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第三章 絶対に負けないんだから
第55話 女神
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「フ、フレデリカ……?」
ローズは思わずフレデリカの名前を呟いた。
フレデリカはこちらに背中を向け後ろから来ている夫人達から自分を守ろうとしてくれていたらしい。
声を掛けるとこちらに顔を向けてにっこりと微笑んだ。
周囲はまるで時が止まったかのように先程の喧騒が嘘かと思える程静かだった。
夫人達はまるで気が抜けた様にうつろな目でこちらを見ている。
『助かった……の?』と、ローズは心の中で呟いた。
いや、小さくぶつぶつと何かを呟く声が聞こえる。
「……なんだ違うのか」
「サーシャンズじゃない……」
「いや、こいつは『そうだ』と言ったじゃないか……」
「そうだ……私も聞いたぞ……」
フレデリカの言葉にこのまま事態が収束するかと思っていたが、いくつかの自己完結ののち夫人達の怒りがリブートを開始した。
うつろな瞳に再び憤怒の色が浮かび上がる。
「もう一度言います! ローズ様がお召しのドレスは新作ではありません!」
動き出した夫人達にやはり万事休すかと思った矢先、フレデリカが再び大声で叫ぶ。
「で、でもローズ様は『そうですわ』と仰られましたわよ。この耳でしっかりと聞きましたわ」
一人の夫人がフレデリカに異論の言葉を叫んだ。
周囲の夫人は『そうだそうだ』と野次っている。
「確かに我が主人であるローズ様のドレスはサーシャンズの職人の手による物で間違いありません」
フレデリカが周囲からの抗議の声にそう説明した。
すると周囲は『やっぱりそうじゃないか!』と怒りの声を叫んでいる。
「だから新作ではないと申し上げております」
その説明にまたも静寂に包まれるが、それは夫人達がその言葉の意味する事を思案していたからだ。
「どう言う事? こんなデザインは見た事が無いわよ」
「そうよ! この深い赤のドレスは今まで発表されたドレスには有りませんでしたわ」
「私はサーシャンズ立ち上げからのドレスを全て網羅しておりますが、知りませんですわよ」
フレデリカの説明に納得出来ない夫人達は口々に文句を言って熱くなっている。
しかし、フレデリカはそんな夫人達の言葉に臆することなく堂々としていた。
「はい、今まで発表された中に存在しないのは当たり前です。何故ならこれは『リデザインドレス』だからです」
周囲の夫人はフレデリカの言葉に首を傾げる。
勿論ローズも『リデザインドレス』? なにそれ? とフレデリカが急に言い出した言葉に首を傾げていた。
「恥ずかしながら、お嬢様はこの舞踏会の事をとても喜んでおられたのです」
急にフレデリカはとても感情が篭った演技で話し始めた。
呼び名もローズ様からお嬢様に変っている。
少し天を仰ぎ見ながら身振り手振りもつけてがまるで役者のよう。
ローズは『いきなり私が恥ずかしいって出だしはどうなの?』とツッコミ掛けたが、何やらフレデリカに策が有るのだろうと思い言葉を飲み込んだ。
「そして、始まるのを今か今かとソワソワしながら控室の中を行ったり来たりしておられました。あぁ、しかし! その時、お嬢様の身に不幸が訪れたのです!」
ノリノリの演技で喋るフレデリカの迫力に周囲の夫人は飲まれている。
どうやら貴族の夫人達と言えど、この世界はそれ程娯楽に溢れていない。
この突然始まったフレデリカの即興劇に興味津々と言ったご様子で身を乗り出して目を輝かしていた。
どこからかゴクリと言うつばを飲み込む音が聞こえてくる。
「普段から落ち着きの無いお嬢様でしたが、今日は特別の日といつも以上に落ち着きが有りませんでした。しかしてお嬢様は部屋に置かれていたテーブルにぶつかり盛大にコケてしまったのです」
周囲から「あぁ」と言う納得する声が聞こえて来た。
フレデリカが『普段から落ち着きの無い』と言ったので、皆の頭には以前のローズの様子とかからその時の状況が想像出来たのだろう。
落ち着きの無いわがまま令嬢がはしゃいで転んだ。
今夫人達の頭の中にはその光景が浮かんでいた。
『なるほど『恥ずかしながら』ってのは、ここに掛かっていたのね』と、ローズも納得した
「そして、今までの天罰とでも言いましょうか、更なる不幸が舞い降りました。皆さま! ここを見て下さい!」
フレデリカはそう言うと、ローズのドレスのスカートのやや後方右側面部を指差した。
皆の目がフレデリカの指示通りにその部分に注目する。
そこには腰の位置を吊り上げる為に施された、裾から大きく縫い合わせられている跡が有った。
勿論目立たない様に装飾によって隠されてはいるが、それでもじっくり見ると分かる者には分かる。
「もしかして……」
周囲の夫人達はフレデリカが言わんとしている事にうっすらと気付いた様だ。
通常このタイプのドレスにはそんな箇所に目視出来るような縫い合わせ跡などはない。
少なくともヒダの重ね合わせで隠すはず。
有るとすれば、破れた箇所をその場凌ぎで仮修繕などを行う場合……?
打って代わってローズの頭の中では『天罰って酷くない?』と、フレデリカに文句を言ったが、勿論言葉には出さなかった。
「お分かりになりましたか? そうです。お嬢様のドレスはその時盛大に破れてしまったのです」
周囲から『まぁ、お可哀相』と言う同情の声が上がった。
先程ドレスに気が行っていたとは言え、ローズの謝罪を受け入れたのだ。
フレデリカの熱い演技もさる事ながら、『天罰』と言う言葉が少なからず同情を煽る言葉になっていた。
またローズ様からお嬢様と呼び直したのも効果があったのだろう。
悪役令嬢の名前そのものではなく、メイドからお嬢様と言う発言は夫人達が幼少の頃より聞きなれた言葉である。
過去に自身も少なからず体験したであろうドレスに纏わる不幸の記憶を喚起させるのを促したと言う訳だ。
実際は破れた訳ではなく、ローズの目の前でハサミによってザクザクと切られたた訳なのだが。
『いや~あの時はビックリしたわ~。思わず飲んでいたお茶をサーシャ様の顔に噴出しちゃったもんね』とローズはその時の事をしみじみ思い出していた。
「貴族の自覚にお目覚めになったお嬢様は以前の様に怒る事も無く、自らはしゃぎ過ぎていた事を反省し、その場で泣きました。『あぁ、折角の舞踏会。こんな破れたドレスでは出る事も叶わないわ』そう嘆き悲しみさめざめと泣きました」
フレデリカの迫真の演技に思わず涙ぐむ夫人達。
中には口を手で覆い嗚咽を漏らしている者も居る。
ローズはと言うと『フレデリカとってもノリノリね。よくこんな嘘がペラペラと出るものだわ』と感心していた。
「その姿を哀れに思った公爵様の使用人の方々によるご厚意でドレスの修繕をして下さる事になったもです。ただ、破れ方が酷かった所為で元には戻らず、苦肉の策としてこの新しいデザインのドレスに生まれ変わりました」
「あぁ、だから『リデザインドレス』と言う事なのですね」
周囲の夫人達はその言葉にようやく納得した様だ。
しかし、その途端夫人達の表情に戦慄が浮かぶ。
そして弾かれたように慌ててローズから離れ、ローズの正面に一同が整列する形で並びだした。
人垣が無くなったお陰で、オーディックとベルナルド、そしてカールがローズの元に走って来る。
だが、今起こっている事に呆然とした顔をして夫人達を見ていた。
「ローズ様、申し訳ありませんでしたっ!」
突然夫人達が一斉に頭を下げて来た。
その様子に慌てて周りの貴族達も自分の夫人の元に走り、同じ様に頭を下げている。
相手は伯爵令嬢。
しかも今回伯爵の名代として舞踏会に出席してるのだ。
と言う事は、現在この場において派閥長である侯爵のベルナルド、伯爵家筆頭のカナードに次ぐ第三位の立場となる。
その様な方にこんな狼藉を働いたなどこの国においてお家お取り潰しとなってもおかしくない許されざる重犯罪だ。
我に返った皆は恐怖に張り付いた顔を深々と下げローズからの回答を待っていた。
今までのローズなら荒れ狂うまでに激怒して自分達だけでなく、一族郎党その末端に及ぶまで死罪にしてやると言ってくるだろう。
心を入れ替えたとは言っても、ローズはローズ。
優しくおしとやかな貴族令嬢の仮面など脱ぎ捨てて、また悪逆非道なわがまま令嬢に戻ってしまうのではないか?
いや、今の自分達の狼藉はそうなっても誰も非難は出来ない。
それ程までの大罪なのだ。
皆自業自得なまでの己の愚かな行為によって、これから降り掛かるであろう地獄の制裁に目の前が真っ暗になった。
「皆さま、顔をお上げ下さい」
その時、とても暖かく穏やかで優しい声が皆の耳に届いた。
頭を下げていた者達は弾かれたように顔を上げる。
そして、その目に映ったのは……。
「聖女……様?」
誰かがポツリと呟く。
そう、そこには聖女の如く慈愛に満ちた笑みを浮かべるローズが立っていた。
幾人かはその姿に女神を見たと後に語ったと言う。
ローズは思わずフレデリカの名前を呟いた。
フレデリカはこちらに背中を向け後ろから来ている夫人達から自分を守ろうとしてくれていたらしい。
声を掛けるとこちらに顔を向けてにっこりと微笑んだ。
周囲はまるで時が止まったかのように先程の喧騒が嘘かと思える程静かだった。
夫人達はまるで気が抜けた様にうつろな目でこちらを見ている。
『助かった……の?』と、ローズは心の中で呟いた。
いや、小さくぶつぶつと何かを呟く声が聞こえる。
「……なんだ違うのか」
「サーシャンズじゃない……」
「いや、こいつは『そうだ』と言ったじゃないか……」
「そうだ……私も聞いたぞ……」
フレデリカの言葉にこのまま事態が収束するかと思っていたが、いくつかの自己完結ののち夫人達の怒りがリブートを開始した。
うつろな瞳に再び憤怒の色が浮かび上がる。
「もう一度言います! ローズ様がお召しのドレスは新作ではありません!」
動き出した夫人達にやはり万事休すかと思った矢先、フレデリカが再び大声で叫ぶ。
「で、でもローズ様は『そうですわ』と仰られましたわよ。この耳でしっかりと聞きましたわ」
一人の夫人がフレデリカに異論の言葉を叫んだ。
周囲の夫人は『そうだそうだ』と野次っている。
「確かに我が主人であるローズ様のドレスはサーシャンズの職人の手による物で間違いありません」
フレデリカが周囲からの抗議の声にそう説明した。
すると周囲は『やっぱりそうじゃないか!』と怒りの声を叫んでいる。
「だから新作ではないと申し上げております」
その説明にまたも静寂に包まれるが、それは夫人達がその言葉の意味する事を思案していたからだ。
「どう言う事? こんなデザインは見た事が無いわよ」
「そうよ! この深い赤のドレスは今まで発表されたドレスには有りませんでしたわ」
「私はサーシャンズ立ち上げからのドレスを全て網羅しておりますが、知りませんですわよ」
フレデリカの説明に納得出来ない夫人達は口々に文句を言って熱くなっている。
しかし、フレデリカはそんな夫人達の言葉に臆することなく堂々としていた。
「はい、今まで発表された中に存在しないのは当たり前です。何故ならこれは『リデザインドレス』だからです」
周囲の夫人はフレデリカの言葉に首を傾げる。
勿論ローズも『リデザインドレス』? なにそれ? とフレデリカが急に言い出した言葉に首を傾げていた。
「恥ずかしながら、お嬢様はこの舞踏会の事をとても喜んでおられたのです」
急にフレデリカはとても感情が篭った演技で話し始めた。
呼び名もローズ様からお嬢様に変っている。
少し天を仰ぎ見ながら身振り手振りもつけてがまるで役者のよう。
ローズは『いきなり私が恥ずかしいって出だしはどうなの?』とツッコミ掛けたが、何やらフレデリカに策が有るのだろうと思い言葉を飲み込んだ。
「そして、始まるのを今か今かとソワソワしながら控室の中を行ったり来たりしておられました。あぁ、しかし! その時、お嬢様の身に不幸が訪れたのです!」
ノリノリの演技で喋るフレデリカの迫力に周囲の夫人は飲まれている。
どうやら貴族の夫人達と言えど、この世界はそれ程娯楽に溢れていない。
この突然始まったフレデリカの即興劇に興味津々と言ったご様子で身を乗り出して目を輝かしていた。
どこからかゴクリと言うつばを飲み込む音が聞こえてくる。
「普段から落ち着きの無いお嬢様でしたが、今日は特別の日といつも以上に落ち着きが有りませんでした。しかしてお嬢様は部屋に置かれていたテーブルにぶつかり盛大にコケてしまったのです」
周囲から「あぁ」と言う納得する声が聞こえて来た。
フレデリカが『普段から落ち着きの無い』と言ったので、皆の頭には以前のローズの様子とかからその時の状況が想像出来たのだろう。
落ち着きの無いわがまま令嬢がはしゃいで転んだ。
今夫人達の頭の中にはその光景が浮かんでいた。
『なるほど『恥ずかしながら』ってのは、ここに掛かっていたのね』と、ローズも納得した
「そして、今までの天罰とでも言いましょうか、更なる不幸が舞い降りました。皆さま! ここを見て下さい!」
フレデリカはそう言うと、ローズのドレスのスカートのやや後方右側面部を指差した。
皆の目がフレデリカの指示通りにその部分に注目する。
そこには腰の位置を吊り上げる為に施された、裾から大きく縫い合わせられている跡が有った。
勿論目立たない様に装飾によって隠されてはいるが、それでもじっくり見ると分かる者には分かる。
「もしかして……」
周囲の夫人達はフレデリカが言わんとしている事にうっすらと気付いた様だ。
通常このタイプのドレスにはそんな箇所に目視出来るような縫い合わせ跡などはない。
少なくともヒダの重ね合わせで隠すはず。
有るとすれば、破れた箇所をその場凌ぎで仮修繕などを行う場合……?
打って代わってローズの頭の中では『天罰って酷くない?』と、フレデリカに文句を言ったが、勿論言葉には出さなかった。
「お分かりになりましたか? そうです。お嬢様のドレスはその時盛大に破れてしまったのです」
周囲から『まぁ、お可哀相』と言う同情の声が上がった。
先程ドレスに気が行っていたとは言え、ローズの謝罪を受け入れたのだ。
フレデリカの熱い演技もさる事ながら、『天罰』と言う言葉が少なからず同情を煽る言葉になっていた。
またローズ様からお嬢様と呼び直したのも効果があったのだろう。
悪役令嬢の名前そのものではなく、メイドからお嬢様と言う発言は夫人達が幼少の頃より聞きなれた言葉である。
過去に自身も少なからず体験したであろうドレスに纏わる不幸の記憶を喚起させるのを促したと言う訳だ。
実際は破れた訳ではなく、ローズの目の前でハサミによってザクザクと切られたた訳なのだが。
『いや~あの時はビックリしたわ~。思わず飲んでいたお茶をサーシャ様の顔に噴出しちゃったもんね』とローズはその時の事をしみじみ思い出していた。
「貴族の自覚にお目覚めになったお嬢様は以前の様に怒る事も無く、自らはしゃぎ過ぎていた事を反省し、その場で泣きました。『あぁ、折角の舞踏会。こんな破れたドレスでは出る事も叶わないわ』そう嘆き悲しみさめざめと泣きました」
フレデリカの迫真の演技に思わず涙ぐむ夫人達。
中には口を手で覆い嗚咽を漏らしている者も居る。
ローズはと言うと『フレデリカとってもノリノリね。よくこんな嘘がペラペラと出るものだわ』と感心していた。
「その姿を哀れに思った公爵様の使用人の方々によるご厚意でドレスの修繕をして下さる事になったもです。ただ、破れ方が酷かった所為で元には戻らず、苦肉の策としてこの新しいデザインのドレスに生まれ変わりました」
「あぁ、だから『リデザインドレス』と言う事なのですね」
周囲の夫人達はその言葉にようやく納得した様だ。
しかし、その途端夫人達の表情に戦慄が浮かぶ。
そして弾かれたように慌ててローズから離れ、ローズの正面に一同が整列する形で並びだした。
人垣が無くなったお陰で、オーディックとベルナルド、そしてカールがローズの元に走って来る。
だが、今起こっている事に呆然とした顔をして夫人達を見ていた。
「ローズ様、申し訳ありませんでしたっ!」
突然夫人達が一斉に頭を下げて来た。
その様子に慌てて周りの貴族達も自分の夫人の元に走り、同じ様に頭を下げている。
相手は伯爵令嬢。
しかも今回伯爵の名代として舞踏会に出席してるのだ。
と言う事は、現在この場において派閥長である侯爵のベルナルド、伯爵家筆頭のカナードに次ぐ第三位の立場となる。
その様な方にこんな狼藉を働いたなどこの国においてお家お取り潰しとなってもおかしくない許されざる重犯罪だ。
我に返った皆は恐怖に張り付いた顔を深々と下げローズからの回答を待っていた。
今までのローズなら荒れ狂うまでに激怒して自分達だけでなく、一族郎党その末端に及ぶまで死罪にしてやると言ってくるだろう。
心を入れ替えたとは言っても、ローズはローズ。
優しくおしとやかな貴族令嬢の仮面など脱ぎ捨てて、また悪逆非道なわがまま令嬢に戻ってしまうのではないか?
いや、今の自分達の狼藉はそうなっても誰も非難は出来ない。
それ程までの大罪なのだ。
皆自業自得なまでの己の愚かな行為によって、これから降り掛かるであろう地獄の制裁に目の前が真っ暗になった。
「皆さま、顔をお上げ下さい」
その時、とても暖かく穏やかで優しい声が皆の耳に届いた。
頭を下げていた者達は弾かれたように顔を上げる。
そして、その目に映ったのは……。
「聖女……様?」
誰かがポツリと呟く。
そう、そこには聖女の如く慈愛に満ちた笑みを浮かべるローズが立っていた。
幾人かはその姿に女神を見たと後に語ったと言う。
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