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第一章 私の取り巻きイケメンは私の物

第10話 カナンちゃん

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「あぁ、可愛いぃ。カナンちゃん。お姉ちゃん会えて嬉しいわ」

 飛び付いて来た茶色のふわふわのコロコロを抱き締めて、ホッペをスリスリしてその感触を味わっていた。
 しかし、先程のダンディーな伯爵との抱擁と異なり、この感触はつい最近十分に堪能する機会が有ったので、舞い上がる事無く堪能する事が出来たのだ。
 それはローズの中の人である野江 水流には二歳年下の弟が居る。
 現実の恋愛に縁遠い姉と違い、大学を卒業したと同時に幼馴染と結婚して既に二児の父親であった。
 その長男が水流にとても懐いており、先程のカナンの様に顔を見たら笑顔で駆け寄ってくる所がそっくりだったのだ。
 勿論その後、すりすりギュッギュは当たり前、自分の甥と言う事も有りチュッチュまでメニューに含まれている。
 さすがにカナンに対して、それははしたないと言うか完全アウトだろう。
 従兄弟とは言え、カナンはもう十二歳。
 成人になっていないが、貴族ならば男女共に政略結婚など諸々の事情で未成年の婚姻はそれ程珍しい話ではない。
 従兄弟と言えどもキスはただのスキンシップの枠を超えてしまう。

 いや、それを言うならば本来すりすりギュッギュもアウトなのだが、如何にイケメンが自分に純粋な好意を向けられて浮かれているローズとは言え、それが分からない程愚かではない。

 そう、ローズは知っている。

 知っていると言うか、カナンと主人公のエレナが初めて出会うイベントからして、普段性悪令嬢全開なローズが従兄弟のカナンにだけは心を許し、今の様にじゃれ合っている場面に偶然遭遇すると言うモノだった。
 そんな普段とは違う自分をエレナに見られたローズは、恥ずかしさの余り激しくエレナを叱咤するのだが、それを見兼ねたカナンがローズを宥めてエレナを助けたのが馴れ初めとなり、それ以降お互いが存在を意識し出して想いが募っていくと言う恋愛物あるある展開となる。

 だから、このすりすりギュッギュは自分がローズでない事がバレ無い為の手段であり、これは自身の安全上そうしても仕方が無い事なのだ。
 そう決して暴走の果てにやらかしたと言う事ではないのであしからず。

「お姉ちゃん、叔父さんが今日から仕事で出掛けちゃうんでしょ? 寂しくない様に僕がお姉ちゃんのこと守ってあげるからね」

 ふわふわコロコロのカナンが満面の笑みでそう言ってきたので、ローズはもう色々有頂天。
 夢にまで見た異性からの『守ってあげる』と言う台詞。
 もう、運命の相手はこの子で良いんじゃとローズは思ったが、残りの四人を見るまではと下衆い考えが頭を過ぎり、冷静さを取り戻した。

「ありがとうカナンちゃん! お姉ちゃんカナンちゃんのお陰で寂しくないわ。それに皆居るもの! 大丈夫よ」

「皆? むぅ~。お兄ちゃん達の方が頼りになるの?」

 皆と言う言葉にカナンは少し不満げに唇を尖らせた。
 カナンは自身がまだ他の取り巻きメンバーより幼い事に少し劣等感を感じており、周囲と比較されるのを嫌がる所があった。

 『ふ~ん、この性格はメアリだったからって訳でもなく、ローズにも同じ態度を取るのね。本当に可愛いわ。カナンちゃん攻略ルートの後半に覚醒イベントがあるのよね~。『これからは僕……ううん。俺が君を支えるんだ!』って、一人称が『僕』から『俺』に変わって凄く大人っぽくなるのよ。外見ふわぽよとのギャップがまた良いのよ~』

「そんな事ないわ。カナンちゃんはとっても頼りになるわよ」

 そう言うとカナンは満更でも無いと言う顔をした。
 少し得意気で鼻をプンプンさせている。

「それに屋敷の皆も居るしね。お父様が居ない間、この伯爵家を使用人達と一緒に乗り切るわ」

「え?」

 ローズの言葉を聞いたカナンが感情の無い声を吐いた。
 表情も何か奇妙な物を見ているかの如く、いつものふわぽよ顔と異なり少し険しい物となった。
 その顔に驚いたローズに気付いたのか、カナンはすぐにいつもの表情に戻る。

 『ヤバッ! 気付かれたのかしら? この子はまだ食堂での宣言を知らないもんだから、普段言わない様な事を言った私を疑ったのかも。なんとか誤魔化さなきゃ』

「ど、どうしたのカナンちゃん?」

 ゲーム中でも見せた事の無いカナンの表情に激しく動揺したローズだが、その動揺を悟られまいと平静を装って聞き返した。

「だってお姉ちゃんがそんな事言うの初めてだったから、ビックリしちゃった」

 あどけない表情で尤もな事を言ってくるカナン。
 今までのローズの行ってきた所業を、ローズは朝の皆の態度で嫌と言う程体感した。
 ゲーム内では基本全ての使用人はエレナの味方、ローズに接する描写に関してはいつも短文の問答のみだった為、ここまでとは思っていなかったのだ。
 取り巻きイケメン達もその事は重々承知だろう。
 カナンがあのような態度をするのは当然と言えばと当然だとローズは思った。

「そ、それは、お姉ちゃんもいい加減貴族として自覚を持とうと思っての事なのよ」

「ふ~ん。……分かった僕も応援するよ!」

 『あら? また一瞬無表情になった? すぐに戻ったけど何でかしら? もしかして三日坊主になるだろうなんて思われてるのかしら? そ、そんな事は無いわよ! だって『あたし幸せ計画』の為だし、やっぱり皆仲が良いのが楽しいもんね』

 ローズは『彼イコAge』では有るのだが、小中高大、それに現職場においても、持ち前の明るさやその面倒見の良さから、男女共からの信頼は厚く人気者だった。
 そして、そんな皆と共に楽しく過ごす事がローズは大好きであった事が、その関係を壊したくないと自身の好きな人への愛の橋渡しをすると言う不幸にも繋がっているのだが、それには気付いていないし、もし気付いたとしても改めないだろう。
 それが現ローズの中の人である野江 水流の魂の本質なのだから。
 だから、今の使用人達との関係は許せる物ではなく、没落の運命が無くとも使用人達との関係改善に努めていたとローズは考えている。

「ありがとう。カナンちゃん。お父様が居ない間、お姉ちゃんに力を貸してね」

「居ない間だけじゃないよ? 僕はずっとお姉ちゃんの側に居て支えてあげるんだ」

「カ、カナンちゃん!!」

 『な、なんて健気で良い子なの! もう運命の王子様はこの子で良いんじゃない? 多分この世界でも従兄弟も結婚出来る筈よね? それに貴族だし、血を残す為に同族婚は進んでされていただろうし』

 残り四人に会う前から『君に決めた!』とばかりにカナンを抱き締めたローズ。
 異性にここまで一生懸命で優しい言葉を掛けられた事が無い(と本人は思っている)ローズは、カナンの言葉にコロッと心を奪われたてしまったのは仕方無い事だろう。
 決してチョロインと言う訳ではない。

 『……あら? でも確かカナンちゃんは子爵家嫡男で一人っ子よね? ローズの家も一人っ子。こう言う場合どうなるのかしら? 子爵家に伯爵家跡取りが嫁入りっておかしいわよね。かと言って子爵家の跡取りが婿入りってどうなの?』

 将来設計のアレコレを考えていると、一つの疑問が過ぎった。
 カナンの父親はローズの父親の弟に当たり、伯爵家を継いだローズの父親に対して、カナンの父親はローズの祖父が所持していたもう一つの爵位である子爵を継いでいる。
 二つに分かれた家同士の後継者が婚姻を結ぶとどうなるのかなんて、貴族でも無い現ローズは知る由も無かった。

 『まっ、問題有ったら誰かが止めるでしょ。お父様も、カナンの父親も特に止める様子も無いんだし、大丈夫よね。だったら……このまま……ぐへへへ』

 心の中と言えど、乙女が出してはいけないような笑い声で目の前のご馳走カナンを頂こうとしたその瞬間……。

 コンコン――。

 と、扉がノックする音が聞こえて来た。

『ローズお嬢様。旦那様の準備が整いましたので玄関までお越し下さい』

 扉の向こうから使用人の声が聞こえて来た。

 『ちっ! 良い所だったのに! ……じゃないっ! ヤバかったわ。いくらこの世界と言えども、十二歳の子に手を出すのは、ちょっとアレよね。さすがに元の世界の倫理観的に抵抗が有るわ。今はフレデリカも居るしね。もう少し大きくなってからにしましょう。それに、他にもイケメンは居るのよ……ぐへへへへ』

 突然の来訪に冷静になったローズは、先程の下衆な考えを再び呼び起こし、またもや乙女的にアウトな笑いを心の中に響かせた。

「分かりました。すぐに行きます。……じゃあカナンちゃん。一緒に行きましょうか」

「うん!」

 抱き締めていたカナンを離し、二人して伯爵が待つ玄関に向かった。

 ……離れて後ろを歩くフレデリカは、少し険しい顔で二人を見詰めていた。
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