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第四章 集う娘達

第101話 友達との再会

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「マーシャル……すまぬのぉ」

 新たな決意を胸に抱きながらトレ爺の後ろを案内されるまま歩いていると、トレ爺は急に何かを思い出したかの様に僕に謝って来た。
 その謝罪の意味が分からず僕は首を傾げる。

「急にどうしたの?」

 僕の問い掛けに少し思案に耽っているトレ爺。
 謝ったはいいけどその理由を口にするのに戸惑っているようだ。
 僕がじっと見つめていると少しため息を吐きながら話してくれた。

「……侵入者共の事じゃよ。お主の危機だと言うのに助けてやれなくて……」

 あぁ、その事か。
 確かに死ぬかと思ったよ。
 でもそれって結果論じゃないかな?
 だって、あの時まさか僕の宿敵と出会うなんて思いつかなかったもん。
 こればかりはトレ爺の所為じゃないよ。
 それに一応何とかなったしね。
 何より新たなる魔王……僕の宿敵は僕と同じ赤い契約紋を持つ従魔術師だ。
 しかも僕なんてライア一人で死に掛けるってのに、あれだけ強力なダークエルフ達を従えておきながらファフニールまで従魔にしようとしていた化け物だもん。
 如何にS級の魔物とは言え契約していない以上、トレ爺達が助っ人でやって来ていたとしたら逆に宿敵に取り込まれてしまっていたかもしれない。
 そうなったっていたら目も当てられない。
 ブリュンヒルドも大概だったけど、森の中のトレントが敵なんて想像したくないよ。
 多分トレ爺達もそうなる可能性に気付いて姿を見せなかったのかな。

「気にしないでトレ爺。お陰で僕とライアもちょっとは強くなったんだから」

 合致ポーズをした僕の言葉に何か言いたそうな顔をしたけど、ただ「本当に済まなかった」と頭を下げたトレ爺はまた歩き出した。
 そんなに謝る事はないのにと、フォレストウルフの時とは全然違う対応に少しおかしくて吹き出しそうになった時、一つの疑問が浮かんだ。
 その疑問を声に出そうとした時、急に視界が広がった。

「うわぁ……」

 僕は思わず声を上げた。
 それは他の人も同じみたい。
 ライアも口に手を当てながら「ひゃ~」と目を輝かせている。
 そこは大森林の中とは思えないほど大きく開けた場所であり、まるで新緑色の絨毯が敷かれているかの様な綺麗な芝生が足元に広がっていたんだ。
 それはとても丁寧に手入れをされた庭園の様に思える程綺麗だった。
 でも、次に目に入って来た光景に……。

「えっちょっと……あれ」
「うおっ! ま、待ち伏せか?」
「み、皆、構えろ!」

 ダンテさん達が口々に警戒の声を上げ戦闘態勢を整えている。
 何故かと言うと、綺麗な景色の次に目に入ったのがこの広場の奥にある驚くべき光景を持たからだ。
 最初は突然開けた場所に出た所為でやや傾きかけたとは言え鬱蒼な森の中とは比べ物にならないくらいの強い日差しに目が眩んで遠くまではよく見えなかったけど、そこには様々な魔物達がひしめき合うようにずらっと佇んでいた。
 パッと見ただけでA級以上の魔物達の姿も数多く見える。

 多分この魔物集団にはダンテさん達だって敵わないだろう。
 もしこんな魔物達が攻めてくるとしたら城塞都市ガイウースでも何日もつか分からない。
 母さんと父さんが本気を出してもちょっと厳しいと思う。
 恐らく騎士団の一個大隊を投入しないと迎撃は無理なんじゃないかな?
 
 

 ……けど、何故か僕にはそんな心配なんて一切浮かんでこなかった。
 記憶には無いけど一つ言える事がある。
 はかつて僕の友達だったんだって。

「ダンテさん。それに皆、警戒を解いて。彼らは大丈夫だよ」

 僕の言葉にダンテさん達は素直に各々構えていた武器を収めてくれた。
 こんな低ランク冒険者の僕の言葉にAランク冒険者の皆が言う事を聞いてくれたのは驚いたけど、その表情にはやれやれと言う困ったと言うかやや諦めた感じの色が浮かんでいる。

「はぁ~マーシャルが言うんだから大丈夫なんだろ」
「今日だけで何回人生観が変わったんだろうな?」
「ねっねっ? だから言ったでしょ? 最初からあの子の事は凄いって分かってたんだから」
「歴史が動くとはこう言う事を言うのだろう。これでまた魔導の神髄に一歩近づく事が出来た」

 ご、ごめんね。
 なんか色々と巻き込んじゃって。
 なんか喜んでくれている人も居るみたいだしちょっと良かった。

「トレ爺。彼らは僕の友達なんだよね?」

 僕の問い掛けにトレ爺はにっこりと微笑んだ。
 ふと気づくと魔物の皆も同じような微笑みを浮かべている。
 やっぱり僕の友達だったんだ。

「皆! 今まで忘れてごめんなさい。けど早く思い出せるように頑張るからね!」

 僕は大声でかつての友達に謝罪とこれからの決意を叫ぶ。
 すると友達の皆が歓声を上げて駆け寄って来てくれた。


 ……分かってはいるんだけど正直ちょっとビビっちゃった。
 友達なんだと状況証拠で分かっているだけで実感自体はないだけに、満面の笑みを浮かべた都市をも落とせそうな強大な魔物達が凄い勢いで走ってくるんだもん。
 さすがにダンテさん達も逃げ出してるし、昨日までの何も知らない僕なら絶対ちびってたよ。

「まーしゃ! まーしゃ!」
「マーシャよく来てくれました」
「ぎゃうぎゃう」
  ・
  ・
  ・
  ・

 言葉を喋れる魔物や喋れない魔物。
 色んな友達が僕の再訪に喜んでくれた。
 記憶には封印されているけど心は分かっているのかもしれない。
 段々と恐怖心は消えて、まるで昔みたいに笑顔が零れて来た。
 いや、全然覚えていないんだけどね。
 言葉の喋れる魔物が僕の笑顔を見て「あの頃に戻ったみたい」と言ってくれたから多分そうなんだと思う。

「コホン」

 僕達の再会の喜びも束の間、トレ爺が咳払いをした。
 すると皆がサァっと二手に分かれ僕の前に道を作る。
 一瞬何の事か分からなかったけど、その先を見た僕は弾けるように走り出す。
 だって、そこにあったのは……。


「ファフニール!!」

 ……その物じゃなくて玉子だけどね。
 さっき虚空で話した先代ファフニールが言っていた。
 僕はこの玉子に宿る次代の力と友達になって幼馴染を創り上げたらしい。
 昨日街道を通った時に僕に助けを求め、眠っていた先代ファフニールを目覚めさせ僕をこの地まで呼び寄せた。
 何故か今は声が聞こえなくなったけど、玉子であるこの姿でも手を当てると大きな力の波と小さな力の波が交互に手の平を通して伝わってくる。
 まるで心臓が脈動しているようだ。

「新たなるファフニール様は先代と意識を融合し、永らく留めておった孵化の段階に入った。そろそろお目覚めになる筈じゃ」

 僕の後を追って歩いて来ていたトレ爺がそう声を掛けて来た。
 そう言えば先代のファフニールもそう言っていたね。
 しかも僕達との娘って言っていたっけ。
 僕はちょっと恥ずかしくて顔を赤らめる。
 改めて思うとなんかとっても恥ずかしいな。
 あんなに美人の女の人との娘だなんて……。

「むむっ? ぱぱからむかむかぁってかんじるお。なんかあった?」

「えぇ! 何にもないよ」

 いつの間にか僕の隣に来ていたライアがジト目で僕を見ながらそう言ってくるので慌てて誤魔化した。
 女の子の感……恐るべし。

 そうだ、ファフニールも確かに僕の娘だけど、ライアだって同じだ。
 それも僕が初めて契約出来た従魔
 どっちがとかじゃなくて同じくらい大切だよ。

 僕はまだちょっとむくれているライアの頭を撫でて抱っこする。
 すると気を良くしたのかライアが僕に抱き付いて来た。

 やっぱりライアは可愛いなぁ……。

 「……ぱぱは…わ…いお……」ぼそ

 僕に抱き付いているライアが何かを呟いた。
 本当に小さい声だったので聞き逃しちゃったけど、なんか『わたさない』とか聞こえた様な?
 しかもなんだかとっても大人びた声で……。
 まるでメアリが他の女の子に勘違いで嫉妬している時に似た雰囲気そっくりだった。
 なんだか親子かと錯覚する程のシンクロ率を感じたんだけど、気の所為だよね?

 そう言えば昨日メアリがライアに自分がママだと教え込んでたけど、それの所為なのか?
 ちょっと! ファフニールが先代ファフニールとの娘ってのはまだしも、ライアがメアリとの娘ってのは嫌だよ!

 お願いライア! メアリ色に染まらないで!


 …………。
 …………。


「そ、それよりトレ爺? そろそろって実際どれくらいなのかな?」

 恐ろしい考えに耐えられなくなった僕は現実逃避する事にした。
 これ以上メアリに預けなければ大丈夫だと思いたい。
 話を変えるついでにトレ爺に孵化までの時間を尋ねる事にする。
 長命なトレ爺にとって、そろそろって表現がどれくらいの長さを表すのか気になったからね。
 ドリーとの会話でもちょっとズレている感じがしたし、数時間ならまだしも数日とかならさすがに一度家に戻らないと。

 そうじゃないとメアリが怖い。
 強引に約束させられたけど明日はデートらしいから……。

「そう焦るでないぞ。もうすぐじゃ」

 トレ爺は顎髭……っぽい苔を摩りながらそう答えた。
 う~ん、もうすぐって言ってもなぁ。
 確かに玉子に手を当てるとドクドクと言う脈動を感じるけど、さっきから全然変化がないんだよね。

「そうなの? ずっと同じ感じなんだけど……」

 そう言ってライアを抱っこする為に玉子から離していた左手を再び当てた。
 すると……。

 ドクンッ!

「うわっ!」

 さっきとは異なる大きな脈動に僕は思わず左手を放した。
 なんだか死んだと思っていた吊り上げた魚を捌こうとして手に取ったら最後の抵抗で暴れた時みたいな感じでビビッたんだけど。
 今のは一体? もしかしてトレ爺が言った事は本当なんだろうか? 
 気を取り直してもう一度手を当てる。

 ドクンッ!

「やっぱり! 脈動が大きくなってる!」

 ついさっきまで力強いとは言え規則正しく脈打っていたって言うのに、今は大きなうねりが押し寄せて来ている。
 なんだか今すぐにでも玉子から出たいって言っているみたいだ。
 急にどうしたって言うの? ……まさか僕がライアを抱っこしたから嫉妬しているって訳じゃないよね?

  ……じゃないよね?

 コツ……コツ……。

 僕の焦りを無視するかのように玉子の内側から殻を突く音が聞こえて来た。
 それと共に徐々に殻にヒビが入っていく。
 
 それはやがて……。

 パリンッ!
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