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第三章 絶対に負けないんだから
第53話 最大の危機
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「おい、シャルロッテ! お前も挨拶を……ん? おや? 何処に行ったんだ?さっきまでそこに居たんだが……?」
ローズへの協力を了承したカールが、娘のシャルロッテにも挨拶をさせようと先程まで娘が居た方に顔を向けると、そこにシャルロッテの姿は無かった。
辺りを見回すが、やはり周囲には娘は見当たらない。
犬猿の仲なのだから仕方が無い、まるで生まれ変ったかのようなローズの立ち振る舞いが癪に障ったのだろうと、カールは溜息混じりに娘の不甲斐無さに嘆き溜息を吐いた。
しかし、なぜシャルロッテはこの舞踏会に付いて来ると言い出したのだろうか?
カールは娘の気紛れを不思議に思う。
本来なら今日の舞踏会にはカールは夫人と参加する筈だったし、参加の返事にもそう記していた。
元々バルモアにローズの事を託されていた事もあって、この舞踏会はベルナルド主導のもとバルモア不在の間、伯爵家の名代となるローズのお披露目を兼ねているだろう事はカールも気付いており、だからこそ折角のローズの晴れの舞台であるのだから少しでも恥をかかせる事をしてはなるまいと、シャルロッテには内緒にしておいたのだ。
なぜなら二人は一度顔を合わせると周囲の者などに目もくれず、延々と口喧嘩を始めてしまう。
そのような騒ぎをこの場でしようものなら、それこそ取り返しのつかない事態に発展してしまうではないか。
そう考えたカールは、舞踏会当日である本日まで夫人や使用人達へ娘に喋るなとの緘口令を敷いていたのだった。
それなのに! 何処から聞きつけて来たのか今朝になって『私も舞踏会に行きますわ』と言い出した。
いくらダメだと言ってもそんな聞く耳を持っていたのなら、こんなわがまま娘に育っていない。
伊達にローズと二人でベルナルド派閥の二大悪女と呼ばれていないだろう。
とうとうシャルロッテの猛烈なる怒涛の口撃に押し切られたカールは泣く泣くシャルロッテの出席を許してしまった。
もし何か有れば、心を鬼にしてシャルロッテを会場から引き摺り出して叱り付けよう。
それは何もローズが自分の人読みの眼鏡に適う人物でなかったとしても関係無い。
なにしろ親友からの達ての願いなのだ。
その言葉を聞いた時から元々ローズを助けるつもりではあったのだから。
だが、そんな思惑などローズが会場に姿を現した途端、どこかに吹っ飛んでしまった。
ベルナルドのエスコートに連れられて優雅に歩くローズ。
背筋をピンと伸ばして胸を張り、まるで大河の如く姿勢が一切ぶれずに流れる様に歩くその姿に目を奪われてしまい、娘からのフォローの事など今の今まで忘れてしまっていた。
カールは、ローズのその姿と同じ光景を過去に二度見た事があった。
当時の事が脳裏に浮かぶ。
一つは勿論アンネリーゼとの出会い。
それは今と同じ様な場所とシチュエーションであった。
ベルナルド縁のとある辺境伯の娘の社交界デビューと言う名目で開催された舞踏会の日。
遠く離れた王都にもその美貌は伝え流れて来ていたので、カール含め出席者は皆噂を確かめたいと興味津々である。
皆が今か今かとその登場を待ちわびている中、突如開かれた扉の向こうからベルナルドのエスコートにて彼女は姿を現した。
それはまるで目の前に女神が舞い降りたのかと錯覚した。
暫くの間は四六時中彼女来事が頭から離れず食事も喉を通らない程だった事を覚えている。
しかし、カールはそれよりも前に似た衝撃を受けた事があった。
それはまだ成人前の学園入学初日の事だ。
幼少の頃から武芸が苦手で勉強の虫であったカールは、この学園において首席の成績を収めるべく入学初日と言えど、早朝から登校し教室にて予習を行っていた。
そこに彼がやって来た。
『お? なんだ俺が一番かと思ったら、もう来てる奴がいるじゃないか。 これからよろしくな。俺の名はバルモアってんだ』
カールはその名前自体は聞いた事があった。
何処の派閥にも属していない地方伯の長男で、成人していないにも関わらず既に幾つかの戦場で、その父と共に武功を挙げていると聞いている。
クラス分け発表の際に貼られていた名簿にその名を見付けた時は、正直良い気分はしなかったし、心の中でこんな神の采配を呪いもした。
当時はまだ平和とは程遠い動乱の時代であった為、運動神経が鈍く武芸が苦手な者はある意味見下されるような存在であったので、彼の事をそんな存在である自分とは相容れない人種だと思っていたのだ。
入学式で見掛けた際も、武勇伝を聞こうと集まった野次馬に囲まれて楽しそうに笑っている彼を見てその場で唾を吐き捨てた。
だが、一人で予習していた教室にバルモアが入って来た瞬間、その姿に目が奪われてしまった。
自身のコンプレックスから少々捻くれて育ったカールは、幼少の頃より周囲の人間の本質がどのような物なのかを値踏みする癖が有ったのだが、そんな人読みの目に映ったバルモアは、まるでその身体から覇気とでも言おうか、溢れ出る眩しいまでの輝き放っていたのだ。
その時の事を今も昨日の事の様に思い出せる。
しかしながら、コンプレックスの塊であったカールは、当初バルモアに対して圧倒的な劣等感に苛まれ避ける様に近付く事は無かった。
だが、バルモアはそんな彼に積極的に話し掛けて来る。
成績が良いだけの運動音痴と言う存在は、当時の学園ヒエラルキーではかなりの下層であった。
どれだけ成績が良かろうが武芸に秀でていなければ馬鹿にされるそんな世の中。
最初はそんな自分をバルモアが憐れんで声を掛けているのかと思った。
そう思って更に劣等感を募らせていたある日、とうとう耐え切れなくなったカールは、バルモアに対して『同情なんかまっぴらだ! もう話し掛けるな!』と怒りをぶつける。
怒るなら怒ればいい、殴るなら殴ればいい。
そんな覚悟だったのだ。
しかし、バルモアの反応は全く予想だにしない物だった。
彼はとても悲しそうな顔をしていた。
そしてカールにこう言ったのだ。
『同情なんてとんでもない。俺は君の事を尊敬しているんだ』
カールは耳を疑った。
英雄候補であるバルモアが運動音痴の自分を尊敬している?
そんな馬鹿な事が有る者か!
カールは更に憤慨して暴言の数々を彼にぶつけた。
今度こそ怒ってどこかに去っていくだろうと思っていると、バルモアはまた信じられない事を言い放ったのだ。
『この戦乱が終わり平和な世が来れば、必ず君の様な人物が国には必要になる。だから俺は君の事を尊敬しているんだ。君の様な人が居るからこそ俺はこの国の為に戦う事が出来る。お願いだ、俺と友達になってくれないだろうか?』
その言葉を聞いた時、カールの目から止めどない涙があふれ出した。
そしてその場で嗚咽と共に泣き崩れる。
カールはバルモアの真意を知り、彼の願いに二つ返事で答えたのであった。
その日から二人は無二の親友となったのだ。
だからこそ、アンネリーゼと結婚した時だって二人を祝福する事が出来た。
だからこそ、ローズの事を託した親友の願いはどうであろうと守る事を決意したのだった。
しかし、ローズと犬猿の仲の我が娘シャルロッテならば、この場においてローズに難癖を付けるだろう。
それを止めるのがローズを助ける第一歩と思っていたのだ。
とは言え可愛い娘である事には違いない、叱る事に対して胸を痛めていたのも事実。
娘が機嫌を損ねてどこかへ去って行った事を安堵した。
『このまま家に帰ってくれたら良いのだが……』とカールは心の中で神に祈る。
そんなカールの心は知らないローズはと言うと、シャルロッテが一人離れて行くところをしっかりと把握していた。
なにしろシャルロッテは本日の計画達成を左右し兼ねない最大の障害と言うべき存在なのだから。
途中我に返ったシャルロッテはすごいメンチを切りながら人込みをかき分けてどこかに消えてしまった。
しかし、会場から出て行った訳ではない。
いまだに刺さるような視線をどこからか感じている。
恐らく自分を貶める機会を伺っているのだろう。
本当に勘弁して欲しい、ゲーム外の出来事にここまで凝らなくても良いだろうと、ローズは思う。
そして『もし今目の前に開発者が居たら殴っちゃうかもしれない、勿論助走を付けてのジャンピングパンチよ』と、ゲーム開発者に対してのあれこれと物騒な妄想に浸った。
『と、こんな事はしてられない。他の人達にも挨拶をしなきゃ』
妄想から我に返り、他の貴族達への挨拶回りを開始したローズ。
フレデリカのナビは的確で、序列に沿って挨拶を行った。
既にカールとのやり取りを目撃していた貴族達の心はローズに傾いていた為、概ね友好的な態度を取ってくれたのでローズはホッとした。
『よし、次で最後よ』
挨拶回りは勿論の事、名代と言えども伯爵家であるのだから途中からは向こうから挨拶にやって来るようになっていた。
後継者を連れて来ている貴族達はそれとなく息子をアピールしてくるものも少なくない。
また、その後継者である若い貴族もローズを見て目にハートを浮かべていた。
中には積極的に自分からアピールしてくるものも居たが、その場合フレデリカがそれとなく話を切り、『他の方にも挨拶をしませんと』と次の貴族へと促したり、時にはオーディックがヤキモチを焼いて乱入して来たりと色々だ。
勿論ローズはオーディックのヤキモチの事には気付かずに『ううぅ、オーディック様ったらそんなに急かさなくても~』と、ただ単に計画の遅延を怒っているのだろうとしか思っていなかった。
そしてライバルとは違うもう一つの大きな障害と思っていた夫人達なのだが、許しては貰えないと思いつつも今までの非礼を詫びていると、何故か気もそぞろな表情でドレスの方をちらちら見ながらあっさりと謝罪を受け入れた。
その様にローズは首を傾げながらも内心ラッキーと思い挨拶を続けていたのだが、最後の一人となった時その夫人が声を掛けてきた。
「あっ、あの、ローズ様? そのお召しになっているドレスは、もしかして未発表のサーシャンズコーデの新作なのでしょうか?」
なんだそれ? 朝シャンが何だって? と、その言葉の意味が分からず思わずフレデリカの顔を見る。
するとフレデリカが小さい声で『サーシャ様のファッションブランドの名前です』と教えてくれた。
更に意味が分からずに首を傾げるものの、サーシャにドレスを魔改造されたのは確かであったので、『そうですわ』と答えた。
「なっ!」
周囲の夫人達がハモったように驚きの声を上げる。
そしてその瞬間会場の空気が変わった。
周囲の夫人達が堰を切ったように一斉に群がって来るのだ。
群がる彼女らは次々にローズに質問して来だした。
「ずっと気になっていたのですわ」
「このアンシンメトリなデザインはまさにサーシャンズコーデの色が強いですもの」
「もしかして、そのメイク方もサーシャンズの手によるものですの?」
「どこで手に入れられましたの?」
と、どんどんヒートアップしていく。
ローズは知らなかったのだが、いやこれは何も野江 水流だからと言う訳ではない。
元より悪役令嬢だったローズも他人が作った流行になど興味が無かった事も有り、サーシャンズコーデの事も名前こそは聞いてはいたが、別に欲しいとも思っていなかったので詳しくは知らなかった。
しかしながら、世間一般の御婦人の方々はそんな事は無く、サーシャンズコーデの情報は逐一漏らさず耳をそばだてており、新作が発売されるや否や毎度繰り広げられる女性達による血で血を洗う如き争奪戦はこの王都の懸念の一つとまでなっているのだから仕方の無い。
「どうしてその新作ドレスをローズ様がお召しになっているのですか?」
どこかからそんな質問が飛んできた。
その言葉に会場は静まり返る。
そう、なぜ新作をローズが着ているのだ?
しかも全く見た事も無い新デザインなのだから、恐らく初お目見えの最先端であろう。
もしかして、オーディック様と仲が良い事に付け込んで、いつものわがままで手に入れたのだろうか?
そんな疑念が夫人達の頭に浮かんできた。
そう思い至った夫人達の目に怒りの炎が燃え上がる。
『今の声は一体誰が?……。あっ、あれはシャルロッテ!』
少し離れた場所からこちらをとても悪い笑顔を浮かべているシャルロッテが居た。
やられた! とローズは心の中で叫んだ。
いまいちサーシャンズコードと言うものが分からないローズであったが、夫人達の目の色を変えた質問攻めに、この世界の女性達にとって、余程重要な事なのだろうと実感していた。
『そんな重要な物をローズは独占した』
夫人達はそう考えたのだろう。
要するにシャルロッテは、夫人達にそう思うよう誘導したのだ。
これこそ悪役令嬢! とシャルロッテを褒めたたえたが、これはただ単に突然の出来事に混乱しての事。
『なにげにこれってこの世界に来て最大の危機じゃないの?』とローズはこの突然降りかかったライバルからの攻撃に戦慄した。
ローズへの協力を了承したカールが、娘のシャルロッテにも挨拶をさせようと先程まで娘が居た方に顔を向けると、そこにシャルロッテの姿は無かった。
辺りを見回すが、やはり周囲には娘は見当たらない。
犬猿の仲なのだから仕方が無い、まるで生まれ変ったかのようなローズの立ち振る舞いが癪に障ったのだろうと、カールは溜息混じりに娘の不甲斐無さに嘆き溜息を吐いた。
しかし、なぜシャルロッテはこの舞踏会に付いて来ると言い出したのだろうか?
カールは娘の気紛れを不思議に思う。
本来なら今日の舞踏会にはカールは夫人と参加する筈だったし、参加の返事にもそう記していた。
元々バルモアにローズの事を託されていた事もあって、この舞踏会はベルナルド主導のもとバルモア不在の間、伯爵家の名代となるローズのお披露目を兼ねているだろう事はカールも気付いており、だからこそ折角のローズの晴れの舞台であるのだから少しでも恥をかかせる事をしてはなるまいと、シャルロッテには内緒にしておいたのだ。
なぜなら二人は一度顔を合わせると周囲の者などに目もくれず、延々と口喧嘩を始めてしまう。
そのような騒ぎをこの場でしようものなら、それこそ取り返しのつかない事態に発展してしまうではないか。
そう考えたカールは、舞踏会当日である本日まで夫人や使用人達へ娘に喋るなとの緘口令を敷いていたのだった。
それなのに! 何処から聞きつけて来たのか今朝になって『私も舞踏会に行きますわ』と言い出した。
いくらダメだと言ってもそんな聞く耳を持っていたのなら、こんなわがまま娘に育っていない。
伊達にローズと二人でベルナルド派閥の二大悪女と呼ばれていないだろう。
とうとうシャルロッテの猛烈なる怒涛の口撃に押し切られたカールは泣く泣くシャルロッテの出席を許してしまった。
もし何か有れば、心を鬼にしてシャルロッテを会場から引き摺り出して叱り付けよう。
それは何もローズが自分の人読みの眼鏡に適う人物でなかったとしても関係無い。
なにしろ親友からの達ての願いなのだ。
その言葉を聞いた時から元々ローズを助けるつもりではあったのだから。
だが、そんな思惑などローズが会場に姿を現した途端、どこかに吹っ飛んでしまった。
ベルナルドのエスコートに連れられて優雅に歩くローズ。
背筋をピンと伸ばして胸を張り、まるで大河の如く姿勢が一切ぶれずに流れる様に歩くその姿に目を奪われてしまい、娘からのフォローの事など今の今まで忘れてしまっていた。
カールは、ローズのその姿と同じ光景を過去に二度見た事があった。
当時の事が脳裏に浮かぶ。
一つは勿論アンネリーゼとの出会い。
それは今と同じ様な場所とシチュエーションであった。
ベルナルド縁のとある辺境伯の娘の社交界デビューと言う名目で開催された舞踏会の日。
遠く離れた王都にもその美貌は伝え流れて来ていたので、カール含め出席者は皆噂を確かめたいと興味津々である。
皆が今か今かとその登場を待ちわびている中、突如開かれた扉の向こうからベルナルドのエスコートにて彼女は姿を現した。
それはまるで目の前に女神が舞い降りたのかと錯覚した。
暫くの間は四六時中彼女来事が頭から離れず食事も喉を通らない程だった事を覚えている。
しかし、カールはそれよりも前に似た衝撃を受けた事があった。
それはまだ成人前の学園入学初日の事だ。
幼少の頃から武芸が苦手で勉強の虫であったカールは、この学園において首席の成績を収めるべく入学初日と言えど、早朝から登校し教室にて予習を行っていた。
そこに彼がやって来た。
『お? なんだ俺が一番かと思ったら、もう来てる奴がいるじゃないか。 これからよろしくな。俺の名はバルモアってんだ』
カールはその名前自体は聞いた事があった。
何処の派閥にも属していない地方伯の長男で、成人していないにも関わらず既に幾つかの戦場で、その父と共に武功を挙げていると聞いている。
クラス分け発表の際に貼られていた名簿にその名を見付けた時は、正直良い気分はしなかったし、心の中でこんな神の采配を呪いもした。
当時はまだ平和とは程遠い動乱の時代であった為、運動神経が鈍く武芸が苦手な者はある意味見下されるような存在であったので、彼の事をそんな存在である自分とは相容れない人種だと思っていたのだ。
入学式で見掛けた際も、武勇伝を聞こうと集まった野次馬に囲まれて楽しそうに笑っている彼を見てその場で唾を吐き捨てた。
だが、一人で予習していた教室にバルモアが入って来た瞬間、その姿に目が奪われてしまった。
自身のコンプレックスから少々捻くれて育ったカールは、幼少の頃より周囲の人間の本質がどのような物なのかを値踏みする癖が有ったのだが、そんな人読みの目に映ったバルモアは、まるでその身体から覇気とでも言おうか、溢れ出る眩しいまでの輝き放っていたのだ。
その時の事を今も昨日の事の様に思い出せる。
しかしながら、コンプレックスの塊であったカールは、当初バルモアに対して圧倒的な劣等感に苛まれ避ける様に近付く事は無かった。
だが、バルモアはそんな彼に積極的に話し掛けて来る。
成績が良いだけの運動音痴と言う存在は、当時の学園ヒエラルキーではかなりの下層であった。
どれだけ成績が良かろうが武芸に秀でていなければ馬鹿にされるそんな世の中。
最初はそんな自分をバルモアが憐れんで声を掛けているのかと思った。
そう思って更に劣等感を募らせていたある日、とうとう耐え切れなくなったカールは、バルモアに対して『同情なんかまっぴらだ! もう話し掛けるな!』と怒りをぶつける。
怒るなら怒ればいい、殴るなら殴ればいい。
そんな覚悟だったのだ。
しかし、バルモアの反応は全く予想だにしない物だった。
彼はとても悲しそうな顔をしていた。
そしてカールにこう言ったのだ。
『同情なんてとんでもない。俺は君の事を尊敬しているんだ』
カールは耳を疑った。
英雄候補であるバルモアが運動音痴の自分を尊敬している?
そんな馬鹿な事が有る者か!
カールは更に憤慨して暴言の数々を彼にぶつけた。
今度こそ怒ってどこかに去っていくだろうと思っていると、バルモアはまた信じられない事を言い放ったのだ。
『この戦乱が終わり平和な世が来れば、必ず君の様な人物が国には必要になる。だから俺は君の事を尊敬しているんだ。君の様な人が居るからこそ俺はこの国の為に戦う事が出来る。お願いだ、俺と友達になってくれないだろうか?』
その言葉を聞いた時、カールの目から止めどない涙があふれ出した。
そしてその場で嗚咽と共に泣き崩れる。
カールはバルモアの真意を知り、彼の願いに二つ返事で答えたのであった。
その日から二人は無二の親友となったのだ。
だからこそ、アンネリーゼと結婚した時だって二人を祝福する事が出来た。
だからこそ、ローズの事を託した親友の願いはどうであろうと守る事を決意したのだった。
しかし、ローズと犬猿の仲の我が娘シャルロッテならば、この場においてローズに難癖を付けるだろう。
それを止めるのがローズを助ける第一歩と思っていたのだ。
とは言え可愛い娘である事には違いない、叱る事に対して胸を痛めていたのも事実。
娘が機嫌を損ねてどこかへ去って行った事を安堵した。
『このまま家に帰ってくれたら良いのだが……』とカールは心の中で神に祈る。
そんなカールの心は知らないローズはと言うと、シャルロッテが一人離れて行くところをしっかりと把握していた。
なにしろシャルロッテは本日の計画達成を左右し兼ねない最大の障害と言うべき存在なのだから。
途中我に返ったシャルロッテはすごいメンチを切りながら人込みをかき分けてどこかに消えてしまった。
しかし、会場から出て行った訳ではない。
いまだに刺さるような視線をどこからか感じている。
恐らく自分を貶める機会を伺っているのだろう。
本当に勘弁して欲しい、ゲーム外の出来事にここまで凝らなくても良いだろうと、ローズは思う。
そして『もし今目の前に開発者が居たら殴っちゃうかもしれない、勿論助走を付けてのジャンピングパンチよ』と、ゲーム開発者に対してのあれこれと物騒な妄想に浸った。
『と、こんな事はしてられない。他の人達にも挨拶をしなきゃ』
妄想から我に返り、他の貴族達への挨拶回りを開始したローズ。
フレデリカのナビは的確で、序列に沿って挨拶を行った。
既にカールとのやり取りを目撃していた貴族達の心はローズに傾いていた為、概ね友好的な態度を取ってくれたのでローズはホッとした。
『よし、次で最後よ』
挨拶回りは勿論の事、名代と言えども伯爵家であるのだから途中からは向こうから挨拶にやって来るようになっていた。
後継者を連れて来ている貴族達はそれとなく息子をアピールしてくるものも少なくない。
また、その後継者である若い貴族もローズを見て目にハートを浮かべていた。
中には積極的に自分からアピールしてくるものも居たが、その場合フレデリカがそれとなく話を切り、『他の方にも挨拶をしませんと』と次の貴族へと促したり、時にはオーディックがヤキモチを焼いて乱入して来たりと色々だ。
勿論ローズはオーディックのヤキモチの事には気付かずに『ううぅ、オーディック様ったらそんなに急かさなくても~』と、ただ単に計画の遅延を怒っているのだろうとしか思っていなかった。
そしてライバルとは違うもう一つの大きな障害と思っていた夫人達なのだが、許しては貰えないと思いつつも今までの非礼を詫びていると、何故か気もそぞろな表情でドレスの方をちらちら見ながらあっさりと謝罪を受け入れた。
その様にローズは首を傾げながらも内心ラッキーと思い挨拶を続けていたのだが、最後の一人となった時その夫人が声を掛けてきた。
「あっ、あの、ローズ様? そのお召しになっているドレスは、もしかして未発表のサーシャンズコーデの新作なのでしょうか?」
なんだそれ? 朝シャンが何だって? と、その言葉の意味が分からず思わずフレデリカの顔を見る。
するとフレデリカが小さい声で『サーシャ様のファッションブランドの名前です』と教えてくれた。
更に意味が分からずに首を傾げるものの、サーシャにドレスを魔改造されたのは確かであったので、『そうですわ』と答えた。
「なっ!」
周囲の夫人達がハモったように驚きの声を上げる。
そしてその瞬間会場の空気が変わった。
周囲の夫人達が堰を切ったように一斉に群がって来るのだ。
群がる彼女らは次々にローズに質問して来だした。
「ずっと気になっていたのですわ」
「このアンシンメトリなデザインはまさにサーシャンズコーデの色が強いですもの」
「もしかして、そのメイク方もサーシャンズの手によるものですの?」
「どこで手に入れられましたの?」
と、どんどんヒートアップしていく。
ローズは知らなかったのだが、いやこれは何も野江 水流だからと言う訳ではない。
元より悪役令嬢だったローズも他人が作った流行になど興味が無かった事も有り、サーシャンズコーデの事も名前こそは聞いてはいたが、別に欲しいとも思っていなかったので詳しくは知らなかった。
しかしながら、世間一般の御婦人の方々はそんな事は無く、サーシャンズコーデの情報は逐一漏らさず耳をそばだてており、新作が発売されるや否や毎度繰り広げられる女性達による血で血を洗う如き争奪戦はこの王都の懸念の一つとまでなっているのだから仕方の無い。
「どうしてその新作ドレスをローズ様がお召しになっているのですか?」
どこかからそんな質問が飛んできた。
その言葉に会場は静まり返る。
そう、なぜ新作をローズが着ているのだ?
しかも全く見た事も無い新デザインなのだから、恐らく初お目見えの最先端であろう。
もしかして、オーディック様と仲が良い事に付け込んで、いつものわがままで手に入れたのだろうか?
そんな疑念が夫人達の頭に浮かんできた。
そう思い至った夫人達の目に怒りの炎が燃え上がる。
『今の声は一体誰が?……。あっ、あれはシャルロッテ!』
少し離れた場所からこちらをとても悪い笑顔を浮かべているシャルロッテが居た。
やられた! とローズは心の中で叫んだ。
いまいちサーシャンズコードと言うものが分からないローズであったが、夫人達の目の色を変えた質問攻めに、この世界の女性達にとって、余程重要な事なのだろうと実感していた。
『そんな重要な物をローズは独占した』
夫人達はそう考えたのだろう。
要するにシャルロッテは、夫人達にそう思うよう誘導したのだ。
これこそ悪役令嬢! とシャルロッテを褒めたたえたが、これはただ単に突然の出来事に混乱しての事。
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