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第三章 世界を巡る
第94話 声の主
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「はぁ……、そりゃ災難だったな~」
母さんが事情を喋り終えるとダンテさんが同情混じりの溜息を吐きながら励ますように僕の肩を優しく叩く。
母さんの説明は大筋は合っているものの真実からは少し遠いと言った感じだった。
生まれ付きの僕の力や敵が新たなる魔王で伝承にも存在しないセクステッドクレストだと言う事も伏せてある。
破天荒な母さんと言えどもさすがに世界を混沌に陥れる存在なんてのを会ったばかりの人間に喋るほど無用心じゃないようで安心したよ。
ダンテさん達を僕の事情に巻き込ませないって言う意味でもね。
「運良く…いや悪くか? その始祖とやらの封印を解いちまった所為で良く分からん秘密結社からの勧誘を受けてるってんだろ?」
「そうなんですよ。あの時洞窟で声を聞いた瞬間逃げていればって後悔してます」
バーディーさんが母さんの話したでっち上げの真実を反芻する様に話してくる。
僕はそれに同意するように頷いた。
これで分かる通り、僕の能力を含めてこの赤い契約紋の所為で厄介な連中に目を付けられて不幸な目に遭っていると言うのが母さんが書いた筋書きみたい。
途中で母さんの意図に気付いた僕はそれに追従するように話を合わせる事にしたんだ。
「しかし、そいつらが俺達の接近に警戒して立ち去ったのは運が良かったと言えるだろう。マーシャル、いくら相手の正体が分からなかったからと言って、こんな森への呼び出しに応じるってのは感心しないぞ。これからは気を付けるように」
ホルツさんが顎に手を当てながら僕の不注意を諌めるようにそう言った。
母さんの説明と実際の状況は違うけど、ホルツさんの言う通りだ。
皆が来てくれたお陰でイモータルが去っていったのも事実だし、ダークエルフに襲撃されたのも僕らが無用心過ぎたのが原因だ。
母さんが居ると言う安心感から相手を舐めていたんだろうと思う。
ホルツさんの言葉を胸に刻んでおこう。
と、まぁこんな感じでダンテさんパーティーの殆どは納得してくれたんだけど……。
「じ~~~……」
一人だけ皆の背後に立ち、何も言わずに僕の事をジト目で見て来る人が居たりする。
その人物はやはりと言うかレイミーさんだ。
精霊が見えるレイミーさんには母さんの嘘が通じなかったみたい。
多分僕と精霊の繋がりがそんな短期間で培われた物じゃないって事が分かるんだろう。
ただ、母さんの嘘を否定しない理由は、僕の横で漂いながら『今の話で納得する事』って無言の圧力を掛けている風の精霊達のお陰だ。
とは言え、このままレイミーさんにそんな変な顔をされててもダンテさん達に気付れちゃうだろうし、そろそろやめて貰わないとマズイかも。
僕はそっと精霊にお願いした。
あっ口封じって意味じゃないよ。
黙ってもらうレイミーさんへの代償として今後力を貸してあげてって言うお願いだ。
冒険者は義理と人情だけじゃない。
ギブアンドテイクも大事だってホルツさんから教わったからね。
僕のお願いを聞いてくれた風の精霊の一人が僕から離れてレイミーさんに近付きそのホッペにキスをする。
一瞬その意味を分かりかねていたんだけど、そう言えば昔授業で聞いたことがあるのを思い出した。
精霊のキスは祝福を意味するって話。
そんな祝福を受けたレイミーさんは驚きのあまり「あっ!」っと声を上げる。
「ん? どうしたレイミー?」
「う、ううん。な、なんでもないわ。せ、精霊魔術師としては驚く事の連続なだけよ。ありがとうね、マーシャル」
そう言ってレイミーさんは口に人差し指を立ててウィンクする。
ふぅ~これで一安心だ。
レイミーさんは精霊の名に掛けて秘密を守ってくれるだろう。
「まぁ思っていたより冒険者としたら何か在り来たりで生々しい理由だからある意味納得したよ」
「そうだな。俺も一時裏家業の連中から勧誘受けてた時期が有るが、目立つ冒険者なら一つや二つ持ってる話だぜ。まぁ相手を諦めさすにゃちっとマヌケな噂を流しゃあいつらすぐに手を引くぜ? 試してみてみ」
「あははは。そうですね。試してみますよ」
それやって逆に殺されかけたとは口が裂けても言えないな。
力に関しては色々バレちゃってるし、何より情け無い姿なんか見せると次こそ本当に殺されちゃいそうだ。
「う~む……あれ程の魔力の高まりだ。話を聞くのを警戒していた割りにはことの内容にいささか拍子抜けしたよ。正直世界の破滅だとか言われるのを覚悟していたくらいさ」
「ははははは、そんな訳無いじゃないですか~。大袈裟だなぁ~」
さすが黒魔術師のアンドリューさん。
魔力の大きさからある意味核心を突いた言葉を言って来たので内心凄く動揺しながら笑い返した。
その後特にツッコミも無かったので騙し通せたと思う。
◇◆◇
「ふぅ~ずいぶん奥まで来たが……。こっちで良いんだよな」
「えぇ、このまま真っ直ぐです」
先頭を歩くシーフのバーディーさんが振り向きながら僕に確認してきたので、それを肯定した。
僕だけが聞こえた声の主を探す為、森の奥に向かって歩く僕達。
それはイモータルが言い残した褒美を回収する為だ。
今は聞こえなくなっているけど方角は合っていると思う。
ブリュンヒルドの言葉からすると声の主=褒美らしい。
イモータルはその褒美の事を原初の四体の一角である邪竜ファフニールの卵だって言っていたけど、なんでそんな物がこの森に有るんだろう?
それどころか、どうしてそれが僕に話し掛けて来るのか分からない。
けれど確かめないといけない事は分かってる。
だって僕かこの先生き残るにはその力が必要らしいからね。
しかし、今ふと思ったんだけど、探し物が卵って事はそれをファフニールが温めてるって事はないのかな?
最後にファフニールが観測されたのって今から十年くらい前の話だ。
それ以降目撃例が一つも無いのは、ずっとこの森で卵を温めてたからとかだったら凄く嫌なんだけど。
勝手にイモータルが褒美だとか言って所有権持ってるみたいな態度だったけど、もしファフニールが居るのなら手に入れるなんて無理じゃん。
もしかしてイモータルに騙されたんじゃあ?
一応当たり前なんだけどダンテさん達には目的が邪龍ファフニールの卵と言う事は伝えておらず、秘密結社のアジトがあるって事にしている。
先程の話の後にダンテさん達が一旦街に帰ろうと提案して来たんだけど、僕達はこれから行く所があると断ったら『最後まで面倒見るぜ』とか言われてしまった。
本当の事を言う訳にもいかないので、仕方無く秘密結社のアジトを調査しに行くと嘘を吐いたんだ。
そしたらバーディーさんが『おっ! それ俺達の目的物なんじゃね?』って言い出した。
そう言えば、元々ダンテさん達はこの森の最近出没している不審者を調べに来たのを忘れていたよ。
確かに秘密結社のアジトって言っちゃうとそう思っちゃうよね。
まぁ本当にファフニールが居るとなると、Aランクパーティーの目撃証言は冒険者ギルド内でかなりの発言力を持つ事になるし、周囲の安全確保の為に一緒に来てもらった方が良いと思うので同行してもらう事にしたんだ。
とは言うものの、僕達だけだったらファフニールの姿を見た瞬間にドリーの『接木』で逃げるなんて作戦も使えたんだけど、ダンテさん達が居るとそれが出来ないのが痛いなぁ。
まぁ、最悪の事態になったらファフニールと面識が有るらしいサイスに見逃してくれるように交渉してもらおう。
「……あれ? そう言えばサイスは?」
最悪を想定してサイスに仲介を頼もうと思って周囲を見渡したけど、サイスの姿が何処にも無かった。
いつの間に居なくなったんだ?
「あら? 今頃気付いたの? ダンテさん達と合流する前に帰って行ったわよ」
「えっ! そうなの? 気付かなかった! まだお礼も言っていないのに」
今回結果的に助けてくれただけで、本来死神であるサイスは僕の味方どころか人類の敵だ。
伝承通りなら目に映る人間を殺す事なんて、それこそ息をするのと同じ様な物だと思う。
何も言わずに帰ったって事は、一応僕に気を使ってくれたと言う事だろう。
戦闘中もブリュンヒルド達を殺さずにいてくれたんだから。
あ~あ、お礼言いたかったな。
「マーシャル? 他にも人が居たのか?」
「いや、あははは。ひ、人って言うかなんて言うか……えっと……と、通りすがりの旅人に助けてもらったんですよ」
「そうなのか。んじゃ俺達ってあんまり意味無かったのかな」
「いやいやそんな事無いですよ! 相手はダンテさん達の接近に驚いて逃げてったんですから。助かりました。ただお礼を言いそびれちゃったなって思っただけです」
ダンテさん達にサイスの事をそう説明した。
今回は言いそびれちゃったけど、よく考えたらサイスの狙いは僕の命なんだからまた会う機会は幾らでもあるだろう。
その時お礼を言ったら良いか。
「ねぇドリーにプラウ? ちょっといいかな? キミ達はこの森出身なんでしょ? アレについてなんか知らない?」
「マーシャちゃん。それを私の口から言う事は出来ませんわ」
ドリーがそう言って首を振る。
横で飛んでいるプラウも口に手を当てて喋る事を拒否しているようだ。
「え? どう言う事? 母さんからの緘口令?」
二人からの回答が想定外だったものの為、僕は母さんの方を振り向いた。
今まで僕に必要以上に接触しないと言う制限を掛けていたように、この情報も母さんが口止めしたのかもしれないと思ったからだ。
自分の従魔達に『起動』を掛けたと言っていたし、だとすると母さんはこの森に邪龍の卵がある事を知っていたって言う事になる。
そうだとしたら母さんの態度には違和感があるんだよな。
「私はそんな事してないわよ。え? なに? それよりドリーあんた何か知ってたの? そっちの方が驚きなんだけど。『起動』でも何も言わなかったわよね?」
「呪文の影響下において、なにを喋ったのかまでは私には分かりませんが、恐らく記憶に制限が掛かけられていたのでしょう」
「制限をかけられていただって? 一体誰がそんなこと……」
言わなかったのが母さんの所為じゃないのは分かったけど、ドリーの言葉はそれ以上の衝撃だ。
思わず誰がって言ったけど、これもう答え合わせじゃないか?
魔石に対して影響を与える事が出来る上位の存在が居るって事だよね。
そんな事出来るのは魔物達の管理者だった死神のサイスかそれに準ずる者、若しくは更に上位の……。
「はぁ~マーシャルが声を聞いたって時点で候補には挙がっていたけど、まさかこの森にずっと居たってわけ? もしやマーシャルがこの森に遊びに来てた理由自体そう言う事だった……? まぁ、それなら色々合点がいくわね」
「母さんも心当たりが有ったって事なの? と言う事は本当にこの森に居るの?」
「う~ん、あなたがこの森に誘われた理由探しにこの森の探索は虱潰しに行ったけど私達には何も見つけられなかった。アルラウネも卵も邪龍もね。でも邪龍の伝承には『かの龍は虚空より突如として現れり』とあるの。そう……あの日も……」
「あの日……? ねぇ母さん、あの日ってなに? 母さんは邪龍と会った事がるの?」
「そ、それは……」
母さんは口を濁して目を逸らした。
これも答え合わせだよね。
なぜだか分からないけど、邪龍が現れたのは母さんじゃなくて僕が目的だったんじゃないか? そんな確信めいた考えが頭を過ぎる。
忘れている記憶の原因がソレなんじゃないかって……。
「マーシャちゃん。私達の口から言わなくても、もうすぐ会えるわ。ほらあの方の声に耳を傾けてみて」
「ドリー。……うん分かった」
ドリーは僕を呼ぶ声が誰なのか最初から知っていたようだ。
プラウもそうなのだろう。
ドリーと同じまるで懐かしい物を見るような優しい笑顔で頷いている。
過去において僕がどのように邪龍と関わったのかは分からないけど、僕の心には相反する二つの感情が湧き上がってきた。
それは暖かな懐かしさと、巨大な影の恐怖。
その二つが僕の記憶を封印したんだろう。
僕は目を瞑り精神を集中させ心の耳を澄ませる。
◇◆◇
マーシャルが目を瞑り彼方より届く声に耳を傾けた頃、彼を護衛する様に前を歩いていた六人の冒険者達が声を潜めて仲間内で会話をしていた。
マーシャルとマリア、そしてその従魔達との会話はしっかりと彼らの耳に聞こえていたようだ。
「なぁ今凄い話があの親子と従魔の間で交わされなかったか?」
「あぁ。邪龍と聞こえた気がするが、俺は何も聞かなかった事にするぜ」
「俺のシーフアーツ『真実の耳』でもさっきの説明は嘘ってのは分かっていたしな。こうなったら鬼が出るか蛇が出るか……逆に楽しみになって来たぜ」
「遠距離でも感じる事が出来たあれ程の魔力渦をどのように制したのか、魔術師としてとても興味深い。知識の探求の為マーシャル達に付いて行かない手はないさ」
「あたしはマーシャルの事、最初から凄い子だって分かっていたわよ」
「そうだな。それに先程から森の魔物に一切出くわさないのもマーシャルのお陰なのだろう。本当に面白い奴だよ」
彼らはそれぞれ今日歴史的瞬間の目撃者になるであろう事を予感し、湧いてくる高揚感に興奮していた。
母さんが事情を喋り終えるとダンテさんが同情混じりの溜息を吐きながら励ますように僕の肩を優しく叩く。
母さんの説明は大筋は合っているものの真実からは少し遠いと言った感じだった。
生まれ付きの僕の力や敵が新たなる魔王で伝承にも存在しないセクステッドクレストだと言う事も伏せてある。
破天荒な母さんと言えどもさすがに世界を混沌に陥れる存在なんてのを会ったばかりの人間に喋るほど無用心じゃないようで安心したよ。
ダンテさん達を僕の事情に巻き込ませないって言う意味でもね。
「運良く…いや悪くか? その始祖とやらの封印を解いちまった所為で良く分からん秘密結社からの勧誘を受けてるってんだろ?」
「そうなんですよ。あの時洞窟で声を聞いた瞬間逃げていればって後悔してます」
バーディーさんが母さんの話したでっち上げの真実を反芻する様に話してくる。
僕はそれに同意するように頷いた。
これで分かる通り、僕の能力を含めてこの赤い契約紋の所為で厄介な連中に目を付けられて不幸な目に遭っていると言うのが母さんが書いた筋書きみたい。
途中で母さんの意図に気付いた僕はそれに追従するように話を合わせる事にしたんだ。
「しかし、そいつらが俺達の接近に警戒して立ち去ったのは運が良かったと言えるだろう。マーシャル、いくら相手の正体が分からなかったからと言って、こんな森への呼び出しに応じるってのは感心しないぞ。これからは気を付けるように」
ホルツさんが顎に手を当てながら僕の不注意を諌めるようにそう言った。
母さんの説明と実際の状況は違うけど、ホルツさんの言う通りだ。
皆が来てくれたお陰でイモータルが去っていったのも事実だし、ダークエルフに襲撃されたのも僕らが無用心過ぎたのが原因だ。
母さんが居ると言う安心感から相手を舐めていたんだろうと思う。
ホルツさんの言葉を胸に刻んでおこう。
と、まぁこんな感じでダンテさんパーティーの殆どは納得してくれたんだけど……。
「じ~~~……」
一人だけ皆の背後に立ち、何も言わずに僕の事をジト目で見て来る人が居たりする。
その人物はやはりと言うかレイミーさんだ。
精霊が見えるレイミーさんには母さんの嘘が通じなかったみたい。
多分僕と精霊の繋がりがそんな短期間で培われた物じゃないって事が分かるんだろう。
ただ、母さんの嘘を否定しない理由は、僕の横で漂いながら『今の話で納得する事』って無言の圧力を掛けている風の精霊達のお陰だ。
とは言え、このままレイミーさんにそんな変な顔をされててもダンテさん達に気付れちゃうだろうし、そろそろやめて貰わないとマズイかも。
僕はそっと精霊にお願いした。
あっ口封じって意味じゃないよ。
黙ってもらうレイミーさんへの代償として今後力を貸してあげてって言うお願いだ。
冒険者は義理と人情だけじゃない。
ギブアンドテイクも大事だってホルツさんから教わったからね。
僕のお願いを聞いてくれた風の精霊の一人が僕から離れてレイミーさんに近付きそのホッペにキスをする。
一瞬その意味を分かりかねていたんだけど、そう言えば昔授業で聞いたことがあるのを思い出した。
精霊のキスは祝福を意味するって話。
そんな祝福を受けたレイミーさんは驚きのあまり「あっ!」っと声を上げる。
「ん? どうしたレイミー?」
「う、ううん。な、なんでもないわ。せ、精霊魔術師としては驚く事の連続なだけよ。ありがとうね、マーシャル」
そう言ってレイミーさんは口に人差し指を立ててウィンクする。
ふぅ~これで一安心だ。
レイミーさんは精霊の名に掛けて秘密を守ってくれるだろう。
「まぁ思っていたより冒険者としたら何か在り来たりで生々しい理由だからある意味納得したよ」
「そうだな。俺も一時裏家業の連中から勧誘受けてた時期が有るが、目立つ冒険者なら一つや二つ持ってる話だぜ。まぁ相手を諦めさすにゃちっとマヌケな噂を流しゃあいつらすぐに手を引くぜ? 試してみてみ」
「あははは。そうですね。試してみますよ」
それやって逆に殺されかけたとは口が裂けても言えないな。
力に関しては色々バレちゃってるし、何より情け無い姿なんか見せると次こそ本当に殺されちゃいそうだ。
「う~む……あれ程の魔力の高まりだ。話を聞くのを警戒していた割りにはことの内容にいささか拍子抜けしたよ。正直世界の破滅だとか言われるのを覚悟していたくらいさ」
「ははははは、そんな訳無いじゃないですか~。大袈裟だなぁ~」
さすが黒魔術師のアンドリューさん。
魔力の大きさからある意味核心を突いた言葉を言って来たので内心凄く動揺しながら笑い返した。
その後特にツッコミも無かったので騙し通せたと思う。
◇◆◇
「ふぅ~ずいぶん奥まで来たが……。こっちで良いんだよな」
「えぇ、このまま真っ直ぐです」
先頭を歩くシーフのバーディーさんが振り向きながら僕に確認してきたので、それを肯定した。
僕だけが聞こえた声の主を探す為、森の奥に向かって歩く僕達。
それはイモータルが言い残した褒美を回収する為だ。
今は聞こえなくなっているけど方角は合っていると思う。
ブリュンヒルドの言葉からすると声の主=褒美らしい。
イモータルはその褒美の事を原初の四体の一角である邪竜ファフニールの卵だって言っていたけど、なんでそんな物がこの森に有るんだろう?
それどころか、どうしてそれが僕に話し掛けて来るのか分からない。
けれど確かめないといけない事は分かってる。
だって僕かこの先生き残るにはその力が必要らしいからね。
しかし、今ふと思ったんだけど、探し物が卵って事はそれをファフニールが温めてるって事はないのかな?
最後にファフニールが観測されたのって今から十年くらい前の話だ。
それ以降目撃例が一つも無いのは、ずっとこの森で卵を温めてたからとかだったら凄く嫌なんだけど。
勝手にイモータルが褒美だとか言って所有権持ってるみたいな態度だったけど、もしファフニールが居るのなら手に入れるなんて無理じゃん。
もしかしてイモータルに騙されたんじゃあ?
一応当たり前なんだけどダンテさん達には目的が邪龍ファフニールの卵と言う事は伝えておらず、秘密結社のアジトがあるって事にしている。
先程の話の後にダンテさん達が一旦街に帰ろうと提案して来たんだけど、僕達はこれから行く所があると断ったら『最後まで面倒見るぜ』とか言われてしまった。
本当の事を言う訳にもいかないので、仕方無く秘密結社のアジトを調査しに行くと嘘を吐いたんだ。
そしたらバーディーさんが『おっ! それ俺達の目的物なんじゃね?』って言い出した。
そう言えば、元々ダンテさん達はこの森の最近出没している不審者を調べに来たのを忘れていたよ。
確かに秘密結社のアジトって言っちゃうとそう思っちゃうよね。
まぁ本当にファフニールが居るとなると、Aランクパーティーの目撃証言は冒険者ギルド内でかなりの発言力を持つ事になるし、周囲の安全確保の為に一緒に来てもらった方が良いと思うので同行してもらう事にしたんだ。
とは言うものの、僕達だけだったらファフニールの姿を見た瞬間にドリーの『接木』で逃げるなんて作戦も使えたんだけど、ダンテさん達が居るとそれが出来ないのが痛いなぁ。
まぁ、最悪の事態になったらファフニールと面識が有るらしいサイスに見逃してくれるように交渉してもらおう。
「……あれ? そう言えばサイスは?」
最悪を想定してサイスに仲介を頼もうと思って周囲を見渡したけど、サイスの姿が何処にも無かった。
いつの間に居なくなったんだ?
「あら? 今頃気付いたの? ダンテさん達と合流する前に帰って行ったわよ」
「えっ! そうなの? 気付かなかった! まだお礼も言っていないのに」
今回結果的に助けてくれただけで、本来死神であるサイスは僕の味方どころか人類の敵だ。
伝承通りなら目に映る人間を殺す事なんて、それこそ息をするのと同じ様な物だと思う。
何も言わずに帰ったって事は、一応僕に気を使ってくれたと言う事だろう。
戦闘中もブリュンヒルド達を殺さずにいてくれたんだから。
あ~あ、お礼言いたかったな。
「マーシャル? 他にも人が居たのか?」
「いや、あははは。ひ、人って言うかなんて言うか……えっと……と、通りすがりの旅人に助けてもらったんですよ」
「そうなのか。んじゃ俺達ってあんまり意味無かったのかな」
「いやいやそんな事無いですよ! 相手はダンテさん達の接近に驚いて逃げてったんですから。助かりました。ただお礼を言いそびれちゃったなって思っただけです」
ダンテさん達にサイスの事をそう説明した。
今回は言いそびれちゃったけど、よく考えたらサイスの狙いは僕の命なんだからまた会う機会は幾らでもあるだろう。
その時お礼を言ったら良いか。
「ねぇドリーにプラウ? ちょっといいかな? キミ達はこの森出身なんでしょ? アレについてなんか知らない?」
「マーシャちゃん。それを私の口から言う事は出来ませんわ」
ドリーがそう言って首を振る。
横で飛んでいるプラウも口に手を当てて喋る事を拒否しているようだ。
「え? どう言う事? 母さんからの緘口令?」
二人からの回答が想定外だったものの為、僕は母さんの方を振り向いた。
今まで僕に必要以上に接触しないと言う制限を掛けていたように、この情報も母さんが口止めしたのかもしれないと思ったからだ。
自分の従魔達に『起動』を掛けたと言っていたし、だとすると母さんはこの森に邪龍の卵がある事を知っていたって言う事になる。
そうだとしたら母さんの態度には違和感があるんだよな。
「私はそんな事してないわよ。え? なに? それよりドリーあんた何か知ってたの? そっちの方が驚きなんだけど。『起動』でも何も言わなかったわよね?」
「呪文の影響下において、なにを喋ったのかまでは私には分かりませんが、恐らく記憶に制限が掛かけられていたのでしょう」
「制限をかけられていただって? 一体誰がそんなこと……」
言わなかったのが母さんの所為じゃないのは分かったけど、ドリーの言葉はそれ以上の衝撃だ。
思わず誰がって言ったけど、これもう答え合わせじゃないか?
魔石に対して影響を与える事が出来る上位の存在が居るって事だよね。
そんな事出来るのは魔物達の管理者だった死神のサイスかそれに準ずる者、若しくは更に上位の……。
「はぁ~マーシャルが声を聞いたって時点で候補には挙がっていたけど、まさかこの森にずっと居たってわけ? もしやマーシャルがこの森に遊びに来てた理由自体そう言う事だった……? まぁ、それなら色々合点がいくわね」
「母さんも心当たりが有ったって事なの? と言う事は本当にこの森に居るの?」
「う~ん、あなたがこの森に誘われた理由探しにこの森の探索は虱潰しに行ったけど私達には何も見つけられなかった。アルラウネも卵も邪龍もね。でも邪龍の伝承には『かの龍は虚空より突如として現れり』とあるの。そう……あの日も……」
「あの日……? ねぇ母さん、あの日ってなに? 母さんは邪龍と会った事がるの?」
「そ、それは……」
母さんは口を濁して目を逸らした。
これも答え合わせだよね。
なぜだか分からないけど、邪龍が現れたのは母さんじゃなくて僕が目的だったんじゃないか? そんな確信めいた考えが頭を過ぎる。
忘れている記憶の原因がソレなんじゃないかって……。
「マーシャちゃん。私達の口から言わなくても、もうすぐ会えるわ。ほらあの方の声に耳を傾けてみて」
「ドリー。……うん分かった」
ドリーは僕を呼ぶ声が誰なのか最初から知っていたようだ。
プラウもそうなのだろう。
ドリーと同じまるで懐かしい物を見るような優しい笑顔で頷いている。
過去において僕がどのように邪龍と関わったのかは分からないけど、僕の心には相反する二つの感情が湧き上がってきた。
それは暖かな懐かしさと、巨大な影の恐怖。
その二つが僕の記憶を封印したんだろう。
僕は目を瞑り精神を集中させ心の耳を澄ませる。
◇◆◇
マーシャルが目を瞑り彼方より届く声に耳を傾けた頃、彼を護衛する様に前を歩いていた六人の冒険者達が声を潜めて仲間内で会話をしていた。
マーシャルとマリア、そしてその従魔達との会話はしっかりと彼らの耳に聞こえていたようだ。
「なぁ今凄い話があの親子と従魔の間で交わされなかったか?」
「あぁ。邪龍と聞こえた気がするが、俺は何も聞かなかった事にするぜ」
「俺のシーフアーツ『真実の耳』でもさっきの説明は嘘ってのは分かっていたしな。こうなったら鬼が出るか蛇が出るか……逆に楽しみになって来たぜ」
「遠距離でも感じる事が出来たあれ程の魔力渦をどのように制したのか、魔術師としてとても興味深い。知識の探求の為マーシャル達に付いて行かない手はないさ」
「あたしはマーシャルの事、最初から凄い子だって分かっていたわよ」
「そうだな。それに先程から森の魔物に一切出くわさないのもマーシャルのお陰なのだろう。本当に面白い奴だよ」
彼らはそれぞれ今日歴史的瞬間の目撃者になるであろう事を予感し、湧いてくる高揚感に興奮していた。
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しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
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