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第一章 私の取り巻きイケメンは私の物

第15話 作戦成功

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「お前と離れるのはとても名残惜しい。しかし、これ以上王を待たす訳にも行くまい。すまぬなローズよ。留守を頼むぞ」

 伯爵が言葉の通りに、名残惜しそうにローズの頬に手を当てながらそう言った。
 フレデリカからの情報では、まず王城に向かい、その後騎士団本部にて準備のを整え、隣国の王都に向けて旅立つ予定となっている事を思い出したローズは、これ以上引き止める演技は王の怒りを買い兼ねないと最後の作戦を実行した。

「お父様、ローゼリンデは大丈夫です。お父様は安心して名誉ある任務にご専心下さい。私には頼もしい使用人の皆、それだけではありません。お父様の出立の挨拶にと、集まって頂いたベルナルド侯爵様、カナード伯爵様、ベッカー伯爵様、ジェスター子爵様、ブリッツェ子爵様……、その他大勢の皆さま方が居られるのですから」

 今言った名前はフレデリカに、呼ぶべき者と呼んで良い順位、そして呼ばなくて良い者に関して教授されており、それに倣っている。
 この言葉に周囲が息を飲んだ。
 別に感動した訳では無い。
 先程の演劇の様な素晴らしい出来事を数々に、感動で少し心を揺さぶられていた皆ではあるが、かと言って今の言葉は少しどころではない戸惑いを覚えた者は多かった。
 何故ならば目の前の令嬢には、過去その高飛車で無礼な物言いによって不快な目に遭った者が多く、今の言葉もただ道具として自分達を利用しようと考えているのではないかと身構えたからだ。
 それ程、元のローズは自分以外の者を人として見ていなかった。
 そんな皆の動揺を、現ローズは百も承知な事と最初に顔を見せた際の皆の表情で読み取っている。
 だからこそ考えた作戦だ。

「今までの非礼はお詫びいたします。どうか、この若輩の私めに皆さまのお力をお貸し頂けますようお願いいたします」

 ローズは少し切なげで儚い雰囲気を醸し出しながら深く頭を下げる。
 その姿と言葉に周囲が再び息を飲んだ。
 今度は先程と違って感動の色を含んでいた。

「ローズ……。すまない! 私からもお願いしたい! どうか、どうか! 私が留守の間、皆で娘に手を貸して頂けないであろうか? ベルナルド様にもお願いいたします」

 ローズの言葉を受け、今度は伯爵も皆に対して娘の事を頼むと頭を下げる。
 これで一気に場の空気が変わった。
 周囲の人から熱を感じる。
 過去の事はどうでもいい、この可憐で美しい令嬢と、尊敬する伯爵の切なる願い。
 これを守らずに何が王国貴族であるか。
 その様な思いが周囲の皆から溢れ出て熱となっていた。

 作戦成功である。

 ローズは伯爵が自分の後を追って、頭を下げる事まで想定済みだった。
 過去の自分の悪行の所為で、自分の言葉だけでは周囲の皆を説得するには足りない。
 それは、このホールに来るまで、使用人の態度で嫌と言うほど味わった。
 にこやかに自主的に挨拶してもまるで恐ろしい物でも見るような脅えた目。
 何らかのパラダイムシフトが無いと余計に自分から離れて言ってしまう可能性すらあった。
 そこに現れた絶好の機会。
 今このホールに居る者達は、伯爵の最大の味方達である事は明白だ。
 少なくともここに居る実力者達はこの任務の真の目的を知っている者ばかりである。
 危険な任務と言う事を分かってその無事を祈ってやって来たのだ。
 その証拠に位が伯爵よりも上で、派閥の長であるベルナルド侯爵までもがわざわざ挨拶に来たのだから。
 そんな人達を一気に味方に付けるには、登場シーンから揺さぶりをかけ続け、最後に伯爵の言葉を以て一気に皆の心を落とす。
 これがローズの作戦である。

 とは言え、ここまで見事に成功するとはローズ自身も思ってはいなかった。
 周囲の賛同の声や賞賛の声が木霊するホールの状況からすると、作戦は100%成功どころか、200%……いや300%成功といっても過言ではない。
 元々多少皆のローズに対する嫌悪感を緩和させ、伯爵亡き後になんとかこの家を存続させる足掛かりになれば良い程度に考えていたのだ。
 過去にも学生時代、クラス委員長や生徒会長と言った人の上に立つ立場になる際に似た様な事は行ってきたが、所詮子供の狭い世界の話。
 それが手練手管渦巻く貴族の世界に通用するなど、現実主義者であるローズは思ってもみなかった。
 逆に作戦がバレて不興を買い、今以上に状況が悪化する可能性も低くないとさえ考えていた程である。
 その際の作戦も考えてはいたが、それは今以上に博打となる為、出来れば使いたくなかったと思っていたので、ローズはホッと安堵した。

 『ラッキーだわ。これはアレね。今までのローズならこんな事を演技だとしても行うような人間でない事を皆が知っていた。と言う事かしら。クズ人間でありがとう! って、今そのクズ人間が私なのよね。ここまでとは……、少し複雑ね。この様子だとそのクズさによる地雷原があちこちに散らばってそう。ふぅ、前途多難だわ』

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「それでは行って来る。ローズよ良い子にしているのだぞ。皆の者、それにベルナルド様。ローズの事をお頼み申します」

 その後、とうとう出発の時刻となり、外で待機していた馬車の元までやって来ると、伯爵は振り返りもう一度皆にそう挨拶をする。

「おお、分かっておる。バルモアよ。大切な任務を果たし、また会える事を楽しみにしておるぞ。良い酒を仕入れておく。楽しみにしておれよ」

 伯爵よりも二回りは上のベルナルド侯爵は伯爵の肩に手を掛けそう言った。
 伯爵は大きく頷き、侯爵の言葉に『分かりました』と返し、その後視線をローズに移し笑顔を見せる。
 この時点で伯爵の死が訪れるのを知っているのはローズだけ。
 しかし、危険な任務であり、命を落とす可能性が低くは無いと言う事自体は、この場に居る者達は理解している。
 その笑顔の意味は、今生の別れを覚悟している笑みであるのであろうと、その者達の涙を誘った。
 少ししんみりとした空気の中、ローズは伯爵の元に駆け寄り、皆には聞えぬ小さな声で伯爵に囁く。

「お父様、お渡ししましたお守りを肌身離さずお持ち頂けますように。あと国境の森は大変危険でございます。近付く際には茂みの影に何が潜んでいるか分かりません。ご注意なさってください」

「ロ、ローズ? お、お前……?」

 突然の言葉に伯爵は驚きの声を上げる。
 娘には任務の事を何も言っていない。
 元より言っても分からないだろう事は父である伯爵は痛い程理解していた。
 ……筈だった。
 しかし、今目の前に居る自分の娘は、任務の事だけでなくその裏に潜んでいる危険性までも把握している様に見える。
 いや、それどころか未来さえ見通しているかの様なその強い眼差し。
 さすがの伯爵もここに来てローズの変わり様に違和感を覚えた。
 別人が成りすましていると言う意味ではない。
 わがままで困った娘だが、目に入れても痛くない程溺愛している伯爵にとって如何なる者が化けていようと間違う筈も無く、よもや魂が入れ替わっているなどと言う事は、魔法が存在しないこの世界において想像さえ出来ないのだから目の前の女性はローズである事を確信している。
 伯爵が覚えた違和感とは、その眼差しに自分の死に別れた最愛の妻にしてローズの母親であるアンネリーゼの姿を見たからであった。
 娘なのだから似ているのは当たり前だが、心優しく聡明で物静かだったアンネリーゼとは違い、母の愛を知る前に死に別れたローズは、甘やかされてわがままに育ってしまった結果、似ても似つかぬ顔付きとなっており、近頃では伯爵でさえ娘から妻の面影を読み取る事が出来なくなっている。
 しかし、今のローズの中の人は少し趣味が暴走しがちな所は有る物の、学生時代から現在の教師生活において、常に先頭に立ち仲間や生徒達を導いて来た聡明な女性である。
 そこに伯爵は亡き妻の面影を感じ取り、一人心に誓う。

『ありがとう、アンネリーゼよ。ローズが貴族の心に目覚め、語る言葉の数々はお前の導きによるものなのだな。任務より帰還したらローズと共に墓参りに赴こうぞ。待っていてくれ』

 と言う良い感じに解釈して盛り上がっていた。
 そんな伯爵の心境はさておき、ローズの言葉が聞えていない周囲の皆は何の事か分からずに首を傾げている。

「これは女の感ですわ。今の言葉をゆめゆめお忘れなきようお願いいたします。それではお父様、ご無事に帰ってくるよう祈っております。行ってらっしゃいませ」

 伯爵の勝手な解釈を知らないローズは、伯爵の動揺をあまりゲームイベントの核心を突き過ぎて、変に思われたのかと思い、困った時の必殺技である『女の感』と言う言葉で誤魔化し早々に送り出す事にした。
 しかし、亡き妻の導きと思っている伯爵にとって『女の感』と言う言葉には、その字面以上の意味を印象付ける事となる。
 天国の妻からの『女の感神の導き』。
 そう捉えたのだ。

「あぁ、分かった。お前のその言葉しかと胸に刻んだぞ。では行ってくる」

 伯爵は優しくそう微笑みながら馬車に乗り込んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「では、皆さま。本日はお忙しい中、旅立つ父の為にお越しいただき本当にありがとうございました」

 伯爵の馬車が屋敷の外門から姿を消した後、ローズは集まってくれた皆にお礼を言い、深く頭を下げた。
 ここでも皆が驚きの声を上げる。
 先程の感動なまでのローズの貴族令嬢かく斯くあるべしと言う振る舞いに対して感動していたのだが、伯爵の姿が見えなくなった途端、皆一様に心の奥底から不安が湧き上がっていたのだ。
 伯爵の前だけの猫被りで、居なくなったらすぐに本性を表すのではないかと。
 しかし、伯爵が去った後もその態度を変えず、更にはここにやって来た者達に対して労いの言葉まで掛けて来た。
 先程からの振る舞いと良い、様々な心遣いと良い、この場に居る娘を持つ親達の中には、自分の娘はここまで貴族令嬢に相応しい行動を出来るのだろうかと恥じる者も居た。

 勿論ローズのこれらの行動も『いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる日』の為に小さい時から特訓して来た成果である。
 本来確実に人生の無駄遣いであったのだが、人生は分からないもの。
 その努力が見事に花開いた瞬間だった。
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