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第四章 集う娘達

第102話 望まれた世界

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「あっ!」

 僕の一抱えくらい有る白く大きな玉子。
 陽の光を反射して真珠みたいにキラキラと輝いている。
 コツコツと言う音が中から聞こえたかと思うとその表面に小さくひびが入りそこを中心に内側から押されるように盛り上がってきた。
 左手で抱き上げてるライアも興味津々と言った顔をしてその盛り上がりを見つめている。

「ねぇ! ひびが入ったよ!」

 僕が顔だけ少し振り向き後ろの方で固唾を飲んで玉子を見ていたダンテさん達に声を掛けるとそれぞれが思い思いの声を上げ近寄ってきた。
 さすがの母さんも空気を読んだのか僕と親友の久し振りの邂逅を邪魔しないようにしていたのだろう、ダンテさん達と共に歩いてきている。
 僕の古い友達たちはと言うと待ち望んでいた王の帰還を讃えようとでもしているのかその場で立ち止まり目を伏せて静かに佇んでいた。

 ーーパリン……ポトン

 そんな皆を見ていると玉子の方から澄んだ小さな破裂音と後に何か小さな物が僕の足元に落ちた振動が伝わって来た。
 慌てて足元を見ると玉子の傍らに僕の手の平くらいの白い破片が落ちてる。
 恐る恐る視線を上げると玉子に白い表面にぽっかり開く黒い穴。
 その穴を内側からあけたと思われる存在の姿は見えない。
 僕はドキドキと高鳴る胸を押さえ玉子に空いた穴を覗いてみる。

 こ、これが幼馴染?

 穴の奥には大きな目をギューっと閉じた小さな姿が見えた。
 ここはこの森の主であるトレ爺が招いた者だけ訪れる事が出来る広く開けた草原だ。
 太陽が天辺から少し角度が付いたとは言え、まだまだ陽の差す真っ昼間。
 割れた玉子の隙間に陽の光が強く入り込んだんだろう。
 その小さな子供……? うん、子供っちゃ子供だね。
 僕の大切な幼馴染、その真の姿なのか。

 やがて陽の光に慣れたのか僕の幼馴染はその固く閉ざされた瞼をゆっくりと開ける。
 まるで特大のルビーの様な赤くきれいな瞳。
 それが僕の顔を写し大きく見開いていた。

「やぁ久し振り……で良いのかな? ええと僕の名前はマーシャル……ううん、マーシャだよ」

 僕は見覚えのない幼馴染にそう挨拶する。
 これは記憶が無いからと言う話じゃなく、記憶が有ったとしても多分同じ様な感想が出るんじゃないだろうか?
 だって、その幼馴染は……。

「ピピィッ」

 幼馴染の第一声は、産毛の代わりに鱗が生えてなけりゃヒヨコと間違える様なかわいい産声を揚げている。

 そうだよね、玉子から生まれるんだもん。
 先代のファフニールが娘の姿を真似てって言って綺麗な女の人の姿だったから生まれてくるのも人間の姿かと思っちゃってたよ。

 そう……僕が見た幼馴染はドラゴンの幼生体だった。

 その姿に少し驚いたけど、どうやら幼馴染の方は僕の事を覚えてくれてるらしい。
 ちょっと短い鼻っ柱をスピスピと動かしながら、嬉しそうに僕にピィピィと何かを訴えかけていた。

 ぎゅう……

 僕と幼馴染が見詰め合っていると急にふわふわした何かが僕の首に絡みつき優しく締め付ける。
 そして僕の頬にぷにぷにした物を擦り付けてきた。

「ちょっ、ライア。急にどうしたんだよ」

「ぱぱ。ずっとみしゅぎ!」

 どうやらが僕達が見詰め合っている事に嫉妬したライアが拗ねて割り込んできたみたいだ。
 う~ん、なんかメアリにどんどん似てきちゃっているような……。

「ピィ! ピピピピィッ!」……バリンッ!!

 ライアの過剰なスキンシップを見た幼馴染がまるで抗議をしているように玉子の穴の置くから大声で鳴き出したかと思うと小さい穴を突き破り玉子から僕立ち目掛けて飛び掛って来た。

「うわぁっ! ちょっ! ファフッ! 急に来たら危ないって、えっ……?」

 どうやら襲うつもりじゃなく、ただ単に自分も僕に抱っこして貰いたかったようだ。
 僕に張り付いたと思ったら空いている方の頬に自分のほっぺを擦り付けて来ている。
 それは良いんだけど、幼生体と言ってもドラゴンだからね。
 それが殻を突き破って飛び付いて来たんだからかなりの勢いになる。
 何とか踏ん張って受け止めようとしたんだけど、僕の口から出た言葉に自分で驚き頭が一瞬真っ白になった。
 その所為で勢いを堪えきれ二匹を抱きかかえたままそのまま尻餅を付いてしまう。
 だけどお尻を打った痛みも、倒れても相変わらず僕にしがみ付き争奪戦を繰り広げているライア達の事も意識に入らない。
 僕の頭にはさっき口から出た言葉で一杯になっていたからだ。

 ファフ? ファフだって?

 あまりに自然に出た言葉。
 言い間違いではなく、確かに僕は幼馴染を見て当たり前の様にその名前を口にしたんだ。
 邪竜の封印が施された僕の幼い頃の記憶の奥にある幼馴染の名前。

 そうだ! ファフ……それが僕の友達の名前だ!

 全てを思い出した訳じゃない。
 脳裏に当時のの姿はまだ一欠片も像を紡がないままだ。
 それでもファフ、この名前だけは核心が持てる。

「ファフ、まだ君の姿を思い出せないけどまた会えて嬉しいよ」

「ピピィッ!」

 もう一度ファフの名前を呼び再会の挨拶をするとファフは僕の顔を見て嬉しそうに鳴いた。
 その様子を見たライアが僕の顔をぐいっと引っ張って自分の方に向かせようとする。

「いっ、痛いよ。ライア」

「ぱぱ!あたしもいるお!」

 その目付き……メアリ!
 一瞬ライアとメアリが重なって背筋が寒くなったけど、ライアは大切な僕の初めての従魔……ううん娘なんだ。

大好きだよ」

 どっちが大切とか無い。
 どちらも大切な僕の娘。
 僕は両手でライアとファフを抱き締めた。




「あ、あれが伝説の邪竜だって……?」

 少し離れた場所で佇む戦士の男が少年と戯れてる子竜を見てそう呟き唾を飲んだ。
 戦士の周りで同じくその光景を目撃してる者達も各々が驚きを隠せないでいた。
 彼等は全員が僧侶ではないが信仰厚い人達が住む宗教都市を拠点に構える敬虔なる冒険者達。
 
 あれが過去何度も人類を脅かしていたと言われる邪竜の姿……。
 まるで剣の一振りで恐怖の伝説の幕を下ろす事が出来そうだ。
 
「……やってみるかね? 冒険者」

 突然背後から声を掛けられた。
 まるで心を読んだかのようなその言葉に慌てて全員が振り返る。
 するとそこにはこの森の主とその従者達が心を結ばない空なる瞳で見詰めていた。
 先程少年と交わしていたような喜びや怒り、哀しみに愉快など微塵も存在しない空虚な視線。
 やはり目の前にいる存在は人間とは異なる者達。
 戦士達はその事実を改めて認識した。

 だが……。

「まさか。そんな馬鹿な事しませんよ」

 戦士は肩を竦めて森の主の質問に答える。
 これは恐怖に駆られ命惜しさの言い訳ではない。
 確かに頭に邪竜を狩る言葉は浮かんだが、それはただの感想だった。
 弱き姿を見た客観的事実。
 それを脳裏に浮かべただけ。
 彼の仲間……常日頃魔物を神の敵と槌振るう僧侶の男でさえも変わらない。

「だって、生まれた竜はマーシャルの幼馴染だもんね」

 精霊使いである女性が戦士の言葉にそう続けた。
 その言葉に他の者達も頷きあう。

「ふむ……なるほどの。エターナル様が仰られていた世界とはこういう事かの……」

 冒険者達の言葉に森の主は虚空だった瞳に郷愁の色を宿し感慨深そうにそう呟いた。
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