13 / 121
第一章 私の取り巻きイケメンは私の物
第13話 主人と従者
しおりを挟む「あっ、これは皆さま。恥ずかしい所をお見せしてしまい申し訳ございません」
ローズは階段を駆け下りる最中、階下の人達が見上げて来る目の色に気付き、慌てて立ち止まり頭を下げた。
ここにいる全員、伯爵と同じ派閥の貴族や部下の騎士達だ。
即ち、ローズの今まで行って来た傍若無人な振る舞いの事は承知しており、しかもそれを快しとしない人達である事は、先程二階から見下ろした際にその人達から自身に向けられた眉を顰める様な目が物語っていた事でローズは理解していた。
しかし、その非難の色に染まった目が、駆け下りるローズの姿を見て明らかに動揺の色に変わったのだ。
これは恐らく今までのローズならば、父で有ろうと他人の言葉によって自身の行動を強制されるのを嫌がり、今の様に素直に応えて慌てて駆け下りるなどと言う行動を取る筈がないと踏んでいたのだろうとローズは考えた。
『多分、元のローズなら伯爵の言葉と言えども刺々しい文句で返しながら、わざとゆっくりと階段を下りて皆をイライラさせていたんでしょうね。私もローズにはゲーム中も本当にイライラさせられたもの。しかし、この皆の驚きようと言ったら無いわ。謝ったと言うのもインパクトが強かったみたい。まるでハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔をしているわね。けど、この状況は使えるかも』
ローズが考えている通り、駆け下りる姿を見て動揺していた皆だったが、ローズが立ち止まり皆に謝った瞬間、動揺を通り越してまるで全ての感情をどこかに置いて来たかの様にポカーンと口を開けて固まっている。
その顔を見たローズは『皆ハニワみたい』と心の中で呟いた。
その後、皆にニッコリと優しい笑みを浮かべながらもう一度お辞儀をする。
それが合図となり固まっていた皆は金縛りが解けたかのように動き出し、今起こった事が現実だったのかと騒めき立った。
ローズはそんな空気の中、今度は貴族の御令嬢然とした優雅な振る舞いで階段を下りる。
しかし、今までのローズの様にわざとゆっくりと言う訳ではなく、流れる川の様にスマートに、そして体幹のブレ無く下りる姿は、それを見る皆の目にまるで王立劇場で行われる歌劇の一場面の様に映った事であろう。
肉体は違えど、意識は元の世界の野江 水流である。
彼女は幼い頃より剣道を習っており、幾つかの大会で優勝を果たした事も有った。
教職の道を進む事を決意した今は引退したが、高校でも剣道部の顧問として昔取った杵柄を発揮している。
そんなローズにとって、体幹の制御や姿勢の良さ等は無意識に癖として染みついており、肉体の変化に関して然程影響を受けない。
勿論ローズの肉体が、驚いた事にそれなりの身体能力が備わっていたと言う事も大きいだろう。
それは恐らく代々騎士の家系であり、その受け継がれてきた優秀な遺伝子のお陰なのかもしれない。
そんな二つの偶然が重なり合い、貴族の中の貴族としての立ち振る舞いが発揮され皆の前に披露される事となった。
皆は感嘆の言葉を上げ、ただその様にため息を漏らす。
「フレデリカ、お願い……」
降りる最中、ローズは後ろを付いて来るフレデリカにただそれだけを小さく告げた。
隣で必死について来ているカナンがその言葉に首を傾げたが、フレデリカは分かっているとばかりに、自分の主人であるローズに耳打ちする。
「右からカナード伯爵、その左後ろの赤い服はジェスター子爵、隣は旦那様の部下である騎士のギュンター様……」
フレデリカは、次々と小声で玄関前ホールに居る主要な貴族や騎士達の名前をローズに伝えていく。
ローズは皆ににこやかな笑顔を浮かべたままそれを暗記していった。
「え? え? 何? お姉ちゃん? 一体どうしたの?」
その二人のやり取りに驚いたカナンがローズに尋ねた。
「……以上です」
今この場で覚えておくべき名前を全員言い終えたフレデリカは少し離れた位置に戻り、元と同じように後から静々とついて来る。
ローズは小声でフレデリカに『ご苦労様』と伝えた。
「カナンちゃ、……カナン。今まで私は無知過ぎたわ。だってあそこの方々の名前なんて覚えて無かったんですもの」
客人達から目線を移さずにカナンにそう答えた。
カナンはその回答に、慌てながらローズとフレデリカを交互に見る。
フレデリカも主人に付き従うメイドとして目線を下げたまま、カナンとは目を合わさない。
優雅な振る舞いの貴族令嬢にお付きのメイド、この姿も歌劇の中の理想の貴族像の様であり、隣でおろおろとした顔でドタドタとついて来るカナンが、更に二人を際立たせる為のスパイスとなっていた。
「え? 今ので伝わったの? お願いってしか言ってなかったじゃないか」
そんな周囲の目に気付かないカナンがローズに問い掛ける。
無理も無い、先程のやり取りは打ち合わせなど無い突然の事だったのだから。
「これが主人と従者と言う物よ」
その言葉にフレデリカはうっすら笑みを浮かべ、逆にカナンは呆然として立ち止まってしまった。
ローズは格好付けてそんな事を言ったのだが、本来かなりの無茶振りである。
今の奇跡のコラボが実現したのは、ひとえにフレデリカが優秀なメイドであるお陰だ。
ただ、少なくとも昨日までのローズとフレデリカならこうはいかなかった。
ローズに『お願い』と言われたら、『午後のお茶会のスイーツは何にしましょう』とフレデリカは思ったであろう。
フレデリカは優秀なメイドであるが故に、本来は我を殺し自分の主人の望む鏡として立ち振る舞う。
昨日までのローズなら自分の享楽の事ばかり、今の時間なら午後のお茶会の事で頭が一杯だったのだ。
しかし、今のローズはそうではない事をフレデリカは理解している。
ローズ自身に何が起こったのかはまでは分かっていないが、少なくとも今までの自分を変えようとしている事は朝食の際に理解したので、ローズの知識量を把握しているフレデリカはその『お願い』と言う言葉の中に含まれている真意を読み取り、現在ホールに居る伯爵の代理として挨拶すべき方々の名前を伝えたのだ。
とは言え、フレデリカも人間である。
如何にローズが貴族の自覚に目覚めたからと言って、そう簡単には今の様な働きはしなかったであろう。
そうさせたのは、自分の嗜好を理解し、そして望むままにご褒美とお仕置きを与えてくれたからに他ならない。
フレデリカは心の中で、今の働きのご褒美に期待して自然と口角が上がるのに気付いていなかった。
階段を下りたローズは、衆人環視の中優雅な立ち振る舞いを崩さずに伯爵の前までやって来た。
周りの者達の目は、最初の様な非難の色は無く、ただ今目の前で起こっている事を理解する為に、固唾を飲んで見守っている。
「お父様、遅くなって申し訳ありません。今日旅立つお父様に少しでも綺麗な記憶として私の姿を残して頂きたく、準備に時間が掛かってしまいました。それに折角お忙しい中来て頂いている皆様にもご迷惑をおかけしてしまい恐縮の限りです。本当に申し訳ありませんでした」
そう言ってローズは、伯爵と周囲の皆に頭を下げた。
思いもしなかったその言葉に皆の息が止まる。
中には軽く悲鳴を上げている者も居た。
それほど今のローズの姿が奇異な物に映ったのだろう。
そんな中、伯爵だけは娘の成長に感動して目に涙を浮かべ頷いた。
「お父様……。寂しゅうございます。どうか、どうか……ご無事で帰って頂ける事を毎日お祈りいたします」
顔を上げたローズはおもむろに伯爵に抱き付き、その逞しい胸板の感触を堪能しながらも、あえて周囲の人達に聞こえる様に少し大袈裟な演技でそう言った。
その姿に皆は心を打たれて涙する者が一人や二人ではない。
『フフフ、皆感動しているようね。計画通りだわ』
周囲の感動が渦巻いている空気をよそにローズは心の中でそうほくそ笑む。
この際周囲の人々も味方に付けてしまおうとローズは考えていた。
人間はギャップに弱いもの。
普段良い事ばっかりしている人が良い事するよりも、同じ程度の事と言えども普段悪い事している人が行った場合の補正は絶大だ。
特に今の皆はローズの優雅な姿に目を奪われている。
元より国で評判の美女であったローズの事、お淑やかさと優雅さを兼ね備えた今の姿は、今までのローズが培って来た負のイメージを崩し、上書きさせるには十分の破壊力を持っていた。
『とは言っても、もう少しこの逞しい胸板を堪能させてもらっても罰は当たらないわよね? ぐふふふ』
10
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる