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第一章 私の取り巻きイケメンは私の物

第17話 全員集結

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「不肖ながら、このディノ。これよりローゼリア様の騎士となりて、貴女を護る盾、そして仇なす敵を討ち払う剣としてお側に仕えさせて頂く事をお許しください」

 ローズからの殺し文句により天を仰ぐ姿勢で暫く固まっていたディノだったが、突然動き出したかと思うと、サッとその場で片膝をつきローズに対して頭を垂れながら誓いの言葉を述べた。
 この発言に周囲の皆が驚く。
 それはローズとて例外では無い。

 『あれれ? ゲーム中ではもっとこう、俺が守ってやんよー! 的の頼れる兄貴風な感じのセリフだったのに、これってマジな騎士の誓いって奴じゃないの? これも立場の違いの所為なのかしら?』

 のんびりキャラであったホランツでも立場の違いで自分への態度が変わっていた事に驚いてはいたが、イベントと同じセリフを言った際に、ここまで大きく結果が変わるとはローズも思っていなかった。
 これに関してローズは分かっていなかったが、立場の違いのよる事以上に本日のローズが広間に姿を現した時からの演出の数々、そしてまるで先を見通す様な慧眼発言に加え、死してなお国民から慕われ続けているローズの母を思わせる言葉が起因していた。
 自らの出自にコンプレックスを持っており、そして自身が騎士として尊敬している伯爵の一人娘のローズの今後の事を憂いていたディノにとって、これら全ての出来事がその心にクリティカルなダイレクトアタックとして多段ヒットした為、ディノ内に存在していたツン成分のライフが0になったのである。
 勿論ディノの中でそんな事が起こっているなどローズにとっては露知らずの事、ただの立場の違いと言う認識である為、イベントと違う展開に少々戸惑っていた。

 『一応、私の騎士になると言う言質は取れたのだと思うけど、伯爵令嬢に対する美辞麗句なおべっかと言う可能性も否定出来ないのよね~。ゲーム中のディノ様はそんな事言うキャラじゃなかったんだけど、貴族相手にはそう言う処世術も必要なのかもしれないし……。まっ、どっちにしろまだ初日じゃない。このゲーム攻略は一日にして成らずよ! 今の所は新しいイベントCGを見れてラッキーと思っておきましょう』

 ディノの心中が分からないローズは、思わぬ騎士の誓いの言葉に不安は有るものの、何度でもやり直しの利くゲームと違い下手な行動は命取りとなり兼ねる現状において、まず情報の収集を最優先しようと考えた。

 『と、その前に今のディノ様の発言はさすがにマズいわよね? 私だけだったら良いのだけど、ここは人が多過ぎるわ』

 冷静になったローズは、先程の発言には少々問題が有る事に気付いた。
 ゲーム内の騎士の誓いイベントは、ローズからの叱咤によって心傷のエレナが、誰も居ない屋敷の裏で一人涙している場面から始まる。
 そこにディノが現れエレナを慰めるのだが、それによって励まされ元気を取り戻したエレナからの殺し文句によって騎士になる事を誓うと言う流れだった。
 が、現在周囲にはカナンやホランツだけでなく使用人も数人残っている。
 仮にも王に忠誠を誓っている騎士が同じ国の貴族に対してとは言え、別の対象に忠誠を誓うのは冗談でも人前で口にして良いものではない。
 横目でチラリと皆を見るとフランツが片眉を上げて訝しげな目をしている姿が目に映る。
 ローズはエレナより先に殺し文句を言おうとする焦りに起因した自らのうっかりに反省すると供に、今の言葉に対するフォローを入れるべく作戦を練った。

「ディノ様、その誓いのお言葉。何処の演劇でご覧になられたのです? とても素敵なセリフですわ」

「へっ?」

 この突然のローズから発せられた言葉にディノだけで無く、周囲の皆も目を点にしてまるで頭の上にハテナの文字が浮かんでいるかの様な顔をしてローズを見ている。
 一世一代のまるで告白の如きの騎士の誓い。
 ディノは自身渾身の誓いを演劇と間違われた事で羞恥心が湧き上がって来たのかわなわなと顔を赤くして微かに震えている。
 馬鹿にされたのか、それとも自分の言葉など意にも介さないのか。
 その様な言葉がディノの頭の中を木霊した。

 『気付いて、ディノ様っ!』

 今にもこの場から逃げ出しそうなディノに対して、ローズは周囲に気付かれない様に小さくウィンクをして合図を送る。
 異性にウィンクなどこの場ではあからさまに怪しいのだが、元のローズはいざ知らず、現在の中の人である野江 水流にとって今までウィンクなんて小粋な物を異性にした事が無かった所為で、反対の目もつられてピクピクと半目になっており、傍から見ると笑いを堪えている様に見えなくも無かった為、幸いな事にその意図に気付く者は居なかった。

「ロ、ローゼリア様……? な、何を? ハッ!」

 とは言え、ディノにとっては発言の当事者である為、突然のローズの奇行に何か裏が有るのではと考え、すぐにその答えに辿り着く事が出来た。

 『なんと言う不覚!』

 ディノはそう心の中で呟いた。
 先の発言は騎士として重大な意味を含んでいる。
 それを口に戸が有るとは言い難い使用人だけでなく、別派閥の公爵子息であるホランツにまで聞かれてしまったのだ。
 自身が貴族の身分ならまだ洒落で済むかもしれない。
 何故なら貴族が王に忠誠を誓うのは王国に帰属する家名を持つ者として当たり前の事であり、それは大前提としてわざわざ口にするものでもない。
 貴族の口説き文句としても『貴女を護る騎士となる』は定番のセリフだった。
 しかし、ディノは貴族にその才を見出され騎士になったとは言え、孤児の出である。
 忠誠心の後ろ盾の無い者として無闇に発して良い言葉では無かった。
 実際に先程の誓いの言葉は心の奥底から湧き出た本当の想いで、ディノの心から王国への忠誠は一瞬消え去っていた。
 心の中に有ったのは『例え国を敵に回してもこの人を護り抜く』と言う強い決意。
 それに関しては今も変わらず胸に有り、撤回しようとも思っていない。
 ただ、今の発言によって、ローズにひいてはその父親の伯爵。
 いや、この派閥全体にまで及ぶ火種になりかねない。
 『王への忠誠を誓わない騎士が居る。それはとある派閥の伯爵令嬢に対して忠誠を誓っており、王への逆心を抱いているのではないか』
 権謀術数の渦巻く貴族の世界。
 火の無い所に煙は立たぬとでも言うが如く、少しのスキャンダルでも命取りになり兼ねない。
 ディノは、自らの浅慮で護ると誓った相手に迷惑を掛け、しかもその事に付いて逆に馬鹿な自分を守る為に芝居を打ってくれた事に深く感謝をすると共に激しく恥じ入る。
 が、その想いを無駄にしない為にと、モズからもその芝居に乗ろうと心を奮い立たせた。

「あ、あの。先程のローゼリンデ様が仰られた言葉が、以前見聞きした事のある物語に出て来た姫君が送った騎士への言葉とそっくりだった為、恥ずかしながら思わずその騎士のセリフが口から出てしまいました。申し訳ありません」

 そう言って顔を真っ赤にする演技を取るディノ。
 『キャラに似合わない事をしてしまった』感がふんだんに醸し出された良い演技であった。
 冷めた冷血キャラで周囲に認識されているディノは、下手に普段通りに取り繕うと本心を誤魔化したと取られてしまう。
 しかし、あえて失敗したと思わせて、普段の仮面が外れたレアな所を見れたと言う副交感神経を優位にさせる作戦だった。
 人間はギャップに弱いものである。
 ローズの数々の作戦が想定以上の成功を収めているのも元のローズからのギャップである所が大きい。
 ディノも普段との差が十二分にギャップ萌心を擽るに値するキャラであった為、その効果は大きなものとなった。

「まぁ、そうでしたの。素敵な言葉ですわね」

 ローズは心の中で『ナイス! ディノ様!』と叫びながら、やんわりとディノに返した。
 茶番ではあるが、逆に茶番で有る程功を奏する場合もある。
 周囲を伺うと執事達も朗らかに、若いメイド達に至っては母性を擽られたのか、目がハートマークになっている者がちらほら見えた。

 『ホッ。どうやら大丈夫みたいね。何とか誤魔化せたわ。しかし、演技だとは思うんだけど、今のお話が本当に有るんだったら読んでみたいわね。恋愛マスターとしては』

 っと、心の中で安堵した。
 ディノの顔も綻んでいるので同じ気持ちなのだろうとローズが思ったその時――。

「へぇ~、そんな話が有るんだ。なんて題名なの?」

「「え?」」

 ホランツがまるで棒読みの様な口調でそう言って来た。
 窮地を乗り切ったと思ったローズとディノの間に戦慄が広がる。

 『ホ、ホランツ様。折角纏まりそうだったのになんでそんな事をっ! い、いや有るんなら私も知りたいとは思っていたけれども!』

 恋愛物が大好物なローズでさえ、本当にそんな物語が有るなら知りたいと言う気持ちをぐっと堪えて我慢していたのである。
 作り話なら題名なんて言える訳が無いからだ。

「え、えーと。題名に関してはちょっと記憶に……生憎小さい頃に読んだ話だったもので」

 ディノが思い出そうとする演技で誤魔化しているが、ホランツは「え~読んでみたいな~。思い出して~」としつこく食い下がっている。

 『ホランツ様も恋愛小説が好きなのかしら? けど、ディノ様の態度を見るとそんな話は存在しないみたい。 ちょっと残念ね』

「その話は、絶版本の『愛しのフロイラインに捧ぐ』ですね。知っている人が他にも居たとは思いませんでした」

 どう取り繕うかと思っていると、後ろから声が聞えて来た。
 皆が振り返るとそこにはフレデリカが畏まって立っている。

「「「え? 有る、いや、知ってるの!?」」」

 ローズ、ディノ、フランツの三人が声を揃えてツッコんだ。

「はい。かなり古い本でございます。知らなくても仕方有りません。そのセリフの箇所は素晴らしいのですが、ある意味そこが頂点なだけの駄作ですので、人気も無く廃版となったようですね」

 その言葉が本当かは分からないが、第三者からの存在証明によって取りあえずこの場においてはそれが真実となる。

「へ、へぇ~有るのか。……でも、さっきの発言は人前では止めた方が良いよ~。冗談でもね」

 駄作と聞いて興味が無くなったのか、ホランツが本の話は止めて騎士の誓いの事を諫めた。

 『あぁ~、ホランツ様はディノ様の発言を憂いてらしたのね。ゲーム通りの優しい方だわ』

 ゲームの中ではのんびり屋だけどエレナにも優しかった兄貴肌のホランツ。
 ローズに対する態度は少しキザな風では有ったがその優しさは変わらないとローズは思った。

「ハッ。申し訳ありません。不注意な発言をしてしまいました」

「そうそう、ちょっと間違えば大問題になるからね。特に君の場合は」

 少し嫌味がましく聞こえるがこれも愛情なのかとローズは解釈した。
 後ろ盾の無いディノにとって、下手な発言はその立場を危うくするものである。
 あえて厳しく言う事で再発を防止する意味も込めているのだろう、と。

 
「いや、別に今の発言は冗談じゃなくても問題無ぇよ! なぁ? シュナイザー?」

 突然、辺りに大声が響き渡った。
 何処からの声だと皆が周囲をキョロキョロと見回した。

「あぁ、オーディックの言う通りだ。何しろその誓った相手は救国の英雄であるシュタインベルク卿の末裔であり、現騎士団の中心人物でもあるバルモア様、そしてアンネリーゼ殿のご息女なのだからな。その忠誠はこの国へと通ずるものと考えても相違無いさ」

 続いてその言葉に同意するもう一つの声が聞えて来た。
 声のする場所は庭に有る大きな木の方向だ。
 皆がそちらに目を向けた。
 この場に居る者は勿論だが、その声と名前には覚えが有る。
 それはローズとて例外では無かった。
 何せ、三桁回数このゲームをプレイしたのである。
 その声と名前は何度も見聞きしていたのだ。

「オーディック様、それにシュナイダー様!」

 ローズは思わず声を上げた。
 勿論語尾にはハートマークが浮かんでいる。
 そう、その大木の陰から姿を現したのは、攻略対象であるイケメン五人のラスト二人。
 赤髪で熱血キャラであるオーディックと俺様キャラな宰相の一人息子のシュナイザーだった。

 斯くして、幻の恋愛ゲーム『メイデン・ラバー』に登場するイケメン達が、ゲームの舞台となるこのシュタインベルク邸に全員集結した事になる。
 しかしながら、ローズは一人この状況に興奮していた。

 『キャー!! イケメン五人揃踏み!! はぁ~眼福だわ~』
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