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第二章 誰にも渡しませんわ
第26話 遭遇
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「なぁなぁ、いいだろう~? 今更お前が多少羽目を外した姿を見ても驚きゃしねぇしよ」
引き続きオーディックが更なるお願いをして来た。
案外オーディックなら真剣勝負して、仮に自分が勝ったとしても逆に二人の間は近付くかもしれない。
それどころかローズ側の攻略フラグとして個別ルートに進む可能性だって有り得るのではないか?
それも考えられるとローズは思った。
元々エレナ側の攻略ルートの発生条件は現時点で不明であるし、過去の記憶を無くすと言う離れ業でやっと攻略出来たのだ。
ならば、ローズ的にも普通の付き合いでは攻略出来ないのではないか?
何より幼馴染な癖に伯爵家が没落しても、ローズを助けるなんて描写はなく、あまつさえ別のイケメンとのルート確定後は屋敷にさえ姿を現さなくなる事から、記憶を無くすレベルの何らかのイベントでも無いと、個別ルートに行き着かない可能性が高い。
とは言え、それを今試すのには情報が足りない。
現状で試すには少しリスクが高い賭け。
それに、もし成功してルートを固定してしまうと折角のイケメン達との逆ハーレムも終わってしまう。
もう少し皆との甘い時間を味わっていたい。
そんなゲスい思惑も有って二の足を踏んでいた。
またローズの中の人である野江 水流は学習する。
元の世界で何故自分はモテなかったのか。
好きになった人が誰かに取られると言うNTR体質だったと言う事も有るが、それにしてもモテなかった。
自分で言うのもなんだが、顔は結構可愛いしスタイルだって悪くない。
なのにモテなかった。
それは全てワイルド女子としての自分が悪かったのではないか?
おしとやかなど言われた事は無く、数々の賞賛は全て『元気』や『頼りになる』等のガテン系な物ばかり。
常に人の前に立ち、剣道大会での数々の優勝する程の身体能力、勉学だって学年一位の回数は一度や二度ではない。
それら全てが隙の無く可愛げの無い完璧超人と見られていたのではないか?
それが、男達を萎縮させていたのではないか?
だから、モテなかったのではないか?
と、野江 水流はそう思っていた。
だからこそ、今度こそ異性にはおしとやかな外面だけを見て貰いたい。
そう思っても仕方の無い事だろう。
しかし、この野江 水流。
他者への気遣いや洞察力は折り紙付ではあるのだが、自身への評価は過小評価も甚だしい。
それに認識がずれている所もある。
NTR体質に関しては、別に付き合っている訳でも無く少し良いなと思い始めているだけなので寝取る寝取らないの土俵に立っていない。
それどころか自分で恋の橋渡し役を買って出ているお人好し。
そもそも『必中のキューピッド』と呼ばれていたのにはカラクリがある。
野江 水流が好きになっていた男子は、相手も悉く野江 水流の事を多少以上に憎からず思っていた。
そもそも、皆に優しくて元気でしかも可愛い、この様な女性を嫌いになる男性は居るだろうか? いや、居ない。
少なくとも嫌いになる要素が皆無だった。
本当は皆、野江 水流の事が好きだったのだ。
そんな好きな相手から別の女子を紹介された男子はどう思うだろうか?
『相手は自分の事をなんとも思っていない。だって他の子を笑顔で紹介してきたのだから』
そう思い込んで失恋のどん底に叩き落された男子が、紹介された女子に癒しを求めても、それを責める事は出来ないだろう。
斯くして、そんな悲しいすれ違いから『鉄壁の砦』、『開かずの扉』、『笑顔の虐殺機関』と言う伝説は生まれる事となったのだった。
しかし、野江 水流はそんな真相など知らない。
ただ単に女性としての魅力が低かったのだと勘違いしていた。
だから、ローズとなった今、同じ徹は踏まないと心に決めているのである。
「ダメダメダメ! だって朝早くだからお化粧もしていませんし、訓練終わったら髪がボサボサになっていますし、何より練習着が汗でびっしょりになってペッタリ張り付いてしまうんですもの。とても殿方にお見せ出来る姿じゃありません」
「「「「なんだって!」」」」
突然イケメン四人がハモッて声を上げた。
ローズはその行動の理解出来ず困惑する。
「ひゃっ! え? なになに? どうしたの? いや、したんですの?」
あまりの驚きに一瞬素に戻りかけたローズ。
何故イケメン達がそこまで今の話に目をランランと輝かせて喰い付いているのか分からない。
分からないのはローズだけで、後ろに控えているフレデリカを初め、イケメンたちのお付の使用人含め皆気付いて少し顔をしかめている。
理由は単純明快だ。
衛兵達の少々邪まなる淡い期待と同じ理由。
フレデリカの諫言によって下着着用を義務付けられた為、伝説の合同訓練初日の様なお宝艶姿は拝めなくなってはいるが、逆に厚着となる事で汗を良く掻く事となる。
となれば、その大量の汗によって練習着がピタッと肌に張り付き、あまつさえ下着や肌が透けると言う事態を招く結果となっていた。
これもこれで若い男子においてはお宝映像と言えるだろう。
しかし、ローズはその様な邪まなる目で見られていると言う実感は無い。
自分に対する好意に鈍いローズは、自分がその様な対象として見られていると言う事についても鈍く、自分の価値が分かっていないのだ。
練習中も衛兵達が熱心に自分を見て来るのは、ただ自分の鍛錬の姿を目に焼き付けて自らに取り込もうと思っていてくれていると考えていた。
確かに近い将来、衛兵達のその様な低俗な煩悩はローズの戦う姿に魅せられて昇華し消え失せる事となるのだが、そこに至るまでにはもう少し時間の積み重ねが必要となるだろう。
そんな訳で四人は頭の中は、ぴったり透け透けのあられもない無い姿になっているローズの想像でひしめき合っていた。
『ただただ、見たい』
邪まだが、とても純粋な想い。
貴族であろうがそこはまだまだ年頃男子な四人であるので、同じ年頃の女性にその様な気持ちを抱くのは仕方の無い事である。
ディノがこの場に居なくて幸運だ。
もし居たら、その想像によって鼻血を出して倒れていたかもしれない。
いや、実際に後日オーディックからこの話を聞いたディノは、その場で同じ事態を引き起こすのだが、そこはオーディックの屋敷だった為、ローズの前で醜態を晒す事は無事回避される事となる。
「僕も見たい見たい。お姉ちゃんの練習!」
「おい、ホランツ! 貴様は見たのであろう! どんなんだった? い、いや、けしからんぞ」
「シュ、シュナイザー。本音漏れてるって、それに顔が近くて目が怖いよ。それに僕が見たのは練習開始したばかりで、ただ木剣を振っている所だったし、そんな事になるなんて思わなかったよ……。何で僕は途中で帰っちゃったんだろうか?」
「シュナイザーだけずるいぜ! 俺も一緒に練習する!」
堰を切ったようにイケメン達が騒ぎ出した。
ローズはいまだにその意味が分かっておらず『そんなに一緒に練習したいのかしら?』と体育会系脳全開である。
「おほん! 皆様。貴族の子息としていささか低俗な事でお騒ぎになっておりませんか? この事が他の貴族の方に知られると……。お分かりになられますでしょう?」
イケメン達の暴走は止まらず、その勢いにローズはしどろもどろになり、イケメン達の要求を躱し切れなくなりそうになった時、フレデリカの声がラウンジに響き渡った。
主人に対する暴言にも取られないこの言葉だが、周囲の各イケメンの使用人達はやや苦笑いの表情を浮かべつつ黙って聞いている。
同じ意見だったと言うのも有るが、フレデリカから発せられる暗黒闘気に圧倒させられたと言うのが本音だろう。
そんなイケメン達も先程までのバカ騒ぎは何処へやら、シュンとした顔で小さく体を丸めて反省していた。
「ははははっ、ぼ、僕そろそろ帰るよ。お姉ちゃん、またね」
「お、俺も返ろうかな? ちょっとばかし騒いで悪かったな。じゃあまたな」
「私もそろそろ帰らねばならないな。父の手伝いがあるのでな」
「僕も帰るとするか~。そろそろ時間だし~」
一人、また一人とイケメン達が焦りながら席を立つ。
我に帰って先程の痴態が恥ずかしくなった為、ローズの顔を見れなくなってしまったからだ。
下手に見ると妄想力が勝手にペタ透け姿を想像してしまいそうになるのも理由の一つだったりする。
「もう帰るんですの? もっとゆっくりしていけばいいのに……」
イケメン達の心境など知らないローズは、立ち上がり身支度を始めたイケメン達に向かって残念そうにそう言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「では皆様、またお越しくださいね」
玄関まで見送ったローズは、イケメン達との甘い語らいが思ったよりも早く終わってしまい、空いた時間をどうしようと考えながら玄関ホールに戻る。
いつもの様にフレデリカにこの世界についての家庭教師を願おうか、それともカナンちゃんに勉強の事を聞かれても大丈夫な様にこの世界の勉学の有り方でも教えてもらおうか?
普通の人物の場合、こんなこの世界での当たり前の事を教えてくれと言われたら、何を言っているんだと正気も正体も疑われてしまうだろう。
しかしながら、奇しくもローズは少々おバカと皆から認識されている。
今更この世界の常識の事を一から学ぼうとしても、感心される事は有れど自身の正体について怪しまれる事はないのだった。
これについては野江 水流としても非常に助かっているのだが、今は我が身となっているので関係無いと言えば関係無いと言えど、生来の面倒見の良い性格、そして現役高校教師で有った事から、ローズの将来について、まるで教え子の進路を心配する教師視点でしみじみと深く考える。
もし伯爵家没落が無かったとしても、この無知で無礼で愚かな娘は、この先生き残る事が出来たのだろうか?
どちらにせよ、近い内に没落する事になるのではないか? そんな考えが頭を過る。
ゲームシステム上有り得ないifの話なのだが、この世界に転生して元の世界の記憶に目覚めて始めて知った。
どんな神の悪戯かは分からないが、今自分が生きているこの世界はゲームの中ではなく、この世界で生きている人々達の想いが重ねて来た歴史は本物だ。
最初はただの夢かとも思ったが、この数日で感じた驚きや喜び悲しみ、それに痛みが生の実感を与えてくれている。
だからこそ、消えてしまったローズとしての思念や、この世界の母親がローズに託した希望の事を思うと、ただ単に自分が生き残る為だけではなく、ローズとして伯爵家を使用人達皆と守り抜いて行こうと言う想いが、いつしか目標の優先順位を駆け昇り始めていた。
『とは言え、元の世界に未練が無い訳では無いのよね。高校教師になった理由の事も結局解決出来てないままだし、先輩にも会えずじまい。それに両親に爺ちゃん先生にもさよならを言えてないし、何より私が書き綴った黒歴史が、死後人目に付くかと思うと顔から火が出そう』
色々な理由は考えているものの、一番の心残りは日記の処分。
野江 水流は生前幼き頃から毎日日記を書いていたのだが、それはそれは人様にお見せ出来る様な代物ではなく、その日起こった事を事細かに書くだけに収まらずに、そこから派生する妄想や欲望も余さず書き連ねると言う、現在100冊を超えるまさに野江 水流の黒歴史と言える物だった。
勿論その書によってデスるのは本人である。
『遺品として世に広まるのはマジで恥ずかしいわ~。う~ん、とは言っても、悔いは残れど、死んでしまった以上どうする事も出来ないってのが本当なのよね。それにこの歳まで私の意識が出て来なかったと言う事は、死んだのは既に過ぎ去った遠い昔の事なんだし、今更気にしていても仕方無いわ。うん忘れましょう』
負けず嫌いな性格の為、勝ち負けの過去には結構囚われていたりする野江 水流だが、それ以外の事は体育会系の脳のお陰か基本ポジティブ思考なので、自らの黒歴史について誰かに笑われはすれ、そこから悲しみも憎しみも生まない筈だわ、との事ですぐに忘れる事にした。
両親が見たら違う意味で泣くだろうな、とは思い至らなかったのは幸運だろう。
「あっ……」
自らの野江 水流としての黒歴史を振り返りながら階段を上っていると、何処からか声が聞こえて来た。
何か思わぬ失敗をした時に口から零れるようなそんな声。
「お嬢様っ! 危ないです。避けて!」
なんだろうと思って我に返ろうとした時、急に後ろからフレデリカの声が聞こえて来た。
「え? どう言う事?」
何の事か聞こうとフレデリカの方を振り返ると、フレデリカは必死の形相で自分の前方を指差している。
何をそんなに慌てているんだろうと首を捻る。
「お嬢様違います! 前です! 前!」
「え? 前?」
言われるがままに顔を正面に戻し階段を見上げると、そこには先祖の肖像画ではなく金髪の髪を靡かせた誰かの背中が見えた。
衣装はメイド服を着ている様なので屋敷の使用人だろう事は分かるが、靡かせている様な金髪の子っていたかしらとローズは思った。
しかし、今はそんな暢気に考えている暇は無く、その背中はやや斜めに傾きながら勢いよく近づいて来ている。
一瞬何事かと思ったが、ローズは持ち前の反射神経からすぐに状況を把握した。
要するに誰かが階段で滑って落ちているんだろう。
ただ、その位置はまるで階段の上からダイブしたかの様な高さだった。
『どう言うコケ方したらこんな高い位置で飛んでくるのーー! って、 このままじゃぶつかってしまうわ。避ける? いや、それじゃこの子が大怪我しちゃうじゃない。それはダメよ』
そう思いローズは足に力を込めた。
そのまま受け止めるには位置が高過ぎる。
ジャンピングキャッチをしなければならないだろう。
見た感じ相手が小柄で良かったとローズは思った。
「避けて下さい、お嬢様!! え? ええっ!?」
「とうっ! どっせーーーい!!」
ローズは避ける様に忠告して来るフレデリカを尻目に、およそ貴族令嬢が発してはいけない様な掛け声と共に高くジャンプをして、自分目掛けて落ちて来るメイドを見事空中でキャッチした。
さすがに落ちて来る慣性に多少は負けたものも、お姫様だっこの格好で抱き上げると、ほぼそのままの位置に着地する。
それを見ていたフレデリカ他、玄関ホールに居た使用人達は信じられない光景に顎が落ちんばかりに驚いていた。
『ふぅ、ナイスキャッチ。さすがローズの身体ね。体幹が素晴らしいわ』
元の身体なら問題無いとは言え、今はローズとなっている。
威勢良く飛んだはいいが、その事に気付いて少し後悔していたものの、ローズのポテンシャルの高さが想像以上だった為、自身の理想に近い形で受止められた事にご満悦であった。
「あなた大丈夫? 怪我はない?」
取りあえず受け止めたメイドに声を掛ける。
落下による怪我は無い筈だが、階段で滑った際に足を挫いているかもしれない。
自分の事よりそれが心配だった。
「え、えぇ、大丈夫です……」
ローズの腕の中でお嬢様だっこされているメイドは弱々しくそう答えた。
それはまるでころころと子猫が転がるような、とても庇護欲掻き立てられる可愛らしい声だ。
言い換えると、思わず地声を出してみろよ! と言いたくなる様なかなりのアニメ声。
何故かローズはその声に既視感を覚える。
ただ、使用人の声はこの数日で大体覚えているが、この様な声の人物には心当たりが無かった。
だが、全員と喋った訳では無いのでこんな声の子も居るんだなと思い、改めて顔を確かめる。
声は聞いた記憶が有るので、顔を見たら一致するだろう。
廊下やホールでのすれ違い様に見聞きしたのならば思い出す筈だ。
「あら? あなたうちの使用人では見ない顔ね」
見たら分かると思ったのだが、しかし腕の中のメイドの顔に心当たりは無かった。
落ちる勢いで多少は乱れているものの綺麗なサラサラヘアの金髪。
しかしながら、前髪は長くほぼ目が隠れて地味目な印象を受ける。
ただ、隙間から見えるその瞳はこれまた綺麗な碧眼であり、隠れている顔の全貌が露わになると美少女で有ろう事が予想された。
そこでローズははたと気付く。
顔に心当たりは無いが、それは『使用人の中』で、と言う但し書きが入るものだった。
その目が隠れる程の金色の前髪、そしてその可愛らしいアニメ声。
それだけじゃない、今までの一連の流れさえもデジャブレベルで覚えていた。
そう、それはこの世界で目覚める前に何故か飛ばせない冒頭イベントで嫌と言う程見せられた悪夢。
この後に腕の中のメイドが発するであろうセリフが頭の中に再現されていた。
それはこんなセリフ。
『も、申し訳ありません。私は本日よりこのお屋敷で働かせて頂く事になりましたエレナと申します』
「も、申し訳ありません。私は本日よりこのお屋敷で働かせて頂く事になりましたエレナと申します」
やはり予想通りの答えが返ってきた。
そして、心の中でポツリと呟く。
『とうとうゲームが始まっちゃったーーー!』
腕の中で自分を愛らしい瞳で見てくる悪魔にローズは戦慄する。
それは、来て欲しくなかった現実。
こうして回避出来ない運命の歯車により、奪う者と奪われる者、その宿命二人は遭遇を果たす事となったのである。
引き続きオーディックが更なるお願いをして来た。
案外オーディックなら真剣勝負して、仮に自分が勝ったとしても逆に二人の間は近付くかもしれない。
それどころかローズ側の攻略フラグとして個別ルートに進む可能性だって有り得るのではないか?
それも考えられるとローズは思った。
元々エレナ側の攻略ルートの発生条件は現時点で不明であるし、過去の記憶を無くすと言う離れ業でやっと攻略出来たのだ。
ならば、ローズ的にも普通の付き合いでは攻略出来ないのではないか?
何より幼馴染な癖に伯爵家が没落しても、ローズを助けるなんて描写はなく、あまつさえ別のイケメンとのルート確定後は屋敷にさえ姿を現さなくなる事から、記憶を無くすレベルの何らかのイベントでも無いと、個別ルートに行き着かない可能性が高い。
とは言え、それを今試すのには情報が足りない。
現状で試すには少しリスクが高い賭け。
それに、もし成功してルートを固定してしまうと折角のイケメン達との逆ハーレムも終わってしまう。
もう少し皆との甘い時間を味わっていたい。
そんなゲスい思惑も有って二の足を踏んでいた。
またローズの中の人である野江 水流は学習する。
元の世界で何故自分はモテなかったのか。
好きになった人が誰かに取られると言うNTR体質だったと言う事も有るが、それにしてもモテなかった。
自分で言うのもなんだが、顔は結構可愛いしスタイルだって悪くない。
なのにモテなかった。
それは全てワイルド女子としての自分が悪かったのではないか?
おしとやかなど言われた事は無く、数々の賞賛は全て『元気』や『頼りになる』等のガテン系な物ばかり。
常に人の前に立ち、剣道大会での数々の優勝する程の身体能力、勉学だって学年一位の回数は一度や二度ではない。
それら全てが隙の無く可愛げの無い完璧超人と見られていたのではないか?
それが、男達を萎縮させていたのではないか?
だから、モテなかったのではないか?
と、野江 水流はそう思っていた。
だからこそ、今度こそ異性にはおしとやかな外面だけを見て貰いたい。
そう思っても仕方の無い事だろう。
しかし、この野江 水流。
他者への気遣いや洞察力は折り紙付ではあるのだが、自身への評価は過小評価も甚だしい。
それに認識がずれている所もある。
NTR体質に関しては、別に付き合っている訳でも無く少し良いなと思い始めているだけなので寝取る寝取らないの土俵に立っていない。
それどころか自分で恋の橋渡し役を買って出ているお人好し。
そもそも『必中のキューピッド』と呼ばれていたのにはカラクリがある。
野江 水流が好きになっていた男子は、相手も悉く野江 水流の事を多少以上に憎からず思っていた。
そもそも、皆に優しくて元気でしかも可愛い、この様な女性を嫌いになる男性は居るだろうか? いや、居ない。
少なくとも嫌いになる要素が皆無だった。
本当は皆、野江 水流の事が好きだったのだ。
そんな好きな相手から別の女子を紹介された男子はどう思うだろうか?
『相手は自分の事をなんとも思っていない。だって他の子を笑顔で紹介してきたのだから』
そう思い込んで失恋のどん底に叩き落された男子が、紹介された女子に癒しを求めても、それを責める事は出来ないだろう。
斯くして、そんな悲しいすれ違いから『鉄壁の砦』、『開かずの扉』、『笑顔の虐殺機関』と言う伝説は生まれる事となったのだった。
しかし、野江 水流はそんな真相など知らない。
ただ単に女性としての魅力が低かったのだと勘違いしていた。
だから、ローズとなった今、同じ徹は踏まないと心に決めているのである。
「ダメダメダメ! だって朝早くだからお化粧もしていませんし、訓練終わったら髪がボサボサになっていますし、何より練習着が汗でびっしょりになってペッタリ張り付いてしまうんですもの。とても殿方にお見せ出来る姿じゃありません」
「「「「なんだって!」」」」
突然イケメン四人がハモッて声を上げた。
ローズはその行動の理解出来ず困惑する。
「ひゃっ! え? なになに? どうしたの? いや、したんですの?」
あまりの驚きに一瞬素に戻りかけたローズ。
何故イケメン達がそこまで今の話に目をランランと輝かせて喰い付いているのか分からない。
分からないのはローズだけで、後ろに控えているフレデリカを初め、イケメンたちのお付の使用人含め皆気付いて少し顔をしかめている。
理由は単純明快だ。
衛兵達の少々邪まなる淡い期待と同じ理由。
フレデリカの諫言によって下着着用を義務付けられた為、伝説の合同訓練初日の様なお宝艶姿は拝めなくなってはいるが、逆に厚着となる事で汗を良く掻く事となる。
となれば、その大量の汗によって練習着がピタッと肌に張り付き、あまつさえ下着や肌が透けると言う事態を招く結果となっていた。
これもこれで若い男子においてはお宝映像と言えるだろう。
しかし、ローズはその様な邪まなる目で見られていると言う実感は無い。
自分に対する好意に鈍いローズは、自分がその様な対象として見られていると言う事についても鈍く、自分の価値が分かっていないのだ。
練習中も衛兵達が熱心に自分を見て来るのは、ただ自分の鍛錬の姿を目に焼き付けて自らに取り込もうと思っていてくれていると考えていた。
確かに近い将来、衛兵達のその様な低俗な煩悩はローズの戦う姿に魅せられて昇華し消え失せる事となるのだが、そこに至るまでにはもう少し時間の積み重ねが必要となるだろう。
そんな訳で四人は頭の中は、ぴったり透け透けのあられもない無い姿になっているローズの想像でひしめき合っていた。
『ただただ、見たい』
邪まだが、とても純粋な想い。
貴族であろうがそこはまだまだ年頃男子な四人であるので、同じ年頃の女性にその様な気持ちを抱くのは仕方の無い事である。
ディノがこの場に居なくて幸運だ。
もし居たら、その想像によって鼻血を出して倒れていたかもしれない。
いや、実際に後日オーディックからこの話を聞いたディノは、その場で同じ事態を引き起こすのだが、そこはオーディックの屋敷だった為、ローズの前で醜態を晒す事は無事回避される事となる。
「僕も見たい見たい。お姉ちゃんの練習!」
「おい、ホランツ! 貴様は見たのであろう! どんなんだった? い、いや、けしからんぞ」
「シュ、シュナイザー。本音漏れてるって、それに顔が近くて目が怖いよ。それに僕が見たのは練習開始したばかりで、ただ木剣を振っている所だったし、そんな事になるなんて思わなかったよ……。何で僕は途中で帰っちゃったんだろうか?」
「シュナイザーだけずるいぜ! 俺も一緒に練習する!」
堰を切ったようにイケメン達が騒ぎ出した。
ローズはいまだにその意味が分かっておらず『そんなに一緒に練習したいのかしら?』と体育会系脳全開である。
「おほん! 皆様。貴族の子息としていささか低俗な事でお騒ぎになっておりませんか? この事が他の貴族の方に知られると……。お分かりになられますでしょう?」
イケメン達の暴走は止まらず、その勢いにローズはしどろもどろになり、イケメン達の要求を躱し切れなくなりそうになった時、フレデリカの声がラウンジに響き渡った。
主人に対する暴言にも取られないこの言葉だが、周囲の各イケメンの使用人達はやや苦笑いの表情を浮かべつつ黙って聞いている。
同じ意見だったと言うのも有るが、フレデリカから発せられる暗黒闘気に圧倒させられたと言うのが本音だろう。
そんなイケメン達も先程までのバカ騒ぎは何処へやら、シュンとした顔で小さく体を丸めて反省していた。
「ははははっ、ぼ、僕そろそろ帰るよ。お姉ちゃん、またね」
「お、俺も返ろうかな? ちょっとばかし騒いで悪かったな。じゃあまたな」
「私もそろそろ帰らねばならないな。父の手伝いがあるのでな」
「僕も帰るとするか~。そろそろ時間だし~」
一人、また一人とイケメン達が焦りながら席を立つ。
我に帰って先程の痴態が恥ずかしくなった為、ローズの顔を見れなくなってしまったからだ。
下手に見ると妄想力が勝手にペタ透け姿を想像してしまいそうになるのも理由の一つだったりする。
「もう帰るんですの? もっとゆっくりしていけばいいのに……」
イケメン達の心境など知らないローズは、立ち上がり身支度を始めたイケメン達に向かって残念そうにそう言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「では皆様、またお越しくださいね」
玄関まで見送ったローズは、イケメン達との甘い語らいが思ったよりも早く終わってしまい、空いた時間をどうしようと考えながら玄関ホールに戻る。
いつもの様にフレデリカにこの世界についての家庭教師を願おうか、それともカナンちゃんに勉強の事を聞かれても大丈夫な様にこの世界の勉学の有り方でも教えてもらおうか?
普通の人物の場合、こんなこの世界での当たり前の事を教えてくれと言われたら、何を言っているんだと正気も正体も疑われてしまうだろう。
しかしながら、奇しくもローズは少々おバカと皆から認識されている。
今更この世界の常識の事を一から学ぼうとしても、感心される事は有れど自身の正体について怪しまれる事はないのだった。
これについては野江 水流としても非常に助かっているのだが、今は我が身となっているので関係無いと言えば関係無いと言えど、生来の面倒見の良い性格、そして現役高校教師で有った事から、ローズの将来について、まるで教え子の進路を心配する教師視点でしみじみと深く考える。
もし伯爵家没落が無かったとしても、この無知で無礼で愚かな娘は、この先生き残る事が出来たのだろうか?
どちらにせよ、近い内に没落する事になるのではないか? そんな考えが頭を過る。
ゲームシステム上有り得ないifの話なのだが、この世界に転生して元の世界の記憶に目覚めて始めて知った。
どんな神の悪戯かは分からないが、今自分が生きているこの世界はゲームの中ではなく、この世界で生きている人々達の想いが重ねて来た歴史は本物だ。
最初はただの夢かとも思ったが、この数日で感じた驚きや喜び悲しみ、それに痛みが生の実感を与えてくれている。
だからこそ、消えてしまったローズとしての思念や、この世界の母親がローズに託した希望の事を思うと、ただ単に自分が生き残る為だけではなく、ローズとして伯爵家を使用人達皆と守り抜いて行こうと言う想いが、いつしか目標の優先順位を駆け昇り始めていた。
『とは言え、元の世界に未練が無い訳では無いのよね。高校教師になった理由の事も結局解決出来てないままだし、先輩にも会えずじまい。それに両親に爺ちゃん先生にもさよならを言えてないし、何より私が書き綴った黒歴史が、死後人目に付くかと思うと顔から火が出そう』
色々な理由は考えているものの、一番の心残りは日記の処分。
野江 水流は生前幼き頃から毎日日記を書いていたのだが、それはそれは人様にお見せ出来る様な代物ではなく、その日起こった事を事細かに書くだけに収まらずに、そこから派生する妄想や欲望も余さず書き連ねると言う、現在100冊を超えるまさに野江 水流の黒歴史と言える物だった。
勿論その書によってデスるのは本人である。
『遺品として世に広まるのはマジで恥ずかしいわ~。う~ん、とは言っても、悔いは残れど、死んでしまった以上どうする事も出来ないってのが本当なのよね。それにこの歳まで私の意識が出て来なかったと言う事は、死んだのは既に過ぎ去った遠い昔の事なんだし、今更気にしていても仕方無いわ。うん忘れましょう』
負けず嫌いな性格の為、勝ち負けの過去には結構囚われていたりする野江 水流だが、それ以外の事は体育会系の脳のお陰か基本ポジティブ思考なので、自らの黒歴史について誰かに笑われはすれ、そこから悲しみも憎しみも生まない筈だわ、との事ですぐに忘れる事にした。
両親が見たら違う意味で泣くだろうな、とは思い至らなかったのは幸運だろう。
「あっ……」
自らの野江 水流としての黒歴史を振り返りながら階段を上っていると、何処からか声が聞こえて来た。
何か思わぬ失敗をした時に口から零れるようなそんな声。
「お嬢様っ! 危ないです。避けて!」
なんだろうと思って我に返ろうとした時、急に後ろからフレデリカの声が聞こえて来た。
「え? どう言う事?」
何の事か聞こうとフレデリカの方を振り返ると、フレデリカは必死の形相で自分の前方を指差している。
何をそんなに慌てているんだろうと首を捻る。
「お嬢様違います! 前です! 前!」
「え? 前?」
言われるがままに顔を正面に戻し階段を見上げると、そこには先祖の肖像画ではなく金髪の髪を靡かせた誰かの背中が見えた。
衣装はメイド服を着ている様なので屋敷の使用人だろう事は分かるが、靡かせている様な金髪の子っていたかしらとローズは思った。
しかし、今はそんな暢気に考えている暇は無く、その背中はやや斜めに傾きながら勢いよく近づいて来ている。
一瞬何事かと思ったが、ローズは持ち前の反射神経からすぐに状況を把握した。
要するに誰かが階段で滑って落ちているんだろう。
ただ、その位置はまるで階段の上からダイブしたかの様な高さだった。
『どう言うコケ方したらこんな高い位置で飛んでくるのーー! って、 このままじゃぶつかってしまうわ。避ける? いや、それじゃこの子が大怪我しちゃうじゃない。それはダメよ』
そう思いローズは足に力を込めた。
そのまま受け止めるには位置が高過ぎる。
ジャンピングキャッチをしなければならないだろう。
見た感じ相手が小柄で良かったとローズは思った。
「避けて下さい、お嬢様!! え? ええっ!?」
「とうっ! どっせーーーい!!」
ローズは避ける様に忠告して来るフレデリカを尻目に、およそ貴族令嬢が発してはいけない様な掛け声と共に高くジャンプをして、自分目掛けて落ちて来るメイドを見事空中でキャッチした。
さすがに落ちて来る慣性に多少は負けたものも、お姫様だっこの格好で抱き上げると、ほぼそのままの位置に着地する。
それを見ていたフレデリカ他、玄関ホールに居た使用人達は信じられない光景に顎が落ちんばかりに驚いていた。
『ふぅ、ナイスキャッチ。さすがローズの身体ね。体幹が素晴らしいわ』
元の身体なら問題無いとは言え、今はローズとなっている。
威勢良く飛んだはいいが、その事に気付いて少し後悔していたものの、ローズのポテンシャルの高さが想像以上だった為、自身の理想に近い形で受止められた事にご満悦であった。
「あなた大丈夫? 怪我はない?」
取りあえず受け止めたメイドに声を掛ける。
落下による怪我は無い筈だが、階段で滑った際に足を挫いているかもしれない。
自分の事よりそれが心配だった。
「え、えぇ、大丈夫です……」
ローズの腕の中でお嬢様だっこされているメイドは弱々しくそう答えた。
それはまるでころころと子猫が転がるような、とても庇護欲掻き立てられる可愛らしい声だ。
言い換えると、思わず地声を出してみろよ! と言いたくなる様なかなりのアニメ声。
何故かローズはその声に既視感を覚える。
ただ、使用人の声はこの数日で大体覚えているが、この様な声の人物には心当たりが無かった。
だが、全員と喋った訳では無いのでこんな声の子も居るんだなと思い、改めて顔を確かめる。
声は聞いた記憶が有るので、顔を見たら一致するだろう。
廊下やホールでのすれ違い様に見聞きしたのならば思い出す筈だ。
「あら? あなたうちの使用人では見ない顔ね」
見たら分かると思ったのだが、しかし腕の中のメイドの顔に心当たりは無かった。
落ちる勢いで多少は乱れているものの綺麗なサラサラヘアの金髪。
しかしながら、前髪は長くほぼ目が隠れて地味目な印象を受ける。
ただ、隙間から見えるその瞳はこれまた綺麗な碧眼であり、隠れている顔の全貌が露わになると美少女で有ろう事が予想された。
そこでローズははたと気付く。
顔に心当たりは無いが、それは『使用人の中』で、と言う但し書きが入るものだった。
その目が隠れる程の金色の前髪、そしてその可愛らしいアニメ声。
それだけじゃない、今までの一連の流れさえもデジャブレベルで覚えていた。
そう、それはこの世界で目覚める前に何故か飛ばせない冒頭イベントで嫌と言う程見せられた悪夢。
この後に腕の中のメイドが発するであろうセリフが頭の中に再現されていた。
それはこんなセリフ。
『も、申し訳ありません。私は本日よりこのお屋敷で働かせて頂く事になりましたエレナと申します』
「も、申し訳ありません。私は本日よりこのお屋敷で働かせて頂く事になりましたエレナと申します」
やはり予想通りの答えが返ってきた。
そして、心の中でポツリと呟く。
『とうとうゲームが始まっちゃったーーー!』
腕の中で自分を愛らしい瞳で見てくる悪魔にローズは戦慄する。
それは、来て欲しくなかった現実。
こうして回避出来ない運命の歯車により、奪う者と奪われる者、その宿命二人は遭遇を果たす事となったのである。
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