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第二章 誰にも渡しませんわ
第28話 主人公
しおりを挟む「何事だ! お前達っ!!」
ローズがこのカオスの場と化した玄関広間に困惑していると、突如怒号が響き渡った。
この場に居た皆がその声の主に一斉に目を向けた。
そこは中央階段を中二階踊り場越えを二階へと続く階段上の手摺り。
それに手を掛け見下ろしている人物は、普段の好々爺の顔は鳴りを潜め、噂に聞く戦場を駆ける戦鬼に戻ったのかと思われる形相をした執事長であった。
どうやら先程の騒ぎを聞きつけて来たようで、その形相に見合う息の詰まりそうな闘気を身体から発していた。
皆は今まで見た事も無いそんな執事長の怒りに怯え静まり返る。
いつの間にかこの玄関広間にはほぼ全ての使用人が集まって来ており、階段も人でひしめき合っている状態だった。
確かに使用人達を取り纏める長である執事長に取ったら、使用人達がこんな狂乱の如き騒ぎを起こしているのを見て、叱責するのは当たり前だろう。
「何が有ったのだっ! 誰か説明しろ!」
恐怖で固まって誰も執事長の問いに応えられないようだった。
「あ、あの~執事長~?」
使用人達は恐怖のあまり誰も言葉を発する事は出来そうも無かったので、ローズは代表して執事長に声を掛ける。
すると執事長はローズの声を聴いた途端、身体から発していた闘気を解いた。
顔も幾分か穏やかな物に変わっているようだ。
「お嬢様っ! お嬢様もおられたのですか。大声を出して申し訳ありません。それより一体何事なのですか? 今日はこの屋敷のお祭りと言う訳でもありますまい」
「あ~、あはははは……。大した事ではないのです。ちょっとアクシデントが有りまして……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ~、なるほど。階段で足を滑らせたその者を、お嬢様がお助けしたと。で、その際にフレデリカの叫び声を聞いた皆が駆けつけて来た……。ふむ、今日より奉公に来た新人が着替えに行ったままなかなか私の部屋に戻らないと思ったら、そう言う理由でしたか」
ローズは一通り何が有ったのかを説明すると執事長は少し困った顔をして、一人状況を反芻する様に頷いてる。
執事長の言葉の中には重要なワードが有ったのを聞き逃さなかった。
『今日より奉公に来た新人』
どうやら、ローズが野江 水流として死ぬ間際までプレイしていた『メイデン・ラバー』は、間違いなく今日から始まったのだと言う事を思い知らされる。
そして、ローズはこのイレギュラーなオープニングイベントに関して一つの仮説を立てた。
自分が三桁回数プレイしている間、一度も見た事が無いこの展開。
もしかしてこれは、イケメン全員を攻略した事によって解放された隠しルートなのではないか?
そう、様々なゲームでよく有るクリア後のご褒美コンテンツと言う奴なのだろうと考えた。
『それならば色々と納得いくわ。こんな展開を見た事が無いのも当たり前ね。だって私はイケメン最後の一人であるオーディック様を攻略した途端に死んじゃったんだから』
幾つかの出来事もこれで説明が付く。
微妙に違う登場人物達の性格や設定。
ゲームプレイ中に知り得ぬ情報だったのではなく、隠しルートだからこその面白設定と言う事なら知らなくても仕方無い、と心の中で一人頷いた。
『けど、だったらそれはそれで少し悔しいわね。目の前のエレナはたかが50数回で全クリしたって事でしょ? あたしなんかクリアし過ぎた所為で、勲章がご先祖様の胸からはみ出て顔にまで張り付いてたもの』
あくまで主人公はエレナである。
隠しルートに入ったと言う事は目の前のエレナが全員の攻略をしたと言う事だ。
自分以上の『恋愛マスター』なのかと、自らの正面、中二階の壁に掲げられている伯爵家始祖の肖像画の胸に描かれている五つの勲章を仰ぎ見ながらため息を吐いた。
ただ、この仮説が正解ならば、勝利の糸口が見えるともローズは考えている。
先程の騒ぎで動揺したものの、ローズはその耳でしかと聞いていたのだった。
エレナが呟いた『こんなの……知らない』と言う言葉を。
要するに目の前のエレナもクリアはしたものの、隠しルートをプレイした事は無いのだ。
いや、隠しルートが一つではない可能性も有るので一概には言えないが、少なくとも先程の態度からこのルートは未プレイと言えるだろう。
だったら、自分は変に元のローズを演じる必要は無いのだ。
イレギュラーの状況をイレギュラーのままで突き進むだけで、エレナは勝手に隠しルートと解釈をしてくれる筈である。
自分が転生者だと言う事さえバレなければなんとかなる。
なぜならば、多少ルートが変ったとしても、あくまでローズはゲームの登場人物。
いずれは本編通りに勝手に自爆するライバルキャラだと侮ってくれる筈だからだ。
それ程までに、このゲーム前半において悪辣非道の限りを尽くしていた悪役令嬢であるローズは、伯爵死亡以降なにをしても不幸の一途を辿ってしまう、言わば雑魚キャラと化すのである。
となれば、エレナが侮ってくれている間に没落を回避する何らかの手段を講じる事が出来れば、俄然勝利の目はあるだろう。
そう思うとローズは少しばかり心が軽くなるのを感じていた。
『なにより、わざわざ皆に嫌われる演技をしなくて良いのは助かったわ。嘘でもそんな言葉言いたくないもの』
ローズは改めてエレナを観察する。
年齢はローズより四~五歳は下だろうか?
イベントシーンでチラリと映る程度でしか知らないゲーム本編中の姿。
それも大抵後姿や横顔、そして引きの場面などまともに描写されることはなかったが、確かに断片的に表示されていた姿と符合する。
金髪ボブカットで目が隠れる程の前髪、そしてゴシックなメイド服に身を包む。
前髪の所為で顔の全容は窺い知れず、パッと見の印象はとても地味で、まるでモブキャラの様だった。
プレイ中、ローズは何でこの子がモテるのだろうと不思議に思っていたが、現物を見てなるほどと思う。
目の前の少女は、小柄で可憐な庇護欲を掻き立てる雰囲気を醸し出していたからだ。
男なら守ってあげたいと思ってもおかしくない。
『恐らくゲーム中にローズが所々でエレナを助けていたのも、この魅力に寄るものかもしれないわね。本当に恐ろしいわ』
女である自分でさえ、敵だと言う事を忘れて思わず助けてしまったのだから、と改めて『ゲームの主人公』と言う絶対強者に畏怖の念を抱いた。
そんなエレナは、いまだ辺りをキョロキョロとしているものの、先程までのパニック状態からは脱しており、この状況を自分なりに解釈しようとしている様だ。
『しかし、初めて真正面から見たけど、見れば見る程エレナってアレよね。目が隠れる程の前髪って現実で見ると結構見ているだけで鬱陶しいわ。まさしく『誰でも無い誰か』的なエロゲーのモブ顔主人公みたい。あんなんで周りが見えてるのか不思議。邪魔じゃないのかしら』
アラサー女子の口から『エロゲーの主人公』と言うパワーワードが飛び出したが、ローズの中の人であるこの野江 水流。『恋愛』と付く物なら何でもござれの強者であるので、エロゲーであろうとも差別無く嗜んでおり別に驚くに値しない。
ゲーム本編中に表示されるイラストで顔を隠していたのは、ただの演出だとローズは思っていたのだが、どうやらそう言う訳ではなく普段から目を隠しているようだ。
しかし、ローズは知っていた。
隠されたエレナの素顔を。
本編中にはモブ程度の描写だが、エンディングでは一転して前髪を上げたキラキラ美少女としてウェディングドレス姿で登場し、イケメンとハッピーな結末を迎えるのである。
最初にエンディングを見た時は、あまりの変わり様に顎が落ちたものだ、とローズはしみじみと心の中で述懐する。
髪を上げると金髪碧眼の美少女であるエレナが、何故かゲーム中は地味な姿をしている理由に関して、ローズは開発者のドッキリ目的だろうと推理していた。
『ギャップ萌でユーザーの度肝を抜く為よね。本当にこのゲームの開発者って底意地が悪いわ。けど……、主人公が金髪碧眼なのに、なんでライバルキャラのローズも金髪碧眼なのかしら? 普通ライバルキャラって分かり易いように赤だの青だの黒だのって色を変えるのに。最初エンディングで驚いた理由は、え? なんでエンディングでローズが出てくんの? って思ったもの。キャラ被りも甚だしいわ』
しかも、イラストレーターが美少女キャラの引き出しが少ないのか、髪を上げたエレナはなんとなくローズに似ている所も有り、キャラの書き分けぐらいちゃんとしろ! とローズは更なる愚痴を零すのであった。
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