそれに気付いており、またもや苦笑している。

「お、お前達! 何がおかしいのだ!!」

「まぁまぁシュナイザーお兄ちゃん。落ち着いて落ち着いて」

 本心を見抜かれたと思ったシュナイザーは恥ずかしさのあまりイケメン達に激昂した。
 それをやんわりと宥めるカナン。
 子供にまで怒ったら大人気無いとシュナイザーは何とか気持ちを落ち着かせる。
 あくまでローズの前では完璧な王国貴族の鏡でないといけないのだから。
 実はイケメン達もこのシュナイザーの習性は把握しており、時たまこうしてからかって遊んでいたりする。

「コホン。話を戻そう。で、ローズ、話とはなんなのだ?」

「あの、次お手合わせをお願い出来ませんでしょうか?」

 シュナイザーの問い掛けにローズはパァっと笑顔になり、顔の前で手を合わせてそう懇願した。

「な! なぬ? わ、私とか? そ、それは、う~む……」

 思ってもみなかったローズの言葉に取り乱し掛けたシュナイザーだが、何とか立ち直り思案に耽る仕草で誤魔化す。
 今までローズに認められようと毎日鍛錬していたシュナイザーだが、自分の強さに自信を持っていたつもりとは言え、先程の立ち合いにおけるローズの動きは想定の遥か上だった。
 自分より実力が上であると認めるオーディックでさえ、紙一重の攻防である。
 勿論相手を倒すつもりなら一瞬で勝敗はオーディックに軍配が上がっていただろう。
 それは自分とて同じ事。
 しかし相手はローズ、そんな事は出来る訳が無い。
 手加減して戦うには相手より一回りも二回りも強くなければ難しい。
 そしてローズは、先程の立ち合いで一瞬でも自分より強いと錯覚するほどの腕前だ。
 惜しむらくは華奢な身体からくる一撃の軽さで、幾分自分に分が有る事は分かっている。
 いや、ローズがムキムキになって貰っては困るのだがと、シュナイザーは自分自身にツッコんだ。

「シュナイザー様~。お願いします~」

 思案に耽っているシュナイザーにローズがおねだりして来た。
 シュナイザーはそのあまりの可愛い仕草に頬が緩んで二つ返事で了承しようとしたが、寸での所で踏みとどまる。

「いや、しかし。私の剣は大切な者を護る為の剣。その対象であるローズに向ける事は……。あっいやなんでもない」

 シュナイザーは格好付けた言葉で試合を回避しようとしたが、その言葉がまるで告白みたいになっている事に気付き、慌てて言うのを止めた。

「まぁ、シュナイザー様! それって……ポッ」

 ローズはシュナイザーの言葉に頬を染めていた。
 おそらくその脳内では既に30回は迎えたであろう『イケメンフェス in ML』が開催されているはずだ。
 また、確実に訓練場に居る男達全員の反感を買った事は間違いない。

「いやいや、ちょっと待て別にそういう意味では……」

 取り繕おうとしているシュナイザーをオーディックが脇をつついて耳を寄せる。
 そして小声で囁いた。

「……おい、シュナイザー。いいじゃねぇか。試合してもよ。勝つ事が目的じゃねぇんだし、別に負けたってローズに嫌われる事はねぇって」

 さすが熱血キャラのオーディックは先程の告白紛いの言葉でも親友だからと笑って受け入れているようだ。
 シュナイザーが昔からローズの事を言葉と裏腹にずっと好きだと言う事を見抜いていたし、先程の言葉も本心ではあるのだろうが、本気で告白をしようとした訳ではないのは分かっている。
 いつものドジで口が滑っただけだろう。
  『それくらい目くじら立てたりしないさ』と、笑って言えるそんな男であった。
 そのオーディックが、悩んでいるシュナイザーにアドバイスをした。
 その言葉に『確かに』と、シュナイザーは納得する。
 これは命を懸けた死合な訳じゃないし、ローズに勝つにしてもそもそも何が勝ちなのか分からない。
 痛めつけるのは言語道断、心を折ってローズを泣かせる事なんて出来る訳が無いだろう。
 とは言え、ローズの性格から手を抜くとそれはそれで文句を言われ兼ねない。
 ならば、攻撃を全て受けきりドローに持ち込むのが最良だ。
 それはそれで骨が折れそうだとオーディックとの攻防を思い出して少し気が重くなった。

「……シュナイザー、よく聞け。ローズの一撃だが……、あれは良いものだ。ズシンと来るが、この痛みがローズのもたらしたのだと思うと屁でもねぇ。むしろ幸せだね」

「ハッ!」

 少々変態チックな言葉だったのだが、シュナイザーはその言葉を聞いた途端、脊髄反射の如きスピードで立ち上がった。

「いいだろう、ローズ。私が使う護りの剣の神髄を見せてやる」

 先程の出鱈目の続きで格好付けるシュナイザー。
 別に護りの剣など今まで使った事も意識した事すら無かったが、どうやらローズに刺さったようなのでそのまま使う事にした。
 周りのイケメン達は笑いを必死で堪えている。
 心の中では『なんだよ護りの剣って、そんなの聞いた事無いって』と大爆笑だった。

「まぁ、楽しみですわ、シュナイザー様。ではこちらへ」

 護りの剣とはどんな剣技なのだろうとワクワクなローズは、嬉しくてスキップしながら試合開始位置に向う。
 その様にイケメン達はおろか衛兵達までも、あまりの可愛さにほっこりして幸せを噛みしめていた。


        ◇◆◇


「よし。ではオリヴァー殿。合図を」

 シュナイザーは剣を構えて審判である執事長に声を掛けた。
 そして、試合開始の合図を待つ。
 ローズの剣技は過去に見た事が有ると頭の片隅に転がっていた記憶を手繰り寄せる。
 確か東洋の"サムライ"と呼ばれる者達が使う剣技だった筈。
 昔王都に来たサーカス団にその"サムライ"が居て、様々な剣舞や目を見張る電光石火の如き”イアイ”なる技を披露していた事を思い出した。
 静の構えから瞬時に動へと変化する技に魅せられたものだと、シュナイザーは当時の事を懐かしく思う。

 『そう言えば、ローズもサーカスを見たと言っていた。あぁ、そうだそうだ。確かローズも"サムライ"に憧れたとか言い出して、私の事を木剣で追い掛け回して来ていたな。……正直怖かった。今でも夢に見るローズに追われる夢の原体験はこれだったのか……』

 思わず思い出したトラウマだが、ローズへの気持ちを自覚した今では少しばかりその夢を見るのを心待ちになっていた自分が居る。
 何故なら大好きな人に追い掛けられるのだからむしろ望むところ。
 それが例えケラケラと悪魔の笑みを浮かべながら木剣を振り回す姿だとしても。

「では、お嬢様もよろしいですかな?」

「えぇ、望むところよ」

 ローズの言葉で執事長はスッと手を上げた。
 その手が振り下ろされた瞬間に試合が始まる。
 シュナイザーは意識をローズに集中し、一段腰を落とし足に力を込めた。
 先程のオーディックや衛兵達との試合でも分かる通り、ローズの戦法は開幕直後の奇襲がメインだ。
 ただそれが分かっていたからと言って決して優位に立てる訳ではないのも分かっている。
 力量が劣る衛兵達は言わずもがな、実力が上であるオーディックに対しても変幻自在に変化する剣筋にて相手を翻弄させていたのだから。
 シュナイザーは更に意識を集中した。
 ローズの一挙手一投足を逃すまいと。

「それでは……はじめ!!」

「ちぇやぁぁぁーー!!」

 予想通り開始の合図と共に独特な掛け声と共にローズがまるで瞬間移動の様なスピードで飛び出してきた。
 しかし、いくら速かろうがその事を予想していたシュナイザーに死角は無い……。

 いや、有った。
 有り過ぎた。

 木剣を持って飛び掛かってくるローズの姿に幼き日のトラウマが刺激されてしまったのだ。
 元気溌剌な笑顔で飛び掛かってくる今のローズの姿に、悪魔の笑みで追いかけてくる過去の姿が重なった。
 一旦怖いと思ったらもう遅い。
 迎え撃つ筈が、恐怖のあまりに思わず逃げようとしてしまった。

「うっ」

 慌てると素が出てしまうもの。
 最近は生来からのドジも理性で抑える事に比較的成功していた。
 特にローズの前では口が滑ると言う事は有っても、情けない姿を見せる事は無くなっていたのだ。
 それなのに悲劇は突然やってくる。
 腰を落としていたのも失敗に繋がったのかもしれない。
 まっすぐに迫り来るローズに対して、思わず横に逃げようとした際に自分で自分の足に引っ掛かり盛大にこけそうになってしまった。

 『クッ! ダメだ! ローズに情けない姿は見せられない!!』

 もう一つのトラウマである『情けない男』と罵られた過去が脳裏を過る。
 幼き頃にローズの前でこけてしまった所為で、盛大に悪口を言われたからこそ自分はローズに対して意固地になってしまったのだ。
 もう二度とあんな思いはしたくない。
 それ以上に自分の気持ちを自覚した今、ローズに嫌われるなんて事は耐えられない!
 その思いが、逆にシュナイザーを正気に戻す事となる。

 そうして正気に戻ったシュナイザーは転げ落ちそうになる自分の身体を、あえてくるんと回転させる事にした。
 そして突進してくるローズの横を、まるでひらりと躱したかの如く運良くぎりぎりの距離で通り抜ける事に成功する。
 その回転により発生した遠心力によって態勢を戻す事に成功したシュナイザーは、通り過ぎたローズの方に向き直り剣を構え直した。

 あぁ、神はなんと慈悲深い事か。
 更なる幸運をシュナイザーにもたらした。

「ま、参りました」

 ローズは自分の置かれている状況に思わず降参の言葉をこぼす。
 その理由は振り返った鼻先すぐにすっと伸びて来ていたシュナイザーの剣先を見たからだ。
 ローズはその剣先を見て背筋に冷たいものが走る。

 今行った踏み込みは、ここ最近でも会心と言える程の完璧な踏み込みだった。
 先程のオーディックとの試合ではあっさりと避けられてしまったので『今度こそは』と、更に胆に力を込めてよもや縮地の極みの扉に手が届く感触さえ掴みかけたほどだったのだ。
 それをまるで風に流される羽毛の如く鮮やかに自分の身体を沿う様に避けてみせ、更に振り返る間合いに合わせ鼻先数mmに剣先をピタリと止める。
 これはかつて師匠である自分の祖父が語った『流水の極意』と言うものではないだろうか?
 それを裏付けるかのようにシュナイザーの顔はまるで菩薩の如く、ただ静かに半眼の眼差しで自分を見ている。
 その涅槃の境地に深く座し静まる水面のような無の表情に、祖父より免許皆伝を貰ったあの日に語ってくれた我が流派の奥義の話を思い出した。

 『心を静め己の内の水面を見詰めるのだ。さすればその身はからとなり、やがてくうへと至る。くうに至れば森羅万象全ての流れは自ずとその身に宿る。時にそれは渓流の様に激しく、時に大河の様に緩やかにいかなる攻撃もその身に届くこと叶わず。これぞ我が野江流剣術の奥義"流水の極意"である』
 
 自分の元の名前である"水流みずる"は、祖父がこの奥義の名にちなんで付けてくれたらしい。
 そんな祖父でさえ、まだその頂に手さえ届かないと言っていた。
 もしかしてシュナイザーは若い身空で既にその域に足を踏み入れているのでは?
 その思いが敗北の言葉を零す切っ掛けとなったのだった。
 ローズはそんなシュナイザーに尊敬の眼差しを向ける。

「そこまで!!」

 ローズの降参の言葉で執事長が試合終了の宣言をする。
 それと共に衛兵達から喝采の声援が上がった。
 今起こった事を正確に把握している者は少ない。
 ほとんどの者が、シュナイザーの動きにローズと同じ印象を受けており、シュナイザーの事を『達人』と思い込んでいる。
 一部の人間にはバレバレだったが……。


 勿論シュナイザーとしてはそんな訳微塵も無い。
 ただ単にこけないようにと踏ん張った結果、たまたま構え直したところにローズの顔が有ったのだ。
 ローズが菩薩の様な半眼の顔と感じたのは、ただ単に『やっべぇ~。もう少しでローズの顔に当たる所だった……』と血の気が引いて白目を向いて現実逃避しかけていただけなのである。
 その心の内は菩薩どころかチワワのようにビビりまくりで心臓もバクバク、今にもプルプルと震えだしそうなのを必死で堪えていたのだった。

 なんだか良く分からない内に試合が終わった。
 シュナイザーは安堵の溜息を吐く。
 その反面、もう終わりなのかと残念な気持ちも湧いてくる。
 『いや、別にローズに叩きのめされたかったと言う訳ではないからな!』と、心の中で自分に自分でツッコんだ。


「シュナイザー様! すばらしいですわ! あの動きは爺ちゃ……ゲフンゲフン。噂で伝え聞く"流水の極意"! まさにその片鱗を見ました」

 ローズが感動してシュナイザーに駆け寄った。
 シュナイザーは『りゅ、流水? の何だって?』と、ローズの言った言葉の意味を掴みかねてはいたが、ローズに満面の笑みを浮かべながら誉めそやされるのに気を良くして上機嫌だ。
 勿論表面は俺様キャラを気取ってニヒルな笑いを浮かべているが。

「フッ。いや何、今のはたまたまだ。その『流水の』と言うのは知らないさ」

 と、一応謙遜をしてみた。
 自慢気に語るのは男らしくない。
 王国貴族たる者、言葉より行動で示すのが良しとされているのだから。

 と、気分良くなっているシュナイザーだが、ローズからの自身へのハードルが大きく上がった事に気付いていなかった。
 『禍福は糾える縄の如し』
 神様はなにも幸運だけをもたらさないらしい。

 今日以降、事ある毎にローズから本気の決闘を申し込まれると言う戦々恐々な日々が訪れる事を彼はまだ知らなかった……。

 ……いや、それも彼に取ったらそれも幸せな日々なのかもしれない。


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