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第一章 私の取り巻きイケメンは私の物

第11話 違和感

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「やぁ~ローズ。ん~今日も綺麗だね~。まるで暗黒の荒野に咲く一輪の可憐な薔薇の様だよ」

 ローズがカナンと楽しく手を繋ぎ、あれこれと喋りながら廊下を歩いていると、甘い声でローズを褒めそやす声が聞えて来た。
 ローズの記憶の中にその声色自体に心当たりは有るのだが、その言葉には少し違和感を覚えた。

 『あら? この声って確か……? でも、こんな事をキザったらしい事を言うキャラだったかしら?』

 ローズはそう思いながら、話しかけてきた人物を確認する為に目を向ける。
 そして、そこに立っていた人物は、ローズの記憶に有る声の持ち主通りの人物だったが、明らかに自分の知っているその人物像とはイメージが異なっているのに面を食らった。

「ホランツ……様?」

 ローズはあまりにも記憶とかけ離れた目の前の人物の名前を呼ぶ。
 公爵家の三男坊であるホランツ・フォン・アッヘンバッハ。
 数代前に当時の王の弟が興した家系であり、この国では超名門と言える血筋である。
 しかしながら彼は三男坊と言う事も有り、公爵の家督を継ぐ事がほぼ無い事から、王宮のドロドロとした権謀術数の世界からは離れ、悠々自適な貴族ライフを送っている人物だ。
 そして、ゲーム内ではこんなキザなキャラではなく、もっと朗らかなお兄さんキャラであったのだが、今ローズの目の前に居るホランツはその様な面影は微塵も無かった。
 先程の甘い歯の浮く様なセリフ、そして壁に縋り腕を組んでの流し目。
 なまじ声と顔が一緒なだけに、その違和感は半端無い物となりローズの頭の中は混乱してしまった。

「どうしたんだい、ローズ? 僕の顔に何か付いているのかい?」

 情報の整理が追い付かず硬直したままのローズにホランツは不思議そうな顔で尋ねて来た。
 その声で、ローズは少し冷静になり止まっていた頭が回転し出す。

「い、いえ。こんな朝早くホランツ様が屋敷に居られた事に少し驚いてしまいましただけですわ」

「んん? 本当にどうしたんだい? 僕にホランツ『様』なんて他人行儀な事は止めてくれよ。いつも通り呼び捨てで呼んでくれないのかい?」

 オーバーなジェスチャーで困っている様子を表現しながらホランツはそう言った。
 脳内での状況整理を終えたローズは、ホランツの態度の分析を開始する。

 『ゲームと違うキャラ……、違うわね。ゲームと違うのは私の立場よ。ゲームは平民出のメイド。そして今は伯爵家の御令嬢。よく考えたら貴族の子息が平民の女性と貴族の嫡女に対して同等の態度を取る筈が無いじゃない。下手にカナンちゃんが同じ裏表の無いキャラクター性だったんで勘違いしていたわ。それに一番は年齢よ。エレナはゲーム内で発生する誕生日イベントで十五歳と言っていたわ。それに比べてローズは二十歳前後だし、ホランツと同年代か下手すりゃ少し年上なんだもん。お兄さんキャラってのはおかしいわよね』

 分析結果に納得したローズは、自分の浅はかさに笑いが込み上げてくると同時に深く反省もした。
 下手に三日間このゲーム漬けで全イベントを覚えているからとは言え、それはエレナが体験するストーリーなのだ。
 ゲーム内では各キャラとローズの対話に関しては、エレナも同席している様な対外的なやり取りは有った物の、『一方、その頃』的な完全プライベート部分での会話描写は出て来なかった。
 今の立場との違いを考慮しないと自分が『ローズ』ではないとバレてしまう。
 内心今のでバレたかと思いドキドキしながらホランツの顔色を伺うと、不思議そうに見てはいるが正体に対して猜疑の目を向けている印象は受け取れない。

 『だ、大丈夫よね? う~んどうやって誤魔化そうかしら……』

 どうしようか思案していると、隣に立っていたカナンがくすくすと笑い出した。
 その様子に驚いたローズとホランツはカナンの顔を見た。
 カナンの顔にはニマニマしたあどけない表情が浮かんでる。

「ホランツお兄ちゃん。お姉ちゃんねぇ、なんか貴族の自覚に目覚めちゃったんだって~」

「あっ、あぁ~、なるほどね~。だから僕の事を公爵の子息って事で『様』を付けたのか」

 笑いを堪えながらカナンがそう言うと、ホランツは納得と言った表情でそれに答えた。

 『ナイスアシストよ! カナンちゃん。本当に良い子ね』

「えぇ、今日からお父様が長期任務でこの屋敷を開ける事になりますの。次期頭首としてはお父様のお帰りになるその日まで、この屋敷を守り通す責任が有りますわ。……とは言え、まだまだ慣れない身ですので先程の様な失態を見せてしまいました」

 少し恥ずかしがる演技をしてサラッと嘘の言い訳を言い切るローズであったが、その言葉に二人は納得したと言う表情を浮かべて頷いた。

 『ホッ、何とか信じてくれたみたいね。ふぅ~、私も嘘を付くのが上手くなったもんだわ』

 嘘の演技で二人がコロッと騙されてくれた事に心の中でそう呟いた。
 現ローズの中の人である野江 水流は基本的に善人である。
 しかし、嘘を付かない人間など居ない。
 野江 水流は考える、その場が嘘でも最終的に本当にしてしまえばいいんだと。
 今までの学生生活で彼女はクラス中心人物だった。
 学級委員長に就任した回数は数知れず、高校では生徒会長として人の上に立ち、様々な問題に対して精力的に取り組んで来た。
 時には皆を宥める為に、その場限りの嘘を付かないといけない場面は多々有ったが、彼女はそれを全て理想の形で成就させてきたのだ。
 特に自分が好きになった男性への橋渡しのお願いに、その男性が好きと言う気持ちを自分の心だけじゃなく周囲にも嘘を付き『恋のキューピッド』役を演じる事が、嘘を付く演技の習熟に繋がったと言えるだろう。

「う~ん、それはとても殊勝な事だけど……。ローズのわがままはチャームポイントでもあるんだ。 君は君として輝いていてくれた方が美しい」

「まぁ、ホランツ様ったら……」

 ホランツの甘い言葉に頬を染めるローズ。

 『美しいだなんて~。お兄さんキャラだったホランツも良いけど、キザなホランツ『様』もとっても素敵だわ~。しかし、こんな二面性の有るキャラだとは思わなかったけど、どっちが本当の彼なのかしらね』

「ぶ~、お姉ちゃんデレデレし過ぎだよ~!」

 照れているローズの姿に、カナンは口を尖らせて文句を言って来た。
 恐らく他の男と楽しく話をしているのを見て面白くないと思ったのだろう。

「カ、カナンちゃん。ち、違うのよ」

「ぶ~。 ホランツお兄ちゃんはわがままなお姉ちゃんが好きなんだよね? じゃあ、僕もお姉ちゃんの一人前の貴族になるのを協力する~! 僕はどんなお姉ちゃんでも好きなんだもん」

「カナンちゃん……」

 カナンの『どんなお姉ちゃんでも好き』と言う言葉に感動したローズは、そのままカナンを抱きしめたい衝動を必死で抑えていた。
 さすがにカナン相手とは言え、その行動は普段のローズからかけ離れている。
 いくら心を入れ替えたと言っても、人間急には変われないものだ。
 激しい変節は、本当に中身が入れ替わっていると言う事に気付かれるだろう。
 少しづつ浸透していかなければならない。
 
「ははははは、こいつは一本取られたね。勿論僕も応援するさ。さぁ、立ち話はここまでにしようか。伯爵がお待ちだろう」

「もしかして、お父様のお見送りの為にいらして下さったのですか?」

「あぁ、だって将来は僕の父になるかもしれない方だからね」

 ホランツはそう言ってウインクをした。
 野江 水流時代に聞いた事が無い言葉だった為、その意味を一瞬理解する事が出来なかった。
 『将来僕の父になる』この言葉が意味する事は一つである。
 夢にまで見たその言葉を、とうとう聞く事が出来た事にローズの心臓は激しく脈を打ち出す。

「ま、そ、それは、もしかしてプロポー……」

「こらー! ホランツお兄ちゃん! 抜け駆けしないってみんなで約束したじゃないか!! 酷いよ~」

 ローズが言葉を言い終える前にカナンが間に入って、ホランツに文句を言って来た。

「はははっ、ごめんごめん。伯爵が暫く居なくなるってので、寂しがっているローズが新鮮でね。ついからかってみたくなったのさ」

 カナンの抗議におどけた態度でホランツはそう答えた。
 その言葉に、カナンは少し安心した顔をしたが、口は尖らせたままだ。

「え?」

 ローズだけが今のやり取りに取り残されて頭の中が真っ白になる。
 その言葉の意味が徐々に理解出来てくると同時に、沸々と怒りが湧いて来る。
 初めてのプロポーズかと思ったのが冗談だったと言うのだ。
 恋に恋する乙女なローズには最大のタブーと言えるだろう。

「ホランツ!! あんたって人は!! 言って良い冗談と悪い冗談が有るでしょう!!」

 ローズは感情のままに激昂する。
 元のローズもかくやと言うその表情。
 その様は、それを見た近くを歩いていた使用人が悲鳴を上げて逃げ出す程であった。
 しかし、ホランツはそんなローズを嬉しそうな目で見ている。

「う~ん、やっぱりローズはそっちの方が綺麗だよ」

「な、な、な!」

 急なホランツの不意打ちの褒め言葉に、怒りの感情が吹っ飛んだローズは言葉を失う。
 先程からの聞き慣れない甘いキザなセリフにローズの頭はパンクしそうになった。

「もう! 知りません!!」

 頭の処理が追いつかなくなったローズは、そう言って二人を置いて歩き出す。
 置いて行かれた二人は慌ててローズの後を追った。

「いつものお姉ちゃんだーー!!」

「はははは、やっぱりローズはこうでないとね~。そうだカナン? 心を入れ替えたローズがいつ元に戻るのか賭けをしないか?」

「良いね! 僕は一週間かな~」

「ほうほう。じゃあ僕は一日に掛けるね。明日には元に戻ってるんじゃないかな?」

 ローズの背後からそんな二人の失礼な言葉が聞えて来た。
 ローズは振り返り叫んだ。

「こらーー!! あんた達! 何好き勝手言ってるのよーー!!」

 その光景は、奇しくも二人にはいつもの日常、そして使用人にはいつもの悪夢であったのだった。
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