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第三章 絶対に負けないんだから
第50話 救われた
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「ローゼリンデです。ただいま戻りました」
ローズはベルナルドの控室の扉をノックして名前を名乗った。
サーシャの様にいきなり扉を開ける様な真似は勿論しない。
いや、昔のローズならそれくらいの事はやらかしてもおかしくないが、そこはそれ今のローズはそんな無礼な事はする筈もない。
これは何も貴族令嬢の勉強の成果ではなく、元の世界においても学生時代から学級委員長や生徒会長など、それなりの立場に身を置いていた手前、それぐらいのマナーは弁えている。
それにこの世界に来る前は有名私立進学校の高校教師だったので、独裁的経営者一族や金持ち生徒の親御さんと言ったとても気の使う人達を相手にしていたのでそう言った礼儀は、その身体に嫌と言う程身に付いていた。
「おぉ戻ったか。こちらも今終わったところだ。さぁ、入りたまえ」
扉の向こうからベルナルドの声が聞こえた。
ローズは、『今終わった』と言う言葉に首を捻る。
しかし、ベルナルドを待たせては拙いと扉を開けて部屋に入った。
「お待たせしてすみません。サーシャ様は仕立て部屋にお残りになりましたので私だけ戻ってまいりました……。って、あ、あのその方は?」
待たせた事を謝罪したローズは、改めて部屋の様子を伺ったのだが、自分が出て行った際に居なかった人物が部屋の中央にある円卓のソファーに座っているのに気付き、誰なのか確認するために問いかける。
それ以外にもその円卓に何故かメイドであるフレデリカまでもが座っており、まるで不明の一人含む四人が今の今まで雁首揃えて話し合っていたような雰囲気にも少々気になっていた。
侯爵と子爵、それに誰か分からないが身形と雰囲気からかなり位の高い貴族だと言う事が推測されたが、そこにローズのお付きとは言え、メイドが同席するなど通常考えられないからだ。
「やぁ、ローゼリンデ、久し振りだね。と言っても話した事が有るのはあの時の一度切りから、憶えてないかもしれないけど」
ローズの問い掛けに答えて来た人物はやけにフランクに話し掛けて来た。
その言葉からすると、『お初にお目に掛かります』と言う挨拶はご法度の様だ。
最初に教えてくれてありがとうと、ローズは心の中でその気が利く人物に感謝した。
改めて誰だろうと、ローズは考える。
見た目の印象はバルモアと同じくらいの年齢かと推測したが、筋骨隆々な見るからに武官然と言うバルモアと違い、眼鏡を掛けた優男風で線が細くいかにも文官タイプと言う感じだ。
今日の出席者だろうか? フレデリカから教えられた少しディスり気味の容姿情報に照らし合わせる。
しかし、出席者の容姿にはこれくらいの年齢で優男風の眼鏡を掛けたと言う人物像に該当する者は居ない。
もしかして眼鏡は普段掛けていないだけだろうか? とも考えたが、出席者としての枠組みから離れて考えると一人だけ候補者が居た事を思い出した。
ただ、今日は居ない人物の筈だ。
これは、この部屋から出て行く前にオーディックが言った言葉と同じ。
仕立て室のティータイムの時に、その言葉の意味をサーシャに確認したところ、派閥の私用目的でのホール借用の際は本来王宮に引き籠るからと説明を受けていた。
理由は利益供与等の癒着を受け取らない意思表明みたいなものと言うのを聞いて、この世界でもそう言うの有るんだと、ローズは感心するやら呆れるやら溜息を吐く。
サーシャは面倒臭いと愚痴りながらも、そのお陰で素敵なあの人と出会う事が出来たのと、凄く惚気ていたのを思い出す。
だから、この部屋にはその人物は居ない筈。
いや、サーシャ様が居たのだから前提が崩壊しているのか。
それならば、派閥長であるベルナルドと同じ席に着いておきながらこの落ち着き様も納得出来ると言うもの。
使用人の分際で同じように落ち着いて座っているフレデリカはこの際無視するとして、そう思い至ったローズは、こちらを優しく見つめている人物に名前を確認する為に話し掛けた。
「あ、あの……もしかして、ミヒャエル公爵様であらせられますか?」
サーシャと同じく既にフレデリカより容姿含めて名前は聞いている。
それは何もオーディックの両親だけじゃなく、戦災孤児で天涯孤独なディノ以外の両親全ても把握済みである。
この言葉にその人物はにっこりと微笑み返した。
どうやら予想は的中だったらしい。
しかし、なぜここに居るのだろうと疑問が浮かぶ。
「あぁ、そうだよ。憶えてくれていたのかい? 公爵様ってのはさすがに堅苦しいから、普通の尊称で呼んでくれて構わないよ」
「分かりましたミヒャエル様。だた、申し訳ありませんがミヒャエル様の事を覚えていた訳ではなく、サーシャ様とお会いしましたので、もしかしたら? と思いまして」
話を合わせて憶えていたとか言ったらあれこれと聞かれそうなので、ローズは気付いた理由を正直に喋る事にした。
それに、一度しか会った事が無いと言うのなら、憶えていた方が逆にローズとして嘘くさい事この上ないのだから、いつも通り馬鹿な元ローズに感謝しながら無難に回答した。
「ん? 僕が来ている事を妻から聞いたのかい?」
「いえ、ただサーシャ様がいらしておられるのなら、ミヒャエル様が居られてもおかしくないと思いまして」
「ははっ、そうかそうか。いや、うん。妻から私が居る事を想定したのか。なるほど。聞いていた噂と違い聡明であるようだ。それに知らない事を正直に言うのはとても好感が持てる。大概の者は僕に気に入られようとして見栄を張る人ばかりだからね」
ミヒャエルの言葉に、ローズはどことなく自分を分析されている様な印象を受けた。
実際にそうなのだろう。
王国司法庁の長官と言う肩書きであるのだから、見た目のフランクな優男風の雰囲気は仮面を被った姿、真の姿は法の裁定者としてとても厳格で冷徹な人物なのかもしれないと、それこそ肉親であろうと法を犯したのなら容赦しない、時折見せる鋭い目付きに気付いたローズはミヒャエルの事をそう分析した。
「僕もヒヤヒヤ物だったよ。息子の友達であろうとも、君がこれ以上伯爵家の名の元に罪を重ねるのならば、やがて司法庁としても手を下さねばなるまいと心配していたんだ」
ミヒャエルはとても怖い事をさらっとローズに言った。
確かにゲーム中ローズの非道の数々は身に染みて実感している。
転生してからでも、過去の悪行は伝え聞いて顔から火が出る思いだった。
ただそれら全てゲームなのだからと、少々やり過ぎな悪役令嬢描写もテンプレギャグ的なニュアンスで捉えていた。
しかし、今の言葉はそんな思いを一気に現実に引き戻すに十分な爆弾発言。
もしかしてゲームでは語られなかったローズの末路は投獄ENDだったのだろうか? と、ローズは背筋が寒くなった。
「おい! 父上! それは言い過ぎだろ」
ミヒャエルの言葉にオーディックが抗議の声を上げた。
確かに蝶よ花よと育てられた貴族令嬢本人の前でストレートに言うには少々過激な言葉だ。
この言葉に怯え泣き出す令嬢が居てもおかしくない。
しかし、ローズはこれくらいで泣く玉じゃなかった。
野江 水流として生きて来た31年間、この程度の言葉を浴びせ掛けられる事など両手では溢れてしまう。
勿論犯罪をしたと言う訳ではないのだが。
それに持ち前のポジティブ思考のお陰で、すぐさま先程のミヒャエルの言葉はこれから頑張れと応援してくれている言葉だと受け取ったのだった。
「オーディック様、庇おうとして頂いて有り難うございます。けれど安心して下さい。今のミヒャエル様の言葉は私へのエールです。これから正しい道を進めと仰ってくれたのですわ」
この言葉に公爵親子は驚いた。
但し、それぞれのリアクションはまるで逆のもの。
肩を震わせて笑うミヒャエルと、唖然とするオーディック。
「はははは。いやぁ、本当に面白いお嬢さんだ。君の言った通りさ。よくぞ自らの愚かさに気付いてくれたね。私も立場上個人に肩入れする訳にはいかないんだけど、陰ながら君の事を応援させて頂くよ」
ミヒャエルはとても満足そうな顔でローズの言葉にそう答える。
この顔は仮面などではなく、本心から来るものだろうとローズは感じた。
「ローズ……。お前本当に強くなったな」
いまだ唖然とした顔のままのオーディックがポツリと言葉を零した。
あの日、強くなると誓った少女を見守ろうと誓った。
強くなると言う言葉を取り違えたのか悪役令嬢なってしまってからも見捨てずに見守った。
但し、これに関しては完全に判断を誤ったと後悔している。
本当に見守るのなら進むべき正しい道を示してやるべきだったと。
だからこそ自分は公爵家の継承権を弟に譲り、とある功績によって国王より承っていた子爵位を以って新興貴族家として公爵家より分家する事にしたのだ。
全てはあの日誓った少女の為に。
そして、いつの日か彼女を自分の力で正しい道に戻してやる、もしそれが叶わず司法の裁きを受ける事になるのなら、ローズを攫ってでもこの国から逃げ出してどこか遠くで二人一緒に暮らそう、そう思っていた。
オーディックは今のローズの言葉で心に湧いた虚無の喪失感で締め付けられた。
目の前の少女は強くなった、しかも正しい道に向かって歩き出した。
バルモア出立のあの日、ローズが変わった事が嬉しかった。
そして新しいローズの事を今まで以上に好きになっていった。
毎日毎日ローズに会う事が楽しみで、それが生き甲斐になっていたのだ。
だが、今のローズの言葉である疑問が心の奥に浮かび上がってきた。
自分などもう必要無いのではないだろうか? と。
彼女は正しい道を歩き出した。
しかし、それは自分の力ではない。
彼女自身が己の力で目覚め、そして正しい道へと歩き出したのだ。
それに比べて今まで自分がして来た事は、見守るとは名ばかりの放置だ。
理解と言う名の放棄だ。
友達と言う名の馴合いだ。
ローズが被った悪名の全ては自分の責任だったのだ。
それは分家してローズと同じ派閥に入ってからも変わらない。
やはり自分などもう必要ないのではと、オーディックは目の前が真っ暗になった。
太陽が消えた世界の住人になる未来に絶望した。
その時真っ暗な心の中に光が差した。
その光は言葉だった。
先程自分が絶望した言葉を放った者の言葉。
「私が強くなれたのはオーディック様のお陰でもあるのですよ。これからも見守っていて下さいね。オーディック様」
ローズのこの言葉に嘘は無い。
但し、心の中ではオーディック以外の者達の名前も挙がっていたが。
この世界で挫けずに頑張れるのはイケメン達の、フレデリカの、そして使用人達のお陰。
これは嘘偽りの無い心からの言葉だ。
ただ場の空気的に他の殿方の名前を言うのは少しはしたないかも? との思いで、オーディックの名前しか言わなかったのだった。
しかし、この言葉にオーディックは救われた。
心の中に広がっていた闇が消えた。
心が光で満たされた。
その想いが涙となって吹き出しそうになった。
しかし――、
「へっ、仕方が無ぇな。これからも見守ってやるとするか」
オーディックはやれやれと言ったいつもの口調でそう返した。
泣くところをローズに見られたくなかったから。
その代わり心の中で『いつまでもな』と付け加えた。
「ぶーーー。私のお陰でもあると思うのですよ」
ずっと黙っていたフレデリカが不満そうに声を上げた。
侯爵と公爵が居る前ですごく根性が据わってるわねと、ローズは思いながらも実際にフレデリカのお陰でも有るので、慌ててフレデリカの言葉を肯定する。
「も、勿論よ。フレデリカ。あなたにはいつも助けて貰っているわ。ありがとう、感謝してるわ」
「ふっふ~ん。それ程でも~。お嬢様の為ですもの、これくらい苦でもありません」
フレデリカはローズの言葉に満足そうに答えた。
そしてローズはこの場に居る残り一人のベルナルドにも同じ様に感謝の言葉を述べた。
「ベルナルド様もいつも見守って頂いて有難うございます。そして、ミヒャエル様もこれからよろしくお願い致します」
ついでにオーディックの父であるミヒャエルにも挨拶をする。
少なからず義父に対しての嫁アピールの気持ちも込めて……。
ローズはベルナルドの控室の扉をノックして名前を名乗った。
サーシャの様にいきなり扉を開ける様な真似は勿論しない。
いや、昔のローズならそれくらいの事はやらかしてもおかしくないが、そこはそれ今のローズはそんな無礼な事はする筈もない。
これは何も貴族令嬢の勉強の成果ではなく、元の世界においても学生時代から学級委員長や生徒会長など、それなりの立場に身を置いていた手前、それぐらいのマナーは弁えている。
それにこの世界に来る前は有名私立進学校の高校教師だったので、独裁的経営者一族や金持ち生徒の親御さんと言ったとても気の使う人達を相手にしていたのでそう言った礼儀は、その身体に嫌と言う程身に付いていた。
「おぉ戻ったか。こちらも今終わったところだ。さぁ、入りたまえ」
扉の向こうからベルナルドの声が聞こえた。
ローズは、『今終わった』と言う言葉に首を捻る。
しかし、ベルナルドを待たせては拙いと扉を開けて部屋に入った。
「お待たせしてすみません。サーシャ様は仕立て部屋にお残りになりましたので私だけ戻ってまいりました……。って、あ、あのその方は?」
待たせた事を謝罪したローズは、改めて部屋の様子を伺ったのだが、自分が出て行った際に居なかった人物が部屋の中央にある円卓のソファーに座っているのに気付き、誰なのか確認するために問いかける。
それ以外にもその円卓に何故かメイドであるフレデリカまでもが座っており、まるで不明の一人含む四人が今の今まで雁首揃えて話し合っていたような雰囲気にも少々気になっていた。
侯爵と子爵、それに誰か分からないが身形と雰囲気からかなり位の高い貴族だと言う事が推測されたが、そこにローズのお付きとは言え、メイドが同席するなど通常考えられないからだ。
「やぁ、ローゼリンデ、久し振りだね。と言っても話した事が有るのはあの時の一度切りから、憶えてないかもしれないけど」
ローズの問い掛けに答えて来た人物はやけにフランクに話し掛けて来た。
その言葉からすると、『お初にお目に掛かります』と言う挨拶はご法度の様だ。
最初に教えてくれてありがとうと、ローズは心の中でその気が利く人物に感謝した。
改めて誰だろうと、ローズは考える。
見た目の印象はバルモアと同じくらいの年齢かと推測したが、筋骨隆々な見るからに武官然と言うバルモアと違い、眼鏡を掛けた優男風で線が細くいかにも文官タイプと言う感じだ。
今日の出席者だろうか? フレデリカから教えられた少しディスり気味の容姿情報に照らし合わせる。
しかし、出席者の容姿にはこれくらいの年齢で優男風の眼鏡を掛けたと言う人物像に該当する者は居ない。
もしかして眼鏡は普段掛けていないだけだろうか? とも考えたが、出席者としての枠組みから離れて考えると一人だけ候補者が居た事を思い出した。
ただ、今日は居ない人物の筈だ。
これは、この部屋から出て行く前にオーディックが言った言葉と同じ。
仕立て室のティータイムの時に、その言葉の意味をサーシャに確認したところ、派閥の私用目的でのホール借用の際は本来王宮に引き籠るからと説明を受けていた。
理由は利益供与等の癒着を受け取らない意思表明みたいなものと言うのを聞いて、この世界でもそう言うの有るんだと、ローズは感心するやら呆れるやら溜息を吐く。
サーシャは面倒臭いと愚痴りながらも、そのお陰で素敵なあの人と出会う事が出来たのと、凄く惚気ていたのを思い出す。
だから、この部屋にはその人物は居ない筈。
いや、サーシャ様が居たのだから前提が崩壊しているのか。
それならば、派閥長であるベルナルドと同じ席に着いておきながらこの落ち着き様も納得出来ると言うもの。
使用人の分際で同じように落ち着いて座っているフレデリカはこの際無視するとして、そう思い至ったローズは、こちらを優しく見つめている人物に名前を確認する為に話し掛けた。
「あ、あの……もしかして、ミヒャエル公爵様であらせられますか?」
サーシャと同じく既にフレデリカより容姿含めて名前は聞いている。
それは何もオーディックの両親だけじゃなく、戦災孤児で天涯孤独なディノ以外の両親全ても把握済みである。
この言葉にその人物はにっこりと微笑み返した。
どうやら予想は的中だったらしい。
しかし、なぜここに居るのだろうと疑問が浮かぶ。
「あぁ、そうだよ。憶えてくれていたのかい? 公爵様ってのはさすがに堅苦しいから、普通の尊称で呼んでくれて構わないよ」
「分かりましたミヒャエル様。だた、申し訳ありませんがミヒャエル様の事を覚えていた訳ではなく、サーシャ様とお会いしましたので、もしかしたら? と思いまして」
話を合わせて憶えていたとか言ったらあれこれと聞かれそうなので、ローズは気付いた理由を正直に喋る事にした。
それに、一度しか会った事が無いと言うのなら、憶えていた方が逆にローズとして嘘くさい事この上ないのだから、いつも通り馬鹿な元ローズに感謝しながら無難に回答した。
「ん? 僕が来ている事を妻から聞いたのかい?」
「いえ、ただサーシャ様がいらしておられるのなら、ミヒャエル様が居られてもおかしくないと思いまして」
「ははっ、そうかそうか。いや、うん。妻から私が居る事を想定したのか。なるほど。聞いていた噂と違い聡明であるようだ。それに知らない事を正直に言うのはとても好感が持てる。大概の者は僕に気に入られようとして見栄を張る人ばかりだからね」
ミヒャエルの言葉に、ローズはどことなく自分を分析されている様な印象を受けた。
実際にそうなのだろう。
王国司法庁の長官と言う肩書きであるのだから、見た目のフランクな優男風の雰囲気は仮面を被った姿、真の姿は法の裁定者としてとても厳格で冷徹な人物なのかもしれないと、それこそ肉親であろうと法を犯したのなら容赦しない、時折見せる鋭い目付きに気付いたローズはミヒャエルの事をそう分析した。
「僕もヒヤヒヤ物だったよ。息子の友達であろうとも、君がこれ以上伯爵家の名の元に罪を重ねるのならば、やがて司法庁としても手を下さねばなるまいと心配していたんだ」
ミヒャエルはとても怖い事をさらっとローズに言った。
確かにゲーム中ローズの非道の数々は身に染みて実感している。
転生してからでも、過去の悪行は伝え聞いて顔から火が出る思いだった。
ただそれら全てゲームなのだからと、少々やり過ぎな悪役令嬢描写もテンプレギャグ的なニュアンスで捉えていた。
しかし、今の言葉はそんな思いを一気に現実に引き戻すに十分な爆弾発言。
もしかしてゲームでは語られなかったローズの末路は投獄ENDだったのだろうか? と、ローズは背筋が寒くなった。
「おい! 父上! それは言い過ぎだろ」
ミヒャエルの言葉にオーディックが抗議の声を上げた。
確かに蝶よ花よと育てられた貴族令嬢本人の前でストレートに言うには少々過激な言葉だ。
この言葉に怯え泣き出す令嬢が居てもおかしくない。
しかし、ローズはこれくらいで泣く玉じゃなかった。
野江 水流として生きて来た31年間、この程度の言葉を浴びせ掛けられる事など両手では溢れてしまう。
勿論犯罪をしたと言う訳ではないのだが。
それに持ち前のポジティブ思考のお陰で、すぐさま先程のミヒャエルの言葉はこれから頑張れと応援してくれている言葉だと受け取ったのだった。
「オーディック様、庇おうとして頂いて有り難うございます。けれど安心して下さい。今のミヒャエル様の言葉は私へのエールです。これから正しい道を進めと仰ってくれたのですわ」
この言葉に公爵親子は驚いた。
但し、それぞれのリアクションはまるで逆のもの。
肩を震わせて笑うミヒャエルと、唖然とするオーディック。
「はははは。いやぁ、本当に面白いお嬢さんだ。君の言った通りさ。よくぞ自らの愚かさに気付いてくれたね。私も立場上個人に肩入れする訳にはいかないんだけど、陰ながら君の事を応援させて頂くよ」
ミヒャエルはとても満足そうな顔でローズの言葉にそう答える。
この顔は仮面などではなく、本心から来るものだろうとローズは感じた。
「ローズ……。お前本当に強くなったな」
いまだ唖然とした顔のままのオーディックがポツリと言葉を零した。
あの日、強くなると誓った少女を見守ろうと誓った。
強くなると言う言葉を取り違えたのか悪役令嬢なってしまってからも見捨てずに見守った。
但し、これに関しては完全に判断を誤ったと後悔している。
本当に見守るのなら進むべき正しい道を示してやるべきだったと。
だからこそ自分は公爵家の継承権を弟に譲り、とある功績によって国王より承っていた子爵位を以って新興貴族家として公爵家より分家する事にしたのだ。
全てはあの日誓った少女の為に。
そして、いつの日か彼女を自分の力で正しい道に戻してやる、もしそれが叶わず司法の裁きを受ける事になるのなら、ローズを攫ってでもこの国から逃げ出してどこか遠くで二人一緒に暮らそう、そう思っていた。
オーディックは今のローズの言葉で心に湧いた虚無の喪失感で締め付けられた。
目の前の少女は強くなった、しかも正しい道に向かって歩き出した。
バルモア出立のあの日、ローズが変わった事が嬉しかった。
そして新しいローズの事を今まで以上に好きになっていった。
毎日毎日ローズに会う事が楽しみで、それが生き甲斐になっていたのだ。
だが、今のローズの言葉である疑問が心の奥に浮かび上がってきた。
自分などもう必要無いのではないだろうか? と。
彼女は正しい道を歩き出した。
しかし、それは自分の力ではない。
彼女自身が己の力で目覚め、そして正しい道へと歩き出したのだ。
それに比べて今まで自分がして来た事は、見守るとは名ばかりの放置だ。
理解と言う名の放棄だ。
友達と言う名の馴合いだ。
ローズが被った悪名の全ては自分の責任だったのだ。
それは分家してローズと同じ派閥に入ってからも変わらない。
やはり自分などもう必要ないのではと、オーディックは目の前が真っ暗になった。
太陽が消えた世界の住人になる未来に絶望した。
その時真っ暗な心の中に光が差した。
その光は言葉だった。
先程自分が絶望した言葉を放った者の言葉。
「私が強くなれたのはオーディック様のお陰でもあるのですよ。これからも見守っていて下さいね。オーディック様」
ローズのこの言葉に嘘は無い。
但し、心の中ではオーディック以外の者達の名前も挙がっていたが。
この世界で挫けずに頑張れるのはイケメン達の、フレデリカの、そして使用人達のお陰。
これは嘘偽りの無い心からの言葉だ。
ただ場の空気的に他の殿方の名前を言うのは少しはしたないかも? との思いで、オーディックの名前しか言わなかったのだった。
しかし、この言葉にオーディックは救われた。
心の中に広がっていた闇が消えた。
心が光で満たされた。
その想いが涙となって吹き出しそうになった。
しかし――、
「へっ、仕方が無ぇな。これからも見守ってやるとするか」
オーディックはやれやれと言ったいつもの口調でそう返した。
泣くところをローズに見られたくなかったから。
その代わり心の中で『いつまでもな』と付け加えた。
「ぶーーー。私のお陰でもあると思うのですよ」
ずっと黙っていたフレデリカが不満そうに声を上げた。
侯爵と公爵が居る前ですごく根性が据わってるわねと、ローズは思いながらも実際にフレデリカのお陰でも有るので、慌ててフレデリカの言葉を肯定する。
「も、勿論よ。フレデリカ。あなたにはいつも助けて貰っているわ。ありがとう、感謝してるわ」
「ふっふ~ん。それ程でも~。お嬢様の為ですもの、これくらい苦でもありません」
フレデリカはローズの言葉に満足そうに答えた。
そしてローズはこの場に居る残り一人のベルナルドにも同じ様に感謝の言葉を述べた。
「ベルナルド様もいつも見守って頂いて有難うございます。そして、ミヒャエル様もこれからよろしくお願い致します」
ついでにオーディックの父であるミヒャエルにも挨拶をする。
少なからず義父に対しての嫁アピールの気持ちも込めて……。
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