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第三章 絶対に負けないんだから

第52話 親友との約束

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「皆様、若輩の身でありながらこの場にいらっしゃっております御歴々方々、またご夫人方をお待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 何も言わないままでは話が進まない。
 もしかしたら皆何も喋らずに呆けた様な顔でこちらを見てるのは、実は自分に怒っていて謝るのを待っているだけなのかもしれない。
 ならば早く謝らなければもっと相手を怒らせてしまうと、ローズはベルナルドのエスコートの手から離れ深く頭を下げた。
 それはそれとて、気になるのは降って湧いたライバルの存在。
 ゲーム中ではその存在の一欠片さえ出て来なかった。
 相手もローズと同じく性格の悪さでは定評が有るとの事。
 同じ派閥に二人も悪役令嬢が居るなんてとんでもない。
 悪役令嬢なんて一人居れば十分だと、ローズは心の中で何処に文句を言えば良いのか分からない怒りに憤慨した。
 それとなくフレデリカに確認すると二人は幼馴染に近い関係だと言う。
 仲が良かったと言う話は聞かないが、そこは似た者同士の同族嫌悪。
 何かにつけて意地の張り合いをしていたとの事。
 伯爵家の令嬢同士が喧嘩する事態は剣呑なものではあるのだが、その父親同士がかねてからの親友で有ったので家同士の喧嘩にまでは発展していない。
 同じ困った娘を持つ者同士として愚痴を語りながら酒を飲む、そんな悲しい飲み会が二人の間で定期的に開催されている次第。
 ただ近年ではローズの悪逆非道振りが暴走気味に目立ち出していた所為で、シャルロッテの悪役令嬢としての悪名も鳴りを潜め、周囲からはローズよりマシと言う擁護の声もちらほら聞こえている。

 そんな全く知らない新登場のキャラ説明にローズは思わず他人事の様に納得していたら、フレデリカから『さすがお嬢様。かつてライバルだった彼女の事などもう歯牙にもかけておられないとは、素晴らしいまでの唯我独尊です。このフレデリカ感服いたしました』と、訳の分からない褒め方をされてしまった。
 実際完全に他人事なので仕方無いのだが、さすがに因縁の相手らしい人物の事を忘れるのは不審に思われても困るからと『このままじゃ彼女は障害になるから、なんとか仲良くなる切っ掛けを第三者の視点から知りたかったのよ。何か良い案ないかしら?』と言う、なんかそれらしい言い訳で誤魔化した。
 その言葉を聞いたフレデリカとオーディック、それにベルナルドは『う~ん』と唸ってしまう。
 三人の様子からもう一人の悪役令嬢であるシャルロッテと仲良くなるのは難しい事を悟ったローズは、取りあえず本日の舞踏会ではなるべく接触しない様に気を付けようと心に決めた。

 ……決めたのだが、しおらしく謝り頭を下げている最中でさえ、シャルロッテからの刺さるような視線をひしひしと感じている。
 これは一波乱有りそうだと溜息を吐いた。


        ◇◆◇


「待たせてすまないな、皆の者。舞踏会の開始までの間、暫し歓談の時を過ごしてくれたまえ」

 ローズが深く下げた頭を上げた途端、感嘆の溜息と共に時が止まったかの如き静寂が終わりを告げ、人々からローズへの称賛の声が上がった。
 その中にはローズの事をよろしく思っていない貴族達も混じっている。
 どうやら周囲の空気につられて称賛してしまったようで、すぐさま顔を真っ赤にしてバツの悪そうな顔をして目を反らしていた。
 ローズはこの皆の様子に作戦の第一弾の成功を確信する。

 その後、ベルナルドの言葉と共にローズは次の作戦を開始した。
 作戦と言っても特効薬の様な策が有る訳ではない。
 全てローズの腕に掛かっている。
 まず出席者一人一人と挨拶を交わし、今までの悪役令嬢非を詫びて心を入れ替えた事をアピールすると言うもの。
 これは大変重要な事だ。
 いきなり派閥長であるベルナルドから『ローズは心を入れ替えたので皆よろしく頼む』などと言おうものなら、出来の悪い曾姪孫に肩入れする愚か者と取られ、派閥が一気に崩壊してもおかしくない。
 だからこそ、まず自分の力で一人一人に心を入れ替えた姿を印象付ける必要が有ったのだ。
 挨拶をする順序は後ろに控えているフレデリカ教えてくれる。
 ローズはフレデリカのナビ通りに挨拶を始めたのだが、一人目のカナード伯爵は先の出立の際に挨拶を交わしているので、夫人共々滞りなく終わり、さて次はと言う所で問題のライバルが目に映った。

 派閥内三大伯爵家と言う呼び名の通り、序列的にカナード伯爵のヴァイマール家、ローズのシュタインベルク家、そしてライバルであるシャルロッテのビスマルク家と続く為、二人目はどうしてもシャルロッテの父であるカール伯爵が相手となってしまう。
 必然的にシャルロッテとも挨拶を交わさなければならない事となる。
 ローズは覚悟を決めて聖女の様な慈愛の笑顔を浮かべながらカール伯爵親子の元に近付いた。

「これはこれは、カール様。ご機嫌麗しゅうございます。暫く振りとなります今宵、お会い出来ました事をこのローゼリンデ、とても光栄に思いますわ」

 ローズはカーテシーをしながらカールに挨拶をした。
 カールは筋骨隆々なバルモアと違い、恰幅の良い体形で人の好さそうな優しい顔をしているのだが、ローズの姿を見たカールは目を見開いた驚愕の表情となっていた。
 横に控えているシャルロッテも同じく目を剥いて驚いている。
 『今目の前に居るのは本当にあの礼儀知らずのローズなのか?』
 親子二人の頭に浮かんだ言葉は同じだった。
 勿論その言葉に対する思いは大きく異なっていたが。

「おぉ、ローズ。暫く見ない間にお主の母であるアンネリーゼ殿にそっくりとなったな。あまりの立派な姿に驚いたぞ」

 何とか心を落ち着かせたカールは、カーテシーのまま挨拶の返事を待っているローズに恥をかかせてはなるまいと挨拶を返す。
 そして心の中で、出立のあの日王宮にてバルモアと交わした約束を思い出していた。

 『今の娘の姿を見定めて欲しい。そして君の慧眼に適うのなら、どうか娘の力となって貰えないだろうか』

 カールは王宮人事院に籍を置いている文官である。
 その目の持つ人読みの力には定評があった。
 出立の日に屋敷に来なかった理由は、その日も王宮にて親友の危険な任務への最終調整を行っており、国から隣国へと使者として旅立つバルモアを直接見送った一人でもある。
 この言葉を聞いた当初、カールは親友であるバルモアが何を言っているのか分からなかった。
 お互い娘の不出来を嘆きを酒の肴としていた者同士、今更娘の姿を見定める?
 ローズならば自分の娘と同じく礼儀知らずのわがまま娘ではないか。
 どちらかと言えばうちの娘はローズに感化された所為でこうなったのではないかとも睨んでいる。
 しかしながら、それは自分達の友情に免じて黙っているがと、その時はそう思った。

 だが、最近噂で聞こえて来るローズの話。
 出立の日、親友の屋敷で繰り広げられた戯曲の如き数々の奇跡。
 もしや、親友はその事を言っていたのではないか? そう思う様になって来ていた。
 ならば会いに行かねばと思ってはいたものの、自身の仕事の忙しさにそれも叶わない日々を送って来ていた所に急遽湧いたこの舞踏会。
 派閥長の誘いなら早引けする理由になるだろう。
 丁度良いとばかりに親友との約束を果たすべく、カールは意を決してこの場に臨んだのだった。
 そして、親友の真意を知った。
 なるほど、親友が言いたかったのはこの事だったのか、カールは心の中で大きく頷く。

「そのお言葉嬉しく思います。父が不在の今、若輩な私などが伯爵家の名代となる事は恥ずかしい事と思えど、父からの信頼には応えたいと思っております。とは言え、今までの私の所業を思うと本来なら皆様の前に立つ事でさえ憚れる事ばかり、心を入れ替えて母の様に振る舞えど、過去の狼藉は消える訳ではありません。今は一つ一つ過去の罪を謝罪し信頼を積み重ねていきたいと思う所存です。どうか、カール様のお力添えをお願いいたします」

 ローズは今度はカーテシーではなく、手を前に添え深くお辞儀をしながらそう言った。
 その様子を見ていた周囲からどよめきが起こった。
 先程のカナードに対する振る舞いも貴族令嬢として素晴らしい物であったが、今の言葉は耳を疑う物だった。
 周囲の者は今までのローズが取る自らのライバルの父親であるカールへの礼儀知らずな態度の数々を知っている。
 それが問題にならないのはカールとバルモアが親友である事、それにライバルであるシャルロッテもバルモアに対してそれなりに失礼な態度を取っていたのでお互いさまなのだろうと、皆思っている。
 それなのに今ローズが語った言葉は自らの過去を素直に詫び頭を下げた。
 しかもその堂々とした立ち振る舞いは、伯爵家名代としても恥ずかしくない物だった。
 なにより今の言葉は、カールだけでなく自分達にも向けられていた物なのだろう。
 出立の日、その場に居た者達は美しさと共に貴族として更なる成長を遂げたローズに畏敬の念を感じた。
 ローズを快く思っていない者の間にも、その心に十分な波紋を投げかける者だった様だ。
 腕を組んで唸っている者が一人二人ではなかったのだから。

 対してカールは、その人読みの力を如何なく発揮すべくローズの言葉や一挙手一投足を値踏みしていた。
 その言葉には、場を取り繕うとする気配が感じるのは確かだ。
 何とか周囲を丸め込もうとする思いも見て取れる。
 恐らく全てがベルナルド様の計画なのであろう。
 そんな事も分かっている。
 しかしながら、自らの過去を詫び皆と友好を結ぼうとしている心は伝わって来た。
 それには計画など関係無く真摯な想いが込められている。
 この想いには嘘が無いのだろう。
 それだけで十分信頼に値すると言える。

 だが、カールの心には今もっと熱い物が渦巻いていた。

 何より、ローズの語った言葉以上にその立ち振る舞いに度肝を抜かれている。
 少なくとも以前会った際にここまで優雅で華麗、本当に在りし日のアンネリーゼを思わせるその所作。
 そんな物は欠片も見えなかったではないか。
 この短い間で何が有ったのだろうか?
 父との別れと言う経験が、これ程までにローズを貴族として立派に成長させたの言うのだろうか?
 それに比べて自分の娘は全く成長が見られない、なんと恥ずかしい事か。
 カールはそんな事を考えていた。

 そして現在カールの慧眼には、目の前の頭を下げているローズの姿の上に、亡きアンネリーゼが重なっているかの如くあの懐かしくも愛しい聖母の笑顔が映っていた。
 この王国に居る同世代の男子なら誰しもアンネリーゼに憧れたものだ。
 その憧れのマドンナを親友が掻っ攫って行った。
 悔しくはあったが、幸せそうなアンネリーゼの姿に心から祝福もした事を今でも覚えている。
 『なるほど、なるほど』とカールは心の中でしきりに呟く。
 そして、今は天国に居るアンネリーゼに『親友との約束を守ってみせる』と、祈りを込めて心に誓ったのだった。

「あぁ、任せておきなさい。我が親友バルモアの不在の今、ビスマルク家はローゼリンデ、お主を庇護しようではないか」

 ローズはこの言葉に心の中でガッツポーズを取って喜んだ。
 そして顔を上げ、カールに感謝の言葉を述べるともう一度頭を下げた。
 計画の第二弾成功である。
 派閥内の伯爵家全てがローズの味方に付いたのだ。
 それによってそれ以下の身分の者の動静はローズに向けて大きく動く。
 またその心情はただの伯爵達の言葉によるものだけではない、今目の前で繰り広げられたローズの立派な貴族然とした振る舞いを直で見たのだから、場の雰囲気による相乗効果は絶大な物であった。

 周囲の熱い熱気の中、一人苦々しい顔をした女性がその輪から離れて行く姿が有った。
 その女性はローズの今の姿が腹立たしくて仕方が無い。
 『なに一人良い子ちゃんになっているのよ』と、憤慨していた。
 しかし、今あの場で文句を言っては自分が悪者になってしまう事は免れない。
 ビスマルク家の名に傷を付ける事になるだけでなく、ローズの株が更に上がってしまう。
 なに、あのローズなのだ。
 いくら取って付けた良い子ちゃんの仮面を被ったところでそうそう変わる筈もない。
 少し突いてやればすぐにボロを出すに違いない。
 そう思ったその女性は少し離れた場所で立ち止まると、称賛の渦の中で間抜けな笑顔を浮かべているローズを見て、とても悪い笑顔を浮かべた。
 多分子供が見たら怖くて泣いちゃう様な本当に悪い笑顔。
 そして心の中で高らかにライバルへ宣戦布告を宣言した。

 『オーーホッホッホ! 見てなさいローズ! このシャルロッテがあなたのその間抜けな化けの皮を剥いでみせるわ!』

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