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第三章 絶対に負けないんだから
第42話 迫真の演技
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「あ、あの……、その……」
過去の事を聞かれたエレナは、上手く言葉が紡げないようで狼狽えている。
ローズは心の中で『分かるわ~』とその狼狽え振りに敵ながら理解を示した。
そして、この時ばかりは自分がローズに転生して良かったと心から思う。
なにしろローズは、過去を振り返らない女。
いや、ただ単に何事にも興味を示さず、覚えようとしないだけではあったのだが、お陰で過去の事を聞かれても誤魔化しようは色々ある。
過去の事についてある程度見当違いの事を言っても、大抵『あぁ、ローズだから仕方ない』で済まされる程の緩さであった。
ただ、このまま『あうあう』言っているエレナを眺めていても時間の無駄だし、何よりその無駄な時間の間に言い訳を思い付かれても厄介だと思ったローズは、いきなり核心を突いたこの話題をこれ以上問い質すのを止めて段階を踏んで相手の素性を探る作戦に出る事にした。
「ん~何やら色々有ったみたいね。じゃあ、ここに来る前は何をしていたの? って言う質問はどうかしら?」
「え? こ、ここに来る前ですか……?」
急に話を変えられたエレナは不意を突かれたと言うように質問の言葉をそのまま返してきた。
「えぇ、聞かせて貰えないかしら」
「あ、あの……、何でそんな事をお聞きになりたいのでしょうか?」
「それは、あなたの事だけじゃないの。最近はこの屋敷の使用人皆と話す機会が有れば同じ事を聞いているわ」
この言葉は真実である。
最近のローズは使用人達に同じ様な質問をして、その人となりを知ろうとしていた。
『相互理解』それが仲良くなる事の第一歩とローズは思っているし、元の世界でもそれを実践して来たのである。
と言っても、今のところ話せる使用人は年配の者に限られており、若い使用人は先程のエレナの様に狼狽えてなかなか言葉を交わす事が出来ないのが悩みの種ではあるのだが。
「そ、そうですか……。私の過去などあまり面白い事は有りませんよ? お耳汚しする事になるかもしれません」
ローズの説明に観念したのか、エレナは少し暗い顔をしてそう言った。
もしかしたら、その事は既に年配の使用人達から聞いていたのかもしれない。
恐らく隠しルートと思っているだろうエレナの事だから、まずは情報収集として『心変わりしたローズ』の事を探るだろうし、知っていてもおかしくない。
そう思ったローズだが、エレナの言葉とその暗い表情が醸し出す重い雰囲気に若干の違和感を覚えた。
「構わないわ、聞かせて貰える?」
エレナの態度を不審に思いながらも、ローズはこの様な身の上話を聞く時の定番文句『話せる範囲で構わない』は付けなかった。
言ってしまうと、これ幸いに『これ以上は話せません』とか言い出す可能性が有るからだ。
これはあくまで尋問なのだから、そんな逃げ道を与えてやる必要はないと、ローズは心の中で悪い笑みを浮かべる。
「それでは……、ここに来る前は母と二人暮らしをしておりました」
「お母様と……?」
少しうつむき加減でエレナは身の上話を語り始めた。
ローズは心の中で『ふむふむ、まぁ在り来たりな話で切り出して来たわね』と、醸し出している雰囲気にしては少々肩透かしな内容に、半ば呆れながら感想を述べる。
そして、この後『母は病弱で……』とか言うのだわと、続く言葉を予想した。
「はい、母は病弱で、私が毎日世話をしていたのです。寝たきりの母に変わり私が家事全般を行っていました」
予想通りの言葉にローズは思わず吹き出しかけたのを堪える。
ここで噴出してしまうと台無しどころの騒ぎではない。
エレナに逃げる口実と、『お嬢様に辛い過去の事を笑われた』と言う周囲の同情を誘う手段を与えてしまう事になるからだ。
『やばかった~。しかし、やるわね、エレナ! 思わぬカウンターを食らう所だったわ。気を付けないと……。けど、やっぱり少しおかしい?』
吹き出さなかった事に安堵しながらも、ローズはエレナの態度とその言葉全ては予想通りではあったのだが、消えない違和感を不審に思った。
吹き出すのを堪える事が出来た最大の理由と言えるかもしれない。
「えっ……と、家事全般をしていたから、メイドの仕事が出来ると言う事?」
助け舟みたいな言葉だが、これには理由が有った。
ここですぐに飛び付くならば、それは嘘である可能性が高いだろう。
さらに根掘り葉掘り聞く切っ掛けになる。
その先に続く質問も既に用意してあった。
「そうなんですが……、少々事情が有りまして……」
「事情……?」
餌に飛び付いて来たと思ったら、どうも様子がおかしい。
ローズは、なんだかはぐらかされた気分にった。
「はい、家事全般をやってメイドになれる程、貴族家のメイド業は易しくありません」
「そ、そうね……」
エレナはそう言って顔を上げこちらの方を見詰めてくる。
顔を上げた際に、前髪が少し開きエレナの目を露出していた。
ローズはその目に何か強い意志の様な物が浮かんでいる様に思えたが、それがなぜだか分からない。
一瞬こちらの思惑に気付かれたかと思ったが、ただの反撃にしてはその真剣な表情を見る限り様子が異なるようだ。
ローズは先程からの違和感が何なのかやっと理解した。
『この子、なんだか演技上手過ぎじゃない? 身の上話を話し出した途端、急に言葉に感情が篭ってる。まるで真実の様に聞こえちゃう……』
それまでの態度は、どこか嘘を言っている様な薄っぺらいものだった。
しかし、今のエレナはまるで映画やお芝居でも見ているかのように堂に入った演技だと、ローズは思った。
もしかして前世は女優だったのかしら? とエレナの正体を勝手にアレコレと推測する。
「私の母は、元々テオドール様のお屋敷で働いていたメイドだったのです」
「えぇっ! そ、そうなの!」
この言葉に素直に驚いてしまったローズ。
エレナの演技の上手さも有って、完全に意表を突かれてしまった。
なるほど、元領主の館で働いていたメイドの娘。
その手解きを受けて育ったのならば、フレデリカが言っていた『どこかで訓練を受けた』と言う事も矛盾しない。
しかも、コネも伝手もこれで理由になるだろう。
『完全にやられた……』
ローズはエレナの隙の無い理論武装の一撃に一本取られたと心の中で唇を噛みしめる。
そんな設定はゲーム中どこにも出て来なかった。
隠しルートとと言えども、主人公の設定をここまで変えるとは思えないし、更にそんな設定を事細かく転生者が知っているとも思えない。
自分にしても、過去のローズの所業をフレデリカから聞いても、結局のところ全て実感が無い他人事にしか聞こえなかった。
今の説明は完璧過ぎる。
それにこの迫真の演技。
この世界の親から聞いた又聞き話と言うより、一から自分で設定を考えて感情を籠めるヶ所を想像しながら創作した話と言った方がしっくりくる。
もっと言えば、実体験による独白によるもの。
いや、それは有り得ない事だと、ローズはその可能性を否定した。
どこかに理論の穴は無いか? と、ローズは反撃の糸口を探す。
テオドールの屋敷の事は交流が無い為、分からない。
だから、エレナの母親が本当に働いていたかを確かめる術はないだろう。
ここに居る年配の使用人達ならば知っているかもしれないが、その者達でさえこの屋敷に移ってから二十年との事だ。
エレナの年齢は現在14歳と言う事から推測するに、その母親の在籍期間と被っていない可能性が高い。
何か今現在確認出来る事は? と考えるローズに一つの案が浮かんだ。
「えぇ……と、じゃあ、カナンちゃん……いえ、カナンと面識も有るの?」
そう、カナンはテオドールの息子であり、今現在この屋敷に頻繁に出入りしている人物である。
彼の存在が一つの突破口と言えよう。
勿論面識が無いと言われたらそれまでだが、在籍期間を割り出す為の材料にはなるはずだとローズは考えた。
「はい、カナン様とはまだほんの幼い頃にですが、一緒に遊んだ事が有ります。しかしながら、すぐに母が病に倒れた事でお暇を頂いた為、それ以降は会う事も有りませんでした」
エレナは少し懐かしいと言う表情を浮かべた。
そして母が病いで倒れたとところで悲痛な顔に変わる。
ローズは相変わらずの演技の腕に舌を巻いた。
「その事をカナンは知っているの?」
演技の事は置いておいて、エレナは面識が有ると言った。
カナンは12歳になったばかり、エレナはもうすぐ15歳だ。
それが幼い頃に遊んだ事が有ったと言う事は、おおよそ10年弱と言ったところか。
カナンの記憶の有無でもう少し絞れるだろう。
ローズはエレナの回答を固唾を飲んで待った。
過去の事を聞かれたエレナは、上手く言葉が紡げないようで狼狽えている。
ローズは心の中で『分かるわ~』とその狼狽え振りに敵ながら理解を示した。
そして、この時ばかりは自分がローズに転生して良かったと心から思う。
なにしろローズは、過去を振り返らない女。
いや、ただ単に何事にも興味を示さず、覚えようとしないだけではあったのだが、お陰で過去の事を聞かれても誤魔化しようは色々ある。
過去の事についてある程度見当違いの事を言っても、大抵『あぁ、ローズだから仕方ない』で済まされる程の緩さであった。
ただ、このまま『あうあう』言っているエレナを眺めていても時間の無駄だし、何よりその無駄な時間の間に言い訳を思い付かれても厄介だと思ったローズは、いきなり核心を突いたこの話題をこれ以上問い質すのを止めて段階を踏んで相手の素性を探る作戦に出る事にした。
「ん~何やら色々有ったみたいね。じゃあ、ここに来る前は何をしていたの? って言う質問はどうかしら?」
「え? こ、ここに来る前ですか……?」
急に話を変えられたエレナは不意を突かれたと言うように質問の言葉をそのまま返してきた。
「えぇ、聞かせて貰えないかしら」
「あ、あの……、何でそんな事をお聞きになりたいのでしょうか?」
「それは、あなたの事だけじゃないの。最近はこの屋敷の使用人皆と話す機会が有れば同じ事を聞いているわ」
この言葉は真実である。
最近のローズは使用人達に同じ様な質問をして、その人となりを知ろうとしていた。
『相互理解』それが仲良くなる事の第一歩とローズは思っているし、元の世界でもそれを実践して来たのである。
と言っても、今のところ話せる使用人は年配の者に限られており、若い使用人は先程のエレナの様に狼狽えてなかなか言葉を交わす事が出来ないのが悩みの種ではあるのだが。
「そ、そうですか……。私の過去などあまり面白い事は有りませんよ? お耳汚しする事になるかもしれません」
ローズの説明に観念したのか、エレナは少し暗い顔をしてそう言った。
もしかしたら、その事は既に年配の使用人達から聞いていたのかもしれない。
恐らく隠しルートと思っているだろうエレナの事だから、まずは情報収集として『心変わりしたローズ』の事を探るだろうし、知っていてもおかしくない。
そう思ったローズだが、エレナの言葉とその暗い表情が醸し出す重い雰囲気に若干の違和感を覚えた。
「構わないわ、聞かせて貰える?」
エレナの態度を不審に思いながらも、ローズはこの様な身の上話を聞く時の定番文句『話せる範囲で構わない』は付けなかった。
言ってしまうと、これ幸いに『これ以上は話せません』とか言い出す可能性が有るからだ。
これはあくまで尋問なのだから、そんな逃げ道を与えてやる必要はないと、ローズは心の中で悪い笑みを浮かべる。
「それでは……、ここに来る前は母と二人暮らしをしておりました」
「お母様と……?」
少しうつむき加減でエレナは身の上話を語り始めた。
ローズは心の中で『ふむふむ、まぁ在り来たりな話で切り出して来たわね』と、醸し出している雰囲気にしては少々肩透かしな内容に、半ば呆れながら感想を述べる。
そして、この後『母は病弱で……』とか言うのだわと、続く言葉を予想した。
「はい、母は病弱で、私が毎日世話をしていたのです。寝たきりの母に変わり私が家事全般を行っていました」
予想通りの言葉にローズは思わず吹き出しかけたのを堪える。
ここで噴出してしまうと台無しどころの騒ぎではない。
エレナに逃げる口実と、『お嬢様に辛い過去の事を笑われた』と言う周囲の同情を誘う手段を与えてしまう事になるからだ。
『やばかった~。しかし、やるわね、エレナ! 思わぬカウンターを食らう所だったわ。気を付けないと……。けど、やっぱり少しおかしい?』
吹き出さなかった事に安堵しながらも、ローズはエレナの態度とその言葉全ては予想通りではあったのだが、消えない違和感を不審に思った。
吹き出すのを堪える事が出来た最大の理由と言えるかもしれない。
「えっ……と、家事全般をしていたから、メイドの仕事が出来ると言う事?」
助け舟みたいな言葉だが、これには理由が有った。
ここですぐに飛び付くならば、それは嘘である可能性が高いだろう。
さらに根掘り葉掘り聞く切っ掛けになる。
その先に続く質問も既に用意してあった。
「そうなんですが……、少々事情が有りまして……」
「事情……?」
餌に飛び付いて来たと思ったら、どうも様子がおかしい。
ローズは、なんだかはぐらかされた気分にった。
「はい、家事全般をやってメイドになれる程、貴族家のメイド業は易しくありません」
「そ、そうね……」
エレナはそう言って顔を上げこちらの方を見詰めてくる。
顔を上げた際に、前髪が少し開きエレナの目を露出していた。
ローズはその目に何か強い意志の様な物が浮かんでいる様に思えたが、それがなぜだか分からない。
一瞬こちらの思惑に気付かれたかと思ったが、ただの反撃にしてはその真剣な表情を見る限り様子が異なるようだ。
ローズは先程からの違和感が何なのかやっと理解した。
『この子、なんだか演技上手過ぎじゃない? 身の上話を話し出した途端、急に言葉に感情が篭ってる。まるで真実の様に聞こえちゃう……』
それまでの態度は、どこか嘘を言っている様な薄っぺらいものだった。
しかし、今のエレナはまるで映画やお芝居でも見ているかのように堂に入った演技だと、ローズは思った。
もしかして前世は女優だったのかしら? とエレナの正体を勝手にアレコレと推測する。
「私の母は、元々テオドール様のお屋敷で働いていたメイドだったのです」
「えぇっ! そ、そうなの!」
この言葉に素直に驚いてしまったローズ。
エレナの演技の上手さも有って、完全に意表を突かれてしまった。
なるほど、元領主の館で働いていたメイドの娘。
その手解きを受けて育ったのならば、フレデリカが言っていた『どこかで訓練を受けた』と言う事も矛盾しない。
しかも、コネも伝手もこれで理由になるだろう。
『完全にやられた……』
ローズはエレナの隙の無い理論武装の一撃に一本取られたと心の中で唇を噛みしめる。
そんな設定はゲーム中どこにも出て来なかった。
隠しルートとと言えども、主人公の設定をここまで変えるとは思えないし、更にそんな設定を事細かく転生者が知っているとも思えない。
自分にしても、過去のローズの所業をフレデリカから聞いても、結局のところ全て実感が無い他人事にしか聞こえなかった。
今の説明は完璧過ぎる。
それにこの迫真の演技。
この世界の親から聞いた又聞き話と言うより、一から自分で設定を考えて感情を籠めるヶ所を想像しながら創作した話と言った方がしっくりくる。
もっと言えば、実体験による独白によるもの。
いや、それは有り得ない事だと、ローズはその可能性を否定した。
どこかに理論の穴は無いか? と、ローズは反撃の糸口を探す。
テオドールの屋敷の事は交流が無い為、分からない。
だから、エレナの母親が本当に働いていたかを確かめる術はないだろう。
ここに居る年配の使用人達ならば知っているかもしれないが、その者達でさえこの屋敷に移ってから二十年との事だ。
エレナの年齢は現在14歳と言う事から推測するに、その母親の在籍期間と被っていない可能性が高い。
何か今現在確認出来る事は? と考えるローズに一つの案が浮かんだ。
「えぇ……と、じゃあ、カナンちゃん……いえ、カナンと面識も有るの?」
そう、カナンはテオドールの息子であり、今現在この屋敷に頻繁に出入りしている人物である。
彼の存在が一つの突破口と言えよう。
勿論面識が無いと言われたらそれまでだが、在籍期間を割り出す為の材料にはなるはずだとローズは考えた。
「はい、カナン様とはまだほんの幼い頃にですが、一緒に遊んだ事が有ります。しかしながら、すぐに母が病に倒れた事でお暇を頂いた為、それ以降は会う事も有りませんでした」
エレナは少し懐かしいと言う表情を浮かべた。
そして母が病いで倒れたとところで悲痛な顔に変わる。
ローズは相変わらずの演技の腕に舌を巻いた。
「その事をカナンは知っているの?」
演技の事は置いておいて、エレナは面識が有ると言った。
カナンは12歳になったばかり、エレナはもうすぐ15歳だ。
それが幼い頃に遊んだ事が有ったと言う事は、おおよそ10年弱と言ったところか。
カナンの記憶の有無でもう少し絞れるだろう。
ローズはエレナの回答を固唾を飲んで待った。
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