悪役令嬢に転生しましたので、主人公をバッドエンドに叩き込んでやりますわっ!!

やすぴこ

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第三章 絶対に負けないんだから

第46話 真の敵

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「エレナは、お母様を亡くして半年らしいの。まだ心の整理が付いていない筈よ。それなのに私が興味本位で彼女の心に踏み入ってしまった。ごめんなさいねエレナ」

 ローズはそう言ってエレナに向かった頭を下げた。
 その態度に皆が驚く。
 エレナも呆然自失とした顔でローズの事を見ている。
 しかし、すぐに気を取り直したのか慌てた様子でローズに対して顔を上げるようにと声を出した。

「そ、そんな、お、お嬢様。お顔をお上げ下さい。お嬢様は悪く有りません。全て私が悪いんです」

 その言葉に、一瞬またも謝り倒す作戦か? と思ったが、その表情からそんな意図は汲み取れなかった。
 とても恐縮して顔を真っ赤に半泣きになっている顔。
 これも迫真の演技なのだとしたら凄いわねと、ローズは心の中で感心した。

「皆、エレナはまだ貴族のメイドとなってほんの数日なんだし。これくらいの失態は大目に見てあげてね」

「お嬢様……」

 エレナが感極まった顔でローズを見詰めている。
 ローズもそれを聖女の如き慈愛の作り笑い浮かべ、それを受け止めた。
 その様子に、周囲の四人はやれやれと溜息を付く。
 今の二人の言葉全てを信じていないし、それ以上にエレナに何らかの瑕疵が有っただろう事は全員が感じ取っていた。
 それにこの場に居る使用人四人達の中では、エレナがテオドールの手先と言う認識で固まっている。
 それどころか、エレナがこの部屋で何かの作戦を実行しようとしたのだろうと確信してさえいたのだ。
 しかしながら、お嬢様がそう言うのならば、もう少し様子を見るかと、四人は敵かもしれないエレナに優しく微笑みかけているローズの事を見守った。

「皆来てくれて本当にありがとう。謝って来るエレナにどう声を掛けたら良いのか困って心細かったのも本当だったの」

 不意に少し困った顔をして自分達にそう謝って来たローズを見て、使用人達それぞれ心の中に暖かい風が吹くのを感じていた。
 四人は『生まれ変わったお嬢様は、どこまでお優しいのだろう。本当に困った人だ』と思う反面、『だからこそ命を賭してこの人に仕えよう』と心に強く誓う。


 ガチャ――、トテトテトテ。

 と、いい感じでこの場が纏まろうとしていた時、突然扉が開く音が部屋に響き渡り、そして誰かが飛び込んで来た。
 不意を突かれた皆が扉の方に注目する。
 そこにはいきなり大勢に目に取り囲まれて目を丸くしている小さな人影。

「お姉ちゃ……ん? あれれ? 何でこんなに大勢居るの?」

 部屋の異様な雰囲気に恐る恐るローズに尋ねて来たのはカナンだった。
 和やかな空気になって来たとは言え、それぞれがローズを護りエレナを取り囲む配置で立っているのだから状況を知らない人間が見たら驚いても仕方無い。

「あっ! エレナじゃないか! やっほーエレ……ナ。あ、もしかしてエレナが何か仕出かしたの?」

 部屋にエレナが居る事に気付いたカナンは元気良く挨拶をしたのだが、その立ち位置の関係からある程度事情を察して理由を尋ねて来た。
 その時エレナの顔が一瞬乙女の顔になってカナンを見詰めたのをローズは見逃さなかった。
 確かに既に知り合いの様ねと、ローズはエレナの語ったカナンとの再会が事実だった事を理解したが、その乙女顔に嫉妬の炎をメラメラ燃やす。

 『キィィーーー! やっぱりエレナは泥棒猫なのだわ! 助けなきゃ良かった!』

 同じ元の世界と死に別れた同士ライバルに対する同情心は何処へやら、イケメン達を自分から奪い去る悪魔主人公に悪態を吐く。
 但し、顔は聖女の如き優しい笑顔を浮かべたまま。
 ここで嫉妬に狂った顔をすると色々と台無しなのは分かっているし、その態度はエレナへの同情心を煽る結果になるのも分かっていたからだ。

「違うのよ、カナンちゃん。私がエレナの身の上話に感動して泣いてしまっただけなの。それに皆が驚いちゃって……。ねぇエレナ?」

 心の中では、庇う形で敵に同意を求める行為に歯軋りしながらも、そうエレナに問い掛けた。
 その言葉にエレナもはにかみながら頷いている。
 そのはにかみは誰に対してなの? と憤るローズだが、やはり顔には出すようなヘマはしない。

「はい、お嬢様の仰る通りです。……お嬢様はとてもお優しい方です」

 と、はにかみ顔で更に頬を染めてそう言うエレナ。
 てっきり、被害者面をするのかと思っていたローズは、その言葉に内心驚いた。
 そして、その表情と言葉に多少の違和感を覚えるものの、カナンに対して同情心を覆る様な言葉を吐いて心を傾かせる作戦を取って来なかったエレナに、敵ながら義理堅い奴めと、称賛の言葉を送った。

「ふ~ん、二人は仲が良くなったんだね。よかった~。パパから僕の乳母役だった人の娘だから気に掛けてやってくれって手紙が来てたんだよ」

 ローズとエレナの様子を見て無邪気に喜ぶカナンに、皆の顔が綻ぶ。
 手紙の事も真実だったのかと、ローズはまたしてもエレナの言葉が真実だった事を知って、内心少し複雑だった。
 本編ルートとは違う出会い展開に対して、未登場キャラだけではなく、取り巻きメンバーからの言質までもが取れてしまったからだ。

「そう言えば、テオドール叔父様ってカナンちゃんがこの屋敷に来ている事知っていたのね」

「うん、そうみたい。黙っていたのになんでだろ? だけど、これで内緒にしなくても遊びに来れるよね」

 少し気になっていたテオドールがカナンの行動を知っていた理由を聞くと、本人も知らなかったらしく驚いていたが、すぐに喜びの声に変わった。
 どうやらローズの屋敷に行く事を父親公認と受け取ったのだろう。
 カナンはぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいる。
 フレデリカと執事長は少し渋い顔をしてその様子を見ていた。

 『ふぅ、取りあえず第二戦はこれで終了ね。え~と、これってどっちの勝利になるのかしら? 追い出せなかった私の負け? それとも悪役令嬢のイメージに上書き出来なかったエレナの負け? う~ん、引き分けで良いか』


「おや~? 何か楽しそうな声が聞こえるね~?」

 戦後処理と言う訳ではないが、ローズは第二戦の勝敗分析を行っていた所に、カナンが飛び込んで来てから開きっ放しのままだった扉の向こうから、よく知っている声が聞こえて来た。
 それはゲーム中はほのぼのお兄さんキャラだったホランツの声だ。
 但し、現在は軟派で色男キャラな喋り口調になってはいるが。

「んん? その子は見ない顔だね? あぁ、君がカナンの言っていた新人さんか~。ははっ、よろしくね~」

 ホランツは部屋に入ってくると、見慣れないメイドが居る事に気付いたのか、エレナに向かってほのぼのお兄さんではなく、色男風な挨拶をした。
 声を掛けられたエレナがビクッと体を震わせたのをローズは見逃さなかった。
 どうしたのかしらと、ローズは少し首を傾げたが、すぐに攻略対象キャラであるホランツの声を聴いて嬉しさの余り反応したのだろうと推測する。
 ローズの目からは、エレナが一瞬怯えた風にも見えたと思ったのだが、それは今のホランツの姿を見た所為だろうと結論付けた。
 なにしろ、プレイ中エレナの前では本来ほのぼのお兄さんキャラの筈なのに、突然目の前に現れたホランツは、イメージ真逆の軟派な色男キャラとして登場したのだから。
 そりゃ驚いて当たり前だわと、ローズは初めて見た時は自分も驚いた事を思い出して納得する。

「ホランツ様。どうしてここ居られるのでしょうか?」

 ローズが声を掛けるより先に、扉の側に立っていた執事長がホランツを少し厳しめの低い声で尋ねた。
 実際ローズも何故居るのかは分かっていないが、心当たりは有る。
 と言うか、一昨日も本人から似た話を聞いていた。
 そして予想通り、カナンとホランツが両方共『しまった』と言う顔をして固まっている。
 要するに先日同様カナンが泊まっている部屋に内緒で忍び込んだのだろう。
 そして、この部屋に執事長が居る事を知らなかったから、のこのこと入って来てしまったようだ。

「い、いや、今学園って期末試験の真っ最中だろ? カナンの奴ってば、昨日無理して舞踏会に出たもんだから、また勉強を教えてくれと言われてね。学園の寮に忍び込むのは、見付かったらカナンが退学になっちゃうし、僕の所はほら、別派閥の跡取りが泊まるってのはちょっとばかし問題が有るからさ」

 ホランツがしどろもどろに執事長に向かって言い訳をしている。
 カナンもうんうんと一生懸命頷きながら謝っていた。

「なるどなるほど……。しかしながら、別派閥の令嬢のお屋敷に忍び込んで泊まる事の方が……、問題では有りませんかな?」

 執事長が言葉自体は丁寧だが、普段の好々爺の仮面を脱ぎ捨て、体中から地獄の魔王もかくやと言う闘気を発しながらホランツとカナンに向けてそう尋ねた。
 二人は執事長の迫力に抱き合いながら震えて、こくこくと頷いている。

「この屋敷に遊びに来るのは構いません。これに関しては何故か旦那様もお目を瞑っておられましたから。しかし、今後は泊まる事は控えて頂けますかな」

「「は、はい~。ごめんなさい~」」

 あまりの恐怖に二人はそう言って慌てて部屋から逃げ出して行ってしまった。
 残された皆は、その様がおかしくて吹き出している。


「フフフッ。じゃあ、色々有ったけどこれですっきりしたわね。そろそろ訓練の時間も終わっちゃう頃だわ。急いでいかなくちゃ」

「分かりました。私はついでにベッドメイキングと湯浴みの準備をしておきますのでお嬢様はお気をつけて行って下さい。執事長、お嬢様をよろしくお願いします」

「ほっほっほっ。分かっておるよ。では行きましょうかお嬢様」

 今度こそ一段落とばかりに皆がそれぞれの仕事場に戻る準備を始めた。
 エレナも部屋から出て行こうとしている。
 先程自分の本当の仕事場所をフレデリカから教えられたからか、カナンが泊まっていた部屋に向かうのだろう。

「あっ、エレナ。ちょっといい?」

「え…っと、何でしょうかお嬢様?」

 急に声を掛けられたエレナはビクッと身体を震わせてこちらを振り返って来た。
 まだ何かツッコまれると思ったのかしら? と、ローズはそのエレナの驚きように少し笑いが込み上げてくる。

「これからよろしくね。エレナ」

 新人メイドを気遣う主人マスターの様ににこやかに、そうエレナに言葉を掛けるローズ。
 しかし心の中では全くの逆。

 『今回はしてやられたけど、次はこうはいかないんだから、覚悟しておきなさい。次の勝利は私が貰うわ』

 宿命のライバルへ激しく闘志を燃やす決闘者デュエリストの様に熱血に、そうエレナに対して挑戦状を叩き付けた。

「……。は、はいっ! これからもよろしくお願いします!」

 一瞬驚いた顔をしたエレナだが、すぐに満面の笑みを浮かべながら頭を下げ、そしてそのままスキップをする様な軽やかな足取りで部屋から出て行った。
 その様子を見て、ローズは少し複雑な気分になる。
 取りあえず、転生者と言う事はバレなかった様だ。
 声を掛けた直後の驚いた顔から推測するに、恐らくエレナの中で今の現状が隠しルートの所為だと言う認識が固まったと思われる。
 そして、このルートのローズは自分の味方と思い込んだ様だ。
 先程取った行動の数々からすると仕方無いと、ローズは心の中で溜息をついた。

 『ん~。どうしたもんかな~。暫くはエレナに対して優しい態度を取り続けなければ怪しまれるわね~。……いや、この状況は逆に使えないかしら? 敵と言う認識のままなら裏でコソコソ動かれる可能性も有るけど、味方と思っているのなら油断するんじゃないかしら? ふふふふ、勝てる! これなら勝てるわ!』

 ローズは持ち前のポジティブ思考で、一人心の中で、自分を味方と勘違いしているエレナに勝利宣言をした。
 相手も利用してくるだろう事も予想出来るが、ローズが有利であるのは明白である。
 天の時ゲーム開始前から居る地の利自分の屋敷人の和最近皆と仲が良い、全てにおいてエレナに勝っているのだ、負ける道理はないと息巻いた。
 先程ディベート合戦でコテンパンに負けたのだが、ポジティブな彼女は過去の失敗を反省はすれど引き摺らない。

 『しかし、隠しルートかぁ~。確かにそうなのかもね。エレナとカナンの関係が大きく変っちゃってるし、ホランツ様も色男キャラのままエレナと出会っちゃった……? ……あ、あれ? も、もしかして、もしかしてだけど、今起こった事って、『ホランツ様との出会いイベント in 隠しルート』ってことなんじゃあ?』

 ローズはふと浮かんできた言葉にバラバラだったパズルが組み上がっていく様な感覚に囚われた。
 本編とは異なるシチュエーションではあるが、これでエレナはホランツとある意味衝撃的な出会いを果たした事になる。
 こんな愉快な出会い方をしたのだ。
 ほのぼのお兄さんキャラより、色男な軟派キャラの方が合っていると言えるだろう。
 今日起こった事を笑い話に、最初から気軽に会話が出来る様な関係になる事だって考えられる。
 キャラの違いは既にローズ自身によって可能性の違いを提示してしまっている。

 ローズは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 エレナへの同情ポイント取得を阻止する為に『聖女の如き悪役令嬢』編をでっち上げたつもりでいたが、もしかして、そう思い至った事自体がによって、意識を操作された結果ではないのか?
 出会いの時に手を差し伸べてしまった時から、いや野江 水流の意識が覚醒した時から既にゲームシステムの掌の上だったのでは?
 そんな思いが頭を過る。


 ―――しかし……。

 『バッカにするんじゃないわ! ゲームシステムがなんぼの物よ! 思い通りにはさせないんだから!』

 と、心の中で熱い思いを滾らせた。
 ゲームシステムに良いようにされたと言う悔しい思いを逆に闘志に変える。
 なぜなら、自分が取った選択の数々は、野江 水流として何度同じ選択肢が提示されようと、同じ選択をしただろうと信じているからだった。
 それがたまたまシステムの思惑通りだっただけ。
 それに、システム通りにプレイしてクリア出来る程このゲームは甘くない事もローズは知っている。

 『見てなさいゲームシステム!! 絶対に勝ち抜いて、主人公をバッドエンドに叩き込んでやるんだから!』

 心の中である意味真の敵と言えるゲームシステムに対して挑戦状を叩き付けた。


「ほらほら、お嬢様。なに立ち止まっているんですか? 掃除の邪魔なので早く出てって下さい」

「え? は、は~い。朝練行ってきま~す」

 ローズの元気な声が部屋に響き渡った。
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