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第二章 誰にも渡しませんわ
第27話 知らない
しおりを挟む「エ、エレナ……」
ローズは突如現れた目の前の敵に対して、何を言ったらいいのか言葉が見付からず、ただその名前を復唱する事しか出来なかった。
しかし、それによってエレナが取った態度ですぐさま我に返る。
それはエレナの戸惑いの表情であった。
一見おかしくない様に思えるその行為。
お仕えする伯爵令嬢が、自分を抱えたまま固まって名前を呟くなんて事をされると誰でも困惑するだろう。
しかし、ローズはその表情に違う意味を見出していた。
『この表情、これは知っている展開と違うと言う表情よ。やっぱりエレナも転生者なの? い、いけないわ! まだ皆の心を掴んでいないのに。もう少し待ってくれたって良いじゃない!』
ゲーム開始の合図も無く突然始まったオープニングイベントに、誰に向けてとは言わずに心の中で文句を言った。
エレナが登場する前にしないといけない事はまだまだ有った。
少しばかりゲームより早く目覚めた所為で、少々この世界をエンジョイしようとしてしまっていた。
そんな後悔で頭の中は埋め尽くされている。
『バカバカ! なんで遊んじゃってたの私! ステータスカンストした化け物に正面切って勝つのは無理だわ。唯一の勝利の道はこちらも転生者ってのを気付かせない事よ。なら、今私がすべき事はゲームと同じ展開でこのオープニングを無事に乗り切るしかないわ』
ローズにとって、この後の展開は嫌と言う程見た光景だった。
ゲーム本編中は既読スキップ機能が有る物の、何故かタイトルまでのロゴとオープニングイベントは何をやっても飛ばせないと言う、まさにクソゲーあるあるの嫌がらせ。
目を瞑れば頭の中に一言一句間違わずにセリフが流れて来る。
なんならモノマネの一人芝居だって出来る自信が有る程だ。
ただ、ゲームの中では二人の会話しか無かったし、エレナ視点では気付かなかったが、実際はこうなっていたのかと、描写をしなかったゲーム開発者達の事を恨んだ。
何故ならば、先程のフレデリカの叫び声を聞いたメイドや執事、その他の使用人達が続々と集まって来ていたのだった。
特に『お嬢様っ! 危ないです。避けて!』と言う、ローズに対して危機を告げるセリフの影響なのだろう。
聞こえなかった者も、他の使用人達からの伝達で取るものも取り敢えず集結して来ている様だった。
『ひーーー! このシーンにこんなに使用人居たなんて聞いてないわよ! こんな大勢の前でゲーム通りにエレナを怒鳴ったりすると、ここ数日頑張った仲良し計画が台無しじゃない。やっと悲鳴を上げて逃げられなくなって来たって言うのに逆戻りよーーー!』
とは言え、このままお姫様抱っこをしている訳にもいかないのは百も承知。
それに、エレナ自身もこんな人数がこのシーンに居た事を知らなかった様でキョロキョロと周りを見て驚いていた。
『このままじゃいけないわ。エレナが違う展開に気付き出している。けど、今ならまだ『ゲーム内では描写されていなかった現実』として誤魔化せるかもしれない。私も最初それで苦労したしね。よ~し、細かい事は後よ。これからローズが取るべき行動は……』
頭の中でこれから喋るローズのセリフをもう一度反芻して意を決する。
そう、この後ローズが言うべき言葉は……。
「あなた、いつまで私の腕に収まっているつもり? 怪我が無いなら早く降りなさい」
もう少し冷たい声色だったか? と厳しめの自己採点に少々気落ちをしながらも、腕の中のエレナをポイっと投げる。
ゲームの展開では投げられたエレナは、上手く着地出来ずにコケてしまい階段で尻餅をついてお尻に痣が出来てしまう。
そのドジさに切れたローズが、エレナに対して口汚く罵ると言う若干胸糞悪い展開をエレナが思い出す場面からゲーム本編は始まるのだった。
勿論、この時に出来たお尻の痣もこの先のゲーム展開で重要な役割を持つし、口汚く罵られる事自体が使用人達に対してエレナに同情し味方になっていく事に繋がる。
主人公をバッドエンドに叩き込んでやる筈だったのに、自らゲームと同じ展開にせざるを得ないこのゲーム設定の強制力にローズは歯軋りをした。
だからと言って出来るものなら避けたいが、無策のままでは勝てやしない。
悔しい思いで自らの手を離れ空中を舞うエレナを見ながら、言いたくも無いこれから言うべき言葉の準備をする。
『そう、このまま着地失敗して足を滑らせてエレナは尻餅を付く。そしてローズは時間にして一分にも渡る罵り台詞をエレナに吐き出すのよ。しかし、ゲームのオープニングでいきなり飛ばせない罵倒セリフが一分続くって酷い話ね。そりゃローズへのヘイトが募る筈だわ。私もどれだけローズに対して恨み節を言った事か……、って、あ、あれ?』
空中を舞っているエレナを半ば諦め気分で眺めていると、知っているのと違う展開が繰り広げ出した為、先程のエレナではないが困惑の表情を浮かべた。
ゲームでは放り投げられたエレナは足を踏み外して尻餅つく……筈だった。
しかし、目の前のエレナはなんと見事に着地している。
その顔は、予期せぬ展開に自分でも信じられないと言う顔をしている様に見えた。
『な、なんで? もしかして投げ方が甘かった? もっと強く投げなきゃダメだったのかしら? それともエレナだってこれからの展開を知っているんだもの、痛い思いなんてしたくなかったから間違って着地しちゃったとか? そ、それなら私の所為じゃないわよね』
ローズの頭の中は混乱している。
それは仕方無い事だった。
これから始まる一分にも渡る罵倒は、折角助けたのに尻餅をついたと言うドジをなじる所から始まるのだのだから。
見事着地されたらどうすれば何を言えばいいのか? セリフを再構成するにしてもノンストップの一人芝居。
ここまでの無理無茶展開はローズの中の人である野江 水流の三十一年の人生の中でも早々有る物では……。
『いや、そう言えば結構有ったわね。こんなピンチ。高校時代なんてヤンキーブームで周辺が荒れに荒れてたもんで、先輩達と毎日ヤンキー狩……ゲフンゲフン。不良の皆さんを更生すべく、日夜汗を流したものよ。それに比べたらこれくらいのピンチなんて物の数には入らないわ。見てなさいエレナ』
過去の窮地を思い出し何とか気を取り直したローズは、罵倒セリフの冒頭部分を改変して主人の手を煩わせた無能なメイドと言う掴みで罵倒セリフを構築し直した。
『さて、これ以上待たしては置けないわ。行くわよ~』
「あなたっ! よく「あなたっ!! よくも使用人の分際でローズ様を危険な目に合わせましたね!」
「「え?」」
再構成した罵倒セリフを言おうとした瞬間、背後からズカズカと激しい足音を立て怒鳴りながらフレデリカがローズとエレナの間に入って来た。
更なる驚愕の展開に、ローズのみならずエレナもハモって驚きの声を上げた。
『えっ? えっ? 何この展開? こんな展開私知らないわよ!』
ローズはちらりとエレナを伺うと同じく激しく困惑をしている様だ。
やはり転生者なのかと言う思いを固めたローズだが、そんな事よりも三桁回数繰り返し見て来たオープニングで有り得ないこの展開に付いていけていない。
フレデリカが主人公に詰め寄るなんてイベントはオープニングを除いたとしても発生する気配すらなかった。
何しろフレデリカのゲーム上での役どころは、主人公に対して様々な情報や助言を行うサポートキャラであり、同じくローズに立ち向かう同士だったからだ。
「そうだ! お嬢様に対してなんと無礼な!」
背後から別の声が聞こえる。
あれは確か、若い執事の一人。
彼の妹が流行り病に掛かったと聞いて、特効薬を送ってあげる様にと彼にその薬をプレゼントしたのだったとローズは思い出す。
それに呼応したかの様に他の者達からも怒りの声が上がりだした。
「お嬢様に怪我が有ったらどうするつもりだ!」
「無礼な娘だ!」
「ローズ様にお姫様だっこされるなんて羨ましいですわ」
「私だってお姫様だっこされたい……」
「俺だって……」
等々、広間に集まった使用人達は口々にエレナに向けて敵意を露わにしていく。
それらの声も、この数日に困っているところを助けた者達だったか? とローズは記憶を探った。
最後の方はただの嫉妬になっているが敵意には違いない。
突然大人数に敵意を向けられたエレナは身体を震わせ涙目になっていた。
一階だけでは無く、二階からも敵意を剥き出しにしながらエレナににじり寄って行く使用人達。
玄関広間は使用人達の怒気を孕んだ異様な空気が充満している。
エレナを屋敷から掴み出そうと皆が手を伸ばし今にも届きそうだ。
この想像と違う所ではないこの急展開にローズは思わず声を上げた。
「皆落ち着きなさいっ!!」
ローズのその声に皆の動きが止まる。
声を上げたローズに皆の目が集中した。
「皆、私の事を心配してくれたのは嬉しいのだけれど、ほら私は無事だった。それにこの子だって無事だったのよ? 新人の子に対して皆で詰め寄ったら可哀想でしょ? 誰しも失敗は有るの。だからそんなに怒らない。これから屋敷で一緒に働く仲間なのだから」
ローズのこの言葉で皆が我に返った様で、広間に充満していた怒りの空気は霧散し皆がローズに対して頭を下げた。
主人を思っての行動だったとは言え、新人に対して取る態度では無かった、と今し方の自らの行いに反省した様だ。
「ほら、謝る相手が違う。エレナに謝りなさい。怖い思いをさせちゃったのだからね」
皆はその言葉に弾かれた様にエレナに対して謝り出した。
『大人げなかった』『怖がらせて済まなかった』と、皆して頭を下げている。
ローズはその和解の風景をほのぼのとした表情で眺めながら、心の中では激しく後悔していた。
『しまったーーー!! なんでエレナの事を庇っちゃったのよ!! このまま放っておいたならエレナは伯爵家追放ENDになったってのに!!』
後悔してももう遅い。
彼女は自らの手で主人公をバッドエンドに叩き落す道を一つ潰してしまったのだ。
だがしかし、辛い目に遭っている人には誰であろうと手を差し伸べてしまうのが、この野江 水流だったのだから仕方が無い。
『もしかして、これもゲームの強制力って奴なのかしらーーー!!』
伯爵家追放ENDなんて存在しない物を発生させようとした為か。
おのれ恐るべしゲーム設定の強制力! とばかりに心の中で大絶叫。
そんなローズの耳にエレナがポツリと呟いた言葉が聞えて来た。
「こんなの……知らない……」
『私だって知らないわよーーーー!!』
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