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第三章 絶対に負けないんだから

第58話 計画

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「ゆ、夢じゃないわよね?」

 突然の出来事に思わず頬をつねるローズ。
 しかし、しっかりと痛みは有ったので夢ではない事を実感する。
 そう言えばさっきフレデリカは『演出』と言っていたか?
 彼女はこれを知っていたのだろうか?

「ねぇ、フレデリカ? あなたはこの事知っていたの?」

 ローズは舞台から反射される淡い光を頼りにフレデリカの耳元に顔を近づけて小声で尋ねた。
 そうしないと、先程みたいに喧騒に負けないような声を出したら、また注意されそうだったので。
 しかし、彼女はローズの方に顔を見せて肩を竦める。

「いえ、存じ上げませんでした。ただあの方が現れたと言う事は、きっと何かされるおつもりなのでは? とは思っておりました」

 フレデリカの言葉からすると、少なくともこれは最初から予定されてたものではない様だ。
 ただ何かしらの予想はしていたと言う事らしい。

「もしかすると先程の騒動も私が口を出さなければ、もっとお早いご登場だったのかもしれませんね」

「え? それはどう言う事なの?」

「あの方はあの方でお嬢様のお披露目を盛り上げたいと思っていらしたのでしょう」

 フレデリカはそう言って『フフッ』と笑った。
 そして心の中で『それに、もしかしたら最初からあの方に仕組まれていたのかもしれませんね。けれど、お嬢様をお助けするのは私の役目です。他の方にお譲りする訳にはいきませんとも』と、光の中に浮かぶ今回の仕掛け人に対して勝利の微笑みを返した。

 先程の騒動とその顛末、これこそ彼女が追い求めた理想の主従関係であった。
 主人の危機を自らの知恵を以ってお助けする。
 そして、主人が羨望の眼差しで包まれ褒めたたえられている光景。
 本当に最高だった。
 過去の破滅願望に身を任せていた頃では味わえなかった達成感。
 フレデリカの身体は今喜びに打ち震えていた。
 もしこの闇の中でなかったら色々とアレな表情を周囲に晒していた事だろう。

 ローズはと言うと『盛り上げようとするのは良いけど、それで死に掛けたんですけど』と、少しばかり釈然としない思いに駆られながら、溜息交じりに光の中に立つ人物を見ていた。
 そう言えば、今横に立っているオーディック様って……。

「オーディック様。何か聞いておられました?」

 もしかしてこの状況は計画通りのドッキリ企画だったのでは? と思ってオーディックに尋ねた。
 それなら全て説明が付く。
 だって、たかがファッションの事であそこまで夫人達が目の色変えるなんておかしいもんねと、ローズは心の中で納得した。
 自身はオシャレ検定クソ雑魚級の為、自らの美の追求に余念が無い、世の女性達の努力と苦労の事が分かっていないので、ローズがそう考えても仕方が無い。
 シャルロッテでさえ仕掛け人だったのだろうとさえ考えていた。
 そろそろ『ドッキリ大成功』って看板を持ってシャルロッテが扉を開けて出て来るのでは? と、扉の方をちらちら見る。

「俺も聞いてねぇよ。こんな事。折角計画していた舞踏会が台無しじゃねぇか。ったく、あの人はいつもこうだ」

 オーディックは少し疲れた様な声でそう言った。
 『またまた、オーディック様って演技がお上手』と思わないでもないが、その声の脱力感は少なくともオーディックはこの騒動を聞いていない様だ。

「いや、儂も聞いておらんぞ。まぁ、あの方の事だ。突然姿を見せた時から怪しいとは思っていたが、いやはや」

 ベルナルドもこの騒ぎは知らないと言う。
 さすがの自由人でも侯爵主催の舞踏会に無断で乱入するのは、いくら身分が上だろうが大問題だろう。
 ドッキリ企画で済ますにはあまりもの暴挙だと言える。
 ローズはこの状況に首を捻った。
 取りあえず答えの出ないそんな疑問は舞台に立っている人物に語ってもらうしかない。
 夫人達からの声援に手を振っているが、この状態のまま何も語らずに去るなんて事は多分しない筈だ。
 ならば今はもう一つの疑問を解決しよう。

「それよりフレデリカ? この照明ってどうなってるの?」

 さっき聞きそびれた照明の事を聞こうとフレデリカに照明の事を問いかけた。

「え? またその質問ですか? これはですね……「キャーーー! サーシャ様ーーー!!」

 折角フレデリカが照明の事を話してくれそうになったのに、すぐ近くの夫人が光の中心に立つ人物に向けてより一層の大きな黄色い声援を上げたのでローズフレデリカの説明を聞く事が出来なかった。
 そう、その声援の通り照らされ舞台に立つ人物はサーシャである。
 サーシャはその声援に応え大きく手を振ると、逆光で見えてはいないもののその位置に居るであろうローズに向けて笑顔を浮かべた。

「さぁ、皆さんもうお分かりになっているでしょう。現在ローゼリンデ伯爵令嬢が着ているそのドレスは、かのアンネリーゼが初めてこのホールで社交界デビューした時に着ていたドレスなのです!」

 サーシャの言葉の後に再び光の筋が闇を切り裂きホールの中央を照らし出した。
 それによって深い赤のドレスに身を包むローズの姿が闇より浮かび上がる。
 それを合図に皆の歓声は更に大きなものとなった。

「え? え? な、なに?」

 突然照らし出されたローズはパニックだ。
 全く初耳であるこのドレスに纏わるアレコレな情報もさるものの、何よりこのスポットライト。
 この世界にこんなものが有るなんて! とそっちの方が気になっていた。
 確かに、ゲーム中でもこんなスポットライトに照らされて注目されると言うシーンは幾度か有ったけど、それはあくまでゲーム的演出だろうと、ローズは思っていたので実際に存在していた事に驚いている。

「ねっねっ、フレデリカ。なんなのこれ「さぁー! ローズリンデ。舞台まで上がって来て」

 またもやフレデリカに照明の秘密を聞こうとした所を、今度はサーシャ本人に遮られてしまった。
 『何なのよ、もう!』とイラッとしたローズだが、それ以上にこの状況は想定外だ。
 『いや、いきなり舞台に上がれと言われても』と、ローズは何も聞いていないこの状況での無茶振りにツッコみたくなったが、高校時代こんな無茶振りをする人物と過ごしていた事を思い出し溜息交じりに『仕方ないわね』と腹を括り、舞台に向かって歩き出す。
 すれ違いざまにフレデリカが『頑張って下さい』と声を掛けて来たので、ローズはそれに笑顔で返した。

「ベルナルド卿! ごめんなさいね~。あなたの舞踏会、私がジャックさせてもらうわ!」

 サーシャは歩き出したローズを確認すると、ローズの横に立っていたベルナルドに向けてサーシャが声を掛けた。
 その言葉にどよめきが上がる。
 サーシャがこんな演出をする時はサーシャンズコーデの新作発表やファッションショーだと知っている夫人達は大熱狂だが、その夫や夫人達を連れて来ていない貴族達は面食らって驚いていた。
 通常なら元王族で公爵夫人と言えども派閥の舞踏会を潰すと言う貴族の誇りを踏みにじるこの様な暴挙を許せる訳がない。
 だが、この場にいる者達の心には怒りが浮かんで来なかった。
 それは、先程の奇跡の光景に当てられて気持ちが高揚している事も有るだろう。
 次々と押し寄せる今までの認識を覆す天地動乱の様なハプニングの波に、日頃退屈している有閑な貴族達にとって胸躍って正常な判断が出来なくなっている者も少なくない。
 しかし、一部の聡明な者には分かっていた。
 この舞踏会に込められた本来の目的は既に達成されていたと言う事を。

「仕方有りませぬな。サーシャ様! 好きな様にやって下され!」

 ベルナルドはサーシャに向けて了解の言葉を返す。
 元々ベルナルドやオーディックがこの舞踏会を開催した目的は、心を入れ替えたローズの事を派閥内の者に少しでも認めさせ、そして今後手助けして貰う事。
 しかしながら、今回の舞踏会だけで出来るとは思ってはいなかった。
 今後段階を踏んで、緩やかにでも皆に浸透させようとベルナルドは考えていたのだ。

 だが現実は違った。

 長期での達成を見越していた目的は、先程完全に達成された。
 達成どころか想定以上、いやそれすら生ぬるい言葉と言える成果だろう。
 廃爵どころか下手すると死罪になってもおかしくない暴挙。
 それを慈愛で包み込み全てを許したローズの姿。
 その愛の深さはアンネリーゼを超えるやも知れぬと、ベルナルドはその姿を見て思った程だ。
 慈悲を受けた者達は勿論、他の者も感動に打ち震えていた。
 この場に居た全ての者はローズの愛を裏切るなど考える事すら出来ないだろう。
 これで我が派閥内にローズの事に仇なす者は存在しない。

 そう、目的は既に達成されているのだ。

 ならば後はサーシャ様にお任せしよう。
 なに、親友であるアンネリーゼの忘れ形見なのだから悪い様にはしない筈。
 何をするかは知らないが、曾姪孫をお頼みしますと、ローズをサーシャの元に送りだした。



「あ、あのサーシャ様? 私は一体何をすれば……?」

 舞台に上がったローズは、そこで待っていたサーシャにそう尋ねた。
 するとサーシャはウィンクしながら近付き耳元で囁く。

「助けるのが遅くなってごめんなさいね。だってあなたの頼もしいメイドさんが先に始めちゃったからね。邪魔しちゃ悪いと出番を待ってたのよ」

「え? やっぱりドッキリだったのですか?」

「ドッキリ……? あぁ、驚かせようと思った訳じゃないのよ。私の人気って夫人達に絶大でしょ? だから彼女達が今までの事で快く思っていないローズちゃんの事を認めさせようと思ったのよ。丁度アンナのドレスを着て来てくれたお陰で万全になったわ」

 サーシャの言葉からすると、ドッキリではないようだけど、最初から舞踏会ジャックをする計画だったようだ。
 ローズは『そうならそうと言っててよ~』と、心の中で思いっ切りツッコんだ。
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