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第一章 私の取り巻きイケメンは私の物

第14話 貴族の娘

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「いけませんね。国王様からの名誉有るご命令を、これ以上私情で邪魔をしてしまうのは不敬に当たります。それに伯爵家の一族として笑顔でお送りしませんと、お父様も安心して留守を任せておけませんね」

 暫く抱き合っていたのだが、ローズは後ろ髪……抱き合っていたのだから前髪か、それが引かれる思いではあったのだが、自らの意思で伯爵より離れた。
 それにより、伯爵も愛する娘が身体から離れていく事に寂しさを覚えたのか、抱きしめていた手をすぐに下ろす事が出来ず、暫く空を泳いでいる。
 これもローズの演出だった。

 今までワガママ放題で悩みの種だった娘が、自分の旅立ちによって貴族としての自覚に目覚め、後を任せるに足る姿を見せてくれのだ。
 その想いは後顧の憂いなく旅立つ事が出来ると言う思いと、成長した娘をもう一度この目で見たいと言う望郷の念を強め、任地での活動への心構えや一日でも早く帰還するべく遠征目的の早期達成する原動力へと繋がるのではとの期待を込めての物であった。

 その日、その場所に伯爵が居なければ死なない……とまではいかないまでも、その日に死ななければその後のシナリオ展開に支障きたす事は三桁回数もこのゲームをクリアしたローズには痛い程分かっている。
 ゲーム後半、伯爵の葬式をもって本格的にルートイベントが展開される事となるのだが、それは平日育成パートにおいても数日置きに発生する事も有り、一日のズレが日付指定イベントの発生を破綻させ、ルートによっては積み状態となってしまう。
 イベント発生時に表示される移動マップには仕掛けが有り、制限時間内に目当ての攻略対象を探し当てなければならず、不親切な事にどの場所に誰が居るか表示されない鬼仕様の為、目的外のキャラに遭遇するとそこで別イベントが発生し、その日はそれで終了して後に続くルートイベントが発生しなくなると言う悪意の塊システムに何度泣かされた事かとローズは心の中で吐き捨てた。
 ただでさえ、その様な針に糸を通す如き悪魔の難易度であるのに、そこにルートイベントの開始日がズレると言うイレギュラーが発生したら?
 用意されているシナリオなんて全て吹っ飛び、イケメンの攻略なんて有ったもんじゃない。
 少しでもエレナの攻略ルートを潰していく、イケメン達を一人も渡すものか。
 ローズはその為ならなんだってするつもりであった。

「お主と離れるのは私とて辛い。だが、なに四ヵ月などあっと言う間だよ。それまで良い子に待っているのだ」

「分かっております。……しかし、お父様。お父様が任務にて赴かれる地は、最近どこぞの勢力とも言えぬ武装集団の噂が囁かれておりますので、何とぞご用心をして頂きますようお願いいたします」

 この言葉に周囲からどよめきが上がる。
 この任務、大きく分けて二つの目的が有った。
 一つ目は隣国の王へ親書を届ける事。
 もう一つは、そのまま国境の砦へ視察として赴き、その後そのまま四ヵ月間砦の隊長として赴任すると言う物である。
 しかし、これは表向きの話であった。
 数年前隣国の王が死に後を継いだ息子の代になってから、両国の関係が微妙に揺らぎ出して来ており、それまで毎年の様に行われていた国交友好の使節団の派遣も近年では滞り気味となっている。
 その様な状況の中、近頃国境付近の村々が謎の武装集団に襲われると言う事件が度々王都をもたらされており、近隣住民も含め不安な日々を送っていた。
 国王以下、王宮の者達の見解は隣国の手の者による工作であろうと言う事で一致していた。
 しかしながら、証拠が無い状態で表立って国として声を上げる訳にも行かず、武装集団の対応に苦慮しており、その解決案として伯爵に白羽の矢が立ったのである。
 今まで何度か文官が使者として隣国へと赴いていたが、隣国の王は素気無い態度で軽く扱われており進展は見られなかったが、周辺国に謳われし歴戦の勇士である伯爵が使者となるならば、さすがにその様な態度を見せる事は無いのではないかとの思惑だった。
 また、伯爵は長年騎士団の中枢で団長の補佐として騎士団員を取り仕切る職に就いている。
 その鍛えられた審美眼をもって隣国の王の真意を探り、またそのまま国境の砦に赴任する事で隣国に対しての牽制を図る事こそが本来の秘められた目的であった。

 勿論この情報はゲーム中には一切出て来ない為、ローズは知らない。
 ただ単に、攻略対象のイケメンキャラの一人、冷血キャラである第二騎士団の若きホープであるディノとのルートイベントにて『どこぞの勢力とも言えぬ武装集団』と言う話が出て来たので、そのままの言葉を使ったのである。

「ロ、ローズ。お、お前……。その話をどこで?」

 伯爵だけじゃなく、一部の者達もローズのこの言葉に驚いている。
 一般に伝わっている武装集団については、あくまで地方から流れて来たごろつき達の集まりとされていて、隣国の手による者とは知られていない。
 ローズは聞きかじりの知識で何気無く『どこぞの勢力』と言ったのだが、『知っている』人間達にとっては、『隣国の工作員』を指し示す皮肉を込めた隠語の様な物で、その言葉を使うのは王宮や騎士団でも一部の者だけであった。
 これに関してもローズは知らない事なので、何をそんなに驚いているのか分からずに首を捻る。

 『あらら? 皆何を驚いているの? そんなに変な事を言ったかしら。ディノがエレナに話した内容なんだけど……? う~ん、この驚きようは普通じゃないわね。なら、ローズ自身がディノから聞いた訳じゃないし、情報元は濁した方が良いか』

 ローズは心の中でそう考え、少し格好を付けて誤魔化す言葉を見繕った。

「お父様? 私とて貴族の娘ですよ? それなりに耳をそばだてておりましたら噂の二三は聞こえて来ますわ」

 この言葉に更にどよめきが上がる。
 先程とは違い、このホールに居る者の殆どが驚いている様だ。
 これは単純に、『伯爵の美しき愚女』と呼ばれているローズの口からその様な言葉が出て来るとは思っていなかった為だった。

「ギュンター様、それとブルーノ様。どうか彼の地にてお父様をお護りくだいますようお願い致します」

 周囲の動揺が収まりやらぬ中、ローズは続けざまにそう言って、伯爵の直属の部下で今回の任務に同行する騎士達に向かって頭を下げた。
 この情報も先程フレデリカから取得済みである。
 突然名前を呼ばれ頭を下げたローズに対して、ギュンターとブルーノと言う若き騎士はあからさまに狼狽えている。

「お嬢様が、我らに頭を下げた……?」
「それ以前に我らの名前を憶えているなんて……」

 この二人もイケメンでは有るものの、わがまま自己中だった元のローズにとって、父の部下など自分より下の存在として眼中には無かった。
 二人の言葉から分かる様に、今まで名前を呼ぶどころか、目さえまともに合わせて来なかったのだ。
 それが、自分達の顔をしっかりと目で捉え、名前を呼んで頭を下げた。
 しかも、父を護って欲しいとお願いされたのだ。
 愚かでわがままな事以外は、国でも有数の美女と噂されているローズ。
 先程からの貴族令嬢として最上級と言って良い振る舞いも相まって、今までのローズへの悪感情など吹き飛んでいる。
 美女からの純粋なる願い、それも自分達が尊敬する伯爵の護りを託された。
 その事実は、彼等の中の騎士道に火を付ける。

「「ハッ! 命に代えましても伯爵をお護り致します」」

 二人はまるで王族に誓いを立てるかの如く、ローズに対して最敬礼を以てその願いに応えた。

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