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第三章 世界を巡る

第95話 託された遺志

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『まーしゃ……こっち……』

 精神を集中させ僕に呼びかける声の主に心の耳を傾けること数分、森の静寂の彼方からついに声の主が僕のと問い掛けに応えてくれた。
 僕は顔を上げ声のする方に走り出す。

「おい、ちょっと……マーシャル! 急に走り出すなって一人じゃ危ないぞ」

「あっちから呼び声が聞こえるんです。行かなきゃ」

 突然走り出した僕に驚いたダンテさんが僕を止めようと声を上げるけど、僕は止まらない。
 だってこの森の中では僕は大丈夫だってなんとなく分かるんだ。
 少し前から気付いていた。
 遠くから息を潜めて僕を見詰めている魔物達の気配を。
 昨日までの僕ならそんな気配に気付いたら怖くて縮み上がっちゃっただろうけど、今の僕なら魔者達の視線は獲物を狙うソレではなく、僕を見守っているんだって分かる。
 多分彼等がかつて僕の友達だったと言う魔物達なんだろう。
 だから僕は大丈夫だ。

 ……と安心して走っていたところ――

「ガァァァ!!」

「わぁ!!」

 突然真正面を向いて走っていた僕の不意を突いて横の茂みから黒い獣の影が襲いかかってきた。
 チラと見えたその影の正体は多分フォレストウルフだと思う。
 岩石ウサギよりも危険な魔物でこんな風に不意を突かれるとベテラン冒険者でも命が危ないって言われている危険な奴だ。
 絶対大丈夫だと油断してしまっていた僕は、この強襲に思わず目を瞑り頭を手で覆いその場でしゃがみ込んでしまった。
 調子に乗って一人で走り出したことを後悔しても遅い。
 さっきはもっと危険なダークエルフ達と戦う決意をした僕なのに、また昔みたいに恐怖に震えしゃがみ込んじゃうなんて……。
 あまりの情けなさに心の中で自己嫌悪が広がる。
 もう数秒もしない内にフォレストウルフの牙は僕の身体を引き裂くだろう。
 けれどまだ希望はある僕の後ろにはダンテさんや母さんが来てくれている。
 それに治癒師のマルロフさんが居るから最初の一撃で死ななければ命は大丈夫なはずだ。
 そんな情け無いことを考えながら僕はその時を待った。

「……あれ?」

 茂みから襲い掛かってきたフォレストウルフの距離は数メートル程だった。
 あの勢いならしゃがみ込んだすぐ後にその牙が僕に届いているはずなのに、僕が目を瞑ってからもう数秒は経っている。
 僕は不思議に思い思い切って目を開けて顔を上げた。
 もしかしたら母さん達が離れた所から魔法で倒してくれたのかもしれない。
 そう思ってフォレストウルフが襲ってきた方を見ると、そこにはフォレストウルフどころか魔物が居た形跡自体影も形も存在しない。

 ……いや、そんな魔物が居たとか言う話は些細な事だ。
 僕は目に映る景色に頭が真っ白になって言葉が出せないでいた。
 だってついさっきまで森の中を走っていたんだよ?
 それなのに今僕が居るこの場所は今の僕の頭の中と同じ真っ白で何も無い部屋なんだもん。
 そもそも部屋と言っていいのかも分からない。
 辺りを見渡しても果てなど見えない何処までも続く真っ白な空間だ。
 なんでこんな所にいるんだろう?
 それより母さん達は何処に行ったの?
 少し落ち着いた僕はやっとそんな疑問が浮かぶ余地が出てきた。
 そしてすぐ後に自分が置かれたこの状況に恐怖が込み上げてくる。
 そんな恐怖に苛まれ悲鳴を上げようとしたその瞬間、突然脳裏に声が響き渡った。


『はぁ、なんと情け無い……』

 とても呆れ果てたと言う感情が込められたその言葉は耳にではなく僕の心に直接語りかけているようだった。
 それは男性? 女性? 性別は良く分からないけどとても澄んだ綺麗な声だ。

『この森の者が全て味方と思うな。移り住んだ新参や世代を重ねた者達にとってお前はただの人間に過ぎないのだからな』

 綺麗な声の主が僕を諭すように言う。
 よく考えると当たり前の話だ。
 僕がこの森で友達と遊んだのは今から十年以上も前のことなんだから、棲みついている魔物も様変わりしててもおかしくない。
 何年か毎に森の大討伐と称して街道周辺の魔物退治が行われているし、僕の友達の殆どが既に討伐されてしまっていることだって考えられる。
 森の大討伐には僕も大きくなったら参加したいなんて言っていたんだから。
 記憶が無くなっていたとは言え、なんて事を考えていたんだろう。
 そしてそんな僕の言葉をドリーとプラウはどう言う気分で聞いていたんだろうか。
 そう思うと少し胸が痛くなった。
 母さんと父さんが討伐に参加しなかったのはそう言うことだったんだな。
 今になって理由が分かったよ。

「あの……あなたは誰ですか?」

 かつての友達のことに胸を痛めた僕は少し冷静になることが出来た。
 声の主は僕の事を呆れている様子だけど敵意は感じられなかったので、取りあえずその正体を聞いてみることにした。
 実は相手が誰かについて目を開けた瞬間からあえて考えないようにしていたことがあるんだ。
 それはもしかしたら僕はフォレストウルフの最初の一撃で死んじゃってて、ここは天国なんじゃないかってこと。
 だからこの声は神様とかなのかな? って思っちゃったんだよ。
 するとまたもや呆れた声が僕の頭に響いた。

『本当に情け無い。……お前は死んではおらぬし、ここは天国じゃない。勿論私は神じゃない』

 頭に思っただけなのにどうやら相手には僕の考えが筒抜けだったみたいだ。
 驚きはしたけど、あまりにも現実離れした雰囲気の所為で心を読まれたことを思ったよりすんなりと納得出来た。
 その声によるとどうやら僕は死んだわけじゃないみたい。
 となると僕はなんでこんな所に居るんだろう?
 それに母さん達はなんで居ないの?
 声に驚いて忘れていた恐怖がまた胸に浮かんで来た。

「あ、あの皆は何処に居るんですか?」

『ふん、他の人間共はここには居ない。お前を助けよと願う者の頼みで仕方無くお前をここに呼び寄せたのだからな』

 どうやら助けた理由は声の主の意思じゃないみたい。
 誰か分からないけど、僕を助けたいと声の主にお願いしたから僕は助かったようだ。
 一体その人は誰なんだろうか?

「誰なんですかその人は。お礼を言わないと」

『人ではない。そんなことより私の声を忘れたのか? ……あぁそうだ。忘れているのだったな。……なにしろそうさせたのは私なのだから』

 人ではないってどう言う事?
 それより声の主は僕の事を知っているようだ。
 そして最後に自虐的に呟いた言葉は……え? 一体どう言う意味? 僕の記憶が無いのは声の主のせいってこと?

『記憶と共に力の大半を封印したとは言え、かつて私を退けこの虚空にて終わりの時を待つ身にまで貶めたお前がよもやフォレストウルフ如きに恐れ嘶き悲鳴を上げるなど。ここまで卑小で矮小な存在に育つとは……』

「ちょっ! ちょっと待って? 僕があなたに何をしたって言うの?」

 あまりの情報量に思わず声の主の話を遮って声を上げた。
 僕が記憶を失くしたのは声の主の所為なのは分かったけど、力の大半も封印しただとかどう言うこと?
 なによりそんな事を仕出かした奴を僕が退けてこの場所に追いやっただって?
 記憶を失う前の僕って何者なんだよ。
 あまりの話に信じられないと言う思いがあるものの、声の主からもたらされた言葉が昨日から僕の頭の中で引っ掛かってた疑問達を線で繋ぎ始めた。

 チグハグな僕の力……記憶喪失……邪龍の卵。
 この場所は虚空と言うらしい。
 それはついさっき母さんから聞いた言葉だ。
 その時母さんが仄めかした僕とその卵の親との関係性。
 『かの龍は虚空より突如として現れり』だっけ?
 と言う事はつまり……。

『ほう……記憶を封印されていても断片の情報から私の名に辿り着いたか。そうだ、私こそが生まれ出でし刻より幾百万もの昼と夜を越えし万年の数える月日の間、愚かな人間共に絶望の象徴として恐れられた偉大なる龍……ファフニールである』

 声の主……ファフニールが少し笑みを含んだ声で自己紹介でもするようにそう言った。

「ファフニール!! やっ、やっぱり……。でも……」

 だからこそ信じられない。
 子供の頃の僕がファフニールをやっつけただって?
 そんな事ある訳無いよ。
 どれだけ力が有ろうかただの人間が災害にも例えられる恐ろしい龍に勝てるわけが無い。

『あぁそうだ。お前一人で勝ったわけではないし、私が実力で負けたわけでもない』

 声の主は憮然とした口調でそう言った。
 強がりのようにも聞こえるけど、嘘は吐いていないと思われる。
 恐らく誰かの助け、そして色んな要因のお陰だったんだろう。

「一体何が有ったんですか? 僕が一人で勝ったわけじゃないって、もしかしてさっき僕を助けるようにお願いした人と一緒だったって事ですか?」

『だから人ではないと言っただろう。を人などと言う汚らわしいモノと一緒にするな』

「え? 私? あれ? さっき助けたのは自分じゃないって……?」

『あぁ、そうだ。助けたのはではない。しかし助けたのもだ』

 私じゃなくて私?
 ファフニールが言っている事が全く分からない。
 もしかして『ワタシ』って言う名前の誰かが居るのかな?

『自らの汚点をその張本人に語るのは癪だが教えてやろう。愚かにもパンゲア共が世界の摂理を捻じ曲げ、人が原初の四体と呼ぶ我等をこの地に顕現させたのは既に知っているな?』

 ファフニールの言葉に僕は素直に頷く。
 原初の四体……これは始祖が残した手記に書かれていた。
 創魔術によって創られた最初にこの世に生まれた強大な力を持つ魔物達のことだ。
 僕の従魔である獣皇ライア、そして始祖が封印した魔王アシュタロト、伝承にも数える程しか登場しない謎の存在不死鳥ブラフマーンダ・プラーナ。
 そして度々人の前に姿を現し、その絶大な力をもって絶望の淵に叩き落してきた邪龍ファフニール。
 遥か昔、この四つの魔物のことを原初の四体と呼んだらしい。

『むっ? 既にライアスフィアがお前のもとに居るだと? ……くっ! 先を越されてしまったか』

 僕が原初の四体のことを考えていると、僕の思考を読んだファフニールが何故かライアのことで悔しがった。
 先を越された? 意味が分かんない。

『まぁいい。しかし、ライアスフィアと契りを交わしているのなら既に私の封印の一つは解放されていると言うことか。なるほど先程私を目覚めさせた魔力の高まりはその所為だったのだな』

 ライアと契りを交わしたから封印が解けた?
 あれれ? 僕が解いたのは、始祖によって施されたライアの力と継承の封印だった筈、ファフニールの封印って一体何の事だ?

「あなたの封印の一つが解放された? 始祖が残した封印じゃなくて?」

『ん? 始祖とは何のことだ? ……あぁ良く視ると知らぬ力も宿っているな。ふむ、どうやら特異点には様々な縁が集まるようだ。……つくづく神と言う者は度し難い。まぁ気にするな。今の話はその始祖の力とやらは関係の無い』

「関係無いってそんな……」

 また特異点言う言葉と神への怒りを聞いた。
 この二つは母さんとイモータルとの会話でも出てきた言葉だ。
 一体僕の身体ってどうなってんの?
 昨日までは始祖の封印を解いた所為で僕の人生はおかしくなったと思っていたけど、母さんとの話の中でどうやら僕には元々特別な力が有ったことが分かった。
 そしてその封印はファフニールが施したものだって?
 う~ん、なんだか頭が混乱して来たぞ?

『難しく考えるな。理由はお前だからだ。文句はお前の元に因果を帰結させた神にでも言うんだな。さぁ、話を戻すぞ。如何に絶大な力を持つ原初の四体とは言え、肉体と言う縛りがある以上有限である。あぁ無限の再生能力を持つライアスフィアと魔力を物質化した身体を持つアシュタロトはとも言えるだろうがな。少なくとも私とブラフマーンダ・プラーナは古い肉体を捨て新しい肉体に移る必要があるのだ』

 なんだか僕の話を強引に打ち切られたけど、続くファフニールが語った話で疑問が一つ解けた気がする。
 ファフニールの卵とは子を産み次の世代に命を繋ぐのではなく、新しい身体を手に入れる手段と言うことじゃないのだろうか?

『まぁ概ねその通りだ。私は三百年毎に卵を産みそれに転生する事で今までこの世に存在してきた。しかし、今回の転生でイレギュラーが発生したのだ』

「イレギュラーだって?」

『そうだ。それはお前と言う存在だ。私の卵はただの精神の器。本来は無で有る筈の器にお前は意思を宿させた』

「僕が意思を宿させた……?」

『あぁ、今から十数年前のことだ。三百年周期で続けられて来た転生の予兆である肉体の崩壊が始まった。卵を産んでも転生にすぐ使えるわけではなく大地の魔力に溢れる土地に数年眠らせる必要がある。私が今回の転生に選んだ産卵地は緑深き土地であるお前が先程まで居たあの森だ』

 卵の産卵地を大森林を選んだだって?
 僕が卵に宿らせたと言う意思……、もしかして声の主ってファフニールの卵に宿るその意思なのか?
 そして僕を助けるようにお願いしたのもその意思。

「さっき言っていた『私とは違う私』ってそう言う意味だったの?」

『いかにも。この土地の魔物達に時が来るまで卵の管理を任せていたが、どう言うわけかそこにお前が現れた。いや、因果とはそう言うものなのだろう。お前が森の魔物達と友好を結んでいる内に卵に意思が宿ったのだ。その意思は精神体として姿を現すまで力を付けお前と友達となった』

「僕の友達……ドリーがあの方と言ったのはその友達のことだったのか」

『あぁ、それを知った私は怒った。大切な器をお前に汚されたのだからな。意思の宿った器に転生出来るかは分からない。今までそんな事は無かったのだから。だから私の卵に意思を与えたお前を殺し、その芽吹いた意思も消し去ろうとしたのだ』

 ファフニールは口にしたその恐ろしい事実とは異なり怒りの感情を過去のことの様に静かに語った。
 話の内容を聞く限り今でも僕のことを憎んでいてもいい筈だ。
 いや、問題はそこじゃない……。
 
「なんで僕は生きてるの? あっ……そうか僕があなたを退けた。そして……もしかして僕以外に戦ったのはあなたの卵だったの?」

『その通り。例え生まれたばかりの小さき意思とは言え、崩壊の始まった私の身体と新たなる身体を力とする卵、それにお前と言う特異点によって私は敗北しこの虚空にて終わりの時を待つ身となったのだ。今の私はただの躯のような存在に過ぎない。なにしろ敗北を悟った私は残る全ての力を使ってお前の記憶と力を封印し、そして私の敗北と言う屈辱を目撃した全ての人間の記憶を消したのだからな。今の私はこうやってお前をここに呼び寄せ愚痴を言うことしか出来ない情け無い存在に過ぎんのだ』

 最後の言葉は自嘲するように寂しいものだった。
 どことなく弱々しく今にでも消えてしまいそうな……。

「そ、そんな……」

 僕はファフニールの話を聞いて心の中に悲しみで染まって行くのを感じた。
 そして目から涙が溢れる。

『どうしたのだ? 私の卵の力を借りたとは言えお前は私に勝ったのだぞ? 私と戦ったと言うことが急に怖くなったのか? 何を泣く誇れ。まぁ記憶を失くしているのだから実感はないだろうがな』

「違うよ!! 怖くなったんじゃない。僕があなたをそんな風にしたことがことが悲しいんだ。ごめんなさい。僕があなたの卵に近付いたばかりにこんなことになって……」

 記憶が無いから小さい頃の僕が何をしたのか分らない。
 だけどファフニールの怒りは尤もなことだと思う。
 自分の大切な物を汚されて怒らない者なんていない。
 しかもそんな憎い奴が自分の子供同然の存在と一緒に歯向かってくるなんて、そしてこのままこの空間で朽ち果てるしかないなんて……。
 それもこれも全部僕の所為なんだ。
 そう思うと涙が止まらなくなった。

『馬鹿者!! 私は人類の敵だぞ! 今まで数多くの人間の命を奪ってきたのだ。人間として私の討伐は名誉なことだろう。誰一人として記憶には残っていないがそれは紛れも無い事実なのだ。同情など私を侮辱する行為に等しいぞ』

 この空間に連れて来られてファフニールは始めて僕に対して怒りの感情を向けた。
 けれどそこには憎しみは感じない。
 まるで僕の過ちを諭すかのような想いを感じた。

「同情じゃない!! あなたが人を殺してきたって言うけど、僕はその現場を見たわけじゃないし、その人達の知り合いでもない。けれどあなたが人間を憎む理由は知っている。なによりあなたは僕の友達のお母さんじゃないか。何が有ったのか憶えてないけど僕の所為で親子の仲を引き裂いてしまったんだ。……本当にごめんなさい」

 僕はそう言って深く頭を下げた。
 言ってることは無茶苦茶だって事は自分でも分かっている。
 そりゃ人類の敵を倒したんだから誇ってもいいだろう。
 ……でも、原初の四体の憎しみの根源を知っている僕にはこの悲しみを止める事は出来なかった。

『分らぬ。お前の考えが分らぬ。お前は人間であろう。お前の思考は我等に近過ぎる。お前は人間として危険な存在だ。……いや、それが特異点と言うモノか。かつて生まれ出でた日に聞いた産みの親である人間が口にした絵空事……。だから私の次代がお前を選んだのだな』

 呟くように聞こえたその言葉に僕は頭を上げる。
 するとそこには綺麗な女性が立っていた。
 人間? にしては頭に角が生えている。
 竜人と言う魔物の存在を聞いたことがあるけどこれがそうなんだろうか?

「あなたが……? ファフニール?」

『そうだ。と言っても勿論本体ではない。今の身体はお前に見せるには朽ちてみすぼらしいからな。少し姿を変えて投影した意識体だ。お前の前に現れた娘の姿を模して成長させたもの。どうだ綺麗であろう?」

「う、うん。でも、娘って……?」

『先程お前が私の事を母親と言ったであろう。それに合わせたまでのことだ。何より卵に宿る意思が娘と言うのならば、父親はお前と言う事になるな』

「えぁっ!! なんで!?」

 ちちち父親だなんて!!
 何言ってるのこの人?
 卵の意思は僕の友達って話じゃないか。

『決まっているだろう。お前が私の卵に新たな意思として命を芽吹かせたのだ。ならば娘は私とお前の子供と言っても過言ではないではないか。なに既に娘が一人居るのだろう? ライアスフィアの後と言うのは癪だがな』

「た、確かにそう言えなくは無いけど……。でも僕はあなたと娘を引き裂いてこの空間に……」

『気にするな。お前と娘に負けた日から私の意志と娘の意思はその主従関係が逆転していたのだ。それからの毎日娘が抱くお前への想いが私に伝わって来ておってな。今ではお前のことを……それほど嫌ってはおらぬ』

 そう言ったファフニールは少し頬を染めて少し目をそらせた。
 その仕草に少しドキリとしてしまった。

「でも……」

『でもじゃない。それより今のお前は危険な存在だ。人にとっても魔物にとってもな。これからは娘の影からお前が道を踏み外さぬよう見守るとしよう』

「え? ちょっと……それってどう言う……うわっ!!」

 僕の言葉が終わらない内に辺りは眩しい光に包まれた。
 思わず目を瞑った僕の頭にファフニールの声が響く。

『では娘のことを頼んだぞ。今はまだ卵の姿だが、私が消えることですぐに次代のファフニールとして孵化するだろう。そうしたらライアスフィアと同じく契りを結ぶのだ。それで私の封印の一つが解けるだろう。お前には四つの封印を施した。残る二つ……アシュタロトとブラフマーンダ・プラーナとも契りを結ぶのだな』

「原初の四体との契り……それって……うん分かった。あなたから託された遺志は……僕達の娘は絶対護るよ」

『あぁ……それを聞いて安心した。ではさらば……いやすぐに会えるか。娘の中でな……まーしゃ、それまでばいばい……』

 この言葉と共にファフニールの気配は消え、それと共に僕の意識も徐々に薄れていった。
 そんな薄れ行く意識の中でふと考える。
 僕の力と記憶の封印は原初の四体と契りを交わすことらしい。
 始祖の願い、僕の宿敵、五人の娘にそしてファフニールから託された遺志。
 今の僕には大き過ぎる運命に震える反面、ワクワクする気持ちも湧いてきていた。
 そしてとうとう意識が消えるその瞬間、僕の目には一つの景色が映った。

 それは五人の娘と共に世界を巡る旅をする僕の姿だった。
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